ダンジョンで料理人が有名なのは間違っていますか? 作:混沌の魔法使い
幕話 大神と女神と迷う男
カワサキが少し出掛けるといって飛び出し、戻ってきたときは死人のような顔色で小屋に閉じ篭ってしまった。こういうときは下手に関わるべきではないというのは長い神生で学んでいた。だからカワサキが話してくれるのを待つ、それがワシとヘラの決定であり、それはベルを含めて、マキシム達にも徹底させた。勿論不平、不満、そしてカワサキを心配する声があったが、それらをワシは全て神威で封殺した。
「まだ出て来ませんね」
「待つしかなかろう。あやつの内面は複雑だ、まるで砕けたガラスを無理矢理人の形にとどめているようじゃ」
「確かにそうですね、カワサキは善人ですがどうも自分の胸の内に何もかも溜め込んでしまいますから」
ワシとアルトが最初に会った時よりもカワサキは変わっている。こういうのは嫌だが、まるで「カワサキ」をカワサキが演じているように感じるときもあった。だがそれでも踏み込まなかった。恩人だから、恩人だからこそ恩着せがましいことはしたくなかった。自ら話してくれるのを待とう……そう思って待った。表向きは普段と同じ通りに振る舞い、面倒見の良さも、料理の味も変わりは無く、だがどこか影を残しながらもカワサキは何時も通りの日々を過ごし……。
「……ゼウス。ヘラ。少し話を聞いて欲しい、良いか?」
カワサキがワシらに何かを隠しながら、それでもそれに触れずカワサキが自ら胸の内をさらけ出してくれるのを待ち続け、ワシらの前に話を聞いてくれと言ってカワサキが現れたのはワシ達がカワサキの違和感を感じながらも踏み込まず、それでもカワサキが話をしてくれるのを待ち続け、アストレアファミリアが壊滅してから1年が経とうとした時の事だった。
「俺は俺が分らなくなる時がある。人間の俺ともう1つの姿の俺が同時に存在して、人間の俺が消えていく、そんな感じがずっとしていた。そしてそれは……アリーゼ達の死体を見た時に確信に変った。俺という存在が消えていっていると……」
カワサキの言葉には流石のワシもヘラを返す言葉がなかった。どうしたものかと考え、そして昔にカワサキに聞いた話を思い出した。
「人間の身体を失ったからか」
「……多分そうだ。最初は気のせいだと思って、いや気のせいだと思い過ごして来たが……もう駄目だ。これ以上は取り返しのつかないことになりそうなんだ。」
カワサキは別の世界の神だ。神の姿と人間の姿の2つを持ち、その2つの姿を精神が行き来していたのだとワシは予測している。
「つまり人間の身体に戻る事が出来ずに、神の姿に引っ張られていると……しかし、これは困りましたね。貴方」
「ああ。これはどうにか出来る問題ではないな」
つまり本来は人間の身体に戻る精神が戻れず、少しずつ神の精神に近づいて来ているということだ。自分の認識を客観的に確認出来ないから精神が揺らいでいるとも言える。
「やっぱり駄目か、ゼウスのじーさんならなんとか「子供騙しじゃができんこともない。じゃが、誰にも見せんと約束できるか?」……本当か?」
論より証拠とカワサキの頭に手を置いて、ほんの少しだけ神威を解放する。そして10秒ほどで確かな手応えを感じたのでカワサキの頭から手を離す。
「ほれ、ワシもヘラも中身は見ん。自分だけで確認せい」
カワサキに向かって投げたのは絵本――ベルの誕生日に贈っている絵本を作るのと同じ原理でカワサキの記憶を本にしてみた。
「……薄いな」
「最初はそれで我慢せい。時間を見て少しずつお前の記憶を本にしてやる、それで人格の揺らぎは多少マシになるじゃろ」
応急処置、子供騙しと言われればそれまでだがそれでも少しはカワサキの助けにはなったじゃろう。
(とはいえ、かなり時間が掛かりそうじゃが……)
ただの人間の記憶ではない、カワサキの歩んで来た道は英雄譚にも匹敵するほど濃い物で、これを本として出力するのは相当な時間が掛かりそうだと内心苦笑する。でもまぁ恩人のためならと思っていたワシだが、続くカワサキの言葉は更に大きな爆弾となった。
「ダンジョンでアリーゼ達の遺体を回収してきたんだが、俺の持ってる死者蘇生の道具で蘇生出来るかもしれないんだが……ゼウスのじーさんとヘラはどうすれば良いと思う?」
大神のワシでも出来ない奇跡が起せるというカワサキにワシは口に含んでいたお茶を思いっきり噴出してしまうのだった……。
アストレアの小娘の眷属が1人を残し、全滅したというのはヘルメスのクソガキから聞いていました。アストレアはそこまで好きではないですが、眷属が全滅したというのは同じ眷属を持つ女神としては同情していましたが……まさかカワサキが死者蘇生まで出来るとは思って居なかったので、これには驚きました。
「死者蘇生出来るのですか? カワサキは」
「回数制限があるし、デメリットもある。だが出来るといえば出来るし、出来ないといえば出来ない」
カワサキらしくないはっきりしない言い方にどういうことかと問いかけると、カワサキは机の上に2本の杖をおいた。
「こっちが蘇生の杖で、こっちが真・蘇生の杖だ」
「ふむ。見たところ真・蘇生の杖がベースで、蘇生の杖はその劣化というところかの?」
あの人のいう通り、真・蘇生の杖から装飾などを取り除き、質素な物にしたのが蘇生の杖だった。しかし、蘇生魔法を杖に封じ込めているとは……カワサキが別の世界の神とは知っていましたが、これには流石に驚かされる。
(それにあの杖のデザインはアスクレピオスの杖)
「それでこの杖で蘇生が出来るのですか? カワサキ」
医神であり、まだ地上には降りてきていないアスクレピオスの杖に酷似した杖にあの人は内面の動揺を隠し、普段通りに接していた。自分が殺して、神に召し上げた男の持ち物を眼前にすれば動揺するのも当然。それについては触れず、蘇生について詳しい説明をカワサキに求める。
「そうなるな。それで俺の世界の蘇生魔法なんだが、デメリットがある。蘇生する際に多大な生命力を消費するからレベルダウンと称されていたんだが、蘇生の杖は大体レベル40くらい、真・蘇生の杖はレベル10くらいのレベルを失うんだが……この世界だとどうなると思う?」
私達のレベルの単位とカワサキ達のレベルの単位が違うから発生する齟齬についてカワサキは悩んでいるようだった。
「失うレベルが足りないとどうなるのです?」
「基本的に蘇生出来ない、最悪の場合は遺体が灰になる。だからこのままアストレアに返還するべきか、それともアストレアの意志を聞いて蘇生を試すかだ」
このまま埋葬するか、それとも一縷の望みに賭けて蘇生に踏み切るか……ですか。
「当事者ではないですし、私達が決める事ではないでしょう、仮にメーテリアやアルフィアが死んでいれば私は使ってくれと頼んだでしょうが……アストレアの意志も聞かずにやるべきではない」
「うむ。ワシもそう思うぞい」
「だよな……それに仮に蘇生してもかなりの枷をアリーゼ達は背負うことになるだろうしな」
「枷? どういう意味ですか? カワサキ」
カワサキは多分と前置きしてから蘇生後にアストレアの眷属に起きるであろうことを話し始めた。
「まずは幻痛は間違いなく発症する。バラバラにされた痛みを脳が記憶しているから、その痛みは間違いなく起きる。次に自分のイメージ通りに体が動かないから暫くは寝たきりで介護が必要だ。最後に……PTSD……死の恐怖と痛みで精神的に再起不能になる可能性もある。それとレベルダウンしたことでもう1度レベルアップ出来る保障がない」
仮に生き返っても死人に等しい状態になる可能性が高く、レベルアップが行なえない可能性があり冒険者としてはほぼ死んだも当然。
「ううむ。それは迷うな」
「確かにそうですね」
発生するであろうデメリットが余りにも多い。これは確かにカワサキも悩む案件だとは思う……だが……。
「それでも私なら生き返らせて欲しい。眷属として迎え入れたのだ、限りなく死者に近くとも、様々な介護が必要だとしても……一度眷属(子供)として受け入れたのだ。もう1度会いたい、触れ合いたいと私は思う」
「アストレアと話すのが良いだろう。ゾーリンゲンへの馬車は用立ててやる。一度あって話をして、その上で決断を下せば良いじゃろ。戻るまでは心配いらん、ワシとヘラが何とかしてやる。行ってこい」
私とあの人に出来るのはカワサキを送り出すことだ。アストレアがどのような決断を下すかは分らないが、それでも1年の間重荷を背負い続けたカワサキの心を守る為に、救う為にもゾーリンゲンに送り出す事を私達は決めたのだった……。
1年悩み続け、一大決心をしゼウスのじーさんとヘラによってゾーリンゲンへの馬車は2人と話した翌日には来ていた。自分達の伝で早い馬車を用意してくれたことには心底感謝している。それになによりも……このままでは自分が壊れてしまうのも自覚していた。アリーゼ達の事を思い出しては忘れ、救えたかも知れないことを思い、思い出したように蘇生の杖を手に取る。そんな事を無意識に繰り返し続け、蘇生を試す、試さないは別にしてアストレアにあって話をしなければならない。アリーゼ達から目を逸らし続けるのはもう限界だった。
(後悔するくらいなら最初から渡しとけば良かった)
マキシム達に渡した俺を転移させるアイテムではなく、俺がアリーゼ達に渡したのは救援を知らせるアイテムだった。救援要請を受けてから転移するのと、即座に転移……僅かな差だが、その僅かな差がアリーゼ達の生死を分けたかもしれない、数が少ないからと渡すのを惜しんだ。それをずっと後悔していた、後悔するくらいなら、最初から渡しておけば良かったとずっと後悔していた、その後悔と未練が俺がアストレアの所へ向かうのをずっと妨げていたのだと思う。生き返らせることが出来るかもしれない……あくまでも可能性だが、その可能性がどうしても頭を過ぎり、だがそれと同くらい自分の選択を後悔し、蘇生を試したいと思う気持ちと蘇生が失敗したらという恐怖に俺はずっと悩まされていた。
「それで君はあの2人のなんなんだい?」
「顔なじみの知り合いだ。別に互いの素性なんてどうでも良いだろ? ヘルメス。お前は俺をゾーリンゲンに連れて行く、それだけでいいはずだ」
「つれないねぇ……一応旅仲間と思ってくれてもいいじゃないか」
「悪いな、お前みたいな奴には散々騙されたんでね。それにお前には何度も絡まれてるから正直嫌いだ」
飄々として胡散臭い雰囲気を持ったマフラーを巻いた優男はやれやれと肩を竦め、馬車の手綱を引き、ゾーリンゲンへの道を走り出した。
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「今度は美味いっていう君の料理を是非頼む」
「今度があればな、後お前。胡散臭そうだが、腰をすえて話してみるとお前はいい奴だったぜ。ヘルメス」
「帰りはこっちの馬車で帰るんだろ? またどこかで会えると良いな」
2~3日も掛かればそれなりに仲を深めることが出来たヘルメスにまたがあればなと言ってゾーリンゲンの門に向かって歩き出す。
「何用ですか?」
「買い物だ。料理人でな、新しい包丁とかを見に来た」
門番にそう返事をすると門番はにこやかに微笑み、ゾーリンゲンへようこそと言って招き入れてくれた。
「……良い街だ」
賑やかで明るい、オラリオとはまた違った雰囲気がある。街中を歩きながら剣製都市の名前の通り刃物が多く売られている露天や、店を見ながらあるエンブレムを探す。剣と翼のアストレアのエンブレムを探し、剣と翼が掲げられたエンブレムの建物の前にいる茶髪の女性を見つけた。
「アストレア。少し話があるんだが良いか?」
「カワサキ……? 貴方なんでゾーリンゲンに?」
「筋を通しに来た、少し時間をくれアストレア」
「良いわよ。久し振りに訪ねて来てくれたしね」
アストレアに案内され新しいアストレアファミリアのホームに足を踏み入れる。
「アストレア様おかえりなさい……そちらの方は?」
「オラリオでの知り合いです。カワサキ、こっちです」
アストレアに案内され、ホームの応接間でアストレアと向き合って座る。
「製造系のファミリアに変わったんだな」
「ええ、そっちの方がいいと思ってね」
1年……たった1年ではアリーゼ達の事は割り切れないだろう、俺自身もそうだ。陰のある顔で笑みを浮かべるアストレアに俺は話を切り出した。
「1年前。俺はアリーゼ達にアイテムを渡していたのは覚えているか?」」
「え、ええ。覚えているわ、でもその事には「俺はその時にアリーゼ達の遺体を回収して保管してある」……ッ! っ……」
言葉に詰り、怒りに燃える目で俺を睨むアストレアだが、強い精神力でそれを押さえ込み、視線で話を続けろと促してくる。
「遺体の状態は完璧に保存してある。俺はそれを引き渡しに来たんだが……その前にアストレア。お前に聞きたい事がある……」
俺は大きく息を吐き、深呼吸し、決意を固めてから口を開いた。
「アリーゼ達を生き返らせる事が出来るかもしれない……そう言ったらどうする?」
「……は?」
「呆然とするのは分る。荒唐無稽だというのも理解してる……だが冷静に聞いてくれ、俺は別の世界からここに来た。嘘じゃないのは神だから分る筈だ」
「……ッ! え、ええ。貴方が真実を話してるのは分る。信じられないけど、それでも真実だと分る。じゃあなんで今更それを伝えに来たの? リューが今何をしているか知らないわけじゃないわよね?」
リューがオラリオで闇派閥の構成員や、その主神を殺しているのは当然知ってる。リューが暴走しているのはアリーゼ達の死が原因だというのも分かっている。その時に生き返らせれば、リューが手を汚す必要がなかったのも分ってる。
「分ってる。俺もあいつに道具を提供したし、協力もしてる……っ!」
アストレアの平手打ちを甘んじて受ける。アストレアには俺を殴る権利があるからだ、止める事も出来たのに止めなかった。怒りに燃えるリューであれば、俺達で処理できなかった闇派閥を抹殺してくれると思ったのも嘘ではない、だがそれよりも止めないほうがメリットがあると思ったのも事実。だからそれは俺が受けるべき罪である。
「どうしてリューに生き返らせるかもしれないって話をしなかったの? リューを利用して闇派閥をそんなに滅ぼしたかったの?」
「違う。蘇生には失敗するかもしれない、失敗すれば遺体は何も残らず消える。それに生き返ったとしても、過酷なリハビリが待っているし、お前の知るアリーゼ達じゃ無くなっているかも知れない……どうするべきか俺も悩んだ。このまま遺体を返還するべきだとも思った、だが蘇生できるかもしれない、そのかもしれないが俺の足を止めた。ゼウスのじーさんとヘラはお前に会いに行けと背中を押してくれた、だから俺はここに来た。アストレア……どうする? このまま埋葬するか、それとも蘇生を試すか……俺はお前の決断に従おうと思う」
顔面蒼白で目を見開き、過呼吸に陥っているアストレアの決断に全てを委ねる。ここまで来ても自分ではなく、アストレアの判断に任せると逃げる自分自身に嫌気が差しながら、俺はアストレアがどのような決断を下すのを無言で待つのだった……。
カワサキさんは1年悩み、そしてゼウスとヘラに背中を押され、歩き出すことが出来ました。この一年の間も忘れることと思い出すことを繰り返し、皆がカワサキの事を心配しつつ、それでもゼウスとヘラによって止められていたという事になります。この1年はカワサキさんはみなの前では普段通り、1人ではうつ病みたいになっていたりするので割りとボロボロになっていました。
オラリオにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーがいるのは
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間違っている
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間違っていない