ダンジョンで料理人が有名なのは間違っていますか? 作:混沌の魔法使い
下拵え ベル君 頑張る その4
今日の訓練は今までと余りにも違いすぎる訓練でした。用意されていたのは1~25の数字が書かれたボードとそれが枠で区切らた物をカワサキさんが手の甲で叩きながら何をするのかと説明を始めてくれた。
「今日から周辺視野と瞬間視を鍛える訓練を始める」
「……しゅうへんしや? しゅんかんし……?」
カワサキさんの言っている事が良く分らず、ちょっと間抜けな感じで呟くとカワサキさんは苦笑する。
「周辺視野だ。例えばだが、こう正面を見るだろ? でも見える範囲は正面だけじゃなくて、左右も見れるし、斜めも見れる。主にだが正面の視野……固視点というが、眼を動かさないで見ている点を中心とし、そこから左右に大体20度くらいまでの有効視野、色が分る範囲が35度程度、見えもしないし、色も認識出来ないが何かあると認識出来る範囲が大体100度だ」
「「「???」」」
僕だけじゃなくて話を聞いていたザルドおじさんとアルフィア母さんも良く分らないという顔をしている。
「……つまりだな、仲間と一緒にモンスターと戦うとするだろ? となると回りも当然把握する必要がある。仲間の今の状況は? 敵の奇襲はないか? と周囲を警戒するんじゃないか? ザルド、アルフィア?」
「んーまぁそう言われるとそうだが……」
「私達はそこまで気にしない。皆強いからな」
「お前達クラスになればそうだろうが、ベルは違う。良いかベル? 仲間と共に戦うなら、全員で生き残るって事を絶対に頭の中に入れておけ、一度裏切れば、一度見捨てれば、同じ事に躊躇いは無くなる。善人であれとは言わんが、外道にはなるな。人として超えちゃいけないラインは超えるなよ」
「はい!」
人として超えてはいけないライン――それは多分前にザルドおじさん達が話をしていた闇派閥の事を指すのだろう。悪い事を悪いとも思わない人間にはなるなというカワサキさんの言葉に元気良く返事を返す。
「良い返事だ。じゃあ次だが、瞬間視だ。これは瞬間的に見た物を把握する能力だな、これと周辺視野を鍛える事で広範囲を認識し、戦略や戦術、仲間との連携や、撤退路の把握に繋がる。ダンジョンに潜ることを考えるなら鍛えておいて損はないが、地道に鍛えていくしかない能力だから、これから1日1回はやるぞ。この数字はランダムに散らばってるから数字を言いながら指でボードを触る。1から25まで何秒掛かるかだな。まぁとにかくやってみろ」
「はい! えっと1……2……」
ボードを見て、数字を呟きながら指で数字を触る。数字がバラバラなので次の数字を見つけるのも中々難しい。
「23……24……25ッ!」
「45秒……まぁ最初ならこんなもんだろ。ザルドもやってみるか?」
「まぁベルに見本を見せてやるかな、1・2・3ッ」
軽やかな音を立ててザルドおじさんはボードを押していき……。
「23・24・25っと」
「4.2秒か。やっぱ冒険者は違うな」
「そりゃな。お前の言う周辺視野と瞬間視は冒険者は普通にやってるもんだしな」
「一応私もやっておくか、123」
「3秒。流石に早いな」
「こんなものは子供の遊びだろう?」
タンタンっと軽く音を立ててボードを押し込んでいくアルフィア母さんはザルドおじさんより遥かに早い3秒でやりきった。
「ここまでやれとは言わんが、最初はそうだな。30秒を切れるように頑張るか」
「が、頑張ります! もう1回お願いします」
「おう。今度はもう少し早くなると良いな」
「はいッ!」
体力作りに戦術と戦略の勉強に、体術の訓練に料理とやる事が増えて行くが、それでも全然苦ではなく、冒険者になるために必要なことだと思い、もう1度周辺視野と瞬間視を鍛えるための訓練を始めるのでした……。
俺から見てベルはとても冒険者になれる器ではなかった。母親のメーテリアが長い間死の病に苦しんだ事が影響しているのか身体能力は良くいって下の上、アルトの敏捷性は引き継いでいるがその他の身体能力は低い。カワサキが栄養管理をしているので身長や体重は恵まれているが、素の身体能力の低さはそう簡単に覆せる物ではなく、ゼウス同様俺の意見はベルは冒険者になれないだった。
「ワシもまだ見る目が甘かったかの? マキシム」
「いや、カワサキが規格外なだけだ。俺もゼウスと同意見だった」
カワサキは指導者として飛びぬけた才能を持っていた。いや正確には自分の持ちうる技術を相手が使えるように落とし込むのが抜群に上手かった。打撃が得意なのか、蹴り技が得意なのか、それとも組み付きが得意なのか、その者の体格やステイタス、使う武器に応じた技術をカワサキは伝授したが、それはあくまで1つか2つ。だがベルは文字通りカワサキが持ちうる全ての技術をその身体に刻んでいた。
「うっ!」
「ベル何度も言っただろう? 簡単なフェイントやフェイクに騙されるな。相手の体重の掛かり具合、足の開き具合、相手の目に拳に肘の位置、その全てを観察しろ。そうすれば相手が死に体か反撃を狙っているのか分る」
ベルの顔の目の前で拳を寸止めしたカワサキの言葉に分るかと内心で呟く。カワサキはとにかく素手での戦いが強い、経験値が段違いだ。その上様々な武術を組み合わせているので行動が読めず、油断すると一気に押し込まれるほどにカワサキは強い。
「本当に分かるようになります?」
「経験を積めば出来る。俺だって才能は無い方だが、実戦経験は嫌って程積んでる。1対100とかな」
「……それで何で生き残れるんです?」
「隠密行動、奇襲、罠。何でも使ったからだ」
カワサキの強みがこれだ。別の世界の神らしいが、ゼウス達と違い全知零能ではない。そして神威を使うわけでもない、強いて言うのならば……圧倒的な戦闘経験と応用力と自分の持ちうる技術が群を抜いているからだ。
「恩恵ありきの俺達とは根底から違うってことか」
「まぁそんな所じゃな」
カワサキは神でありながら恩恵を所有している。だが恩恵は俺達のような恩恵では無く、己の修練によって技術を身につけるというものだから恩恵と呼んでいるが、その本質は別物だ。何故ならカワサキの恩恵は料理に関係するものばかりで戦闘に直結しない。カワサキの戦闘力は自身が努力し、修練を積み身につけた凄まじい数の手札と戦闘経験がカワサキの強みであり、俺でも攻めあぐねる要因だ。
「良いかベル。拳による打撃はデメリットが多い、まず第一に拳を痛めやすいし、手首の捻挫などもあり得る。拳で戦う際はそれなりの下準備が必要だ。バンテージで拳を守ったり、手首を固定したりな。勿論デメリットだけではなく、しっかりと殴り方を覚えておけばデメリットよりも多くのメリットがある」
良い点、悪い点を丁寧に説明しベルに冒険者としての知識を身につけさせている。
「扱いやすいのは掌打だ。打ち込むポイントを間違えなければダメージが通りやすいし、拳より捻挫や骨折のリスクが低い。だが掌打以外にも肘や膝というのは骨が固い部位も打撃には有効だ」
「……はい」
「少しずつ覚えていけばいい。まだ時間はある」
「はい!」
カワサキの知識は専門的過ぎる上にこの世界では余りにも異質。武器ではなく、己の五体を武器とするその知識と磨き上げられた技術は驚愕と共に賞賛に値する。
「踏み込みが甘い。もっとしっかり踏み込め」
「は、はい!」
「踏み込みを意識しすぎて上半身が遅れてる。それじゃあ威力は出ないぞ」
「は、はい!」
「こら! 誰もそんな事を教えてないだろ。しっかり1発、1発。自分の動きを確認しながらッ!」
「はいッ!」
手袋を嵌めてベルの攻撃を受け、厳しくベルに格闘術を教えているカワサキを見ながら手にしていたコーヒーのカップを机の上においた。
「最強としてどうみる?」
「大成はしないといったが、案外良い線いくかもしれん」
真面目で、地味な訓練を続けられる。それは最早一種の才能だ。そしてカワサキもそんなベルを気に入っているのか、熱心に指導してる。
「ん! 今のは良い感じだ」
「肩になんか衝撃が来た感じがしました!」
「良い具合だ。ほれ、今の感じを忘れないうちにだ」
「はい!」
小気味良い音を立てるベルのパンチの音を聞きながら、俺はふと思ったことを呟いた。
「ただ戦闘者としては大成するかもしれんが冒険者としてはどうだろうな……?」
「それはワシも思う。このままだと対人の専門家になりそうでな……」
モンスター相手ではなく、カワサキと同じ様な対人戦闘に特化しそうだが大丈夫なのかと一抹の不安を抱くのは当然の事なのだった……。
ゼウスのじーさんに少し出てくると言って村を出た俺は転移を発動させ、村から遠く離れた森林へと跳んだ。だがアルテミス達の姿は無く、運悪く目印にしていた軍旗がかなり遠くに配置されていたのだと気付き、俺は溜息を吐いた。
「外れを引いたか、まぁしゃあねえ」
三日月を弓に見立て矢を番えているエンブレム――アルテミス・ファミリアの軍旗を見ながら俺は木の根っこに腰を下ろした。このまま訪ねて行ってもいいが、アルテミス・ファミリアは女所帯、その上アルテミスが処女神であり、貞潔を司る女神だから顔なじみだとしても深くは踏み込まない。向こうからの接触があるのを待つのがアルテミスとの距離感として正解だ。久しぶりに煙草を咥え火をつけようとして俺の手から煙草が吹き飛び、背後に樹木に突き刺さった。
「よう、アルテミス。元気そうだな」
木の枝の上から青い髪に気の強そうな目をした女――いや、女神アルテミスが俺を見下ろしていたので片手を軽く上げて声をかける。
「森の中で煙草を吸うな。火事になったらどうする」
「おう、そうだったな。悪いアルテミス」
下手人のアルテミスの方が正論を言っているので謝罪しながら俺は煙草のケースを懐に戻した。
「相変わらず神技だ。俺の手に怪我1つない」
「……嫌味か?」
「ん? そういう意図はねえよ。で、今時間良いか?」
構わないと短く返事をし、木の枝から飛び降りてきたアルテミスと向き合う。
「何かあったのか?」
「……アストレアファミリアが壊滅した」
アストレアファミリアは壊滅したという事にしておいたほうがいい、感情的なアルテミスだから先に話して動きを止めておきたかった。真実はまだアルテミスには話すべきではないし、まだリハビリ途中のアリーゼ達も出来れば隠しておきたい。
「なっ!? 何が……いや、闇派閥の生き残りの攻撃か」
「おう。生き残りはリューだけ、アストレアは身を守る為にオラリオを後にした。同郷だから伝えておいて欲しいとアストレアに頼まれてな」
「アリーゼ達も死んだのか……?」
「……おう。俺が救援要請を受けて向かった時は手遅れだった」
俺の目を見て真偽を探るアルテミスは暫くそうしているとふっと視線を逸らした。
「辛いな。アストレアの事を思うと辛い、眷族を失う事は身を裂かれるほどに辛い事だ」
アルテミスはそう呟くと満月を見上げ、小さく黙祷を捧げる。
「……伝えに来てくれてありがとう。アストレアは今何処に?」
「身を隠してる。表向きの闇派閥は壊滅したが、どこにまだ潜んでいるか分からないからな」
「……そう……か。手紙を書けば届けてくれるか?」
「引き受けよう」
「私達のベースキャンプに案内する。皆水浴びを終えた頃合だろうしな」
森の中を歩いていくアルテミスの後をついて奥へ、奥へと進んでいく。
「アルテミス様どこ……カワサキさん?」
「よっ! 元気そうだな。アタランテ」
「ええ、私は元気ですよ。しかし急にどうしたのですか?」
アルテミス・ファミリアの団長のアタランテに声を掛けられ、軽く手を上げ、そのまま頭をかき、嘘をつくのは心苦しいが危機感を煽るためと内心言い訳する。
「アストレアファミリアが壊滅した事を伝えに来た」
「は……は? 冗談でしょう?」
「冗談でこんな事を言うか、本当だ」
絶句しているアタランテ達には悪いと思うが、このまま話を続けることにする。長く話をしているとボロが出そうなので、押し付けるに等しいがアイテムを渡していくことにする。
「もし危ないと思ったらこれを使え、巻物を広げれば効果を発動する」
「これは?」
「生命拒否の繭という魔法が封じられた物と結界を張る物だ。結界はレベル9のザルドでも拘束出来たから効果は折り紙つきだ」
レベル9のザルドを押さえ込んだ魔法が封じられた魔法を聞いて目を見開いているアタランテはすぐに団員に声を掛けて、俺が渡した4本の巻物を大事にしまう。
「あとこれはアルテミスに渡しておく」
「なんだ。この木の棒は?」
「折れば俺がすぐに転移してこれる。そういうアイテムだ」
「……お前は本当に別世界の神なのだな。カワサキ」
ヘラが俺にアルテミスを紹介したので、アルテミスは俺が別の世界の神という設定を知ってる。訂正するのも面倒だし、訂正したらしたで、このアイテムは何だと面倒な事になるので訂正はしない。
「ずっとそう言ってるだろ? 知人に死なれるのは目覚めが悪い。それにあの時こうしておけばと後悔するのはアリーゼ達の一件で嫌って程思い知らされたからな。お前達が外の危険なモンスターを調査してるのは知ってる。だけど無理と無茶はするなよ、ゼウスのじーさんもヘラも危険だと思えば協力すると約束してくれたからな」
だから無茶をするなよともう1度口にし、今度はもっとゆっくり飯を作りに来るよと言って俺は再び転移の棒を折り村へと戻るのだった。
「ありがたい物をもらったな」
「はい、数日前に見た禍々しい彗星――あれが落ちた地を調査する前にこの道具を貰えたのは幸いでした」
「ここ数日どうも空がおかしいからな。調査が必要だ」
空から落ちてくる禍々しい彗星――神の降臨と良く似ているが禍々しい光を放つ様々な光の雨が世界中に降り注いだのをアルテミス達は見ていた。
「30を越える彗星が降って来るなど異常だ。不吉の前触れで無ければいいが」
「ですね」
30個近い彗星の雨――それがアルテミス達が調査に乗りだした理由なのだった……。
なおゾーリンゲンのアストレアにアルテミスに手紙を渡した事を伝えに行ったカワサキだが……。
「は? 極東に行ってアイテムを盗む? おいおいおい、一応正義の味方のファミリアがアイテムを盗むのか?」
「そうだ。どうせ使いもしないで飾られてるだけだ。それに私をお前の味方と登録すれば私の行った所に転移出来るんだろう?」
「そりゃ出来るがよ。見つかれば大惨事だぜ? それにお前はろくに動ける状態じゃねぇだろうよ」
「私が案内して私が回収するから問題ない」
「なぁなぁなぁ、俺だって極東に寄ったことだってある。あちこちの国に顔を出してるから俺としての面子ってもんがな」
「私が気に食わない連中の面子を潰したい」
「だから気に入った。よっしゃ、行くかッ!」
「カワサキならそう言ってくれると思っていた。ではアストレア様行って参ります」
「え、あ、うん。気をつけて」
案外似通った気質をしている輝夜の提案にて、朝廷に忍び込もうとしていたりする……。
下拵え ギルメンズ・リポート その2へ続く
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アルテミスの生存フラグと幕話の準備をして見ました。そろそろギルメンズ・リポートもその2をやりたいですしね。この彗星とギルメンズ・リポートの繋がりがどうなるのかご期待ください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします
オラリオにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーがいるのは
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間違っている
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間違っていない