ダンジョンで料理人が有名なのは間違っていますか?   作:混沌の魔法使い

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下拵え ベル君 頑張る その9

下拵え ベル君 頑張る その9

 

突き出されるベルの拳を左手で受け止め、手首を掴んで引き寄せようとするがベルは踏ん張ってそれに耐える。

 

「甘いなッ!」

 

だが俺の力を甘く見ているとしか思えず、ベルを引っ張りよせ、俯いているベルの目を見た時に俺ははめられたと気付いた。

 

「いえ。甘くないですよッ!」

 

14歳になったベルはカワサキの訓練と食事のおかげか、見た目こそ細いが筋肉質で骨太になっている。そんなベルが地面を蹴って引き寄せようとしている俺の方に跳んで来た。急に左手に14歳の育ち盛りのベルの全体重が勢いを乗せて掛かったことで左手首に鈍い痛みが走る。

 

「ずる賢いこと覚えやがって……ッ」

 

「出来る事を増やしただけですッ!」

 

ベルはそうは言うが、あれは壊す術だ。人体を壊し、無力化する術。無論レベル10のステイタスを考えれば壊される事はない、だがその僅かな痛みは短時間でも左手を封じるには十分だった。

 

「シッ!」

 

前蹴り、下段蹴り、中段回し蹴り、フェイントを混ぜてのストレート……。俺の左手が死んでるのを見て畳み掛けてくるベル。ダメージはないが、クリーンヒットでダメージというルールのこの組手ではこれはちと不味い。

 

「ちっ! 鬱陶しいなッ!」

 

左手が回復する前に畳み掛けてくるベルの蹴りを右手1本で防ぐが、その蹴りは体重が乗っていてビリビリと手が痺れてくる。

 

「右手1本で防げるザルドおじさんの方がおかしいと思いますッ!」

 

「冒険者舐めんなよッ!」

 

ベルの性格と俺自身の経験を含めれば十分に攻撃は防げるが……。

 

(恩恵無しでこれか、もう小さいカワサキと一緒じゃねぇか)

 

カワサキの技術を文字通り全て叩き込まれたベルは対人に完全に特化していた。カワサキのような衝撃が突き抜ける打撃や関節技は習得出来ていないが、足捌きや体重移動は完全にカワサキのそれだ。

 

「ふっ!!」

 

「ぐっ!?」

 

そんな事を考えていると懐に滑り込んできたベルの姿に、咄嗟にバックステップで距離を取るが背中による打撃が叩きこまれ、思わず呻き声が零れる。

 

「シッ!!」

 

「ごおッ!?」

 

その上追撃でガードも出来ない懐で、拳を振りきれる距離でもないのに突き出された拳に身体が地面から浮いた。咄嗟に殆ど動かない左手を滑り込ませて無ければ有効打をとられていたかもしれない。

 

「つうっ……お前、何時の間にそんな物騒なもんを覚えた?」

 

寸勁とかいう零距離打撃――カワサキの物と比べると完成度は格段に落ちるが、十分に威力のある一撃だった。

 

「頑張りました!」

 

「頑張って覚えさせた」

 

「物騒な方向に頑張るんじゃねぇッ!! んで物騒な物を覚えさせるなカワサキッ!!」

 

真面目なベルと真面目だがどこかずれてるカワサキのでこぼこ師弟の組み合わせは14歳の素朴な少年を手加減し、特殊なルールを用いているとはいえ、レベル10の冒険者と組手が出来るほどに鍛え上げていた。

 

「でやあ!」

 

「ただ……ちょいと調子の乗りすぎたな。ベルッ!!」

 

「ふぎっ!? きゅー」

 

凄まじい拳骨が頭に落とされ、ベルは目を回してひっくり返る。ベルに合わせてやっていたが、まぁちょっと真面目にやればこうなるのは当然。当然なのだが……レベル10が恩恵なしの相手に僅かでも本気を出した。これは認めざるを得ない

 

「どうだった? ザルド」

 

「……認めるしかねえだろ、ベルは冒険者になれる。後は信頼出来る主神とファミリアを見つけられるかだ」

 

アルフィアには睨まれるだろうが、ベルは冒険者になれる。それだけの素養と資質を見せた。

 

「良くここまで伸びたな、驚いた」

 

「そうね。師匠がいいとここまで伸びるのね」

 

「団長、女帝。もう止められないぞ」

 

「しかたない。意志を尊重するのも家族としての形だ」

 

「無理だと思えば帰って来れば良い、カワサキもついていくなら心配はしない」

 

がしがしと頭をかき、目を回してるベルを見つめ……。

 

「俺はもう止めない、止めても無駄だろ。もう止められん。なら見送ってやるのが一番だろ」

 

止めてもベルは出て行く、それならば家族として見送るのが双方にとって一番良い形だと思ったのだが……。

 

「いや、まだいかせない」

 

「なんでだよッ!?」

 

何故かカワサキがまだ行かせないと言い出して思わず俺は何でだよと叫んだ。するとカワサキは首を左右に振った。

 

「まだ人様に出せる料理は出来てないからな、それが出来てからだ」

 

「「「それで駄目なのかッ!?」」」

 

冒険者としての資質は十分だが、まだ料理人としての修行が済んでないから駄目というカワサキに俺達のなんでだよという突っ込みが村中に響くのだった……。

 

 

 

 

とんとんっと不機嫌そうに机を叩くアルフィアに私はベルの為に編んでいた手袋を1度机の上においた。

 

「そんなに納得が行きませんか? アルフィア」

 

「……納得はしてる。だが受け入れがたい」

 

「それは納得していないんですよ。アルフィア」

 

カワサキによって7年鍛えられたベルは冒険者として高い資質を有するに至った。そしてその資質をアルフィアも認めた……が。

 

「心配なんだ。オラリオは決して良い街ではない」

 

「悪い街でもないですけどね」

 

「言葉遊びをするな、ヘラ」

 

善人も悪人もいる。光と闇も、絶望も夢もある。それがオラリオだ。アルフィアが不安に思うのも分る……が。

 

「ベルの思いを無駄にしてはいけないと思いませんか? あの子を突き動かしている物を貴方も分っている筈です」

 

「……分かっている! 分かっているんだッ! だがそれは……それは……私達が本来やるべきことだったッ」

 

ベルはただ冒険者になりたいだけではない、ベルはその先を見ている。

 

「黒龍討伐……ベルはただ貴女達の苦しみの原因を取り除きたいだけなんでしょう。家族として」

 

アルフィアは言葉を発さない。ベルが冒険者になりたいのはアルフィア達のトラウマでもある黒龍を何とかするためだ。英雄になりたいのではない、家族の苦しみを取り除きたい。それがベルの原動力だ。

 

「……私はベルが傷付くのは見たくない」

 

「私も見たくないですよ。あの人もね」

 

ベルの優しさは皆知っている。そしてその信念の固さも知っている、ベルが皆を思うように、皆もベルを思っている。

 

「あの子は馬鹿ではないです。無謀な事はしないでしょう」

 

「そこはカワサキの教えに感謝だ」

 

「ですね」

 

冒険者は未知を既知に変える者。そして生きていれば次がある。死ぬな、生きろ。カワサキのはオラリオの冒険者の考えとは全く違う教えだが、それ故にきっとベルは生き残れる。

 

「ベルの想いは尊重して上げてくださいね」

 

「……分かってる」

 

アルフィアも分かっている。ベルはもう止められない、走り出すことを願っているベルをいつまでもここに囲っておく事は出来ないのだ。

 

「…ヘラ。私もやる」

 

「良いですよ。今編み棒を用意しますね」

 

私が編み物をしているのを見てアルフィアも編み物をすると言い出し、慣れない手付きで編み物を始めるアルフィアを微笑ましい気持ちで見つめながら私もゆっくりと編み棒を動かし手袋を縫い始めた。本音を言えば私だって可愛いベルをオラリオに行かせたくはない、だけどベルがそれを望み、それをなすための力を手にしたのならばそれを信じて送り出すのもまた家族のあり方だと私はそう思うから。

 

「ただベルがオラリオで変な女に付き纏われないか不安で」

 

「そういう女は排除します」

 

「だよな。それが良いよな」

 

「ええ、それが良いに決まっています」

 

ただそれとは別にベルに集る害虫は駆除するのは義祖母として当然の事。オラリオにベルに相応しい女などいるわけないのだから抹殺対象なのは当然の事なのであった……。

 

 

 

 

月明かりの下で拳を振るうベルを見つめながら黄金の蜂蜜酒を口にする。だが普段の甘さは感じられず、苦々しさだけが口に残った。

 

「苦い」

 

「そりゃ悪い。熟成不足だったか」

 

「違うわい」

 

苦いと感じたのはワシの今の気持ちが影響している。ベルの気持ちを尊重すると言いはしたが、本心では不安に思っていた。

 

「大丈夫だ。じっさま、オラリオは良くなってるよ」

 

「アルト……うむ。そうじゃな」

 

「悪い所を知れば、良い所も見えなくなる。だが確かにオラリオは良くなってるよ。少しずつだけどな」

 

アルトとカワサキに大丈夫だと言われ、改めて黄金の蜂蜜酒を口にする。

 

「そうじゃな! ベルが可愛い嫁を見つけて帰ってくるのを待つのも悪くないの」

 

「俺の子とは思えないくらい真面目だからな、きっと良い嫁さんとまでは行かなくても彼女は見つけてくるだろうよ」

 

孫と息子の幸せというか、可愛い義娘とかに期待しているとカワサキが溜息を吐いた。

 

「アルフィアとヘラに聞かれたら処刑されるぞ?」

 

その言葉にビクリとアルトと揃って肩を竦めるとカワサキはやれやれと肩を竦めた。

 

「まぁベルは良い奴だ、良い相手も見つかるだろうよ。アルフィア達の圧迫面接に耐えれればの話だが」

 

「「あー……」」

 

ベルを溺愛してるヘラとアルフィアがいる限りベルの結婚は難しいかもなぁとアルトと共に呻く。

 

「やはりここはアルフィアをカワサキに……「殴るぞ」ぐぶっ!? もう殴ってる……」

 

アルトが殴られ崩れ落ちるのを横目に新しい黄金の蜂蜜酒を杯に注ぎ、アルトの杯にも入れる。

 

「ほれ、起きろアルト。乾杯だ」

 

「おー……あれだな。ベルの旅立ちに乾杯だな」

 

「ザルドにも言ったがまだオラリオには行かせないぞ」

 

アルトと乾杯しようとするとカワサキがまだ行かせないと言い、思わず揃ってえっと叫んだ。

 

「なんでだ? ザルドと組手出来るほどに仕上げたんだろ?」

 

「おう。だけど料理人としてはまだまだだからな、行かせない」

 

「「ええ?」」

 

カワサキの考えている事が分からず、アルトと共に変な声が出る。

 

「ベルを最初はペニアの婆さんに預けようと思ってな」

 

「なるほど、ヴァリスを稼ぐ宛か」

 

「そ、それと同年代も多いだろうからベルにも良い環境だと思うしな。それにベートにオッタルも顔を出すから顔を売っておくのも悪くない」

 

「それに働きながら所属するファミリアの候補も見繕える、うん。良いんじゃねぇか?」

 

ベルについてはカワサキに任せていたが、しっかりとベルの事を考えてくれていることに安堵した。

 

「では改めて乾杯じゃな」

 

「だな」

 

「何に乾杯するんだ?」

 

カワサキの言葉にワシとアルトは杯を突き出しながら声を上げた。

 

「ワシ達の最後の太陽に!」

 

「俺の息子が大きな幸せを掴めるように!」

 

「なら俺はベルが最高の料理人になれるように」

 

「「「乾杯ッ!」」」

 

それぞれ願う物は違うが、それでも同じベルの幸福を祈って、それぞれの杯をぶつけて乾杯する。そして心から願うのだあの子に数多くの幸せがありますようにと……。

 

 

下拵え ベル君 頑張る その10へ続く

 

 

 




14歳のベル君。手加減してるザルドと組手可能(正し本当にめちゃくちゃ手加減している)にまでに成長。
正し武器の扱いはまだ余り得意ではなく、ザルドに小さいカワサキと思われるくらいには対人戦闘スキルを獲得しております。
次回でベル君頑張るはラスト、その次から始まる本編開始をどうかよろしくお願いします

オラリオにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーがいるのは

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