ようこそハイスコア狙いの教室へ   作:茶漬生活

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5月09日(土)

Les plus détestables mensonges sont ceux qui se rapprochent le plus de la vérité.

 最も嫌らしい嘘とは、最も真実に近いもののことだ。

 André Paul Guillaume Gide(1869-1951) Si le grain ne meurt(一粒の麦もし死なずば)


 

 

 あの夜、病院で兄さんと久しぶりにちゃんと話せた。

 

 主体性がない私を心配して突き放したこと、私の交友関係を気にしていたこと。

 あの男からこの学校の問題点を聞いた時兄さんは少し狼狽えていた。

 なんでもできる人というわけじゃないことがわかったのは少し寂しかったけど兄さんも一人の人間なんだと実感できた。

 

 そして……本当は長い髪はそこまでタイプじゃないことも。

 

 思わず髪を短く切りたくなったけどそれをするとまた心配させるだろう。次に髪を切るのは自分がちゃんと成長できたと実感できたとき。私はそう決めた。

 

 ――――兄さんはあの男を恨むなと言っていたが、それだけは従えない。いくら昔から付き合いがあったからと言って兄さんは甘すぎる。

 兄さんは顎に罅が入っていたし小指に至っては折れていた。私の左肩だってかなり痛む。対してあの男は中指に罅が入っただけ……絶対に許さない。

 

 

「集まったな。みんな今日も買い出しご苦労だった。とりあえず前回同様に意見や提案を聞いてみようか。何かあるか?」

 

 声をかけるこの男の左頬は青い。嫌な男だが顔を見るたび、高円寺君に殴られたシーンを思い出して愉快な気分にもなるから複雑なものだ……

 今朝になって突然、問題行動を起こしたときは腹が立ったが、溜飲が下がったのも事実。高円寺君に少し感謝したいくらいだ。

 

「給食委員から一つ。無料商品の内容的に、料理を全員分同じものを用意するってやり方は献立が限定されるから二種か三種作って選んでもらうってやり方にしたい。ただデメリットとして早い者勝ちになるから遅くなりがちな部活生の料理が残りものになる可能性が高い。これについてみんながどう思うか聞かせてほしい。」

 

 最初に発言したのは前回と同じ、Aクラスの姫野さんだった。彼女は積極性が高く内容も簡潔にまとまっているが、この質問は一種の爆弾だろう。

 

「補足するね。毎日みんなで無料商品を集めてるけど、豚肉だけとか牛肉だけを人数分集めるとかが難しいからトンカツとかステーキが作れないのよ。最近鶏肉が多いのはそういう理由。でも集めた分だけ別メニューを作るなら少し豪華なものも作れる。」

 

 続けて発言したのは篠原さん。彼女も給食委員の中心人物で既に両クラスの柱の一つになっている。

 

 ――お前は何かしたのか?――

 

 兄さんの声が聞こえた気がした。分かっている。私の欠点はここなのだろう。

 

「早い者勝ちなら俺は賛成だぜ!いいもの食いたいじゃん。」

 

 言い出したのは山内君。なにも考えていないのが丸わかりだ。

 

「部活やってると食事が不利になるってのはちょっとね……ローテーションとかできないの?」

 

「俺たちも考えてみたんだけどほとんど無料商品で作ってるから、当日の買い出しまでメニューが決まんねーんだ。どのメニューが何人分作れるかってのもわかんねーしさ。せっかく豪華なのを食べられる日だったのに好き嫌いでダメだったとか辛いだろ?」

 

 小野寺さんの質問に答えたのは池君だった。三馬鹿と言われていたのに今じゃ彼も中心人物になっている。勉強会での伸びもなかなかだ。立場が人を変えるということだろうか。みんなそれぞれの仲のいい人同士で相談し合っているようだ。私はひとり。

 

 ――お前は何かしたのか?――

 

 

「俺から提案だ。豪華版を食べた人間は最後まで残って皿洗いをすること。これでどうだ?待機時間が短い部活生が食べやすくなる。あと俺の失敗でもあるが、皿洗いは給食委員とは別にするべきだった。部活生も帰宅部も給食委員の負担がかなり大きいことを知ってくれ。今はうまく回っているがそのうち不満が出てくるはずだ。できれば給食委員もそのうち増員か入れ替えをしたいと思っている。」

 

「俺はそれでいい。勉強会で迷惑かけてる身だからな。これで文句まで言える立場じゃねえ。」

 

 三馬鹿最後の一人。あの男の提案に賛成したのは須藤君だった。彼に続くように意見は一気に傾く。

 

「賛成多数のようなので決定にしたいが給食委員は大丈夫か?あと反対者がいるなら今のうちに言ってくれ。」

 

「問題ないよ。みんなありがとう。ただ皿洗いにもある程度やり方があるから最初のうちは私らがついて教えるよ。」

 

 そこまで大きな問題となることもなく落着した。須藤君の意見が決定打になるというのも以前は想像できなかったことだ。おどろくほど成長している。

 

 

「あと二つ報告事項だ。一つはテストの過去問を手に入れた。過去6年間を見る限り毎年同じ問題なので今回も同様だろう。明日から過去問を使ったテストを開始する。何度も繰り返すから間違った問題は解き方をしっかり理解しろ。目標は本番で全員満点だ。2連続で満点が取れた教科は試験直前までやらなくてもいいが、こんな攻略法があるのは今回だけなのでテスト以外の部分の復習を怠らないように。ちなみに功労者は堀北だ。」

 

 全員が歓声を上げる。

 屈辱だ。私は何もしていない。ただあの男に肩を外されただけ……

 

 ――お前は何かしたのか?――

 

 また兄さんの言葉が聞こえる。

 

 

「もう一つは俺の事だが、今月末から生徒会副会長になる予定だ。とは言っても実質名前だけで当面は働くつもりはない。基本的にこっちを優先するがどうしても参加しないときがあるかもしれないのでそこは許してくれ。」

 

 そう。詳しくは教えてもらえなかったがあの時の契約関係であの男が副会長になるらしい。働くつもりがないなんて傲慢な……

 

 

「では今日の本題だ。改めて確認だが今後、『()()()()()()()()()()()』ことを目指し、協力してくれると言うことでいいな。異議があるやつは今言ってくれ。」

 

 今さら何を言っているのだろう。そんな人間が居るはずがない。居るとすれば高円寺君ぐらいなものだけど彼も異論はないようだ……松下さんが綾小路君を見ている?なぜ?

 

「いないようだな……お前もそれでいいか。綾小路?」

 

 綾小路君の顔がこわばっている。

 そういえば事なかれ主義なんてことを言っていたわね。まさかこの期に及んで手を抜くつもりだったのかしら。

 

「小テストの結果が振るわなかったことは悪かった。中間テストに向けてちゃんと努力する。」

 

「わかってるだろ?本気で協力できるかと聞いている。」

 

「何が言いたいかわからないな。」

 

「ホワイトルーム。」

 

 綾小路君の表情が完全に消えた。ホワイトルーム?白い部屋……?

 

「実力を隠したいから全力が出せないんだろ?だったらみんなに知ってもらおうじゃないか。

 簡単に説明すると、乳幼児期から体罰を使って人工的に天才を育てようって施設があってな。

 支持者集めのために息子すら叩き込む狂人が責任者で、叩き込まれた息子が綾小路だ。

 幸か不幸か綾小路はその環境に異常適応して一人だけ生き残ってな。

 その気になれば俺なんかよりはるかに上。六助と同等程度に色々できる。」

 

 あまりにリアリティが欠如した話でみんなの反応もまちまちだ……神崎君は顔色が悪い。想像してしまったのだろうか。

 

「ちなみにここの理事長は10年近く前に娘連れで視察に行ってるぞ。遠足気分とか救いようがない馬鹿だろ?娘の教育に悪いとか考えないのかね……案の定しっかり歪んだようだが。そのうち娘がお前に接触してくるだろうから気にしておくといい。」

 

 話を総合すると綾小路君は異常な教育を受けたということ?

 

 とてもじゃないが信じられない……そう考える自分を、コンビニでカップ麺の相場を聞いて来た彼の姿が否定する。事なかれ主義を自称してる癖に悪目立ちしている彼。友人が欲しいと言っていた彼。小テストで50点だった彼。

 

 次々とピースが埋まっていく。そして――――

 

 目の前であの男と対峙している彼。

 

「どこで知った?あの男も中学生に知られるような杜撰な隠し方はしてないはずだ。」

 

「覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない。

 ここにも言えることだが、というか実際言ったが、なんで秘密が漏れない前提なんだろうな?

 リスクマネジメントを考えるべきだろう。

 

 お前も50点なんてわかりやすい点数。

 自分を見つけてくれと叫んでるようにしか見えなかったぞ。」

 

 綾小路君が50点だったのは意図的で、気付いて欲しかった……?

 

 ――お前は何かしたのか?――

 

 

「お前がキリスト教徒とは思わなかったよ。明日テストなんてやってる暇があるのか?」

 

「誤魔化し方が下手すぎるな。神とは話したことがあるがヘブライ語でもアラム語でもなかったぞ……畜生からは程遠かったしな。」

 

「何の話だ?」

 

「気にするな。スッキリしたろ、洗いざらい全部ぶちまけられて。」

 

「……オレに何をさせたい。」

 

 彼は綾小路君とは完全に別人だった。あんな顔は一度も見たことがない。

 

「お前は物事を焦りすぎる。途中式が大事だって教えたばかりだろ。お前自身は何をしにここに来たんだ?」

 

「特にないな。オレは事なかれで普通に過ごしたかっただけだ。」

 

 何度も聞いた彼の言葉が重く響く……

 

「そうか。自由になりたいのか。がんばるといい。」

 

 話が繋がっていない。あの男はなにを……

 

「……なんなんだお前は。」

 

「――――いい表情だな。感情があったじゃないか。ようこそ人間の世界へ、綾小路清隆。

 ところで気付いたか?

 全体のレベルが上がるほどクラスメイトが移籍で減っていく……覚えがあるだろ?

 お前だってその気になれば、みんなと一緒に卒業できるってところも同じだ。

 違いは出ていったメンバーが幸せになれるってところだけだ。

 ()()()()()のために()()を用意してやったぞ。

 

 さて、どうする? またお前ひとりだけ残るか?

 

 試験時間はまだあるから、じっくり考えるといい。0歳児。話は以上だ。」

 

 

 綾小路君が愕然としている。

 

 あの男は最後まで残ったのが綾小路君だと言っていた……つまり綾小路君以外は脱落したということ。他の子は一体どうなって――――

 

 

「……あっ、綾小路!お前実は頭よかったってことだよな?鬼塚じゃなくてお前が先生やってくれよ!親友だろ?あいつよりお前の方が楽そうだし、そうしてくれよお。」

 

 ……山内君は話を聞いていたのかしら。彼の愚かさは身に染みていたがここまでとは思わなかった。

 いくらなんでも空気が読めてない。今はそんな話をしているところでは……

 

「……さっそく親友ができたじゃないか。まずは人格形成からだな清隆。

 自分を晒した方が友人は作りやすいぞ。一番心の助けになるしな。

 ……人生はお前の想像以上に長いぞ。」

 

 

 ――友人は沢山いらないが、ある程度いればいいと思っている――

 ――それができないからボッチ街道を進んでるんだろ――

 

 ……私はあの時、彼に何を言った?

 

 ――私は好きになれそうもない考え方だわ――

 ――私には綾小路くんが本気で言っているようには思えないわ。

   友達が真剣に欲しいと考えているなら、もっと自分から主張するべきだし――

 

 彼が本当に隔離されて育ったのなら私が言ったことは……

 

「山内……」

 

 綾小路君はあの時――――自己紹介で置いて行かれた時と同じ顔をしている。

 

 

「……るわ。」

 

「堀北……?」

 

「あなたは友達を作ることが出来るわ。綾小路君。」

 

 ちゃんと言ってあげられた――――兄さんの声はもう聞こえない。

 

「堀北も……ありがとう。俺と……友達になってくれ。」

 

 ぎこちない笑顔で手を差し出してくる。こちらについても私の答えは決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「拒否しても構わないかしら?実力を隠していたというのが気に入らないわ。」

 

「お前、それはないだろ……」

 

 

 

 

 夕食のカレーは、温かかった。

 

 

 

 




 アンケートの2つ目の「詰読」は「積読」の誤字です……アンケート項目って直せないんですね。生き恥……

原作0巻って読んでますか?

  • 既読
  • 未読/詰読
  • そもそも原作を読んでない。
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