キミの瞳に恋してない   作: 龍也/星河琉

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読んでいただきありがとうございます。ハーメルン総合日間ランキング34位に入っていてびっくりしました。読んでくださる皆様に大変感謝しております。引き続きよろしくお願いします。


#6 In Motion

 旅館の入口で朝礼を終えてから、十千万の仕事は始まる。志満(しま)さんの指示で動き出す中、ぼくはパートのおばさんに仕事を教わることとなった。

 

「今日からお世話になります。未空(みそら)零夏(れいか)です。よろしくお願いします!」

「あら! ほんとに入ってくれたのねぇ……! 嬉しいわっ!」

 

 今日のぼくの教育担当である土屋(つちや)さんが微笑む。若手の新人が入ってくれたことが、よほど嬉しかったようだ。

 

 周りの従業員さんも、こちらを見ながらコソコソと何か話しているのが分かる。

 

 『零夏』という言葉を口に出し、改めて自分の名前が変わったことを自覚する。

 

 この名前は、ぼくの数少ない幸せが全て無くなってしまったことをあらわす名前だ。もともと一くらいしかなかった幸せが、ぼくの生きるための糧のすべてだった。それすらも無くなってしまったぼくは、もはや何も残っていない(ゼロ)である。

 

 もちろん、千歌(ちか)ちゃん達との暮らしも、今の幸せの一つだ。だが、そうやってまた自惚れていてはまたひとつぼくから幸せが逃げてしまう。そういった意味では、この名前は自分への枷であり、教訓とも言える。

 

 おばあちゃんとの生活。『彼ら』との生活。そういった、昔の幸せの残滓にぶら下がったまま暮らすことなく、ぼくは、今目の前にある幸せを享受して生きていくという決意をしたのだ。その決意のあらわれも、この名前には込められている。

 

「まだ右も左も分からない若輩者ですが……何卒、よろしくお願いします!」

「そんなに堅っ苦しくしなくて大丈夫よ? もっと肩の力抜いて? そんなんじゃ息が詰まっちゃうわよ」

「は、はぁ……」

「今日は初日だし、館内のお掃除とか洗濯物畳んだりとか、そういう簡単な作業をやってもらうから。仕事は、焦らずゆっくり覚えてけば良いからね」

「わかりました。では、ご指導お願いします!」

 

 今日、ぼくが教わる仕事は掃除と洗濯関係のものだ。館内の掃除をする場所やコツ、洗濯物のたたみ方にしまう場所。それらを早ければ一日で覚えてしまおうって作戦だ。

 

 まずは、廊下の掃き掃除と雑巾掛け。使う道具は至ってシンプル。中学校の掃除の時間とあまり変わりない。ほうきにちりとり、雑巾に水入りバケツくらいのものだ。

 

 柄が短めの座敷ほうきで木張りの床を掃き、それらの終わった後に雑巾で、寺の修行僧のように四つん這いの姿勢で走りながら拭いていく。ぼくにとっては、まあまあ慣れているほうの肉体労働である。

 

「……ふぅ。これで掃除はオッケーだ。次は……洗濯物畳みか」

 

 2階から始めて、1階の廊下の一番端まで雑巾をかけ終わり、鏡のように自分の姿を反射して映すほどにキレイになった床を見る。上出来だ。ここまではまだ、いい運動って感じの体力の消耗のしかた。

 

 さて、次はタオルや布団のシーツ、浴衣などの洗濯物を畳む作業だ。

 

 館内の掃除は大体2時間ほどで終わらせるよう言われていたが、古めかしい壁掛け時計を見て、まだ1時間も経っていないことに気づく。

 

 とりあえず土屋さんに、掃除が終わったことを報告しなければ。速すぎて怒られる、なんてこともないだろう。おそらく。

 

「すみません、館内の掃除終わりました!」

「えぇっ!? もう終わったの!?」

 

 土屋さんは目を丸くして、客室の掃除機を止める。

 

「はい。一通り終わらせました」

「2時間くらいでやってって言ったけど……まだ1時間しか経ってないじゃない。ただ早く終わらせれば良いってものじゃないのよ? わかってる?」

「わかってます。確かに全体を念入りに掃除しましたので、確認をお願いします!」

「わかったわ。ちゃんと掃除されてるか見るから。中途半端なとこがあったら、やり直しさせるからね?」

「はい。もちろんです!」

 

 土屋さんが客室から廊下に出ると、さらに目を見開いた。と思えば、シュバッと姿勢を低くして隅や床の面を確認する。

 

「……いかがでしょうか?」

「す、すごい……床がピカピカ光ってる……ホコリもないし……」

 

 床の掃除なんて、おばあちゃんと暮らし始めた最初の頃から教え込まれ、つい最近まで続けてきた家事だ。少しの埃も見逃さず、徹底的に館内全体を掃除したのだ。

 

 こういうのは『最初に頑張りすぎるとよくない』『後でガス欠になって尻すぼみになっていく』なんて言われているが、ぼくにとってはこれは少しの頑張りでしかない。

 

 身体が汚れた部分を勝手に掃除してくれる、言わば惰性に近い反射神経で仕事をしているのだ。こちらの心構えの方が、よほど仕事に対して真剣に向き合っていないと感じるかもしれないが、まあこんなに床が綺麗になったんだ。許してもらいたい。

 

 土屋さんは館内を見て回る。ぼくの手によって、きちんと掃除してあることを確認したようだ。

 

「ほんとにちゃんと掃除してたのね。ごめんなさい……私ったら、半信半疑になっちゃって」

「いえ、そもそも2時間で終わらせるように言われたことを、1時間で終わらせたぼくに問題があるので。ペース配分を考えるべきだったのに、ついつい気合いが入り過ぎてしまって……なんというかその……すみません」

「いや、謝らなくて良いのよ!? 早く終わるに越したことはないからね。零夏君ってここに来る前は、一体何してたの……?」

 

 驚きながら尋ねてくるものだから、どこまで話したものかと数秒考える。

 

 さすがに千歌ちゃん達ほど詳しくは話せないので、何となく誤魔化しながら話してみることにする。

 

「えっと……話せば長くなるので端折りますが、幼い頃からずっと家事をしていたので……掃除とか、そういうのには少し自信があります」

「あぁ、そうなのね。頼もしいじゃない。じゃあ次は、さっき言ったように洗濯物を畳んで、指定された場所に片付けてもらおうかしら。けっこう溜まってるし、今日はその作業で1日終わると思うわ。ちょっと大変だろうけど……お願いして良い?」

 

 詳しく聞いてこなくてよかった、とぼくはほっと胸を撫で下ろす。

 

「はい。ぜひ、やらせてください!」

「ありがとう。じゃあ、畳み方教えるわね!」

 

 それからぼくは土屋さんから、それぞれの洗濯物の畳み方を教わる。洗濯物は、種類別の畳み方が決まっており、全部決められた形に揃えるのを徹底するように気をつけるんだとか。

 

 自分が畳むものは全て『お客様が使う物』だという意識を持ち、畳んだ時の見た目を第一に拘るように。それと、汚れが付いているものは省いて、クリーニングに出す物をひとつにまとめておく籠があるからそれに入れるように。汚れがひどくないものはクリーニングして使い回し、汚れがひどいものは処分して新しい物を発注するように。これらが、洗濯物を扱う時の基本になってくる。

 

 あと、仕事が人並み以上にできるようになれば、それらの発注を任せることもあるかも、とのことだ。

 

「よし、最初に教えることはこのくらいかしらね。終わったら私に声掛けて!」

「わかりました! やっておきます!」

 

 さあ、作業開始だ。こればかりは惰性で畳むと、自分の畳み方でやりかねない。畳む速度と丁寧さはそのままに、手順だけを覚えていこう。素早く、そして確実に。

 

 そうして、タオルを50枚、布団のシーツを29枚畳み終えたところで、既に大分の時間が経過していることに気づく。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎるらしいが、ぼくにとっての楽しいこととは、こうやって試行錯誤と効率化を繰り返しながら何かを行う単純作業なのかもしれない。

 

 お昼時になったところで、志満さんが部屋に来た。

 

「零夏君、お疲れ様。お腹空いたでしょ。お弁当作ったから、良かったら食べて?」

「志満さん! ありがとうございます! いただきます!」

 

 洗濯物たちが汚れないよう、元いた場所から2mの距離をとり、割り箸をパキッと割る。

 

 まだ少しだけ温かいお弁当に、『いただきます』の挨拶をしてからがっつく。志満さんの料理は、なんだか優しい味だ。端的に言ってしまえば、味付けがそこまで濃くない。薄めだ。健康志向というやつだろうか。献立もよく考えられている。

 

「どう? 十千万のお仕事。やっていけそう?」

「ええ。ふふっ、なんだか仕事が楽しいみたいです、ぼく。今は洗濯物畳みをお願いされてるんですけど、それだけで楽しくて。1つ畳み終わる度に、自然とお客様の表情が浮かんでくるんです。これを、お客様が使ってくれるんだって。そう思うと、なんだか嬉しくなっちゃって……」

 

 ぼくがそう笑いながら話すと、志満さんも安心したような笑みを返してくれる。

 

「ふふっ。楽しくお仕事できてるなら良かったわ。きっと大変なことも増えてくだろうけど、零夏君なら大丈夫そうね。どんな時でも、初心を忘れずに働けば……たいていのことは乗り越えられるからね」

「初心を……忘れずに……」

「そう。どんな仕事でも、まずはお客様を思い浮かべること。それで、『これならお客様に自信を持って出せる』って言えるくらいのものにするの。お客様用のタオルでも、料理にしても、全部ね。今は基準が分からないだろうから、しばらくはパートさん達に確認をお願いしてね?」

「はい。肝に銘じます。まずは、お客様を第一に……」

 

 この仕事の、家事との大きな違いが分かった気がする。十千万での仕事は、とにかく『見られる』。

 

 自分の勤務態度、姿勢、一挙手一投足。自分の畳んだ洗濯物。自分の掃除した部屋。自分の作った料理。それらを全て、人様に見せても良いレベルまで磨かなければならない。接客業とは、そういうものなのだろう。多分。

 

 さらに、日本の『おもてなし』とは、『気遣いの気持ち』が接客に含まれたものだ。人に見られてもいいもの、ことを、そして人に心地よくその場に居てもらう工夫を。それが『おもてなし』だとぼくは考えた。

 

「今日からしばらく、零夏君にはこういう洗濯物畳みとか、備品の数を数えたりとか……基本はお客様の前に立たない、裏方のお仕事を中心にやってもらいたいの。どんな人でも、最初に通る道だからね」

「わかりました。これもまた、すごく大事なお仕事のひとつですよね」

「ええ。タオルとか、シーツとか、お客様がそこまで目を配らないところにも力を入れる。それが日本の、十千万流の、『おもてなし』の心よ。目に見えるものにも、あまり見えないものにも等しく気配りと気遣いを忘れない。まずは、それをしっかり覚えてほしいからね」

「はいっ……! しっかり、学ばせていただきます!」

 

 ぼくが頭を下げると、志満さんはふわりと笑う。

 

「ふふっ。よろしい。午後からも頑張ってね?」

「ありがとうございます! 頑張ります!」

 

 空の弁当箱を受け取り、笑って手を振る志満さん。そして良質な腹ごしらえも終わったぼくは、そこからまた洗濯物を畳む作業に戻る。

 

 いつの間にか後ろにいた土屋さんからは『手が何本もあるように見えた』という。2本ですよ。

 

 そして、さらに数時間後。時刻は16時を回る頃。全ての洗濯物を畳み終わった零夏くん。それを土屋さんに報告すると、ひどく驚かれる。

 

 念の為確認されるも、十数年やってきた土屋さんから見ても、きちんと胸を張ってお客様に出せるレベルの物に仕上がっていたらしい。

 

 なるほど。それならもっとクオリティを向上させられるな。お客様に見せられるというラインをクリアして満足するだけではなく、より良い質のものを求めて日々精進だな。

 

「一応、ここにある物全部このように畳んであります。次の洗濯物はどこにありますか?」

「なに言ってるの! これで全部よ!? 朝からパートが2人がかりでやって、定時の時間くらいにようやく全部終わるくらいの量なのよ!?」

「えっ……? そう、なんですか?」

「そうよっ! それを1人で、こんなに早く終わらせるなんて……正直、信じられないわ……すごいわね、零夏君……」

 

 まさにベタ褒めといった感じで、ぼくのことをしげしげと見る土屋さん。

 

 ぼくは、ただ上から与えられた仕事を全うしただけだ。新人の指示待ち人間に過ぎないぼくが、ここまで褒められるとは、正直予想外ではある。素直に嬉しいとは思うが。

 

 しかし、もう16時か。自分としては30分くらい、軽く作業していたつもりだったのだが、実際には3時間近く作業に没頭していたらしい。仕事をしていると、どうやら時間は普段よりも短く感じるらしい。

 

「自分でも、こんなに早く終わるとは思ってなくて……お役に立てたなら光栄です。他に何か、お手伝いできることはありますか?」

「そうねぇ……今日やってもらいたいことは全部終わっちゃったし、残りの時間は館内の見回りでもしてくれたら良いわ。ほんとは私も畳むの手伝いに行こうと思ってたのにね……」

「あ……お気遣いありがとうございます……」

「良いの良いの。物覚えと作業が早いと、こっちとしてもすごく助かるから」

「なら、良かったです。見回り、行ってきますね!」

「ええ。お願いね!」

 

 館内の見回りは、主にゴミが落ちていないか、部屋にある物品が破損していないか、お客様用に部屋に用意されているお菓子や茶葉の量は充分か、部屋にある物が適切な場所に置かれているかなどのチェックのために行われる。

 

 終わったらパートリーダーに報告と、必要があれば補充の相談を行う。これをして初めて見回りの仕事が終了、ってわけだ。

 

 館内を歩きつつ、時にお客様が落としたであろうゴミを拾い、時に部屋の中のお菓子やお茶を確認する。

 

「……うん。異常なし」

 

 どの部屋にも異常が無いことを確認できた。この作業にはそこまで時間がかからなかったので、念の為もう一度全部屋を見直そうとした時だ。

 

 下の階から、元気な声が聞こえてきた。少し急いで声の方角へ向かうと、(よう)ちゃんと一緒に帰ってきた千歌ちゃんがいた。

 

「あっ! れーちゃん! ただいまー!」

 

 彼女がぼくに何気なく言ってくれた『ただいま』の言葉。そういえば久しぶりに聞いた言葉であることを思い出すと同時に、前はほぼ毎日、同じ言葉を投げかけられていた時のことも思い出す。

 

 胸の奥に、なんだか波のような感情が込み上げてくる。

 

「……おかえり。千歌ちゃん。曜ちゃん」

「うんっ! ただいま!」

「れーくん、ただいまっ!」

 

 言ってしまえば、些細な挨拶だ。『ただいま』と『おかえり』なんて。

 

 だが、それを千歌ちゃん、曜ちゃんと言い合えることに、ぼくは特別を感じた。この日常が、この会話が、いつになっても当たり前のものになるのであれば、それはどんなに幸せなことか。

 

 ぼくにとって、こんな幸せは束の間の蜃気楼のようなものだ。どうせ幸せなど、長続きはしないだろうから。だからこそ、自分で少しでもながらえさせる工夫をしなくてはいけない。

 

 だからぼくは、この旅館で真面目に働くのだ。十千万の、ひいては高海(たかみ)家の安泰のために。

 

「十千万の服、似合ってるよ!」

「そ、そうかな? ありがとう……」

「うんうん。やっぱ十千万の制服、良いよねっ!」

 

 曜ちゃんは制服を着たぼくというよりも、制服そのものに惹かれているようだ。

 

「2人はこれから何するの?」

「曜ちゃんとね、部屋で会議! スクールアイドル部を作る為の作戦会議をするんだっ!」

「まぁ、あんまり進まずにそのまま駄弁って解散になっちゃうことが多いんだけどねぇ……」

「そんなことないもんっ! ちゃんと考えるよ! これからどうしなくちゃいけないのか、今日は真剣に考えるよ!」

「あっ、『今日は』って言ったね」

「もうっ、れーちゃんまで! こんなでも私、いつも真剣に考えてるんだよぉっ!」

 

 いつものようなやりとりを交わす2人。遠くから声だけで、うるさいと注意する美渡さん。ぼくにとっては、これもまたありふれた日常のひとつだ。

 

 ああ、なんて楽しいんだろう。ぼくは果報者と名乗ってもいいかもしれない。この生活を続けるためだったら、もっと過酷な労働だってできる。そう思えてしまうほど、ぼくはこの生活に魅力を感じている。

 

「頑張ってるんだね。ぼく、千歌ちゃんのしたいこと……応援するから。作れると良いね。スクールアイドル部」

「……! うん! ありがと、れーちゃん! 行こう、曜ちゃん!」

「はーい! れーくん、バイバイ!」

「うん! またね!」

 

 千歌ちゃんの為に、みんなの為に。そして、何よりもこの日常を続けていく為に頑張ろう。

 

 職務に戻ろうと歩を進めると、ちょうど十千万から出ようとするお客様を発見する。老齢の方だ。

 

「こんばんは! お帰りになられるんですか?」

「おー。昼には帰るつもりだったんじゃが、ここはどうも居心地が良くてのぉ。ついこんな時間まで居座ってしまった。ごめんなぁ……」

「いえいえ! 居心地が良いと言ってくださって、嬉しいです! 十千万をご利用いただき、ありがとうございました!!」

「おお、元気なこと」

 

 腰から上半身を45度曲げた、いわゆる『最敬礼』で、ぼくはおじいさんにお辞儀をしながら感謝を述べる。

 

 志満さんの言っていた、『気配りと気遣いを忘れない、おもてなしの心』。いついかなる時でもお客様への配慮と感謝を忘れず、何よりもそう、笑顔で対応するのが一番大事だ。

 

 ぼくは心からの笑顔で、おじいさんと顔を合わせる。

 

「こちらこそ……世話になったのぉ。ありがとうなぁ。それにしてもお前さん、ここらじゃ見ない顔じゃの。新入りか?」

「はいっ! 今日から働き始めました! 未空零夏です!」

「おぉ、そうかそうか。人間、若けりゃなんだってできる。めげずに頑張るんじゃぞ?」

「はいっ! ありがとうございます!」

 

 お客様から気遣いまでいただけるなんて。今日はいい日だ。

 

「そんでお前さん……間近で見てもいまいち男なのか女なのかわからんのぉ。ぶっちゃけ、どっちじゃ?」

 

 前言撤回。ああ、まあそりゃそうだよね。お客様にも聞かれるよね。ぶっちゃけどっちだよ、って。

 

 考えてみれば分かることではあったが、こういう場合の対応は考えていなかったな。お客様にはウソをつかず、素直に自分の身体の性別を教える方が、普通はいいのだろうが。

 

 いや、それは自分の素ではない。ぼくの素の性別は、『ない』も同然。性別がどちらかに分けられるという観念さえ、ぼくにはもう古い。

 

 ここは素直に、且つ、いつもの方法で答えよう。なんだ、そうだよ。性別を聞かれた時にどう答えれば良いか、ベストな答え方を、ぼくは元から知っているじゃあないか。

 

「……ご想像に、お任せします!」

 

 ぼくは今日一番の満面の笑みで、そう答えてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




千客万来、その体現者になってみせよう。




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