ドルフィンウェーブTB   作:月想

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素紫苑可愛い(挨拶)
今回はかなり独自解釈強めの内容となっております。
忘れているかもしれませんが、本作は原作よりシリアスを目指してます←


第11話『好きなことって、なに?』

「コーチ~!こっちで~す!」

 

お昼休みの食堂。

いつものように昼食の為に足を運ぶと、席を確保してくれたらしい入華の姿があった。

 

「授業お疲れ様、入華。いつも席取りありがとう。」

「お疲れ様ですコーチ!いえ!ご飯はみんなで食べる方がおいしいですから!」

 

周りを見渡すとみちるに加え、颯、伊澄さん、それに意外なことに紫苑までいた。

 

「珍しいね、紫苑が一緒なんて。」

「入華が勝手に私の隣に座っただけ。」

「そ、そうなんだ。」

「紫苑ちゃんも友達ですから!」

「はぁ...。」

 

入華はあのSHIONの握手会の後、学園で歩いている紫苑を見つけたらしく。

一度顔を見ていたこともあり、ことあるごとに話し掛けているとのこと。

入華からも紫苑からも報告を受けていた。

それに対する反応は真逆だったが。

本気で嫌なら止めるよう、入華に話すと伝えたが、本人は悪気がないと分かる為そこまではしなくていいそうだ。

何だかんだ優しい子である。

 

「何その見守り顔。保護者のつもり?」

「ある意味保護者だもん。」

「何となく手慣れてきた感出してない?ちょっとムカつくんだけど。」

 

相変わらず言葉の刃は鋭いが、こちらも一々傷つく繊細な心は持ち合わせていない。

ボディーガードという名の送迎係は継続中だ。

大体週に3回程度が相場だろうか。

帰り道での会話は、基本的には私が日常で色々あったことを話し、紫苑が適当に相槌を打つ形のコミュニケーションとなっている。

年頃の娘との会話に悩む親の気持ちが分かる気がする。

 

「紫苑ちゃんは食べ物何が好き?私はね、白いごはん!」

「別に。てか、それは前聞いたし。」

「颯ちゃんは?」

「......私は、ささみ。」

「ささみおいしいよね!私も好き!」

「好きな食べ物ない人なんていないっしょ。じゃあさ、その焼き魚定食は好きだから選んだんじゃないの?」

「別に。バランスよく食べろって言われてるから...。」

「焼き魚定食、おいしいのに...。」

 

周りのみんなのコミュ力のおかげか、割りと会話の輪には入れているみたいだ。

好きなものを「別に」と言われ、一名謎に傷ついているが。

 

「じゃあ、紫苑ちゃんは何か趣味とかある?私はジェットバトル!」

「別に。だから、それも毎回聞いてるっての。」

「だってジェットバトル本当に楽しいよ!ね、颯ちゃん!」

「...うん。走るのは、好き。」

「ブレないねぇ、入華っち。」

 

趣味、か。

確かに紫苑が何かしら趣味をして楽しんでいるイメージはない。

ジェットバトルもモデルも仕事だし。

 

「じゃあじゃあ!紫苑ちゃんは、モデルのお仕事好きじゃないの?」

「別に。仕事は仕事だから好きとかな......は?」

「ん?」

「へ?」

「え?」

「...。」

 

......えーっと。

今何かおかしい発言があった気がする。

全員がはてなマークを頭に浮かべた次の瞬間、紫苑が物凄い勢いで私に詰め寄り席から離れた物陰まで引っ張っていく。

これがデジャヴか。

 

「あんた!入華にモデルのこと話したわけ!?」

「は、話してないよ!?」

「じゃあ何であの子が知ってるの!?」

「分からないけど!?......直接、聞いてみれば...?」

「......それは、そうか。」

 

少し落ち着きを取り戻し、紫苑は先程の席まで戻る。

少し待っていると、入華を引っ張りながらこちらに戻ってきた。

慌てて離席した私たちを気にせずにカレーを食べていたのか、スプーンをモグモグしながら不思議そうにこちらを見ている。

ちょっと子どもみたいで可愛い。

 

「モデルって、何の話?」

「ふぇ?」

 

紫苑が『そもそも何の話か分からない』という体裁で質問する。

入華も間が抜けた声で首をかしげるが、すぐに返答しようとスプーンから口を離す。

 

「だって、紫苑ちゃんがSHIONさんなんでしょ?」

「なっ!?」

 

常識かのように入華から発せられる秘密。

紫苑はズバリ言い当てられたことに狼狽えた後、またしてもこちらを睨んできた。

いや、だから私は言ってないって...。

 

「いつから気づいていたの?」

「いつからと言われると...最初から?」

「最初?」

「握手会の後、コーチが紫苑ちゃんに引っ張られていったじゃないですか?その時にさっきのモデルさんだ、って思っていたんですけど...。」

 

なるほど。

つまり入華は最初から『紫苑がモデルのSHIONである』と認識していた。

言われてみれば髪型と髪色が違うだけ、先入観がなければ握手会後に出会ってもおかしくないとも思える。

 

「私お顔を覚えるのは得意なんです!」

「変装が甘い。」

「いや悪いの私なわけ...?」

 

第一顔を隠すわけにはいかないのだから、知り合いにはバレるに決まっている。

もしかしてそれを見越して交友関係を狭めていたのだろうか?

ただただ友達が少ないだけとばかり考えていた。

 

「あんたさ、今失礼なこと考えてるでしょ?」

「ソンナコトナイヨ?」

「......あのぅ、もしかして、バレちゃいけない秘密だったりしましたか...?」

 

私たちの反応を見て気づいたのか、入華が申し訳なさそうに手を挙げる。

しばらく下を向いたままだった紫苑だが、やがて観念した様子で、ため息混じりに事情を説明し始めるのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「何とか誤魔化せてよかったね。」

「入華にはバレたでしょ。はぁ。それに誤魔化せたか微妙って感じだったし...。」

 

放課後。

本日はモデルの仕事もないとのことで、いつも通り紫苑を家まで送り届けている最中だ。

ちなみに私はKIRISHIMAの練習があるわけだが、そこまで距離は離れていない為ウォーキング感覚でお供をしている。

 

今回の話題は勿論、紫苑のモデルバレについてである。

頑張って秘密にしていたつもりが、入華には既に見抜かれており、しっかりと事情を説明する羽目になった。

 

「だから一緒に帰ったりしてたんですね!」

 

と、送迎係のことまで把握されていた。

どこかで見つかっていたのだろう。

なかなかに鋭い娘である。

そんなに鋭いのに何故みちるのハリボテクールは見抜けないのか。

何かしら特別なフィルターがかかっているに違いない。

 

入華には秘密にしてもらうよう、何とか言質は取れた。

しかし、他の面子は違う。

一応入華の質問に慌てている姿は見せてしまったので、一旦は『モデルのアシスタントをしている』ということにしたが、元々興味があまりなさそうだった颯はともかく、みちると伊澄さんは露骨に怪しんでいた。

特に伊澄さんには真実を話してはいけない気がする。

何故か多方面で山火事が起きる予感がある。

あな恐ろしや。

 

そんなわけで、紫苑は只今ブルーな気分で帰路に着いている。

ここは話題を変えて気を紛らわせるべきだろうが...。

 

「そういえば、紫苑は趣味とかないの?」

「ない。」

 

取りつく島もない。

趣味がない10代女子なんて初めて見た。

それとも答えたくないだけだろうか?

 

「ちょっと好きなこととかもないの?運動とか。」

「別に。趣味がないと悪いわけ?」

「そんなことはない、けど...。服とかは興味ないの?モデルさんだし。」

「ない。仕事は仕事でしょ?Galateaは値段の割に質がいいって言うけど、衣食住の中じゃ一番優先度低いでしょ、服なんて。清潔で変じゃなきゃ文句ないんだし。」

 

妙に年寄り染みた発言だ。

仮にも大人気モデルの発言とは思えない。

こうなると当たり前に疑問が湧いてくる。

そもそもの話になるが、何故紫苑は。

 

「じゃあ紫苑は、何でモデルなんてやってるの?」

 

興味のない仕事をしている理由とは何か。

モデルなんてなりたいからなれるような仕事ではないが、やりたくない人がやる仕事でもあるまい。

私の疑問に紫苑は立ち止まり、わざわざ私に向き直って答える。

 

「そんなの、お金になるからに決まってるでしょ。」

「お金...。」

「金払いがいいからやってるだけ。仕事なんてお金をもらうためにやってるんだから、それ以外に重要なことなんてある?」

「それは...。」

 

正しいような、間違っているような。

勿論お金の為に仕事をしているのは皆そうだろうが、ことモデルという仕事について言えばそれだけじゃ出来ない仕事なのではないだろうか。

 

「......輪さんはさ、何の為にコーチなんてしてるの?まあ、やりがいとか夢とか。どうせそんなところなんだろうけど。」

 

考えるより先に見透かされている。

そんなに私は分かりやすいのか。

 

「でもさ。いくらやりがいがあって楽しくても、お金に変わらないなら意味なんてない。今だって、何の得もないのにボディーガードなんてして。私からしたらまったく理解出来ないわけ。」

「そ、そうなんだ...。」

 

あなたと私は分かり合えませんと言われた気分だ。

しかし、何故そこまでお金にこだわるのか。

普通の人が情熱なしに出来ない仕事を、ただお金の為にこなすことが出来る。

それはつまり、それだけお金が大事である背景があるわけで。

 

「分かったらこれ以上仕事する意味とか聞かないでもらえる?詮索されるの、あんまり好きじゃないし。」

「ご、ごめん...。」

 

バッドコミュニケーション。

紫苑との今日の会話は、そこで途切れてしまった。

その後数分間の気まずさと言ったら。

ひたすら無反応の紫苑に話し掛け続けられる入華のメンタルとコミュ力が欲しかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

その週の土曜日。

私は休日を返上し、スーツ姿で居慣れないとあるスタジオに座っていた。

 

「いいよーSHIONちゃん!そのままポーズ決めて!」

「...。」

 

黒で埋め尽くされた部屋の一角。

白い背景を背にして、フラッシュが何度もパシャパシャと光輝く。

『まるで人形のようだ』などと古くさい例えが出てしまうくらい、カメラマンの指示通り完璧にポーズを決め、着実に仕事をこなすモデルが一人。

私の見知った黒髪ではない紫苑、モデルとしての皮(この場合は衣装か)を被ったプロの『SHION』がそこにはいた。

 

『お休みの日に申し訳ないのだけど、ボディーガードを頼めないかしら?』

 

ヘリーさんからそんな連絡が来たのは、奇しくも紫苑の仕事観を聞くことになったその直後だった。

今まで休日の送迎係は頼まれたことがなかった為、どういった事情があるのか聞いてみたところ。

 

『そろそろシオンの仕事ぶり、気になっている頃じゃないかと思って。』

 

休日であるにも関わらず、私はすぐにボディーガードを引き受けた。

あんな話をした後ということもあり、彼女が何を思って『SHION』をしているのか、それがどうしても気になってしまった。

 

そんなわけで、只今正に撮影の真っ最中。

ボディーガードとは名ばかりの実質見学状態。

ファンなら垂涎モノのシーンをひたすら眺めているわけだ。

仕事ぶりは何というか、すごく真面目。

撮影前の指示出しにもハキハキ返事をし、決して手を抜いているようには見えない。

基本はいつもの仏頂面だが、時折必要な場面であれば笑顔を挟むことさえある。

それほど仕事を、お金を大切にしているということか。

 

1時間程して撮影は一段落。

モデル衣装のまま紫苑がこちらに戻ってきた。

衣装と言っても夏物の新作らしく、今は水着姿だ。

改めて見ると、当たり前だがスタイルがいい。

所謂モデル体型のほっそりした体型というより、グラビアアイドルをしていそうな、健康的な体をしている。

ジェットバトル選手らしいと言えばらしいスタイルだ。

 

「お疲れ様。」

「......ずっと見てたわけ?」

「とっても素敵だった。プロフェッショナルって感じで。」

「......別に。普通でしょ。」

 

相変わらず素っ気ない反応だが、その顔にはそこはかとなく一仕事終えた達成感のような色があるように思えた。

......そういえば、ヘリーさんに渡すよう言われていたものがあったんだった。

鞄から取り出し、紫苑に手渡す。

 

「何?」

「こないだ撮影した分の雑誌だって。」

「ああ、そういうこと。」

 

意外なことに素直に受け取り、数ページペラペラと眺めている。

一瞬だが、嬉しそうな顔をしていたような気がする。

 

「......何?」

「仕事、楽しそうだね。」

「......人の顔見て勝手に考察しないで。雑誌はただ...」

「ただ?」

 

口を滑らしてしまったかのように言い淀む。

その先を促してみると、仕方ないとため息を吐いて、呟くくらいの声でこう続けた。

 

「お母さんが、喜ぶから。」

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

SHIONの仕事は撮影だけではない。

今や彼女はモデルであると同時に、ジェットバトル選手なのだ。

そんなわけで、撮影終了後すぐにNereIdesに向かい、ドルフィンとしての練習を行うことになっていた。

当然のように私も同行している。

ライバル企業の、それもコーチが一緒なのは流石にまずい。

そうヘリーさんには伝えた。

 

『あら、いいのよ。リンさんになら見せても大丈夫だと思うわ。むしろ、プラスになるかも。』

 

予想外にも、すんなり受け流されてしまった。

まあ正直に言えば、新人戦で戦うライバルの実力。

それをこの目で確認出来るのはありがたい。

私はKIRISHIMAのコーチ。

何がなんでも入華とみちるを勝たせなくては、と息巻いてNereIdesまでやって来たのだが。

 

「SHIONちゃん決まってんよー!」

「いけるいける!ファイトー!」

「静かにして!集中、途切れるから...!」

 

練習場を走る煌やかなマシンが1つ。

 

『VarVara』

 

基本フレームはKAZAMI、Galateaのデザインによって仕上がったUMIマシンだ。

デザインは流石ファッション企業と言うべきか、美しさと可愛いさが同居したヘリーさんらしいもの。

好き。特に色がいい。

KAZAMI製で誰でも扱いやすいのが売りだが、うちのエクシールと比較すると、ヴァルヴァラの方がスペックは上だ。

マシンの性能だけで言えば十分強敵足りえる。

事実、紫苑も問題なく乗りこなしているように見える。

しかし。

 

「くっ...!曲がり、切れない...!」

 

ヴァルヴァラがコーナー手前で急停車する。

基本的なライディングに問題はない。

だがやはり、彼女は初心者だ。

普通に運転出来るだけでは試合には勝てない。

どちらかと言えば、問題は紫苑ではなく練習環境だ。

話を聞く限り、基本的な設備とマシン提供だけで、KAZAMIから特別に指導や指導員が派遣されているわけではないらしい。

Galateaの指導員さんは、過去部活や教習でジェットバトルに触れた程度の方だけと聞いた。

つまるところ、正しく教えられるコーチングが期待できない。

紫苑は頑張っているが、指導されるのとされないのとでは成長の効率が段違いだ。

うちも杏里が帰ってきてから、嘘のように実戦力が付いてきた。

それだけ指導者のスキルの差はでかい。

特にジェットバトルは、採用してから企業による育成が基本なのだから、この練習環境は致命的だと言える。

 

「ハァ、ハァ...。」

 

息を整えながら紫苑がこちらに戻って来る。

先程から同じ部分で苦戦している。

そもそもモデルの仕事と合わせて練習しているのだ、練習量も体力も不十分になってしまうのだろう。

指導員さんが声掛けしているが、指導というより応援に留まっている。

 

「......ちょっと、考えるから。一人にして。」

 

指導員さんを下がらせ、一人下を向いて思案する紫苑。

......そういうことか。

ヘリーさんの狙いが分かった。

要するに、私が紫苑にアドバイスするのを期待しているのだ。

ボディーガードを引き受けるようなお人好し。

真剣に悩む紫苑を放っておけるわけがないという見立てらしい。

確かに、私はお人好しかもしれない。

いつもなら困っている紫苑をそのままにするなどあり得ない。

だけど、今の私は地咲輪である前にKIRISHIMAのコーチだ。

入華たちが私にとって一番大切なのだ。

ライバルが減るなら、それに越したことはない。

紫苑には悪いが、NereIdesには順当に負けてもらおう。

残念だったね、ヘリーさん。

私は目的の為に非情になれる女よ。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「だからね、マシンに体重を乗せるように...。」

「......。」

 

実際にヴァルヴァラに搭乗しつつ、体の動きだけ説明してみる。

反応はないが、真剣にこちらを見ているのは伝わってきた。

......非情になれる女?ああ、あれね。

ダメでした。

許してみんな。私は激甘なスイーツ女子だったみたい。

悔しい。でも指導しちゃう。

紫苑は他人じゃないし、やっぱり困っているなら助けてあげたい。

だいたいこのくらいの指導、私がしなくても紫苑ならいずれ勝手に気付くに違いない。

なら、別に今教えたところでそう成長に違いはないはずだ。

うん、きっとそうだ。

 

「よくマシンと一体になって、とか言うでしょ?それはつまり、体全体を使えってことなの。腕だけでマシンを動かしても、自分より何倍も重いマシンは制御出来ない。

怖がらずに体重を全部掛けて、体全体でマシンを動かすようにするの。そうすれば、スピードが速くてもコーナーを曲がることが出来るよ。」

 

自分に言い訳しつつ、伝えたかったことをすべて紫苑に話す。

 

「......分かった。やってみる。」

 

何か言いたそうに見えたが、すぐに首肯してマシンに搭乗する紫苑。

アドバイスはした。後はあの子次第だ。

 

――――――――――――――――――――――――――――

◼️□side.紫苑◼️□

 

アクセルを踏み込み、一気に速度を上げる。聞こえるのはエンジン音と水しぶきの音だけ。

試合はそうはならないだろうけど、今はすごく静かな気さえする。

別に、だから好きなんて言わないけど。

仕事は仕事。

ヘリーさんがやれって言うから、仕方なくやってるだけ。

だから好きでも何でもないし、試合の為に頑張る必要もない。

こんなの、テキトーにこなしてればいいだけ。

......それなのに。

曲がれないなんて、そんな単純なことも出来ない自分に苛立った。

ドルフィンなんて、モデルの仕事より更に乗り気じゃなかった。

給料は増えるけどすごく疲れるし。

費用対効果が微妙だと思ってた。

仕事はちゃんとやる。

嫌でも何でも、仕事でお金が貰えるならそれでいい。

そう思ってたのに。

『これ』だけは、座りが悪いというか。

中途半端に触れていていいのかと、初めてそんな気持ちになっていた。

別に本気になりたいわけじゃない。夢を見てるわけでもない。

結局は周りのせいだ。

ワダツミにいる以上、ジェットバトルはどうやっても日常から切り離せない。

特に最近は入華とか、あの人とか。

情熱があり余ってるって言うの?そういう人ばかり私に関わって来るから。

その内の一人はバカみたいにお人好しだし。

大体、私は一応KAZAMI側なんですけど?

何普通にアドバイスしてるんだか。

私くらい成長したところで敵にならないってこと?......まあ、輪さんに限ってそれはないか。

KIRISHIMAは今、ひとつの試合で方針が変わりかねない状態だとヘリーさんから聞いた。

ヘリーさんもたぶん、KAZAMIの人から聞いたんだろうけど。

そんな状態で、何で私の心配なんてするかな。

ジェットバトルがそんなに好きで大事なら、敵は放っておくのが当たり前でしょ。

本当に、あの人の考えていることは分からない。

ただでさえ必死に色々考えて、毎日忙しいくせにヘリーさんのお使いまで引き受けて。

どう考えても釣り合ってない。

そんなに『好き』とか『優しさ』とか、大事にしなきゃいけないの?

そんなの、本人がいなくなったら何も残らないじゃん。

『これ』はいつもそうだ。

嫌いとは言わないけど、考える度に何か刺さるような、引っ掛かるような。

私には分からない。

仕事はお金の為にやるもの。

好きとか楽しいとか、そんなのは自分を誤魔化しているだけ。

もっと単純でいい。

もっと利己的でいい。

仕事に誇りがあって、好きで。皆に慕われて。

でも結局何も残らなかった。

輪さんも、きっと同じ。

 

「お父さん...。」

 

ちゃんと見ておかないと、どこかで潰れちゃいそうだ。

理解したくない。でも無視出来ない。

ジェットバトルも、あの人も。

理解したら、納得したら。

嫌なこと全部、受け入れたみたいで癪だから。

私はきっと、否定したくてここにいる。

 

「しおーん!やったねー!!」

 

エンジンと水に、あの人の声。

嘘のように上手く出来た。

腕じゃなくて、体全体でマシンと一体になる。

私は別に達成感なんてないけど。

 

「なに自分のことみたいにはしゃいでんだか。」

 

さて、忘れないうちにもう一度試さなきゃ。

お人好しなんて良いことないって、私が分からせてあげる。

輪さんの為に、私が輪さんを否定してあげないと。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「いらっしゃい!カウンターどうぞ!!」

 

威勢のいい声が響くお店は、間違いなくラーメン屋だった。

撮影、練習と今日のスケジュールを終えた紫苑。

後は彼女を送っていくだけだと体を伸ばしていた私だったが、紫苑から「食事をしてから帰ろう」と初めて提案された。

彼女から距離を詰めてくれたようで嬉しくて、思わず二つ返事で了承したのだが。

辿り着いたのは紫苑のイメージからはかけ離れた、庶民的なラーメン屋さんだった。

彼女のよく行く店と聞いていた為、てっきりイタリアンとかオシャレなお店だと思っていた。

 

「苦手だった?」

「ううん、そんなことないよ。ちょっと意外だったから。」

「そう。」

 

慣れた様子で座り、メニューも見ずに店員さんに注文を始める。

 

「味噌チャーシュー野菜トッピングで。」

「はいよ!!」

「輪さんはどうするの?」

 

メニューを見てみるが、ラーメンもサイドもそこそこ種類が多い。

初めての店で悩み過ぎてもあれだし、ここは。

 

「この子と同じものをお願いします。」

「はいよ!!」

 

常連さんに合わせれば間違いないだろう。

注文を終え一安心。

水を一口飲んでチラッと紫苑の様子を伺う。

 

「一緒にするんだ?味噌、好きなの?」

「うん。基本的には何でも好きだけどね。」

「ふーん。」

「ラーメン、好きなの?」

「まあ、食べ慣れてるだけ。」

「そっか。よく来るの?」

「外食だったら、基本。」

「お気に入りだね。」

「まあ。」

 

相変わらず好きと明言しないが、かなり気に入っているお店みたいだ。

心なしか紫苑の表情も柔らかい。

 

「びっくりしたよ、ちょっとアドバイスしたらすぐに良くなったし。入華だってそれなりに苦労してたのに。」

「......別に、普通でしょ。」

「モデルもジェットバトルも軽くこなしちゃうなんて、紫苑は本当にすごいね。」

「そんなに褒めても得なんてないでしょ。」

「得とかそんなんじゃないよ?気持ちは言葉にして言わないとね。」

「私は喋らなくても仕事終わるし。」

 

ああ言えばこう言うとまでは言わないが、反抗期真っ盛りなのかと思うくらい全否定である。

 

「どのくらい前から通ってるの?」

「......大分昔。連れてきてもらってから。」

「家族で来たの?」

「......お父さんと。」

「そっか。じゃあ、家族の味だね。」

「......。」

 

そうして雑談をしていると、早くも注文したラーメンが目の前に登場した。

花のように盛られたチャーシューにもやしとキャベツ、それに煮卵とメンマ。

綺麗な黄色の麺が茶色スープに映えて食欲をそそる。

 

「チャーシューおまけしといたからね!紫苑ちゃんもお連れさんも!」

「ありがとう。けどいつもそんなに気にしないで大丈夫だって。」

 

お店からしても、紫苑は常連さんらしい。

ついでに私までサービスしてもらったようだ。

麺が伸びたらいけない、すぐにレンゲと箸を手に取り手を合わせる。

 

「いただきます。」

「......いただきます。」

 

スープを掬いまずは一口。

......うん。優しい味噌の味に豚ベースの旨味が感じられてすごく飲みやすい。

続いて麺を箸で上げ、スーツに跳ねないように啜る。

これまたスープと絡んでしっかりとした味わい。硬過ぎず柔らか過ぎない中太麺が親しみやすいお店自体を表しているようだ。

 

「美味しいね、これ。」

「......そ。なら良かった。」

 

紫苑はこちらを一瞥し、また黙々とラーメンを食べ始めた。

お腹が減っていたのか、それともここのラーメンが好きなのか。

夢中になって食べているように見える。

そんな様子を微笑ましく見つつ、私もラーメンを食べ進める。

時間にして15分経たないくらいだろうか?

黙々と食べ進め、それぞれ残りチャーシュー1枚、煮卵1つになったその時。

 

「お父さんはさ、また練習見てくれたりする?」

「うーん、入華たちに怒られなきゃたぶん...。」

「あ。」

「あれ?」

 

話し掛けられたのは私だったのだろうか?

内容的には私っぽいが、何かがおかしかった気がする。

不思議に思い紫苑の顔を窺うと、大きく瞳を見開いたと思えばすぐに目が細く、眉が八の字を描き、顔色がみるみる真っ赤に染まっていく。

 

「なに?私何も言ってないよね?」

「おと」

「言ってない。」

「ち」

「言ってないから。」

「パ」

「言ってない!」

 

物凄くムキになってなかったことにしようとしている。

今までにないくらい怒ってる気がする。

 

「私は、何も、言って、ない。あんたは、何も、聞いてない。分かった?」

「......分かった。」

 

コクコクと頷き、なかったことにしたい紫苑の要求を飲むことにする。

学校の先生を親と間違えるあれと一緒だ。

気にすることはない。

......ただ。

 

「でも間違えるときはせめてお母さんって言ってね?私一応女だし。」

「間違えるかっ!!」

 

ラーメンは完食したが、その後しばらく恥ずかしさに悶える紫苑を眺めることになった。

私そんなに男っぽいかな?

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「ごめんね?本当にご馳走になっちゃって。」

「こないだのお礼だって言ったでしょ。謝らなくていいから。」

 

どうやらラーメン屋に誘ってくれたのは初めて会った日のお礼をする為だったらしく。

10歳年下の子に奢ってもらうという恥ずかしいことになってしまった。

そんな風に気にしてくれてるとは思っていなかった。

改めて優しい子だなと思う。

 

「あのラーメン屋さん、今もお父さんと行ったりするの?」

「......行かない。」

「え?どうして?」

 

私の問いに少し押し黙った後、わざわざ立ち止まってこちらに向き直る紫苑。

 

「お父さんはもういない。死んでるから。」

「っ...。......ごめん、そんなつもりじゃなかったの。」

 

気付くのが遅かった。

あのラーメン屋で父親の名前を出したとき、何か違和感があった。

紫苑が悲しんでいるような、そんな感覚があったのに。

 

「......あのさ。この前仕事を何でするのかって話、したでしょ?続き話してあげるよ。」

「続き...?」

「どうせ黙ってても余計に気にするだけでしょ?だから全部話すって言ってんの。」

 

近くにあった公園のベンチに座り、紫苑はポツポツと語り出す。

彼女と彼女の家族、その過去と現在を。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

『おとーさん!いってらっしゃい!』

 

小さい頃は、所謂お父さんっ子だったと思う。

お父さんはワダツミで、UMIマシンのパーツを会社に売る営業みたいなことをしていたらしい。

KIRISHIMAやKAZAMIみたいな大手ではなかったけど、それなりに優秀で、いつも忙しそうにしてた。

それでも仕事がお休みの時は、私と遊んでくれて、ラーメン屋さんにも連れて行ってくれた。

味噌チャーシューはお父さんのお気に入りだった。

私も真似して同じのを頼むんだけど、お父さんはいつも私に自分のチャーシューを分けてくれて。

 

『それじゃただのみそらーめんじゃん!』

『いいんだよ。紫苑がおいしくチャーシュー食べてるところを眺めるのが、俺のチャーシュー麺の楽しみ方なんだから。』

 

なんて言ってた。

あっちはあっちで、結構な親バカだよね。

そうやってお父さんは、いつも私たちに優しくしてくれた。

それは仕事でも同じみたいで、取引先や同僚が困っていると何の見返りもないのに無理して、助けてあげているらしかった。

そんな仕事にお父さんはやりがいを感じてて、お休みを返上してまで仕事をする時も少なくなかった。

寂しいと駄々をこねる私を宥めるお母さん。お父さんの話をして、誇らしそうに笑うお母さんの顔を、今でもよく覚えている。

そんな幸せな生活が、ずっと続くって思ってた。

 

『紫苑ちゃん!お父さんが...!』

『え?』

 

小学校の、給食を食べている時だった。

お父さんが倒れた。

 

『お母さん、お父さんはどうしたの?なんで、起きないの?』

『紫苑っ...。』

 

心臓発作だったらしい。

目を覚まさないお父さんに、泣き崩れるお母さん。

子どもの私は何も分からなくて。そんな二人を、ただ見ていることしか出来なかった。

 

人生は何があるか分からない。

お父さんが死んで、私が分かったのはこれだけだ。

仕事を控えれば良かった。

早く病院へ行けば良かった。

無理なんてしなきゃ良かった。

もっと話していればよかった。

もっと何かしてあげればよかった。

もっと気を使っていればよかった。

そんなのは、起こった今では何にもならない後悔だ。

そこからはお母さんと二人暮らし。

支援金はあったけど、すぐにお母さんは働かなくちゃいけなくなって。

朝から夜まで身を粉にして働いて。

だから思ったの。

このままじゃ、お母さんも死んじゃうって。

中学に上がってアルバイトを始めたけど、大した足しにはならなくて。

高校に上がったら、せめて学費だけでも何とかするんだって思ってた。

そんな時、ヘリーさんに声を掛けられたの。給料もいいし、すぐに仕事を引き受けた。

でもモデルなんて、一生出来る仕事じゃないでしょ?

だから今。私は稼げるだけ稼がないといけないの。

お母さんが無理しなくていいくらい稼いで、もしもあの時、なんて後で考えなくていいように。

 

これがSHIONが生まれた理由。

私がここにいる理由。

だから私には、やりがいや楽しさなんて必要ない。

お父さんを殺したまやかしなんか、私は受け入れないから。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「輪さんに初めて会った時、親切過ぎるとすぐ死ぬぞって言ったでしょ?あれはそういう意味。」

「......。」

 

紫苑の顔をまともに見ることすら出来ない。

珍しい話ではないが、彼女の心情は考えて余りある。

そんな子どもに、私は仕事やら好きなことやら、無神経極まりない質問をしていた。

彼女のことを何も知らないのに。

 

「罪悪感とか、持たなくていいよ。輪さんが色々心配してくれてるのは分かるし。ただ、私にとってモデルもジェットバトルも仕事。好きになったり、楽しむつもりもないから。やりがいや親切、それが何の足しになるの?お父さんが死んじゃったら、全部キレイに消えちゃったみたいだけど。」

「紫苑...。」

 

話は終わったとばかりに、ベンチから立ち上がる紫苑。

 

「話はおしまい。早く帰ろ。」

「ま、待って。」

「なに?」

 

紫苑の話を聞いて、納得せざるを得ない自分と。

『今日』の紫苑を見て、何か違うと思ってしまう自分がいる。

撮影をこなした時も、出来なかったコーナリングを会得した時も。

彼女はそれを嬉しそうに、楽しそうにしていたと思う。

それをこのままじゃ、彼女はいけないことであり得ないことだと閉じ込めてしまう。

好きになることは、悪いことなんかじゃないのに。

 

「紫苑の話は分かるよ。やりがいや楽しさに囚われ過ぎて、後戻り出来なくなるのは間違ってる。だけど、だからって楽しんじゃいけない...好きになっちゃいけないなんてこと、ないんだよ?」

「......話聞いてた?好きになりたいなんて、私は思ってな」

「モデルの仕事もジェットバトルも、楽しいんじゃないの?それでお母さんを支えられるのが嬉しいんじゃないの?」

「っ...。だったら、何。」

「雑誌、お母さんが喜んでくれるって言ってたよね。だから頑張ってるんでしょ?それが嬉しくて、やりがいなんでしょ?」

「分かったように言わないで!」

「......分かるよ、だってその話をした時の紫苑の顔、笑ってたから。」

「......。」

 

全部否定する必要なんてないんだ。

お金が一番でも構わない。

ただ、無理矢理心を抑えつけるようなことはして欲しくない。

 

「紫苑は、紫苑のお父さんと一緒だよ。」

「は...?」

「だってお父さんは、家族の為に働いてたんだよ?紫苑が笑ってくれるのが嬉しくて、それがきっとやりがいだったんだ。

今の紫苑はどう?

お母さんが喜んでくれるのが嬉しい。それの何がやりがいじゃないって言うの。好きなものがないなんて嘘。紫苑は家族が大好きなんでしょ?お母さんを支えられる仕事が好き、お父さんとの思い出のラーメンが好き。無理をしてでも家族の為、誰かの為に頑張ったお父さんが大好きだったんでしょ?

好きなものなんて、いくらでもあるじゃない。好きって気持ちは、人生を縛るものなんかじゃないよ。」

「っ...。......何、長尺で説教してんの。うざ...。」

 

紫苑は私に背を向け立ち去ろうとする。

何も知らない、他人の言葉だけど。

嫌われてもいい、いつか彼女の救いになるように、最後まで伝えなくてはいけない。

 

「楽しい時も嬉しい時も。仕事だからって我慢しなくていい。だって。お父さんもお母さんも、いつだって紫苑に笑顔でいて欲しいに決まってるから。」

「......意味、わかんない...。」

 

今度こそ走り去ってしまう紫苑。

伝わったかな、言いたいこと。

我ながら恥ずかしい言葉ばかりだった。

難しい話に聞こえるけど、ようは『楽しめるならそれはそれでいい』ってことだ。

少なくとも私は、紫苑が仕事を楽しんでいるように見えた。

素直になればいい。

好きで、楽しめる。それは望んだとしても、いつ失うか分からないものなんだから。

 

しばらくは口聞いてもらえないかも。

こういうの、意外に入華とか得意だったりしそうだなぁ。

 

「......はぁ。何だか飲みたい気分。」

 

......その後。

休日の由芽を呼び出し、朝まで宅飲みをすることにした輪。

酒乱の由芽に負けず劣らず、その日の彼女は『スゴく』乱れていたとか何とか。

 




どんどん長くなってる...。
NereIdesってかなり問題のあるチームですよね。
その辺原作で成長があるのか、意外と楽しみにしてます。
次回はKAZAMI中心のお話にしようと思ってます。
「このキャラの話が見たい」など、リクエストがあれば感想欄に頂ければ幸いです。

このキャラがメインの話を見たいって子は誰ですか?

  • 入華
  • みちる
  • 杏里
  • 詩絵
  • エレン
  • 氷織
  • シュネー
  • 桐利
  • 見波
  • 乙姫
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  • 紫苑
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  • ヴィーナ
  • かな
  • 由芽
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