ドルフィンウェーブTB   作:月想

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お世話になっております。
本話より第二部開始となります。
ここまでお付き合い頂いている方々に本当に感謝しています。
今回からが本番。様々なドルフィンたちの魅力を楽しめる、そんな作品にしていきたいと思います。
ドルフィンウェーブ、トゥルーブルー。
これからも宜しくお願い致します。

第二部参考OPテーマ「True Blue Traveler」栗林みなみさん



第2部『中央大会-イザナギカップ-編』
第19話『霧晴れる太陽の島』


「いっつ...。成人してる娘をグーでいくか?普通...。」

 

KIRISHIMAにある練習場、その更衣室。

新人戦以降、1週間近く誰も利用していなかったそこに、悪態を吐く女性がひとり。

彼女の名は陽南杏里。

かつて期待のエースと呼ばれ、挫折故にKIRISHIMAから離れていた彼女。

その彼女が何故この更衣室にいるのか。

 

「もう、社長にあげな失礼なこと。杏ちゃんが悪いっちゃが。」

 

更にもうひとり。

その豊かな胸を窮屈そうに黄色のユニフォームに押し込めている彼女は、彩戸詩絵。

杏里のパートナーである。

彼女も杏里が離れてからは、試合には出ず軽い練習を続けるのみに留まっていた。

 

「ああいうのは勢いが大事なんだよ。結局上手くいったんだし、全部アタシのおかげじゃんか。相変わらずきっついんだから、お母上様はよ。」

 

数時間前。

KIRISHIMAのジェットバトル撤退に関する会議に乗り込んだ杏里。

狼狽する母親、陽南監督を意に介さず、社長に直談判を決行。

中央大会優勝、その為に自分自身も復帰することを条件に、撤退を保留させることに成功したのだった。

しかし、その中で勢いとは言え社長にため口。更に社長を『おっさん』などと呼称、呼ばれた当の本人は笑っていたものの、監督が許すわけがなかった。

社長や出席のお歴々に笑顔で頭を下げたのち。

杏里の頭に監督の雷が落ちた。

比喩ではあるが、実際電撃が落ちたような衝撃で、その時杏里の意識は飛んでいたという。

気絶した杏里をずりずり引き摺り退出する姿に、『やはり母は強し。』と自らのことのように身震いする人が多発したとか。

その時の痛みがまだ引かず、未だに杏里は頭を抱えているというわけだ。

 

「えらいえらい。愚痴るのもええっちゃけど、いつまで裸でいるつもりやと?」

 

杏里の反省していない様子にため息を吐きつつ、詩絵はわずかに視線を逸らす。

痛みを合間合間に思い出すからか、着替え中の杏里はわざわざ下着を脱いだ状態で頭を抱えていた。

同性とは言え、やたらとぷるんぷるん動く、剥き出しの双丘が視界に入るのは気まずい。

呆れたように早く着替えてと急かす。

指摘されて冷静になったのか、漸くユニフォームを身に付け始める杏里。

特に恥ずかしがった様子がないのは、彼女たちの信頼、もとい距離感故だろう。

ファンからも『夫婦のようだ』と認識されている程である。

 

「よし。久しぶりだがまだピッタリ。流石はアタシだな。」

 

緑色のパーソナルカラーで染められたユニフォーム。

それに包まれた肢体は程好く筋肉が付き、女性的な柔らかさも備わっている。

かつて写真集まで出したのも頷ける美ボディである。

 

「ふふっ、そやね。」

「なんだよ、いつものお小言はなしか?」

 

『だからって不摂生はいかんよ?』くらい言われると思っていた杏里は拍子抜けしたように尋ねる。

詩絵は答えず、片眉を吊り上げる杏里の顔を、『ユニフォーム姿』の彼女をしげしげと眺め、口元を緩める。

もう二度と見られない。そんな思いさえ抱いていた姿。

この数年間、ずっと待ち望んでいた姿が、そこにはあった。

 

「杏ちゃん。」

「なんだよ?」

 

一時凌ぎにしかならないかもしれない。

本当に何とか出来るのかも分からない。

不安で仕方ない、そんな状態でも。

彼女たちの胸には、言い知れぬ喜びが、窓から射し込む日差しのように輝いていた。

万感の思いを込めて、今度こそ返してくれると期待をして。

詩絵は口を開く。

 

「おかえり。」

「...ただいま。」

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

◼️□海津見学園・用務員室◼️□

 

私以外誰もいない、こざっぱりとした部屋。

特に意味もなくその中を見渡しては、ノートを開いたり閉じたり。

ただただ無感情にそれを繰り返し、最終的に外の景色を眺める。

中庭には人がおらず、疎らに生徒が通り過ぎるだけだ。

今は『夏休み』。

部活動をしている生徒以外は登校すらしないはずだ。

そんな学校の主役である生徒が休みの日も、先生を始めとする職場は働いていたりする。私も用務員として出向している以上、夏休みも平常通り出勤している。

 

「それももう、終わりだけどね...。」

 

KIRISHIMAがジェットバトルから撤退する。

今日はその決定の日だったはずだ。

撤退になれば、KIRISHIMAにコーチは必要ない。

私も、ワダツミにいる必要はなくなる。

 

「私のせいだ...。」

 

私が入華のメンタルを乱して、チームを乱した。

KIRISHIMAが負けたのは私のせいだ。

私がコーチになんてならなければ。

 

『わたしじゃ、ダメなんですかっ...!?わたしは弱いから...だから、信じてくれないんですかっ...!?』

 

入華の言葉が、表情が。ずっと頭から離れない。

夢を支えるなんて、一体どの口が言ったのか。

私は支えるべき相手の気持ちを、まったく分かっていなかったというのに。

 

「もう終わったこと、か...。」

 

考えた所で仕方がない。

ここも早めに整理しておかなくては、と無理矢理に思考を働かせていると。

 

「あ、いたいた!りんりん、捜したよ!」

 

勢いよく開けられたドアから姦しい声と共に誰かが入ってくる。

特徴的な呼び方から、姿を確認せずとも誰だか分かった。

 

「なんだ、伊澄さんか...。」

「なんだとはなんだ!?...って、かなっちみたいなツッコミさせないでよ!あと伊澄さんじゃなくて、りーこって呼んでって。アタシとりんりんの仲じゃん。」

「ああ、うん...。」

「な、なにその反応...。ガチでへこんだ方がいいっぽいの?アタシ...。」

 

相変わらず元気で羨ましいと思いつつ、どうでもいいとも思ってしまう。

元々赤の他人で、KIRISHIMAがなくなるならもう関わることもなくなる相手だ。

 

「それで、何の用ですか。」

「っ...。その、さ。こないだ入華っちから聞いちゃったんだよね。KIRISHIMAの撤退のこと...。」

「...。」

「だから、心配って言うか...。入華っちも学校来なくて、そのまま夏休みになっちゃったし。...りんりんも、やっぱり様子おかしいし。」

「それでわざわざ訪ねてきたの?伊澄さんが心配して、何か変わることがあるの?」

「それ、は...。」

 

伊澄さんの表情がどんどん暗くなっていく。

それを気にする余裕は今の私にはない。

 

「入華っちの様子とか、まったく分からない感じ...?」

「私のせいでこうなったのに、私が分かるわけないでしょ。」

「りんりんのせい...?」

 

説明する気にもならず、席を立ち上がりドアに向かって歩き出す。

 

「待ってよりんりん!辛いならアタシ、話聞くから!入華っちもりんりんも、アタシの友だちでしょ!?だから...っ!」

「.....。」

 

話してどうなると言うのか。

伊澄さんの必死な声にも耳を貸さず、用務員室を出ていく私。

心配する価値なんてない。

これは自業自得だ。

いる理由も見当たらず、私はそのまま学園をあとにする。

結局、伊澄さんが追い掛けてくることはなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

当てもなく、ワダツミの街をただ呆然としてさ迷う。

もうそろそろ見られなくなる景色だとか、仕事をサボったことになるだとか。

そんなことはどうでもいい。

私はまた夢を失ったどころか、あの子達の夢を奪った。

もう夢を語ることすら許されない。

休憩スペースにあるベンチに腰掛け、ギラギラと輝く太陽を見上げる。

暑い。

こんな状態にも関わらず、家に帰って涼みたいなどと思った自分の情けなさに笑いすら込み上げてくる。

 

「いた。」

 

声が聞こえたと思えば、足音と共に見知った姿が現れた。

 

「紫苑...。」

「休むならせめて日陰にしたら?表情のせいで体調不良の人にしか見えないんだけど。」

 

小言を言いつつ私の隣に座る紫苑。

ちゃっかり日陰側に寄って座っている。

 

「...紫苑、申し訳ないけど、今私...。」

「知らない。」

「え...?」

「人にはお節介なくせに、自分がされるのは嫌ってこと?勝手過ぎだと思うんですけど。」

 

紫苑に構わないで欲しいと言うつもりが、思わぬ反撃を喰らい言葉に詰まってしまう。

 

「好きで楽しい仕事サボって、こんなとこで何してるの?」

「...。」

「...ま、偶にはいいんじゃない?少し休んだらまた戻るんでしょ?」

「戻れ、ないよ...。」

 

彼女の意図は分からないが、もう以前のように戻ることはできないと答える。

紫苑は私の返答に驚いた様子もなく、帽子のツバを弄っている。

 

「好きで楽しいんじゃなかったの?」

「...紫苑の、言った通り。それだけじゃどうしようもないことみたい...。」

「だろうね。会社の決定なんて、それこそ損得勘定だけだろうし。」

 

紫苑の言葉に私は驚く。

まるで事情を知っているかのような口振りだ。

 

「桐利から聞いたの。許してあげなよ?輪さんを心配して私に教えただけだから。」

「伊澄さんが...。」

 

先程の、らしくない程沈んだ伊澄さんの表情を思い出す。

傷つけることも言ったのに、それでも心配してくれてたんだ...。

 

「...その罪悪感感じてますって顔やめなよ。本当に悪いって思うなら、落ち込んでないでやるべきことがあるんじゃないの?」

「っ...。」

「入華とはもう話したの?」

「それは、あの日病室で...。」

「じゃなくてさ。」

 

私の言葉を遮る紫苑。

いつもの彼女とは違う、諭すような目が私を見つめる。

 

「謝ったわけ?入華に。あと、入華は輪さんに謝ったの?」

「...あれ以来、話してないから...。それに、悪いのは私で...。」

「はぁ。」

 

ため息を吐きつつ、帽子を深く被り直す。

それから少し間を置いて、紫苑は話を続けた。

 

「私がこんなこと言うの、ズルいとは思うけどさ。輪さんも入華も、会って話せる距離にいるじゃん。なら、ちゃんと向き合って謝りなよ。辛いとか、恥ずかしいとか分かるけど。落ち込むのはその後じゃないの?」

「......確かに、紫苑にそう言われたら、頷くしかないね...。」

 

紫苑には話したくても、もう話せない大切な人がいる。

それと比べれば心が離れているだけなんて、大した問題ではないのかもしれない。

私は結局、入華と向き合うのが怖かっただけだ。

拒絶され、それを受け入れるだけで、彼女にある誤解を解くことも出来ていない。

悪いと思っているなら、謝罪だけは絶対にしなければならない。

 

「なにらしくないことしてんだか...。私がお節介焼くなんてこれっきりだから。これ以上みんなに心配かけたら」

「あら。スミノエの愛は献身的なのね。」

「は?」

「わっ...。」

 

紫苑が小声でぶつぶつ何か言っていると思えば、急に別の人の声が聞こえた。

それと同時に私たちの間に妙な圧力が押し入ってくる。

 

「ヴィ、ヴィーナさん!?」

「久しぶりね、チサ。さあ、わたくしと愛を育みましょう!」

「うわ、出た...。ってか勝手に愛とか言わないでくれる?」

 

居酒屋の一件で苦手意識のある私に加え、紫苑も知り合いなのか、何やら嫌そうな表情をしている。

 

「あら、チサもスミノエも素直じゃないのね。これもまた愛。所謂ツンデレというやつかしら?」

「「違う(います)!」」

 

引き気味の私たちに構わず抱き締めてくるヴィーナさん。

どんなメンタルしてるんだこの人...。

 

「というか、何で紫苑だけ名字...?」

「あら、スミノエはスミノエじゃない。」

「わけわかんないんですけど...。」

 

相変わらずのフリーダムな様子に辟易としていると、埒が明かないと思ったのか、紫苑がヴィーナさんを引っ張り私から引き離す。

 

「こんなことしてる場合じゃないでしょ?早く行きなよ。」

「紫苑...。」

「チサに向かう愛の波動をたくさん感じるわ!特に強い二つが、同じ方向から来ているわね。」

「二つ?」

 

急にキョロキョロし出したヴィーナさんが、一方向を差して微笑む。

特殊なセンサーでも付いているのだろうか...。

 

「決まっているじゃない。チサにとって何より大切な二人が貴女を待っているわ。」

「...。」

「さあ、お行きなさい。行って、貴女が本当に愛を失ったのか、確かめるといいわ。」

「...はい。」

 

言っている意味はよく分からないけど、やはりあの二人と話さない限りは何も決まらないことだけは確かだ。

 

「紫苑、ヴィーナさん。ありがとうございました。」

「いってらっしゃい、チサ。」

「...はぁ。いいから早く行きなって。」

 

見送られながら、私は二人がいるであろう夕凪寮に向かって歩き出す。

けじめを付ける時だ。

 

「さあ、スミノエ。わたくしと愛を深めましょう!」

「は...?意味わかんないし、てかくっつくな!?」

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「わっ!やべっ!?」

「きゃっ!」

 

バシャン!と大きな音を上げ、水面が盛大に弾ける。

ファルソールは主が離れたことで安全装置が起動、静かにエンジンを停止させる。

 

「ぷはっ!あはは、ミスったミスった!」

「ぷは。もう、杏ちゃん!」

「悪い悪い、スピード出すの気持ち良くてさ、つい。」

 

全身を水浸しにしつつ、水面から浮き上がってくる杏里と詩絵。

久しぶりのファルソールにテンションが上がった杏里は、コーナリングを気にせずスピードを上げ続け、結果として派手に相棒共々投げ出されることとなった。

 

「しかし、やっぱりコイツは最高だな!楽しいよ、トシエ。」

「ふふっ、そうね。」

 

失敗したにも関わらず、二人の表情は明るい。

久しぶりに愛車、相棒と駆けるこの時が、二人には幸せで堪らなかったのだ。

 

「はぁ、ちょっと休憩。」

 

水面から上がりベンチに腰掛ける二人。

タオルで体を拭きつつ、水分補給をしていると、明るかった詩絵の表情が少し陰っていることに気づく。

 

「なんだよ、どうした?」

「...杏ちゃん。本当に勝てると思っちょる?」

「......。」

 

中央大会優勝。今度こそ勝てなければKIRISHIMAは終わりだ。

事実、杏里のブランクは大きい。

現役の頃(引退していたわけではないが)と比べれば実力にはかなり開きがある。

 

「みちるちゃんも、入華ちゃんも。それにコーチまで...。みんな、バラバラやとよ...。」

「分かってる。だがアタシらは、信じて練習するしかない。アイツらのことは、アイツらが何とかする。」

「それは...。」

 

最早チームとは言えない状況に詩絵は不安を隠せない。

何かしたくても出来ないもどかしさが、世話好きの彼女には耐えきれないのだ。

 

「大丈夫だって。トシエも知ってんだろ?アイツらは強い。特にみちるはな。」

「みちるちゃん...?」

「ああ。ドジで天然で危なっかしいヤツだけどな。アイツは輪や入華が来る前の、誰も希望を持ってないKIRISHIMAで、それでもずっと努力してた。もちろんここ最近で成長した部分もあるだろうが、みちるは元々、うちの誰よりも諦めが悪い。」

「...そうやったね。」

 

一人黙々と射撃練習を続ける姿。

試合中何度も逆転見せた姿。

勝ってみせるとプレッシャーをはね除けた姿。

みちるのそんな勇姿が詩絵の脳裏に浮かぶ。

いつの間にこんなに強く、と思っていたが。

思い出してみれば、あの子は元々誰よりも強かったんだと分かる。

 

「だから信じろよ。アタシらのクールな後輩ってのを。」

「...うん。ありがとう、杏ちゃん。」

 

再び二人の表情が和らいだその時。

 

「たーーーのーーーもーーー!!!」

「し、失礼しま~す...。」

 

聞き覚えのある声が練習場にこだました。

驚いて音の方を見ると、不機嫌そうにずんずん歩いてくる影と、申し訳なさそうに小さくなっている影が見えた。

 

「ああ!?なんだやっぱりいるじゃないKIRISHIMA!しかも、杏里がユニフォーム着てる!?」

「いらっしゃい、かなちゃん、由芽さん。」

「あ、お世話になっております~。」

「なんだ、うるさいと思ったら浦見のガキかよ。」

「なんだとはなんだー!?あとガキじゃなーい!かな様はかな様だー!!」

「うっさ。だからガキなんだよー。」

 

かなが普段より機嫌が悪いのには理由がある。

新人戦以降、KIRISHIMAを訪ねても誰もいない状況が続き。

由芽が輪に連絡を取っても落ち込んだ様子で詳細は不明。

ついに堪忍袋が爆発したかなは、今日KIRISHIMAに再び突撃することに決めたのだ。

 

「一週間以上このかな様を無視するなんて許せない!タイノー分クッキーよこせー!」

「ごめんね、かなちゃん。今日はコーチがおらんかい、クッキーはあげられんの。」

「えー!リンいないの!?何でよー...。」

「なんだ、輪に会いに来たのか?随分なついてんだな。やっぱりガキってことか。」

「だからガキじゃなーい!リンなんてどうでもいいんだから!」

 

輪がいないと聞いた時の落ち込み様で全員がかなのなつき具合を察したわけだが。

煽られた怒りが優ったのか、かなはそれを否定した上、仁王立ちで杏里を指差す。

 

「勝負よ!ここで会ったが百年目!今度こそ逃がさないんだから!」

「お、お嬢。見た感じ色々と事情がありそうですし、今日はやっぱりやめ」

「ああ、いいぜ。」

「へ?」

「杏ちゃん?」

 

いつも通り軽くあしらうと思っていた詩絵、由芽に加え、勝負を挑んだかなまで驚いていた。

二つ返事で了承した杏里は、拳を鳴らしつつかなと由芽を見てニヤリと笑う。

 

「ちょうどリハビリ相手が欲しかったとこだ。お前らから挑んだ勝負、勝手に壊れんなよ...?」

「ひぇ...。」

「な、なによ...!?なんか今日の杏里こわい!刃兼よりこわい!た、助けて~!ママ!リン~!!!」

 

自業自得ではあったが、日が落ちるまで水面に叩きつけられ続けることになる浦見かな。

トラウマになったのか、しばらくKIRISHIMAに顔を見せることはなかったという。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

「コーチ!」

 

夕凪寮に向かう坂道の途中。

正面からこちらに駆け寄ってくる影が一つ。

 

「コーチ、捜しましたよ!」

「みちる...。」

 

息を荒らげてやってきたのはみちるだ。

待っている相手のうち、一人はやはりみちるだったようだ。

私を捜していたと言うが、彼女も伊澄さんから連絡がいっていたのだろうか。

 

「聞いてください!KIRISHIMAの撤退の話、延期になったみたいなんです!」

「え...?」

「杏里さんが掛け合ってくれて、今度の中央大会で優勝すれば撤退がなくなるって!」

「...。」

 

中央大会とは、8月から始まるワダツミで最大規模の大会だったか。

確か、新人戦のようなシングル戦ではなく、4人1組のチーム戦だったはず。

...なるほど。杏里が復帰するのを条件に交渉したのだろう。

新人戦では敗北したとはいえ準優勝。

可能性自体は見せられたはず。

KIRISHIMAの真価を計るにはフルメンバーでの試合を見る必要がある。

上層部も一応未練があったというわけだ。

 

「だから私たち、まだKIRISHIMAでいられます!入華を説得して、コーチも一緒に!」

「...そっか。...良かった。」

「コーチ...?」

 

彼女たちの夢はまだ終わってない。

その事実だけで十分だ。

 

「私は戻れない。そもそも新人戦に負けたのは私のせいだから。」

「コーチのせいって、負けたのは私たちで...」

「入華の様子がおかしかった理由、私のせいだったんだ。」

「っ...。それは何となく、そうかな、とは...。」

「だから、私はこれからけじめを付けにいく。入華に謝らないと。私のやれる限りで入華を戻せたら、それで私の役目はおしまい。」

「コー、チ...。」

 

みちるの頭に手を置いて、軽く微笑む。

 

「みちるにコーチって呼んでもらうの、これで最後だね。」

「......。」

 

みちるは俯いてただ私に撫でられていたが、やがて顔を上げると、私を射抜くような瞳で見つめた。

 

「行かせません。」

「みちる?」

「今のコーチじゃ、入華は連れ戻せません。」

「...それはどうして?」

「分かりませんか...?」

 

更に目を鋭くし、私を睨み付ける。

 

「戻れないってなんですか。入華がいなくなれって言ったんですか。誰かがコーチのせいだって言ったんですか。違いますよね…?そんなの、ただコーチが逃げたいだけじゃないですかっ...!」

「っ...。」

 

睨み付けていた瞳を涙で濡らしながら、みちるは私の肩を掴み強く揺さぶった。

 

「一緒にいてくださいよ...!私たちでKIRISHIMAなんじゃないですかっ!入華だってみんなでいたいからっ、だから不安でも戦ったんじゃないですかっ!何で分からないんですかっ!逃げるより前に進むことがクールだって...!そう教えてくれたのは輪さんですよっ...!?なのにっ、なのに...!」

「っ...!」

「なんでそんなこと、言うんですか...!!」

 

クールなんて欠片もない。でも何より真っ直ぐで、激しい感情が私に響いてくる。

苛つきや憎しみじゃない。

この怒りは私や入華を大切に想っているが故の叫びだ。

 

「...行かせません。そんな覚悟で、入華のところには。私の後輩にこんな想い、させたくないからっ...!」

 

誰よりも強く優しく、思慮深い。

クールな理想の先輩がそこにはいた。

 

「私は...。」

 

入華の想いを知って、今度はみちるの想いを知った。

それで、私はどうする。

どんな覚悟を持てば、この子たちを...。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

ピンポーン。

 

インターホンの音が鳴り響く。

何度も押すことはしない。

ただ応えてくれると信じて待つ。

そうして数分過ごしていると、やがてゆっくりとドアが開かれていった。

 

「りん、さん...。」

「入華っ」

 

元気のない声と共に入華の姿が見えたと思えば、すぐにドアがまた閉まっていく。

反射的に足を出して止めようとしてしまう。

 

「いたっ...」

「あっ、ご、ごめんなさい...!」

「大丈夫、私こそごめんね...。」

 

怯えたようにドアから手を離す入華。

いつもの元気な姿はなく、髪はボサボサ、頬は少し痩けて見える。

 

「ごめんね、驚いたよね...。」

「......。」

「...どうしても話をしたくて。少しだけ、私に時間をくれないかな?」

「...。」

 

入華は迷うように私と部屋を交互に見回し、小さく頷いて部屋に招き入れてくれた。

そういえば彼女の部屋に入るのは初めてだ。

だが、それがいつも通りではないのはすぐに分かった。

部屋は電気が点いておらず、簡単に摘まめる食べ物の容器が散らばっていた。

 

「ちゃんとごはん、食べられてないの...?」

「...。」

「何か、簡単に作ろうか?」

「...。」

 

フリフリとまた小さく首を横に振る姿から、それほどのショックを与えてしまったことがよく分かる。

罪悪感に苛まれながら、入華がベッドに座ったのを確認する。

 

「...隣、いいかな?」

「......はい...。」

 

俯いたままの入華の隣に腰掛ける。

こちらを見ないままの彼女を、でも私は見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「ちゃんと謝りたかった。私のせいで、私が入華のことを分かってあげられなかったせいで、君の気持ちを乱してしまった。本当にごめんなさい。」

「...。」

「信じてもらえないかもしれないけど、あの日確かに私は颯にコーチになって欲しいって言われた。でも断ったんだ。私はKIRISHIMAのコーチでいたいって。」

「ぇ...?」

 

目を見開いて漸く私に視線を向ける入華。

 

「でもそんな事実は関係ない。問題なのは、入華が辛そうに出ていってしまったのに私は追いかけなかったこと。それどころか、罪悪感を言い訳にして落ち込んで、颯に慰めてもらってたの。情けないよね。」

「...。」

「私は君のコーチなのに。怖かったんだ。入華がもう、私のこと信じてくれないんじゃないかって。そうやって理由を付けて、逃げ出したの。だから弱いのは、むしろ私の方。」

「っ...。」

 

落ち込んだ顔から、辛そうな顔に。

嫌なことを思い出させているのは承知の上で話を続ける。

 

「思えばね、初めて会った時から、私入華のこと分かってなかった。いつも笑顔で優しくて、努力家で、ごはんとジェットバトルが大好きな太陽みたいな女の子。それで分かった気になってた。夢を失くした私とは違う、キラキラした存在。そうやって型に嵌めて、その裏にある苦労とか不安を知ろうとしなかった。」

「コーチ...。」

 

目の前の彼女と、あの決勝の日の彼女。

勝手に主人公だと決めつけていた子の、弱った姿。

それが否応なしに私が間違っていたことを証明している。

 

「入華の姿が眩しくて、昔の自分を思い出して辛くて。その度にそんなこと考えてる私のことなんて、教えちゃいけないと思った。それで入華が夢を素直に追えなくなったらダメだって。ずっと言い訳してた。」

「...わたし、コーチの気持ち知らないで...夢、夢って話しちゃって...。だから、わたし...謝り、たくて...。」

 

震えながらも、少しずつ気持ちを吐露してくれる入華。

そんな震えを止めてあげたくて、彼女の手をゆっくりと握ってみる。

 

「今さらだけど、私の昔話を聞いてもらえないかな?私のこと、入華に知って欲しくて。」

「いいん、ですか...?」

「気持ちのいい話じゃないけど、私には大事な話だから。」

 

ちょうどモノローグでもするみたいに、私がどうやって夢を見つけて追い掛けて、そして失ったかを話していく。

そんな楽しくない話を、入華は真剣に、共感までして聞いてくれた。

勿論、ただ私が話したいから話すわけじゃない。

自己紹介して欲しいなら、まずは自分から話すのが常識だ。

 

「大体、こんな感じかな。」

「っ...やっぱり、辛いお話ですっ...。」

 

涙を瞳に溜めながらコクコク頷く姿は、少し普段の入華に近く見える。

 

「次は入華のことが知りたいな。」

「わたし、ですか...?」

「入華の夢の話。私は君のことが知りたい。」

「コーチ...。...分かりました。」

 

ぽつりぽつりと始まる入華の話。

陽南監督とジェットバトルとの出会い。

みちるとの出会い。

そして、私との出会い。

彼女が何を思い、何を感じたか。

話し方や表情からも伝わってくる。

 

「輪さんも、私の憧れなんです。直接言っちゃうのは、やっぱり恥ずかしいですね...。」

「そっか...。そんな風に思ってくれてたんだね。」

 

少し顔を赤らめて話す入華。

私はドルフィンではないから、きっと『大人』として尊敬してくれていたのだろう。

 

「...謝るのは、わたしの方です。わたしのせいでKIRISHIMAが...。それを輪さんのせいにして...。」

「...入華、あのね。KIRISHIMAの撤退、なくなるかもしれないんだ。」

「え...?ほ、本当、ですか...!?」

「明後日からの、中央大会。そこで優勝すれば、撤退はなくなるって。」

「中央大会...?でも、杏里さんは...。」

「杏里は復帰したの。撤退の話も杏里が掛け合ってくれて...。」

「...。」

 

KIRISHIMAの存続が保留になったのにも関わらず、入華の表情は変わらず暗い。

 

「怖いんです、わたし...。新人戦の時、負けたら終わりだと思ったら、あんなに好きだったジェットバトルが嫌になって...。またわたしのせいで負けたら...今度こそ...。」

 

また負けたら。また失敗したら。

それが自分だけでなく、大切な人たちまで巻き込んでしまう。

その辛さはただ挫折すること以上のものだ。

彼女はそれを一度経験している。

 

「ここに来る前にね、みちるに会ったんだ。」

「みちるセンパイに?」

「うん。怒られちゃった。」

「へ?」

 

普段のみちるをよく知る入華だからこそ、あのセンパイが怒るだなんて想像出来ないようだ。

 

「撤退保留の話を教えに来てくれたんだけど。私のせいでKIRISHIMAがなくなりかけた、入華と話して説得出来たら、私はもうコーチを辞めるって言ったの。」

「...それは...。」

「そしたら、逃げてるだけだって怒られちゃった。」

「逃げてる、だけ...。」

「そう。入華と向き合うのが怖い、KIRISHIMAにいるのが辛い。そういう自分の弱い気持ちに理由を付けて、逃げようとしてたんだ。」

「...。」

 

みちるの泣きながら怒る姿は目に焼き付いている。

その後の後輩の為、そして私の為に覚悟を示してくれた姿も。

みちるからもらったもの、しっかり入華に伝えなくてはいけない。

 

「私は、もう逃げない。もう間違えたりしない。もしまた、入華が私を信じてくれるなら。二度と離れたりしない。どんなことがあっても入華を支える。KIRISHIMAがなくなったとしても。」

「輪、さん...っ。」

 

この子がたとえまた夢を失ったとしても、また新しい夢を見られるように支えよう。

一緒にいて欲しいと言うなら、嫌がられるまで一緒にいよう。

それが私の覚悟だ。

 

「私たちみんなでKIRISHIMA、入華の居場所なんだって、みちるに教えてもらったんだ。だから、入華が望んでくれるなら...。」

「わた、し...。」

 

入華の表情を見る。

先程までの暗い表情に、幾分か迷いの色が見える。

今日は急に押し掛けて彼女を疲れさせてしまった。

彼女にも考える時間が必要だ。

 

「大会の開始は明後日。明後日の朝、迎えに来るから。先に帰って、待ってるから。」

「...。」

 

最後に入華の頭を優しく撫でて、部屋を後にしようとした時。

 

ぐぎゅぐるるるぎゅるーー。

 

「ぁ...。」

「...。」

 

音の鳴った方に視線を向けると、そこには顔を真っ赤にした入華の姿が。

 

「...ふふっ、やっぱりお腹空いてたんだね。」

「あぅ...その...はい...。」

 

俯きながら返事をする彼女を見て方向転換。

冷蔵庫の中身を物色する。

 

「あの、輪さん...?」

「冷蔵庫の中のもの、少し使っちゃうね?」

 

目についたものを手に取り、ついでに棚の中も拝見。

フライパンなどはあるが、かなり綺麗であまり使った形跡がない。

まあ、自炊はよほど効率よくやらないと節約にならないし、彼女の食べる量的に外食系の方が手早いのだろう。

などと考えつつ、換気扇をつけガスを点火。

フライパンを温めながらハムを細かくちぎり、玉子を割っておく。

温めるご飯(大サイズ)をレンジに入れ、フライパンに油を投入。

ごはん、玉子、調味料、ハムに冷凍されていた刻みねぎを入れて強火で炒め合わせていく。

 

「それって...。」

「すぐに出来る簡単なやつでごめんね。」

 

完成した簡単チャーハン。

出来るだけお腹いっぱいになるよう大盛で作ってみた。

 

「素人の出来だけど、空腹は最高のスパイスって言うし。」

「わたしの為の、料理...。」

「前にも言ったでしょ?いっぱい食べる元気な入華が、私は好きなんだ。」

「...。」

 

仕事を終え今度こそ部屋を後にする私。

小さく聞こえたいただきますと、止まらないスプーンと皿の当たる音。

それが私には、少しは気持ちが伝わった証のように感じられたのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

『みんな久しぶりー!』

『元気してた?なーんて、二週間くらいしか経ってないけどねー。』

 

ワダツミ最大の競技場、ワダツミ中央スタジアム。

またの名を『イザナミ』。

真夏の熱い日差し、更にそこに観客たちの熱気が重なり、スタジアムはまさに太陽のような輝きを放つ。

それも無理はない、今日から始まる大会はただの大会ではない。

それはワダツミにおいて、最も価値のあるもの。

まさに最強を決める為の大会なのだから。

 

『ワダツミ中央大会!』

『イザナギカップ、開幕だよー!!』

 

開会を告げるラジオコンビ。

麻汐とトモの声が響く。

新人戦のMCが好評だったらしく、この中央大会においても実況解説役を任されたとのこと。

定番コントも挟みつつ、小気味よく大会概要、ルールを紹介していく。

観客は益々盛り上がっていくが、開会式に参加している一部のチームは逆。

開会式が終わりに近づくにつれ、焦りと不安を深めていた。

 

「入華...コーチ...。」

「落ち着けよみちる。」

「でも杏里さん、やっぱり私も...!」

「みちるちゃん。待つって約束やとよ。」

 

チームKIRISHIMA。

この大会で存続が決まる渦中のチーム。

しかし開会式に参加しているのは3人のみ。

本大会は4人1組で行う本来のジェットバトルルールだ。

いるべきはずのもう1人がいない。

その事実がチームを、そして事情を知る他チームにも不安を与えていた。

 

「入華っち...。」

「...入華...。」

 

咲宮入華。

KIRISHIMAの命運を握る彼女の姿は、未だこの中央スタジアムにはなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

現在時刻は9時ジャスト。

もう開会式が始まっている時間だ。

KIRISHIMAの一回戦は3戦目。

試合開始が10時として、11時には始まるとみていい。

会場まで30分はかかる道のり。

入華はまだ出てこない。

インターホンは押したが、反応はなし。

本来であれば、みちるたちともっと早い時間に会場入りするはずのところだが、彼女の決心がギリギリまで定まらないことは予想していた。

少しでもあの子の気持ちを尊重したい。

私のわがままだった。

信じて、ただ待つ。

みちる、杏里、詩絵。みんなは私を信じてくれた。

そしてみんなが入華を信じてる。

だから最後の最後まで待つ。

入華は逃げない。諦めなんてしない。

そう考えながら待ち続ける。

30分、1時間、時はどんどん過ぎていき。

 

「お願い...帰ってきて、入華...!」

 

試合開始30分前を過ぎたその時。

 

「コーチっ!」

「...!」

 

ドアが勢いよく開かれ、中から入華が飛び出してくる。

既にユニフォーム姿。

青白かった顔色、ボサボサだった髪、暗い瞳は全ていつも通りの、私がよく知る咲宮入華に戻っていた。

勢いのまま抱き着いてきた彼女に手を回し、抱き締める。

 

「ごめんなさいっ!わたし、たくさんコーチにひどいことを言いました...!みちるセンパイや杏里さん、詩絵さんに心配をかけて...。本当にわたしはダメダメです...!」

 

涙を流した瞳には、悲壮感ではない強い輝きが、確かに宿っていて。

 

「でも、でも..!やっぱり諦めたくないですっ!今も怖くて、逃げ出したくて震えちゃいますけどっ...。でもやっぱり、わたし!」

 

抱き着く腕に力が強く籠り、真っ直ぐに私を見つめる。

 

「みんなが、みちるセンパイが...輪さんが大好きですっ!みんなのいるKIRISHIMAが大好きですっ!だから諦めたくない!わたしが、わたしがみんなの居場所、守りますっ...!」

「...ありがとう。」

 

彼女の覚悟を受け止めるように強く抱き締める。

戻ってきてくれた。ただその事実が嬉しくて、自然と涙が溢れこぼれていく。

 

「私こそごめんなさい。二度と君の信頼を裏切らない。ずっとみんなを、入華を支えるって誓うよ。...一緒に守ろう、私たちのKIRISHIMAを。」

「はい...はい...っ!」

「おかえり、入華。」

「...ただいまです、輪さんっ。」

 

お互いにボロボロの顔を拭いて一息。

気持ちを切り替え、脱いだ上着を入華に渡す。

 

「輪さん、これは?」

「ユニフォームじゃ風引いちゃうでしょ?なにせ私の全速力だからね。」

 

親指をくいっと向けて、外を指差す。

最初からギリギリなのは承知の上。

間に合わせる『足』ならこれが一番だ。

 

「あっ!もしかして...もしかしてっ!」

「ちゃんと掴まっててね。私の本気、見せちゃうんだから!」

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

『続いての試合は、信華製麺所対...』

『きたきたKIRISHIMA!チームKIRISHIMAの登場だよ!』

『KIRISHIMAと言えば新人戦の活躍が記憶に新しいけど、今回なんとあの陽南選手と彩戸選手が復帰するんだよな!』

『そうそう!KAZAMIへのリベンジマッチに期待しちゃうよね!あっ!出てきた出てきた!』

 

歓声と共に両チーム入場。しかし、違和感に気付いた観客からは困惑の声が漏れた。

 

『あれ?KIRISHIMAの方、陽南選手と彩戸選手だけじゃないか?』

『ホントだね?都条選手と咲宮選手は?』

 

実況の二人から全体に疑問が広がり、騒然とする会場。

モニターに表示された文言を麻汐が直ぐ様読み上げる。

 

『咲宮選手が欠場の為、KIRISHIMAは1台のみで試合参加!?』

『えー!?そんなの絶対的に不利じゃん!?どうしちゃったの入華ちゃん!?』

 

2台1チームで行うマスタールールだか、ルール上は1台のみでの試合は可能だ。

しかし、あくまでも試合が出来るだけで、ハンデ以上の圧倒的不利を強いられることになる。

新人戦の結果からかなり期待されていたKIRISHIMA。

その敗北が決まってしまったと会場の熱は一気に冷めていった。

杏里と詩絵の表情は固いが動揺した様子はない。

覚悟を決めて出てきたことが窺える。

 

『...残念だけど、ルールはルール。進めるしかないな。』

『そうだね...。それにやってみなきゃ分からないし!そうだよね、みんな!』

 

トモの呼び掛けに疎らな返事が飛ぶがかなり頼りない。

観客はすでに諦めムードだ。

 

「トシエ。...勝つぞ。」

「当たり前やっちゃが。」

『スタートランプ点灯!』

 

無情にも始まるスタートカウント。

絶望的な戦いが始まると思われたその時。

 

『試合開っ』

「ま、待ってくださあぁぁぁーーい!!!」

 

突如聞こえた大声に驚いたのか、椅子ごと倒れる久々利トモ17歳。

芸人もかくやという素晴らしいずっこけであった。

 

『こら誰だぁ大声出したの!!舌噛んじゃっただろうがっ!』

『トモ、ドス効いてる。って、あれ咲宮選手じゃないか!?』

 

KIRISHIMA側入場ゲート。

そのサイドの足場に立つ人影。

赤い髪に赤いユニフォーム。イルカの髪飾りが特徴的なその人物は、まさにKIRISHIMAのライダー、咲宮入華その人であった。

 

「遅れてごめんなさいっ!!KIRISHIMAのライダー!咲宮入華!ただいま到着しましたー!!!」

『なんと咲宮選手!試合開始直前に到着!主役は遅れてやってくる!まさかの遅刻だぁー!』

『うんうん分かるよ。大事な日ほどお布団が気持ちいいんだよね~...。』

 

会場全体が笑いに包まれる。

「寝坊かよ!」「気を付けろよー」などと野次が飛んでいるが、ムードは完全に仕切り直しとなっていた。

観客たちも面白い試合を見たくてスタジアムまで足を運んでいる。

結果が分かる試合など求めていないのだ。

 

「入華!」

「みちるセンパイ!ごめんなさい、わたし」

「いいから!...分かってるから。行くわよ、相棒!」

「っ!...はいっ!相棒!」

 

スタンバイしていたみちると共にエクシールに乗り込む入華。

久しぶりの愛車は主人を待っていたかのように甲高いエンジン音を響かせ、杏里たちの元へ移動する。

 

「信じとったよ、入華ちゃん!」

「詩絵さん...。」

「話は後だ!入華、みちる!準備はいいな!」

「「はい!」」

「勝つぞ!アタシたちで全員ぶっ飛ばす!!」

 

再度点灯するスタートランプ。

息も絶え絶えに観客席から自らのチームを眺める地咲輪。

そこにはコーチ就任以来夢にまで見た、KIRISHIMA全員が居並ぶ姿があった。

 

「ファイトーーーっ!!みんなーーっ!!」

『スタンバイ!』

 

「「「「ゴーーーーッ!!!!」」」」




次回は久々にほのぼの回の予定です。
なんか距離が異様に近くなった入華と輪。
それを見ているみちるたちは何だかいたたまれない気持ちになっていき...?

このキャラがメインの話を見たいって子は誰ですか?

  • 入華
  • みちる
  • 杏里
  • 詩絵
  • エレン
  • 氷織
  • シュネー
  • 桐利
  • 見波
  • 乙姫
  • 夕離
  • 紫苑
  • ヘリー
  • セレナ
  • ヴィーナ
  • かな
  • 由芽
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