ちょっと不幸なイッセーくん   作:高町廻ル

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これといったタイトルが思いつかないです


僕っていらない子

 とある県のとある山奥の小さな集落に一つの命が生まれ落ちた。

 それはとてもめでたい話だった。皆に幸せを運んでくる吉報であるはずだった。だがそのはずなのに誰の顔にも笑顔はなく、困惑や恐怖が刻まれていた。

 小さな集落であったためか村人全員が親戚や幼馴染ばかりであり、まさに皆が家族同然だった。あそこの夫婦から子が産まれると聞いて手の空いた人が次々とその夫婦の家に雪崩れ込んでいた。

 そんな中、産まれたばかりの産声をあげる男の子を見た村人である男の一人がその恐怖の理由を代弁した。

 

「この子には…神器が……」

 

 別名セイクリッドギア。いわゆる人間にのみ稀に宿る事のある超能力。歴史書に載るような偉人は意識的かまたは無意識的なものなのかその力を使い名を上げた。

 一見すれば選ばれた才能を持つ羨まれる存在、だが特別である事は決していい方向に向かうわけでは無い。

 誰かに無いものを持っている人間は妬まれ、異物として見られ、そして畏怖される存在になるのは世の常だ。

 

 

 村人誰もが使用することが出来る会館に手の空いている村の大人たちが一堂に集結していた。

 空気は重かった、これからここで話し合う内容の結論次第ではここにいる全員が取り返しのつかない傷を負う事になるからだ。

 

「決めよう…あの子をどうすべきか」

 

 この村の長としての役割を請け負っている男が重い口を開く。

 神器を持つ人間に対しての恐怖心だけではない、世界には神器を持つ人間の命を狙わんとする組織、何よりグリゴリという堕天使が組織している対象の人間だけでなくその周りの人達まで手にかけるような巨大組織もある。

 もし仮にそれらに目を付けられたら最後この村は地図上から消えるだろう。

 だからこそ決断を求められている。

 危険因子は早いうちに芽を摘んでおくのか、それともリスクを承知で家族として受け入れるのか。

 

「やはり神器は…」「子供に罪はない」「それよりもバレた際の対処の方を考えるべき」

 

 その場にいる大人たちが自分たちの感情をぶつけたり、世間体を意識した善人論をかざし始める。

 可愛い子供に手を挙げるのはよくない、この村に生まれた子は家族同然という愛から出る言葉があった。

 恐怖の対象として排斥すべきであると思っていても、それを自分から発言するのは嫌な奴であると認識されるため取りあえずいい人ぶるやつがいた。

 平和であった村をここまで揺るがしてしまうのが神器というイレギュラーなのだ。

 

 そんな時折怒号が飛び交う押し付け合いのような話し合いが行われ、出された結論は。

 

 

「涼しいね、お母さん」

 

 実際に夏場にしては風が冷たいと感じるほどの気候だった。

 アスファルト地獄である街中とは違って、彼が住んでいるのは山奥の森の中にある小さな集落。自然のクーラーが暑さを遠ざけ、そして人を支えていた。

 

「そうね…」

 

 一方で自分の息子のそんな呑気な発言に対して、顔に疲労と憂鬱さが滲む女性がその手を引きながら返事をする。

 その後も子供が何度も話しかけるのだが、肝心の相手である彼の母親は上の空のような返事を繰り返すというやり取りを繰り返し続ける。

 そんな風景を見ていた集落の住人達は気味の悪いものを見たような嫌そうで不快そうな表情になる。

 

「呪われた子…」「あんな子捨ててしまえば…」「疫病神が」「あんなのを野放しにするなんて…」

 

 距離があるからか聞こえていないと思っているのか、もしくは露骨に聞こえいるのを分かって攻撃をしているのか。どちらなのかは不明だが、とにかく親子の存在は明確な悪意によって塗り固められていた。

 少しだけ握る手に力を入れながら固い声色で口を開く。

 

「…………―――は少し遊んでから帰りなさい」

「……?…うん……」

 

 母は息子の顔を一切見る事も無くそう言って手を離した。

 ―――は離された相手の手と自分の手を交互に名残惜しそうに見つめながら寂しそうなトーンで返事をした。

 そして彼は離れていく母親の背中を寂しそうに立ち尽くしたまま見つめる。その背中が見えなくなるまで。

 

 ただ彼の脳裏に強く焼き付いたのは、すぐに母は顔を逸らしたが一瞬だけちらりと見えた強く顔をしかめた表情だった。

 

 

「…………」

 

 ―――は自分の母の姿が見えなくなった後、何をしたらいいのか分からず呆然としたまま村の中を歩き回る。

 母親からの指示である『―――は少し遊んでから帰りなさい』という指示を受けたものの何をしたらいいのか分からなかった。

 物心ついた時から遊ぶというのが何を意味するのか分からなかった、親にも周りにいる人間の誰にも教えてもらえなかった。

 教えてもらえるはずもなかった、それは彼が村の大人たちから受けている扱いを考えればおかしい話では無かった。

 何をしていいのか分からずあてどなく歩いていると何やら騒がしくなる。

 

「ばけもん!」「気味わるっ」「どっかいけっ!」

 

 村にいる子供たちが―――の姿を見つけ、その相手に対して吐いたのは異物を排除せんとする単純な意思だった。

 子供たちに悪意がまったく無いわけでは無かった、だが周りの大人たち親世代の畏怖や嫌悪感からくる態度一つ一つが、子供世代に伝染して―――は平然と傷つけてもいいというあってはならない常識が形作られてしまっていた。

 

「……………………」

 

 だが彼はそう言われて足を止めたものの、そのことに対してどう反応するが人として正しいのか理解できなかった。

 生まれて物心ついた時からそうだったからか、置かれた環境のおかしさや寂しい感情そのものを感じ取ることは出来るのだがそれを上手く整理する事が出来なかった。

 何も悪い事をしたという自覚が無いためか悲しみの涙を流す事も出来ない。

 悲劇が当たり前ならそれはもう悲劇では無かった。

 

「無視すんな!」

 

 わざわざ攻撃をしたというのに鈍い反応しか得られない事に対して、いじめっ子の一人が苛立ちを抑えられなくなり―――の首根っこを掴んだ。

 掴んだ相手は十歳で掴まれた方の―――は五歳である為対格差を考えても恐怖で動くことも声も出す事も出来なくなってしまってもおかしくはない状況。

 

「…………?」

 

 だが肝心の相手は何をしたいのか、何をされているのか理解が追いつかずポカンとしてしまっている。

 

「ッ~!」

 

 そしてそのリアクションがまるでスカしているように受け取ってしまう。まるで自分の事など全く相手にしてないという態度が、幼い子が抱えるかまってちゃんな心を無駄に刺激していく。

 相手にはそんなつもりなど一切ないのに。

 

「気味ワリィんだよ!!」

 

 そして爆発した感情は幼いいじめっ子の冷静さを失わせ、もっと原始的な方法で他者を傷つけるという方向に向かわせてしまう。

 つまり暴力を振るってしまうという事。

 ガッ!っと硬い物が硬い物に叩きつけられるそんな鈍い音が炸裂する。本来であれば骨と骨が激しくぶつかりお互いに激痛に悶えるところだった。

 

「うっ…!っ~!!」

 

 だが膝を突いて痛みに悶え苦しんだのは殴った相手だけだった。

 そして殴られた方である―――は頬が腫れる事も無ければ、痛がる素振りを一切することなくただ呆然と立ち尽くしていた。

 本来であればどんなに硬くとも殴られた勢いで後ろにもつれるなりしなければおかしいはずなのに、その足は何事もないかのように踏みとどまっていた。

 そしてその異常な光景を見て周りの取り巻きたちの表情に突然の暴力が出た事に対する驚き、それに思い通りの光景が出なかった事に対する困惑、そして明らかに異常な相手への恐怖が刻まれていく。

 

「…………」

 

 ―――は目の前の相手が痛みでうずくまっている事と、周りにいる人達がざわつきこそするものの誰も手当てに行かないのを見て直立不動であった自分の足を動かす。

 

『……!?』

 

 取り巻きたちはこれまで石像のように沈黙を保っていた相手が動いたことで、ざわつくのをやめる。中には後ずさりをする者もいた。

 彼は脚を動かし自分を殴った相手の目の前に立つと倒れる相手に手を差し伸べながら口を開く。

 

「……大丈夫?」

「ひっ…嫌だあああ!」

 

 だが相手から返ってきたのは恐怖が刻まれたリアクションだけだった。

 殴った相手は真っ赤に腫れた自分の拳を抑えながら立ち上がりその場から逃げ出していく。そしてそれを見た取り巻きたちも蜘蛛の子を散らすように―――から逃げ出していく。

 

「…………?」

 

 そして一人取り残された彼は自分が置かれた状況を理解出来ないまま疑問符を浮かべる。

 

 

「ただいま」

 

 その後、適当に時間を潰した彼は自分の家へと帰った。

 

「―――話したいことがある。そこに座りなさい」

 

 そんな帰宅の挨拶をした彼を待っていたのは歓迎ではなく少しだけ緊張した面持ちをしている自分の父親と母親だった。

 

「……?…はい」

 

 彼は何が何やら理解していなかったが取りあえず父親の指示に従う。

 リビングにある床に座って扱うタイプの食卓テーブルには夕食が並べられており、今すぐにでもいただきますをしてしまいたいところだったが、それをしたら叱られるのは目に見えていたため必死に我慢して座る。

 そして両親もまた強張った面持ちでそこに座り話始める。

 

「今日三鷹さんから聞いたんだが、―――が相手に手をあげたのは本当か?」

 

 三鷹というのは―――に殴りかかったあの男の子の姓名だ。聞いたというのはその親から話を受けたという事だった、ただし一方的な視点と偽りの内容ではあるのだが。

 その質問を受けても何のことやら分からない彼は質問に対して質問を重ねてしまう。

 

「手をあげる?」

「つまり…相手を殴ったのかという事だ」

「ううん、殴ってない、よく分からない、あっちが痛そうだった」

 

 今自分が何に問い詰められているのか分かっていない彼はふんわりとした返事をする事しか出来ない。

 事実として殴って無ければ、何故相手が痛そうにしているのかも幼い彼にはよく理解できていないのだ。

まさか無自覚に危機感を感じた彼が無意識下で神器を発動して自身の防御力を上げたなど分かりようが無かった。

 それを聞いた父親は若干不安げな顔になりながらも最後の確認を取る。

 

「つまりお前は殴っていないんだな?そうなんだな?」

「うん」

「そうか…なら信じる」

 

 ここで話は終わりだと彼は緊張を解いて深く座り込む。

 

「じゃあ夕食にしましょう」

「いただきます!」

 

 母親がそう言ったのを聞くと、―――はまるでお預けを食らっていた犬かのように夕飯へと飛び込んでいった。

 

 

「今日はもう寝なさい」

「…はーい……」

 

 食事を終えてテレビを見ていた息子に対して母親はもう寝るように言う。

 小さな子供に夜更かしは天敵だ。早く寝るように注意をする事は何ら違和感のない事だ。

 母親の指示の通りに彼は自分の部屋へと入っていく。布団に入って少し経った後、彼の両親の話し声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 

『もうこれ以上は…』

『ついに…神器に目覚めて……』

『もうあの子の事…嫌いに…』

『どうすれば…』

 

 時に荒く、時に苦しそうな声色で彼の両親は話し合っている。

 それが何を意味しているのか―――にはよく理解できていなかった。だが自分が誰からも、それこそ両親からも疎まれる存在である事実を何となくだが理解できるようになっていた。

 

(お父さん、お母さん……僕の事…嫌い…?)

 

 その結論に行き着いた時、彼はこれまで誰に何をされても波一つ立たなかった心の水面に一つの石が投げ入れられ、そしてざわついた。

 

 

「…………」

 

 ―――は山を登って村を一望する事が出来る場所で一人考え込んでいた。その内容は当然昨日の断片的にだが聞こえて来た両親の会話と、今日この日まで他の村人たちが自分に対して行って来た仕打ちについてだ。

 彼は無自覚下で認識するのを避けていた事だが、村人たちから自分が村八分にされているという事実。それをここに来てやっと真正面から自覚できるようになっていた。

 分からなかった。自分の何が悪くてこうなってしまっているのか、何を改善すればいいのか、彼には分からなかった。

 彼の目下に広がるのは自分という存在を否定する人達が住む村であり、自分の故郷でもある。その事実をどう受け止めていいのか分からない。

 自分の居場所のはずなのに足がしっかりの地面を踏んでいない気持ち悪い感覚。自分だけが村の事を俯瞰して見ているような違和感。そしてそこに自分だけはいない。

 

(どうしたら…いい…?)

 

 異物として弾かれた自分がこの場所にいて何をすればいいのか、何をすれば皆に認めてもらえるのか。その答えをまだ彼は見つけられるほどの頭を持ち合わせていなかった。

 今の自分がとても寂しい立場に立っている事に気が付いてしまった、だからこそ皆の輪の中に入りたかった。仲間にして欲しかった。

 

 だがその願いが叶う事は無かった。

 

―ボオン!!と村から爆発が起きる。

 

「え……?」

 

 目の前の村から火の手が上がり悲鳴が木霊する現実を見て呆然としてしまう。

 そして村の上空に何かがいた。

 

「なに、あれ……」

 

 彼は呆然と呟く。瞳が捉えたのは白い翼をもつ存在と黒い翼を持つ存在が光る武器を手に持ち殺し合うという異常な光景だった。

 

 彼は知りようもなかったのだが、天使と堕天使が村をまたいで争っているのだと。

 

 

 ―――は慌てて火の手の上がる村まで走る。そしてたどり着く、自分の居場所と定義してもいい場所に。

 

「なっ、なんなのっ…!」

 

 彼は平和という言葉の対義語状態となってしまった村の風景を見て呆然としてしまう。

 既に家や建物の大半は大破か火がついてしまっている。道も見渡す限りひびが入り、まともに歩くことも出来ない状況。

 上空には羽根を生やした異形が光の武器や詠唱を唱えて謎の力を扱う。そして人型ではない異形の怪物、魔物達が人間を食い殺していた。

 そして人々の泣き声と叫び声。

 

「えっ…うっ……え……?」

 

 その光景を見てふらつき後ろによろめいてしまう、だがそこで妙に硬くて重いものが彼の足に引っかかってしまう。

 

「これ……」

 

 これでは無かった。何故なら彼の足でついうっかり蹴ってしまったのは昨日殴りかかって勝手に自爆したいじめっ子だった。

 ただし首から下は存在しなかった。

 

「なにが…?」

 

 何が起きたのか分からずにただ呆然とする事しか出来ない―――。

 

「たっ助けてくれえええっ!!!!」

「!?」

 

 だがそこで半壊した家の一つからこの村の村民が飛び出して来た。それに驚いて叫び声のする方へと恐る恐る視線を向ける。

 そこには彼を遠回しに迫害していた男が血まみれの姿で倒れていた。

 

「なにを……」

「良いから助けろっ!このバケモノが!?」

 

 まるでなにも理解出来ていないその相手の態度に男は業を煮やして怒鳴ってしまう。そして言葉を続けようとするのだが。

 

「お前のせいでっ」

 

 その口が何かを紡ごうとする前に真っ黒で首が複数存在するバケモノが男の頭を踏みつぶしてしまったのだ。

 踏みつぶしたバケモノの足から滲む様に血が溢れる。それをただ呆然と見る事しか出来ない。だがそうしている間も

 

「おい、もしかしてコイツじゃねえか?」

「計測器に微弱な反応があるわね…」

「!?」

 

 目の前に人が死んだという事実を中々受け入れない彼の背後から誰かの声が聞こえてくる。

 彼が振り向くとそこには黒い翼を携えた男女がいた。女の方は何やら小型端末を持っている。

 

「確かこいつは生け捕りにしろって言われてたっけか?」

「抵抗が激しいなら手足の一本や二本はじいてもいいそうよ、最悪堕天使を危険に陥れる因子なら殺しても構わないそうよ」

「生け捕りはめんどくさいしなぁ…」

 

 そんな緊張感のない会話を二人は行う。

 そしてその事実に―――は脳が麻痺していくのを感じる。

 既にこの村では何人もの犠牲者が出ており、先ほどまさに死人が出ているというのにそののんびりとした会話はこの手の荒事に慣れているかのようで不気味だった。

 

「可能な限り神器所有者は生け捕るのがグリゴリの方針よ。勝手なことをするとコキュートス送りなんだからね?」

「わーってるって…ほんとアザゼルの神器趣味には困ったもんだ……」

「アザゼル様の悪口言わない」

「はいはい…」

 

 堕天使二人はこれからの方針を決める会話を終えると―――に視線を送る。

 

「まあ別にお前に恨みとか無いけどよ、まぁ恨むならお前にセイクリッドギアなんてもんを与えた神って奴を恨んでくれな?」

 

 そう言って男は相手に向かって手を伸ばす。

 そして―――は一瞬ビクリと震えこそしたが、相手のそれを呆然と見やる事しか出来ない。触れられたらおしまいであるのは何となく理解できているのだがそれでも動くことが出来ない。

 

「神に選ばれた子に触れるな、汚らわしい堕ちた者よ」

 

 突然現れたのは白い翼を携えた男、天使だった。

 そして先ほどまで暴れていた魔獣はいつの間にか光る剣を持った人間が刺殺していた。先ほどまで猛威を振るっていた魔物が白い煙を上げ、その肉体がグズグズに崩れ落ちていく。

 聖剣の持つ聖なる力は魔獣のような魔の力の概念を持つ存在を消滅させる力を持っている。

 天使の男は手に光の剣を生み出し口上を述べる。

 

「この村にいるものを手にかけた罪…その命で償っていただきます」

「ハッ!純情ぶってんじゃねえぞ!!」

 

 堕天使の男もまた相手の挑発に乗って光の槍を生み出す。

 そして決して相いれない存在である二人はお互いの武器を目の前の敵に対して叩きつけ合おうとして、必殺の刃が鍔ぜりあう。

 

「もぉ…何で天界が介入してくんのよ…秘密裏に連れ去る予定だったのに……」

 

 堕天使の女の方は疲れたような口調でそう言った。

 組織としての元々の作戦は今日の夜、秘密裏に対象を拉致する予定だったのだ。

仮に攫ったとしても―――が村では疎まれている事は既に調べ上げていたためそこまで大事にならないだろうと踏んでいた。

 仮に堕天使の仕業であると気が付かれたとしても、三大戦力の一角であるグリゴリが関わっていると分かれば誰も手を出せないのだ。

 

「まったく…さっさと……って危ない!」

 

 彼女がぼやいていると突如立っていた場所を刃が通過する。聖剣を持っていた剣士の男が斬りかかってきたのだ。

 男は攻撃を躱した相手に対して視線を向けて忌々しそうな口調で言う。

 

「薄汚いカラスはここで滅します」

 

 男の目は相手の側しか見ておらず、その中身を見ようとしない絶対の無理解の体現のような視線だった。

 天使と堕天使は敵対し合う仲、だがそれは下についている人間にも伝播し、神を信じるクリスチャンは堕天使を敵と見るべしという常識として人に根付いた。

 

「神の力のおこぼれをあさるコバンザメが偉そうに言うじゃない」

 

 堕天使からすれば、異形の存在達からすれば人間は自分たちの存在を確立させるための糧でしかない。そんな遥か下の存在に殺すと言われてしまえば穏やかではいられない。

 こちらの二人もまたお互いの剣を鍔ぜりあう。

 

「……………………」

 

 ―――はそんな現実味のない、突然展開された魔界を前にして何も身動きを取る事も出来ずに呆然とその場で立ちすくんでしまう。

 

『お前のせいでっ』

 

 先程村人の男が最後の断末魔として叫ぼうとした何か。

 全てを理解することは出来なかったが、一つだけわかったのは黒い翼と白い翼を持つ存在は自分を狙ってこの村を襲撃したのだという事。

 

(ぼく…の…せい…?)

 

 現在進行形で奪われていく彼の故郷とその住人達。

 そして気が付く。村人たちが自分をいつも爪弾きにする理由、自分たち家族を村八分にする理由。もしこの状況に陥るのを恐れていたのなら納得する事実だった。

 そして脳裏に浮かぶ昨日の両親の悲痛そうな会話。

 今彼は誰からも自分は必要とされていないのだと、その事実を嫌というほど自覚した。

 こうしている間にも村は崩壊していき、村人は巻き込まれ殺されていく。

 

「!?」

 

 そんな光景をまるで別世界の出来事かのような感覚で見ていた彼だが、突然その手が引かれて小さく驚いてしまう。

 ただ、突然腕を引かれたからというだけで驚いたというわけでは無かった。

 

「お父さん…お母さん…?」

 

 その手を引いたのは彼の父親であり、その隣にいたのは母親だった。

 

 

 二人は自分の息子の手を引きながら村の周りにある森の中を歩いていた。そこは地元の住人でなければ迷ってしまうような方向感覚を狂わせてしまう景色。

 

「……撒けた…わけではないか……」

「すぐに見つかる…と思うわ……」

 

 二人は楽観的な考えを発し、それを自分達で否定した。いまだに遠くから悲鳴や破壊音が断片的に聞こえてくる、悲劇は終わっていない。

 ただの人間相手なら撒くことも可能だが、今村を襲っているのは堕天使や天使、そしてそれに従う獣や人間だ。ただの自然でどうにか出来るものではない。

 すると―――の母は息子の肩を持ち、膝を折り相手と視線を同じにして話しかける。そしてそれを支える父の姿。

 

「いい?」

「……!」

 

 彼は自分の母親の声と顔を見て驚いた。

 そこにあったのはいつもの暗く鬱々としたものではなく優しげな表情、声色も固いものではなく柔らかなもの。

 そしていつも顔をしかめたり不安げにしていた父も、また優しそうな雰囲気をまとっていた。

 彼がこれまでに見たことの無い両親の姿だった。

 

「この道を…まっすぐ進んだら…近くの町につくから……そこで助けてもらいなさい……」

「おかあさ…ッ…!」

 

 そこで彼は自分の両親の状態に気が付いた。

 二人の体は震え、血が服に滲んでおり普通では無かった。

 

「お父さんも…何で……」

 

 両親に何があってこのような負傷を負ったのか、その具体的な経緯は彼には分からない。だが自分を狙って意味不明な相手が村を襲って来た、二人はそのとばっちりで傷つけられてしまった。

 自分が元凶で起きた事だというのに、彼の両親は自分の安全を投げ捨ててでも息子を助けるために行動を起こした。

 ―――にはよく分からなかった。

 昨日、自分の事を疎んでいるような発言を断片的にとは聞いてしまった。そしてそんな発言をしていた両親が自分の為に危険を冒してまで行動を起こした事実が。

 

「なんで…ぼく…なんか…だって…嫌い……なんでしょ……?」

 

 本来であればこんな問答をしている余裕などないはずだが、それでもせき止められない疑問が無理矢理こぼれた。

 そう言われて一瞬二人はポカンとしてしまう。だがすぐにこれまでの自分たちが息子に対して行った態度を思い出して何故このように思われたのか気が付く。

 

「…………ごめんなさい」

 

 彼の母親は少しだけ目を伏せながら言う。これから彼女が口にするのはあまりにも勝手な内容だからだ。

 

「あなたの事が嫌いなはずない…大切だと思ってる…思いたかったの……」

 

 それは偽りのない本心だった。親としてお腹を痛めた子を嫌いになどなった事は一度もなかった。

 妻の言葉に続いて夫である―――の父も重い口を開いた。

 

「いつの日か…村の人達からお前越しに奇怪な目で見られるようになってから…思ってしまったんだ…『何でこんな目に遭ってるんだ』…と…」

 

 望んだわけでもない特殊な才能を持って生まれてしまっただけの子供、それを責めてはいけない事など分かっていた。しかし、あまりにも理不尽な扱いはそんな当たり前の認識すらも歪ませようと牙を剥いた。

 

「ごめんね…寂しい思いをさせて…でも…ずっと一緒に居たらあなたを憎んでしまうかもしれない…それが嫌だった…もしあなたを憎んじゃったら、もう……」

 

 もし仮に常に一緒に居続けたら、排斥されるその余波によって心身はすり減らされてしまう。

 もし仮にその原因を深く考えようとすると、それは息子のせいであるという答えに帰結してしまう。息子の事を嫌いになりたくはない、子供を愛する親でありたい、あり続けたいという願いが叶わなくなってしまう。

 決してやってはならない事だと分かりながらも、それでも愛し続けるためにも一定の距離を置かなければ己の心を保つことが出来なかった。

 二人は自分の息子と同じ目線で語りかける。

 

『お前(あなた)を愛してる』

 

 今更本音を語ったところで村の人達の行ったことが許されるわけでも、両親が冷たくしてしまった事が正当化される話では無かった。

 自分たちの心を軽くするためだけの都合のいい発言であるのは重々承知していたのだがそれでも口から出てきてしまっていた。その言葉が出てきた理由が情けない話ではあるのだが、この絶体絶命の窮地に立たされたからこそなのが悲しい話なのだが。

 

「…この道…をまっすぐ…行けば…何とかなるかも…しれない……」

 

 父は何とかこの状況を打破できるかもしれない案を改めて出す。

 だがそんな希望を簡単に許してくれるほど世界は優しくはない。

 

「この辺りだ」「東側に逃亡者の痕跡無し」「神器所有者だけは逃がすな」

 

 遠くから破壊音や悲鳴だけでなく、異形の存在達のそんな会話が耳に届いて来る。このまま何の策もなく立ち尽くしていてはすぐに見つかってしまうだろう。

 

『…………』

 

 そのことに気がついた二人は何やら視線を交わして頷く。

 すると父の方がそばにあった大きめの石を見つけて両手で抱える。そして母の方は羽織っていた上着を脱ぎ始める。そして二人は石を服で包む。

 

「いい?私達はもう少しここでやる事があるから―――は先に行きなさい」

 

 彼の母はあっさりと嘘をついた。

 

「で、でも……」

 

 彼は母親が何を言っているのか、その真意を何となくだが気が付いていた。

 

「いいから早く行きなさい」

 

 一人になる事を躊躇う自分の息子に対して父の方は少し厳しめの声色で相手の不安を塗りつぶすようにそう言った。

 何となくではあるが幼いながらも気が付いていた。今から自分の両親が決死の覚悟で囮になって逃げる時間を稼ごうとしている事実を。そしてそれが行われたとしたらきっともう会えなくなってしまうという事実を。

 

「…でっ…でも…」

『…………』

 

 息子が首を縦に振ろうとしない事実に二人は困ったような顔をする。

 自分たちの一方的な感情だけでは無かった、息子もまた親と一緒に居たいんだという意志表示があるのが嬉しい。

 だが同時にそれがもう叶わなくなってしまっている、こうしている間にも異形の存在達の魔の手が迫ってきている。

 母親は両手を息子の両肩に置いて、ひざを折って目線を近くして顔を近づける。その後ろには石を服でくるんだものを抱える父親。

 

「すぐに追いつく…からあなたは先に行きなさい」

 

 息子のそんな逡巡を上から塗りつぶすかのように彼女は命令に近い威圧的な声色で言い放つ。

 

「……………………」

 

 ―――は無言で頷いて最初に指示された方角へと走っていく。

 走っていく最中で彼は両親が触れた個所を何度か自分の手で触れた。その何となくだが体に残っていると感じる温かみ、それがこれまで彼の中に満たされなかった空虚な部分が満たされるのを何となくだが感じた。

 

 

「疲れた……」

 

 子供でしかない彼は十五分も経たないうちに疲労が足に来てその場でへたり込んでしまう。

 周りから煙たがられていたとはいえ人のいない場所にいる経験も無ければ、一人で森の中を歩いたこともない。全てが初めての事で緊張がいつも以上に感じる疲労という形で彼を襲っていた。

 既に太陽は南中に差し掛かっていた。

 両親と別れてから数時間が経っており、肉体的にも精神的にも疲労がピークに差し掛かっていた。

 たくさんの村人が目の前で殺されたというのに、自分の故郷を突然失ったというのに、その事実を上手く落とし込む事が出来ていなかった。

 時間だけは腐るほどあるというのに彼の脳は麻痺したままでぼんやりとしたままただ何となくまっすぐ歩いてた。そもそも真っ直ぐ目的地に歩いてるとは思っているのだが、そもそも初めて歩いた道や場所で正確な位置や方角などを小さな子供が把握できようもない。

 

「……………………」

 

 ただぼんやりと分かっていたのは両親がすぐに追いつくというセリフが嘘であるという事だった。それでも微かな願いが彼の足を今のままで動かし続けていた。

 

「やっと見つけた。手間取らせやがって」

「……え」

 

 うずくまって休んでいた彼に声をかけてくる謎の声。だがそれは両親の声では当然無かった。

 黒い翼を携えた男性が彼の目の前にはいた。その傍には仲間とみられる人間に、使役しているであろう魔物もいた。

 

「……ぁっ……」

 

 何でと言おうとしたがそれが口から中々出てこない。何が起きているのかその答えを分かってはいるのだが理解するのを脳が拒否してしまう。

 

「まったく…見つけんのに苦労したぜ」

 

 件の堕天使である男はやれやれと言った感じで口を開く。

 その時―――の目に映ったのは母が着ていた上着だった。父が持っていた石を包む為に脱いだものだった。

 そしてそれを持っているのは堕天使の男だった。

 

「そ…れ……」

「んあ?ああこれか?」

 

 ポツリと出たその言葉に自分の持っていた布を見て反応する。

 

「あいつら小細工なんてしやがってよ…逆に何の細工もねえからすっかり騙されたぜ…」

 

 男が言うには両親の必死の時間稼ぎに引っかかった事、そしてその上でここにやってきたという事。

 

「……………………」

 

 相手の言い草を聞いた―――は俯いた。

 そして彼の脳内には自分が置かれている最悪な状況と、両親が辿ったであろう末路がありありと浮かび上がっていた。

 今彼の心の中は怒りや悲しみなどもう何週もしてしまいとっくに感情が飛んでしまっていた。

 

「…………ゆるさない」

 

 そして口から出たのはそんなシンプルな答えだった。

 その言葉に呼応するかのように彼の左腕に可視化するほどの真っ赤なオーラが噴き出し始める。

 

「何なんだ…このパワーはっ…!」

 

 堕天使の男は肌でダイレクトに感じる強力な力の波動に一瞬怯んでしまう。そしてその動揺は周りにいる魔物や人間にも伝染し、困惑という形で何をどうしたらいいのか分からないと言った様相だった。

 吹き荒れている赤いオーラは徐々にだが収まり、そこには龍の意匠のある籠手という形で固着する。

 

「な、何故…あり得ない…まさかこんな所で……」

 

 男は視界に入った神器の正体に気が付く。そして恐怖から体が震え、無意識だったが後ずさる。

それはグリゴリに所属する堕天使であれば警戒し、発見次第逃走するように言われている最強最悪の神器の一つだったからだ。

 

『Dragon Booster !!』

 

 こうして赤龍帝になった少年の初めての戦いと、一方的な蹂躙劇が始まった。

 

 

『……………………』

 

 車内は沈黙に包まれていた。

 運転をしている男、兵藤五郎は自分の妻に何か話しかけなくてはと思うのだが次ぐ言葉が中々出てこない。

 人通りも交通も殆どない寂しい道を走っているのがより一層重い空気を作る事を助長している。

 それもそのはずでつい先月この夫婦に告げられた宣告はあまりにも非情なものだったからだ。

 

『大変言いにくいのですが…三希さんはお子さんを宿すことは困難です…これから先どのような治療を行ったとしても…改善する見込みは……』

 

 ここ数年間、兵藤夫妻は子を授かる為に様々な努力をした。

 

 最新鋭の治療を受けた。

 

 神頼みをした。

 

 それこそ考えうる限りの努力をした。

 

 だが努力をする人間全てに対し、女神が微笑む事が約束されるわけでは無かった。

 上手くいかないまま長い歳月をかけた事で妊娠適齢期を過ぎてしまった、それと同時に妻である三希の体も限界を超えてしまっていた。

 そして医者から告げられた宣告。兵藤夫妻に血の分けた子供が生まれることは無いという事実。

 

 それを告げられて以降、すっかりふさぎ込んでしまった妻を励ますために旅行を強行したのだが二人の間にある沈んだ空気の前ではそれは意味を成さない。

 

(どうすれば…)

 

 五郎はハンドルを握りながらこれから自分は、自分たちはどのように立ち回ればいいんだろうかと考える。

 

 子供を授かる事を綺麗さっぱり忘れてしまうのか、それでも諦めずに藁にも縋る思いで夫婦二人三脚を続けるのか。

 どの選択肢を選ぶにしても傷を負い続けるのは確実で、そしてそれは恐らく報われない努力になるという事だった。

 結果が伴わなければ努力をする意味が無いというわけでは無い。努力の過程に価値があるという考え方もある、だがやはり結果として報われなければ意味が無い。

 報われない、結果の伴わない事であると分かりきっている努力には意味はない。

 人間が腕をバタつかせても飛べないのに自力で飛ぼうとする努力を行うのには意味が無い。

 

 一切盛り上がることなくただただ苦痛な空気を蔓延させ続ける車内の中、三希は自分から話題を出す事もなくぼんやりと前の方を見ていた。だがそこで彼女の視界にとある異物が入った。

 

「……………………五郎さん前!!」

「え…うわっ!?」

 

 彼は自分の妻が突然焦った声を出したのを耳で拾う。それまでどこか上の空で握っていたハンドルに力が入り急ブレーキを踏んで何とか障害物を躱す。

 

「いっ…いったいっ…!」

 

 急ブレーキを踏んだことで起きる強力な衝撃に全身が痛む中、彼は今現在自分の身に起きた出来事を混乱した脳で整理しようとする。

 旅行の為人通りのない山奥の公道、妻の事を何とか励ましたいと思考を巡らせる。だがそんな上の空状態の中突然助手席から驚愕の声が聞こえて前の方に注意を向けなおす、すると道路に倒れこんでいる人影があった。

 道路の上に倒れている小さな人影を見つけて慌ててハンドルを切って躱したのだ。

 

「たっ、大変だっ!」

 

 彼は素早く車から降りて先ほどまで通った道へと戻る。それに彼の妻の三希も慌てて追随する。

 

「大丈夫!?」

 

 いち早く道路の上に倒れる子の傍らに着いた三希はその体を抱きかかえて必死に声をかける。そしてそのすぐ後ろには夫の五郎がいた。

 

 彼女の腕の中にいたのは体中痣だらけで全身ボロボロの子供だった。

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