生まれて初めて学校をサボった。
「んー……」
イッセーはとにかくやる気が出なかった。
ひたすら公園のベンチでぼけーっと座り込んでいた。まるでリストラになって時間を潰す虚しい社会人かのように。
『悪魔祓いには二通りあるわ』
テレポート後、イッセーを部室内のソファーに座らせてリアスは話始める。彼は静かに話を聞いていた。
『神の祝福を受けた正規の悪魔祓い。そしてもう一つは「はぐれ」簡単に言うと暴走して殺害に快楽を覚える輩よ。彼らは例外なく神側の教会から追放されるわ。もしくは始末されるか』
始末と聞いてはぐれ悪魔のバイザーが思い出される。彼女もまた自分の力によって暴れ回った結果、同族始末されるという悲惨な末路を辿った。
『じゃああの神父は…』
『ええ、逃げ延びた者は堕天使へと走るの。堕天使は堕ちたとはいえ天使と同じ光の力を有しているわ』
悪魔と同じ、転生システムを採用しているわけでは無いが力のある人間や思想の一致する種を取り入れる事で軍備を拡張。他勢力に弱い所を見せまいと動いている。
はぐれは正規の悪魔祓いと比べてリミッターが外れてしまっていることが多く関わらない事が得策。
『じゃああの教会は…』
『ええ、あの教会は堕天使側が支配しているもののようね』
リアスが語った事について理解は出来ていた。だが納得できない事があった。
『間違えてもあのシスターの子を助けようとか考えないことね』
『ッ…!』
その一言にイッセーの肩は一瞬ビクリと跳ねる。図星だった。
彼女は一瞬で相手の考えている事を見抜いた。
『彼女がどのような性根を持ってあの場所にいたのか私には判断出来ないし、どのような主義主張を持っているのか、関わり合いのない私には判断できないわ。ただ一つだけ言えるわ』
リアスは決定的な一言を口にする。
『貴方は悪魔陣営、彼女は堕天使陣営、あなたが助けようと干渉するのであれば私達は堕天使と戦わなければならないわ。貴方にその責任は取れるの?』
仮にイッセーにこの街にいるアーシア以外の堕天使陣営を倒せるとする。しかし倒したとしてもその後もっと上の存在が出張って来るかもしれない、それを倒せばもっと上が来る。
それは彼の願いとはかけ離れていくのは必至だった。
そう言われて何も言い返せなかった。ただ自分の力の無さというのを教えられるだけだった。
昨日出来事からなにも脳内は発展しなかった。何をすればアーシアを助けてやれるのか分からなかった。
別れ際に見た助けを求めるあの顔が、まる先ほど見たばかりかのように鮮明に思い浮かぶ。
自分や周りの人達すら満足に守れないというのに、会ってたかだか一日しか経っていない赤の他人の事を気にかけるなどいつから偉くなったんだという話だ。
「どーすっかな」
これ以上悩んでも問題が良い方向へと向かう事は無い。
彼はそう言いながらも一旦悩むのを止めて学校に行くことにした。解決しようもない事にいつまでも悩むのは非合理的だった。
「あの……」
「はん…?」
すると自分に話しかけようと何やら困っているような気配を察知する。
その方へとそこでこれまでに二度出会った金髪の少女が彼の傍にいた。
「え、アーシア?」
「あなたは…」
先ほどまで悩んでいた問題が目の前にいた。
◎
「あうぅ…」
アーシアはバーガーショップのレジ前で注文に四苦八苦していた。
だが困っているのは彼女だけではなく、注文を受けている店員も困っていた。
「手伝おうか?」
「い、いえ大丈夫です!1人で何とかしてみます!」
どうやらアーシアは自力で注文をしようとしていた。いつまでも日本語を話せませんではいけないと思っているか、自分の力だけで成し遂げようとしている。
その姿はとても尊いのだが、彼からすればさっさと席に座って昨日の出来事について話をしたかった。
「すみません。彼女も俺と同じもので」
「分かりました」
店員は分かりやすくホッとした表情になる。
一方のアーシアは「ガーン!」というのが目でハッキリと見えるほど落ち込んでいた。
「情けないです…ハンバーガー一つ頼めないなんて…」
「日本語、まだ上手く、話せないだろ。仕方ない」
イッセー自身もドライグのサポートおかげで何とかコミュニケーションを取れるというだけで、実際に異国に一人で放り出されたらアーシアと似たような感じになるだろう。
トレーに乗せられたハンバーガーたちを運んで移動していると、店内にいる客たちはシスターを目で追っていた。
珍しいというのもあったが、それだけではなかった。なんせ目を引くほど可愛いのだ。見かけた男は誰もが二度見する事を強要されてしまうだろう。
お互い席に座りハンバーガーを食べる段階になって面白い事が起きた。
「???」
アーシアは目の前の包の事がよく分からないようで、必死にフォークとナイフを探しているのだ。そもそも食器の類が無ければ直ぐに気が付きそうだが、そこに気を回す余裕がないほど緊張しているのか。
「ぷっ」
彼は敵陣営同士のはずなのにあまりにも間抜けなこの絵面につい笑ってしまう。
普通であればここで堕天使やはぐれ悪魔祓いに背中を刺されてもおかしくないというのに何故か安心感があった。
笑いながらも彼は自分の包を開いてハンバーガーにかぶりつく。
笑われた彼女はそれに驚いたがすぐにその単純なギミックに気が付いて顔を真っ赤にしてしまう。
「あ、あぅはううぅぅ…」
「ごめん。アーシアの、リアクションが、面白くて」
イッセーはそう謝るが相手は少し驚いていた。
「私名乗りましたか?」
彼女はそんな疑問を抱く。
これまでのイッセーはアーシアの事を「シスターさん」と外見の記号そのままの呼び方をしていた。
そして一度も彼女自身自分の名前を名乗らなかったし、そのタイミングもなかった。
「ああ、そっか。あのフリードって神父が……」
ここでイッセーは思い出した。昨日からずっと思い悩んでいた事、そしてその問題の最中にいる相手が丁度目の前にいるのだ。
フリードという単語を聞いてアーシアは肩をビクリと震わせる。彼女も忘れていたのか、もしくは意識して思い浮かべないようにしているのか。
呑気にハンバーガーショップでデートをしている場合ではない。アーシアがこれをデート的なあれと認識しているのかは不明だが、客観的には男女が二人で一緒に居る状況だ。
そして何よりリアスにこれ以上関わらないように言われた事を破ってこうしてコンタクトを取っている。
正直悪魔側から一方的に契約を切られてもおかしくない状況。だがそれでも知りたかったのだ。
「アーシアは何でここにいるんだ?」
単純な疑問だった。
昨日あれほどの事があったのだから街中を歩き回っている事に違和感があった。それはイッセーも同じなのだが。
「……自由時間といいますか…四六時中教会にいるわけではありませんので…」
彼女はその疑問に対して言い辛そうに答える。
何となくだが気が付いた。アーシアは堕天使たちから逃げてきた事とここでイッセーを嵌めるつもりは一切ない事。
仮に騙すつもりならこんなに分かりやすく、下手な芝居は打たなし、騙しているつもりならもうとっくに光の槍が飛んできているはずだ。
「そっか、まぁ冷めちゃうし、食べたら?」
あえてその事に触れなかった。
仮にその指摘をしたところで自分が相手に何をしてやれるのだろう。その事実に歯噛みしながら彼は淡々と食べ続けた。
正直あまり味はしなかった。
◎
『…………』
二人は食べ終わった後、特に会話もなく何となく街中を歩く。
平日の真昼間からどう見ても未成年かつシスターを連れているこの状況は、いつ通報されるかもしくは職質されてもおかしくない。
だがそんな事を考える余裕がないほど二人の間にある空気は重い。
「アーシアは、なんで、堕天使のところに?」
彼は細かい事を考えるのは止めてストレートに聞いた。
勝手なイメージでしかないが目の前にいるシスターは教会側に反旗を翻して堕天使に走る人間には見えなかった。あの堕天使たちやフリードの仲間だと言われても納得がいかなかった。
「それは…」
アーシアは言い淀んだ。きっとここに来るまでに大きな災厄と困難があったのだろう。
彼は質問しながら反吐の出る思いもしていた。
神器を持つ人間はまともな人生を歩むのは困難、かつて家族と故郷を奪われた彼自身が分かっている。なのに回りくどい言い方をしてしまった。
「その神器、のせいだよな」
「それは…そう言えばあなたにも…」
「俺も持ってる。だから分かる、アーシアが、神器に振り回されて、ここに、来たって」
決して相手の全てを理解出来るなどという傲慢な事を言う気は無かった。それでもこの世界に蔓延る突然現れる一方的な理不尽は分かってるつもりだった。
そう言われて一瞬アーシアはポカンとしてしまう。
「…………」
その言葉を聞いてアーシアの瞳から涙が溢れ始める。そして彼女は咽び泣き始める。
「え、ええっ!?」
突然の出来事にイッセーはオロオロとしてしまう。
「ごめんなさい…」
「いや、なんか、こっちこそ突っ込んじゃって…」
あの場で泣かれ続けるのは不味かったため、ベンチに座らせて泣き止むのを待った。
「ごめんなさい。嫌な事、思い出させてちゃったみたいで」
彼は素直に謝罪した。
積極的に傷付けたいわけではなかった、むしろ相手の過去に関わるなどごめんこうむりたかった。
だがそれでも目の前の少女が敵では無いという確信が何故か欲しかった。
「いいえ、違うんです。この力は神様にもらった素晴らしいものなんです。辛いことも含めて頑張りなさいっていう神様が与えてくれたものなんです」
アーシアはそう言って自身の過去を話し始めた。
捨て子だった少女は教会に引き取られ信仰深く育てられた。
だがそんなある日、不思議な力が宿り、傷付いた犬を癒した。その日からただの少女はカトリック教会に所属するシスターとして担ぎ上げられる。
誰もが良くしてくれる、周りの待遇に不満は無かったが、自分をただの人としてではなく「治療できる生物」として見る視線で見る。
それだけが寂しく、心を許せると思える人も、許そうとしてくれる人も居なかった。
(心を許せる…か)
その話までを聞いて少し心に刺さる話だなと思った。
イッセー自身、自分の過去も心の内も他の誰かに話した事が無いからだ。そういう意味では同類といえるのかも知れない。
聖女として担ぎ上げられていたとしても誰かのために力を振るうのは決して嫌では無かった。
相手からもらう感謝の言葉は彼女の心を少なからず満たしてくれたからだ。
だがある日、傷付いている悪魔を見つけて癒してしまう。それは規格外の力だった。過去に治癒系統の力の持ち主はいたが、あくまで人限定で悪魔を治せるものでは無いというのが常識だった。
アーシアを悪魔すら治せる力は異端であるという烙印を押して教会は追放する。
そして後は転がり落ちる様に堕天使に身を寄せる様になる。
その話を聞いてイッセーは異端扱いの割には生かしたんだなと少しだけ疑問に思った。
仮に悪魔や堕天使に走ったら脅威であるはずなのに見逃すというのは彼のイメージと合致しなかった。
(見かけによらず意外と強いのか?)
正直アーシアが追手を巻いたり、撃退する図が思い浮かばなかった。そんな実力があるならあんな堕天使に従わないだろう。
「まぁ、神様ってのも結構ケチ臭いな」
彼は素直な感想を述べた。
「えっ」
自分の過去を聞いた相手はきっと慰めるか、共感を示すと思っていた。だが相手はそんな事を口にしなかった。
「だってそうだろ。教会の為、頑張ったアーシアを、追放したなんてさ。力与えて、おいて勝手すぎるぜ」
「そ、そんなことは」
「大丈夫だって。どうせ人なんて、うん十億人もいるんだから、悪口言っても、バレないって」
彼女は相手が神をも恐れずお構いなしに言ってしまうのだからもうたじたじ。
彼はそのリアクションが可愛らしく、また面白くて仕方ない。
そして同時に教会から裏切られてもまだ信仰を忘れられないという事実に何も言えなくなる。
(知らないんだろうな……)
彼はそう結論付けた。
教会の生活しか知らないから自分がどれほど悲劇的な状況に身を置いているのか、その虚しさをどのようにして消化すればいいのか。
知らない、拳の振り下ろし方を。
「違うんです…私の祈りが足りないだけなんです…ほら、私って抜けているところがありますから…ハンバーガー一つ買えないですから…」
彼女のその言葉に彼は何を返してやればいいのか分からなかった。そうしている間もアーシアは自虐を口にし続ける。
「これも主の試練なんです。私は全然ダメなシスターなのでこうやって試練を与えてくれているんです。今が我慢の時なんです。お友達もいつか沢山出来ると思ってますよ。私夢があるんです。お友達とお花を買ったり、本屋で本を買ったり…おしゃべりして……」
収まっていたはずの彼女の涙は再びこぼれていた。
それはもう痛々しくてまともに見ていられなかった。
ごく当たり前に与えられるはずの日常も目の前の相手は出来ない、それを遠い憧憬の先にあるものだと思ってしまっている。
そしてその気持ちは理解の及ばないものでは無かった。
彼もまた血を分けた家族との日常も、故郷の人達と家族や友達になる事は永久に無い。
「じゃあ俺と友達になるか?」
「えっ」
「友達、欲しいんだよな。花屋に行ったり、本買いに行く、くらいなら、付き合うよ」
神様じゃなくても相手と友達になれる。
神様じゃなくても一緒に花屋に行ける。
神様じゃなくても一緒に本を買うことは出来る。
アーシアは一瞬何を言われたのか理解出来ないようでポカンとしていた。
そのリアクションを見たイッセーはまた何か地雷を踏んだのかと思った。
「嫌なのか?」
「えっ、あっ…あのぅ…」
アーシアは降って湧いてきたそんな提案にただ戸惑う。
彼女は目を伏せ服の裾を掴みながら口を開く。
「私世間知らずですし…」
「俺も教会とか聖書とかよく分かんないしな」
「私日本語も話せませんし、文化も分かりませんよ?」
「それを言ったら、俺も外国の事、よく知らねぇな」
「…友達と何を話したらいいのか分かりません…」
「アーシアの、好きなものとか、教えてくれよ。キリスト教、面白豆知識、とかでも良いからさ」
一歩踏み出すのが怖いのか言い訳を重ねていくが、イッセーは何を口にされようが怯む事が無い。
「…私と友達になってくれるんですか?」
「ああ、もちろんさ」
その返事だけはハッキリと言えた。
「何で…こんなに…だってあなたは悪魔と関りがあって…私と一緒に居るだけで本当は危険なはずなのに…」
彼女はここまで自分に良くしてくれる理由が理解出来なかった。
たった一度だけの数日も経てば忘れてしまうような大したやり取りもない相手の為に危険な橋を渡ってしまうその行動原理が。
「別に…ただアーシアが、寂しそうな顔、をしてたからってだけ」
何でも無さそうにそう返した。ただそうしたいから行動に移しただけ。
その言葉を聞いて、あの日再会した時のような寂しそうな表情は消えてただ嬉しそうに、満たされたような達観した何かがあった。
彼は何故その様な表情をしたのか分かりかねた。
「無理よ」
だがそんな二人の間に割り込む無粋な声。
「お前は」
声のする方へと彼が視線を向けるとそこには堕天使がいた。
相手はかつて神器を持っているというだけで命を狙って来たレイナーレと呼ばれていた堕天使。
「れ、レイナーレ様…」
相手を認識して怯えるアーシア。
それを見たイッセーは最初に言っていた自由時間というのが嘘だというのを確信した。
「何か用か?」
「相変わらず白々しいわね」
彼は何が目的か分かっていたが分からないふりをして話す。
当然の如く相手は苛立つ。
「アーシアを取り返しに来たのか」
イッセーは本題に入った。
彼は堕天使が神器を狙って事を起こす集団である事を知っている。ならばアーシアの神器を何かしらに悪用するというのは想像がついた。
そしてそれを許せば多くの人達に被害が及ぶ、その範囲にはきっと彼の家族や親友も入っているはずだった。
「ええ、そうよ。そもそも貴方は悪魔側、その子は堕天使側、そこに首を突っ込むと言うのがどういう事かわかっているのかしら?」
レイナーレのそれはかつてリアスが言っていた事と同じ。
この世界で長生きしたいのであれば決して破ってはいけない不文律がある。今の彼はそのギリギリの場所にいた。
もはや苛立ちを隠そうともせず、見下し根性そのままの視線を送ってくる。
「昨日の件と言いいい加減にしてくれないかしら?貴方を仕留め損なった所為で周りが煩いのよ。それにこんな面倒なお目付け役…嫌になるわ」
自分の爪をいじりながらつまらなさそうにそう言う。
本当に自分勝手だ、彼は素直にそう思った。
人を殺そうとして上手くいかなければ勝手に不機嫌になる。
これまで心の奥底に抑えていた許せない気持ちが僅かにだが再燃してくる。平穏な生活のために押し殺している火。
改めて思う、そんな自分本位の勝手な理屈で自分の故郷を蹂躙したのかと。
「ごめんなさい…貴方に嘘をついてしまいました」
二人が睨み合い一触即発の中、アーシアはそんな言葉で切り出す。
彼は庇う様に立ち塞がっていたのだが、彼女は自ら堕天使の前に出る。
「嘘…『自由時間』ってやつか、そんなの、最初から…」
最初から堕天使たちがアーシアを自由にさせるなど思っていなかった。
彼は目を盗んで逃げてきたのだ、そしてたまたま再会した、そんなところを想像していた。
「もう時間よアーシア、これ以上貴方の我儘に付き合ってあげられないわ」
「ありがとうございます。レイナーレ様…」
イッセーは二人の会話の内容を測りかねた。
「な、何言ってんだよアーシア。我儘って…」
いったい二人の間でどの様なやりとりがあってこの様なことになっているのか理解が追いつかない。
「今日は嬉しかったです。初めての友達になってくれて…それだけで私は…」
アーシアはそう言うと懐から一枚の紙を取り出す。
それは意匠の細部こそリアスたちが配る物と違うが、転移か召喚に類すると思われる魔法陣が描かれている紙だった。
彼はそれを見て止めようとしたがそうする前に光が辺り一帯を包み込む。
そしてアーシアも堕天使もいなくなっていた。