ちょっと不幸なイッセーくん   作:高町廻ル

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アーシアってレイナーレに貼り付けにされる前ってどんなやり取りしてたんでしょうか?


これ以上に幸せな事があるでしょうか?

「私ってあなたがこうして生きている理由が理解出来ないのよね」

 

 レイナーレはつまらなそうにそう問いかける。

 その相手はアーシア。だが状況は一方的。何故なら相手は十字架に貼り付けされていたからだ。

 そして遠巻きにその配下達がその瞬間を今か今かと待っている。

 聖職者を十字架に貼り付けにする、処刑を模したその行為は神に順ずる人間からすれば光栄なのか屈辱なのか。

 だがアーシアの顔には悲壮感は一切感じない爽やかなものだった。

 レイナーレはそれを見て苛立つ。彼女の想定では泣き叫ぶか恐怖で震えるか、それに近い反応をすると思って疑わなかったからだ。

 

「気に入らないわね…せめてもの反抗のつもりかしら?それともあまりの不幸にもう感情も焼き切れちゃったかしらぁ?」

 

 そう言われ、それまで一切の抵抗もせずに黙ってされるがままだったアーシアは口を開いた。

 

「不幸…と言うのはどういう意味なのでしょうか?」

「はぁ?」

 

 予想外のセリフに堕天使はポカンとする。だがすぐに立て直す。

 

「貴方は教会に捨てられて、堕天使側に堕ちてここで殺されるのよ。それを不幸と言わないでなんだと言うのよ」

 

 相手の察しの悪さに流石に苛立つ。

いくらアーシアが浮世離れしているとしても、己の現状を幸福であると解釈はしないはず。わざと相手を煽っている可能性も頭に入れていた。

 

「…貴方ふざけているのかしら?」

「いいえ…レイナーレ様、私は思ったのです。これ程までに幸せで良いのかと」

 

 この土壇場で出てきたのはそんな信じられない言葉。

 命も尊厳も握られ、踏み躙られた相手のその口から出る者とは思えない。

 

「ふざけているのかしら?」

 

 先程と同じようなセリフ。

もうレイナーレは不愉快さを隠そうともしない、殺意も不快感も剥き出しだ。

 だがアーシアはその視線も真っ向から怯む事も怯える事もなく受け止める。

 

「こんな抜けてて、何も無いところで躓くような私でも友達になってくれる人がいたんです…これ以上に幸せな事があるでしょうか?」

 

 相手の優しい聖母のような微笑みから繰り出されるそんな言葉。

 

「……ッ!」

 

 対するレイナーレは絶句してしまう。

 これから殺される人間が口にする言葉では無い。そして何よりアーシアは強がっているのでもない、心の底からそう思っているのだ。

 絶句したのは堕天使だけでなく、そのやりとりを見ていたはぐれ悪魔祓いも同様。もはや彼女を人ではなく異物としか見ていない。

 だがその視線を受けてもアーシアの心は決して折れない。こんな自分を友達だと言ってくれた彼の存在が心を奮い立たせてくれる。

 

「れ、レイナーレ様っ!」

 

 そんな不気味な緊張感あふれる空間の中に飛び込んでくる僕と思わしきエクソシスト。その表情は切迫したものであり、この空気感など知った事かと言った風だ。

 

「騒がしいわね。何かあったのかしら」

「し、侵入者がっ!そこまでっ…我々では食い止められま―」

 

 相手が言い切る前に後ろの大仰な扉が吹き飛ばされる。

 煙が撒き散らされる、そしてその中から出てくる強襲者。

 

「アーシアはここか?」

 

 そこには兵藤一誠がいた。

 そしてハッキリとした口調でそう言った。

 

 

「貴方自分が何をしているのか分かっているの?」

「…………」

 

 リアスのその一言に部室内は静まり返る。そう言われて何も言い返せずイッセーは心が痛む。

 時間は闇に近い夕刻、場所は駒王学園旧校舎。

 アーシアとレイナーレが消えた後、呆然としていた彼の下にオカルト研究部の面々がやってきて今に至る。

 

「確かに貴方の日常を守る事と引き換えに対価を得ている。貴方が堕天使に狙われるなら守る義務があるわ。けれど貴方からちょっかいを出して無用な血を流すのは話が違うわ」

 

 これまでに何度も告げられた現実。

 悪魔の下につく者と、堕天使の下につく者。二人を分つ決定的な差。

 身分違いと言えば聞こえは良いがそんなロマンチックな話では無い。彼にはここで大きな争いになった際に責任を取る手段がない。

 

「とにかくあの子の事は諦めた方がいいわ。仮にあのシスターが善良な子だとしてどうするの?仮に堕天使たちを倒したとして一生涯庇い続けるの?」

 

 淡々と事実を伝える。

 特撮モノのヒーローでは無いのだ。倒してそれでハッピーエンドでは無い、その先だってある。一時の満足感で生まれる無責任な善意など許されない。

 その事実を思うと悔しさで唇を噛む。

 赤龍帝と恐れられる力を持っていようが、多くの人から畏怖を集める存在であろうが守れない。望まない場所で苦しむ女の子一人、絶望の底にいた自分を拾ってくれた家族も。

 そして二つを天秤に載せてみる。間違いなく家族や己の方に傾いている。はずなのに何故かその事実に納得がいかない。

 必死に考えこんでしまう。どちらの秤も等しくなるようなそんなハッピーエンドは無いのかと必死に頭を働かせてしまう。

 

(何悩んでんだよ。ちょっと面識があるだけの他人…その相手の為に人生を棒に振って…家族を危険に晒す義理なんてないだろ…)

 

 その選択は何一つとして間違っていない、もし間違っているのだとしたらそれは世界の法則の方。

 自己防衛や己の可愛さを優先する行為が悪だというのなら、辞書に載っている悪という単語の定義から変えなくてはいけない。

 そう思ってもイッセーの頭の中は晴れなかった。己を納得させるだけの理論をいくら並べても心の芯の中にある本音が納得という結論を出す事を許さない。

 守りたいものが多い、そして彼の両手はその全てをこぼすことなく掬えるほど大きくはなかった。

 

「神器なんか持ってても何の役にも立たねえじゃねぇかよ…………」

 

 だが彼はそう言った瞬間、ある解決策を思いついた。

 

(ああ、クソ…それしかないのかよ…!)

 

 アーシアを救い、そしてこれからもこの街で暮らし続ける事を両立するたった一つの方法。

 

 

「俺と契約してください」

 

 覚悟を決めたのならもう行動に移すしかない。

 

「契約?」

 

リアスは白々しく聞き返す。

 

「これまでの契約にアーシアを助ける際の安全の保障を追加してください」

 

 イッセーはそんな態度など構う事なくそう言う。つまり悪魔としての契約でアーシアの身を救うと言う事。

 

「それがどういう事か分かっているのかしら」

 

 彼女は緊張した面持ちでそう問いかける。

 

「俺の持つポテンシャルなら十分にやれるはずです。分かってるんでしょう?」

「…………ええ、そうね」

 

 リアスは言葉を絞り出す。

 前に機械で測定した際に、正体は不明だが隠している規格外の力を持っているのは分かっていた。

 彼は己の神器を出す。それは一般的には『龍の手』と呼ばれているものだ。普通の人たちから見れば規格外の力だが、神器という括りの中ではありふれた凡庸な力の一つ。

 

「本当はどの様な力なんですの?」

 

 朱乃は主人に代わって問いかける。その疑問は当然全員が胸に抱いていたもの。

 その問い掛けには言葉ではなく行動で答えた。

 彼の左手に装着されたそれが光り輝くと鮮やかな赤色に光り、二つの緑の宝玉が備わり、龍のイメージさせる紋章が。

 

「赤龍帝の籠手って言えばわかりますよね」

『!?』

 

 その一言にその場にいた全員が息を呑む。

 神器の中でも使いこなせば神や魔王すら討つ事すら出来ると言われている最高峰のそれ。異形の世界に生きている者なら名前だけなら知っている。

 そんな伝説にも近い存在が今目の前にいる。驚くには十分だった。

 だが今のイッセーにはその驚いたリアクションがもどかしい。

 

「とにかく早く契約してください。こうしている間もアーシアが手遅れになります」

「そうね…分かったわ…どうなっても恨まないでね」

 

 リアスはそう言って何やら端末を弄って査定を始める。

 

「…………」

 

 結果が出てリアスは少し黙り込む。

 そして出した提示は−

 

「兵藤一誠。貴方には私の眷属悪魔になってもらうわ。それが貴方の家族、そしてアーシアのめんどうを見る条件よ」

 

 リアスは可能な限り平坦な声色でそう言った。

 

「…ッ」

 

 予想していなかったわけでは無かった。

 彼にとって守りたいと思うものはあまりにも多く、そして広すぎる。たかが人間が努力したところでどうにも出来ないものだ。

 

『いいのか?』

(まぁなるようになるだろ……)

『そうか』

 

 ドライグは心配そうに声をかけた。イッセーは内心では穏やかではいられなかったがそれでも何とか気丈に振舞った。

 その内心はドライグに伝わっていたが、特に追求しなかった。

 

「すぐにお願いします」

「ええ、分かったわ」

 

 リアスはスカートのポケットに手を入れる。そして取り出したのはチェスの駒。はぐれ悪魔を討伐した際に説明された人を悪魔へと転生させるアイテム。

 駒が光るとイッセーの体が淡くだが光る。見た目には大きな変化はない、だが決定的に世界は変わってしまった。

 

「…………?」

 

 彼は手を開いたり閉じたり、体を触ってみたが特に変化があるようには思えなかった。

 

「背中を意識してみて、そうすれば羽根が生えてくるはずよ」

「おお…」

 

 意識するだけで巨大な蝙蝠の羽根が生えてくる。だが凄く違和感があった、翼という人には無い器官に対するものでは無くドラゴンの翼とは違う感覚。

 

『いいのか?早くしないとあのシスターは手遅れになるのではないのか?』

 

 ドライグは感慨にふけっている相棒を見て注意を促す。

 

「ぅお」

「ど、どうしたの?」

「いや別に」

 

 今ドライグの事を説明している時間はない。今すぐにでも行動を起こさなければ身を切った意味が無くなる。

 

「じゃあ俺は行くんで後始末はお願いします」

「分かったわ。祐斗、小猫」

 

 リアスは出て行こうとする相手に対して二人の名前を呼ぶ。

 

「何を…」

「一応二人を付けるわ」

 

 イッセーの実力を測れていないのか、それとも度を超えた行動するなという牽制なのか。彼女は眷属二人を付けた。

 

「……ありがとうございます」

 

 イッセーは思うところはあったが、簡潔に礼だけを述べて走って部室から出て行く。そしてその後ろについて行く二人。

 リアスは三人の足元が消えるまでその場で立ち尽くしていた。

 朱乃はその沈黙に耐えられないのか話しかける。

 

「リアス…」

「私の浅ましさを笑う?腹黒さを呆れる?悪魔らしいと愚弄するかしら?」

「…………」

 

 リアスはその心配そうな相手を心配させまいと何とか言葉を吐いたが、心情とは裏腹に出てくるのはそんな自虐。

 朱乃はそれを見て無言で首を振る。

 だがその弱々しさもすぐに消える。まるで先ほどまで光景は幻覚だったのかと思う程に。

 

「私達もやる事をやるわ。イッセーとの契約だもの」

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