助けてくれ、逃げろ、早く伝えろ、など多くの悲鳴の混じった声が木霊する。
「どけっ!」
イッセー達は堕天使の力を受けていると考えられる神父たちを手あたり次第殴り飛ばしながら地下奥深くまで走っていく。
「この道をまっすぐ、沢山人がいます」
「分かった!」
小猫は敵をなぎ倒しながらも、敵陣はすぐそこだと口にする。
イッセーはそれを耳にして通路の先に視線を向けると仰々しい二枚扉があった。何というか隠す気もないくらいにアピール抜群のボス部屋の扉だった。
イッセーは勢いそのままに扉を蹴破って中へと飛び込んでいく。
目の前の祭壇に貼り付けにされている光景、そんなアーシアを見つけて彼は一瞬殺意を出したが、すぐに落ち着く。目の前の彼女はまだ無事だったからだ。
彼の背後にいる木場と小猫も接点こそ少ないが無事を確認して安心してた。
「助けに来たぜ、アーシア」
「……なんで…なんですか…」
彼のその迷いのない力強い一言を耳にする、そして彼女はそれが幻聴では無いとその瞳が確認する。
ただ友達だと言ってくれただけで満たされたのに、目の前にやってきた彼はそれ以上の幸せを届けてくる。
「友達が困ってたら助けるだろ。それにまだアーシアと花屋に行ってねぇし、本屋にも行ってない、そうだゲーセンに行くのも良いな」
彼はそれが当然かの様に言い切る。
「あらあらぁ…まさかこんな大馬鹿なんてね」
レイナーレは二人の逢瀬を冷ややかに見つめる。仕草は小ばかにして見下すそれ。
「まさか堕天使に盾突くなんて、戦争でもしたいのかしら?」
「…………」
イッセーは相手が何を言おうとじっと磔にされているアーシアを見ている。
その挑発を受けても凪のように受け流す。
「取り敢えずさっき本当の事を黙って俺に会った事はめちゃくちゃ根に持ってるからな。ここを切り抜けたら事情はキッチリと聞くからな」
「なっ…」
レイナーレは突然イッセーの姿を見失う。そして背後から誰かの声が聞こえて振り向くと十字架から解放されたアーシアを抱き抱えている相手の姿が。
それはこの場にいる全員が同じで、誰もが彼の姿を見失った。
そして静かな闘志をまとった彼は淡々と話し始める。
「レイナーレ、もし今の動きが見えてないならお前は俺には勝てない。ここで降伏するならリアス・グレモリーは縄張りでの今回の一件を咎めず穏便に事を済ますと言っていた。自分の命が惜しいなら降伏を勧める」
実際は無血開城を勧めるそんなことなど言われていなかったが、彼は極力無血で事を収めたかった。だから口から出まかせでそう言う。
「はっ…ちょっと隙をついたくらいでいい気にならないでくれる」
最終通告も受け入れない。あくまで自分が勝てると思っている、そして今の彼女の内心は目標達成直前に邪魔をされたという純度の高い苛立ちだ。
だがそれも少しの間の我慢だと思っている。
すぐに自分に同調する仲間がやってきてアーシアを取り戻す、それまでの辛抱だと。空腹は最高の調味料だと言われるのように、この苛立ちはアーシアの神器を手にした時の絶頂を高めるためのスパイスに過ぎないのだと。
「よっと」
「え、きゃっ」
イッセーは抱きかかえたまま出入り口までジャンプする。アーシアは突然の浮遊感に驚いた短く小さな声を出す。
「イッセーくん…」
「イッセー先輩…」
「まずはアーシアの安全が優先」
木場と小猫の二人は大胆な行動に呆れたような声を。
イッセーはそう言ってアーシアを抱きかかえたまま来た道を戻っていく。
「何を呆けてるの!逃がすな!」
レイナーレのその一言に今の今まで場を静観していた手下たちは慌てて武器を取り追いかける。
「めんどくせぇっ」
イッセーは分かってはいたが堕天使側がアーシアを諦めない事、いまだに制御が出来ない自分の力を振るわなければいけない状況に苛立ちを口にする。
「イッセー君は先にアーシアさんを!」
「行ってください」
木場と小猫はすぐさま迎撃にかかる。
イッセーはその姿勢に対して静かに頷くと、少しだけレイナーレに視線を向け、アーシアを抱えたまま聖堂に繋がる道を辿る。
◎
「よしっと…」
イッセーは聖堂に置いてある長椅子にアーシアを座らせて、自身の制服の上着を被せ、そして持っていたハンカチを使って手当てをする。
大怪我こそ無いが手と足首には縛られた跡、そして顔には殴られたような腫れがうっすらと残っていた。なるべく痛みという刺激を与えないようにアンティーク品を扱うかのような慎重な手つきで撫でて血を拭う。
「あ、あの…」
アーシアはこれまで黙ってされるがままだったが、耐えられなくなったのか口を開く。
「何だよ」
「え、っとその…」
「悪い、痛かったか?」
彼は少し気が立っている部分を抑えられずに彼女に対して少し高圧的なトーンで返信をしてしまう。そして結果として相手を委縮させてしまい、それに気が付いて慌てて言い直す。
「何でこんな事を…」
ここまで来てなお自分に降りかかってくる幸運に理解が追いつかない。
堕天使側の人間である自分をここまでして助けてくれるのか分からなかった。
「そっか、アーシアはセイクリッドギアで治せるんだっけ」
「いえそう言う事でなくて…」
いまいちかみ合わない二人の会話。
そうやって発展性のない会話をしているとその場に一人の気配が現れる。
「やっと来たな」
イッセーはポツリと呟く。この場にやってきた相手にめぼしはついていた。
「そんな茶番が見たいわけじゃないの、早くその子を渡しなさい」
そこにいたのは右腕を抑えながらも努めて冷静に振舞うレイナーレ。抑えるために使っている左手から赤いものが垂れていた。
「これ?あの騎士の子にやられた傷」
相手からの視線が患部に集まっているのを察してそう言う。
いまだに足元から戦闘音が継続的に響いている。倒してここに来たのではなく、戦闘を避けてきたのは分かっていた。
「そうか、それが答えなら容赦はしない」
イッセーはレイナーレの視線がアーシアに釘付けになっている、それを察してそれ以上余計な事はは何も言わなかった。
癒しの力を奪う、そしてそれを邪魔する障害は薙ぎ払う。それだけ。
右手に光の粒子たちが集まる。それは一見すれば『龍の手』だ。
「死にたくないなら、防御に全ての力を注ぎ込むんだな。そうしたら寿命が延びるかもな」
そう言い放つと拳を構えて足を曲げて中腰になる。いつでも飛びかかれる間合いだ。
その神器を目にした相手は嘲笑おうとする。
「あはは、それでどう私を–」
レイナーレの視界は真横になっていた。右手で頭に触れるとぬるりとした感触。
(これ、は)
血。右手に付着するそれは自身何が起きたのかを明確に教えてくる。そして遅れてじわじわとやってくる痛み。自分は殴り倒されたのだと気がついた。
「あ、う…げほごふっ…!?」
彼女は頭からつま先まで貫いてくるあまりの気持ち悪さに吐いてしまう。
「終わったようね」
「部長」
リアスの声が響くのイッセーは悶えているレイナーレから視線を外し、声のする方へと顔を向けるとそこには声の主だけでなく、眷属たち全員が集まっていた。
「無事か」
「うん、部長と朱乃さんが来てくれたからね」
木場と小猫を見てホッとした声を漏らす。やられたとは思っていなかったが、不安なものは不安なのだ。
視線を向けた奥にはオロオロしているアーシアもいた。
「どうも、堕天使さん」
「…グレモリー家の…娘か…」
レイナーレは必至に睨みつけて返すが、既に息も絶え絶えで何のプレッシャーにもならない。
彼女は生きていた、イッセーが意図して手を抜いたのではない。力のコントロールが上手く出来ないため結果として瀕死になっただけ。
「…してやったりと思っているんでしょうけど…残念…今回の一件―」
「そう」
リアスは相手の戯言を遮るように握っていた拳を緩める。
「な…」
零れたのは三枚の羽根だった。ただの三枚の黒い羽根ではない、それぞれ色合いも光沢も違う、見る人が見れば三枚とも違う羽だと分かる。
「あなたのお仲間とお話をさせてもらったわ、今回のこの件はあなた達の独断で行ったのだとすんなり吐いてくれたわ」
イッセーはそう言えばレイナーレの堕天使仲間が一人もここに来ない、その事実を今になって気が付いた。来ないことこそが裏で何が起きていたのかを物語っていた。
その羽を見てからレイナーレは震えている、何か口にしようとするが混乱を極めているせいで口から何も出てこない。
「さて」
「ッ!?」
リアスは間を一歩詰める。
レイナーレは震える。自分の命の最後が近づいている。慌てて周りを見る、同胞の堕天使も光の力を与えた神父たちもいない。この困難な状況を打破する方法もない。
そこで視界に入ったのはアーシア。
「助けないさいアーシア!貴方のその力があればこいつらを殺すのもわけがないわ!」
殺そうとした相手に対してもみっともなく命乞いを始める。仮にアーシアの力を借りたとしてもどうにもならないのだが。
その怒号にも近いそれを聞いて彼女は怯え、そして葛藤のようなものを見せる。
生来の優しさとこの街で堕天使たちの悲惨で非道な行いが、彼女の中の天秤をこグラつかせる、助けるという方向に振り切れない。
「ッ…」
彼女の手には癒しの力を持つ指輪の形を持った神器が顕現している。だがもう片方の手でそれを塞ぐように包み込む。
そして体を丸めて振るわせ俯く。
「……」
イッセーはアーシアに歩み寄ると彼女の体を軽く抱きしめる。
慰めたいわけでもなかった。気持ちはわかると同情したいわけでもない。ただ寒くて苦しそうだからそうしたかった。
アーシアは一瞬驚き、体をビクつかせたが相手に向かって体を力強くすり寄せた。
◎
「おはようございます」
イッセーはオカルト研究部に顔を出していた。これからは正式な部員として汗水流して働く事になる。
本心はめんどくさい。だがお客様身分は終わってしまった為仕方ない。いつもなら呼ばれない早朝に登校するよう言われたが拒否権は当然ない。
「あら、ちゃんと来てくれたのね。嫌がりそうなものだけど」
「……」
リアスは入ってきた客人にそう言う。大人びた、お姉様と皆から慕われる像を崩さない余裕たっぷりなトーン。
イッセーはそれをみて思うところが無いわけではなかった。ただ指摘する気はなかった。
「まぁ眷属ですから…下僕ですから、下僕ですから」
「もう、拗ねないの」
「下僕かぁ…」
カッコつけたいお年頃、若気の至りとはいえ自分の人生を結構軽く売ったもんだなと思う。
いまいちテンションを上げてこない相手を見てリアスは口を開く。
「中級以上クラスの堕天使を瞬殺、あなたほどの腕があれば出世する事も難しくないわ」
「出世?」
彼は少しだけその話に興味が湧いた。
「詳しい話は皆が集まった後でするけれど大昔の戦争で純粋な悪魔は減ってしまったの、だから『悪魔の駒』が作られた。そしてより強い転生者を勧誘するために中級、上級と実力と実績に応じた爵位を与える事にしたの」
リアスの説明は前置き通りに大幅に端折るものだった。
イッセーは深くこの場では質問しない。
「飴と鞭ですか」
「そうね、一生下僕として働きなさいと言われて首を縦に振る者は少ないわ」
「ですよね」
「まぁ色々と問題は起きるのだけれどね」
「あのはぐれ悪魔とかですね」
「そうね」
そんな雑談をしていると、コンコンとノック音が。
朱乃さんか?木場か?それとも小猫ちゃんか?彼はそんな事を考える。
「どうぞ」
リアスはそう言うと相手はそれに反応をして扉を開く。
「アーシア!ってどうしてここに…」
彼は驚く。何故ならここにやってきたのはアーシアだったからだ。
そして同時に目についたのは服装が駒王学園の制服だという事、わざわざ意味もなくそんなものを着せるとは思えなかった。
「って事はこの学校に…」
そして気がついたのはアーシアが人間ではなくなったと言う事。
「リアス…部長…これはいったい」
「ええ、アーシアは悪魔になったわ」
悪魔になっていることを問いただそうとしたが、リアスは悪びれる事もなくそう言い切った。
「ち、違うんです!私がお願いしたんです!」
悪魔に無理矢理させたと思い込んでいるイッセーを察したアーシアは間に割って入る。
戦後の処理が始まる。リアスが眷属たちに休むように強制的に言ったため懐刀の朱乃以外はいない。
『それで貴方はどうするのかしら?』
レイナーレが死に、その手下のエクソシストや神父達は投降する意思のあるものはグレモリー家の衛兵に連れて行かれている。
一般人になる事を望むのなら監視付きで釈放、異能を手離さないものはグレモリー領に従事と処分が決まっていく。
『私は…分かりません』
アーシアは何も分からなかった。ふと訪れた自由に対して自分が何者になりたいのか分からない。
『夢とかやりたい事とかないの?』
本来であればアーシアもグレモリー家の人間に明け渡す所だが、イッセーの依頼がある為リアスが直接交渉をする事に。
夢と言われても何も思い浮かばない。ただやりたい事はあった。
『イッセーさんと花屋さんや本屋さんに行ってみたいです…』
「う、うん?」
イッセーはアシーアが語った出来事、ここまで聞いておかしいぞと。
「いやそれなら悪魔にならなくてもいいんじゃ…」
「あ、あぅ…そのぉ…」
アーシアはその問いかけに対し顔を真っ赤にして恥ずかしそうに可愛らしく俯く。
イッセーとずっと一緒にいたいからお願いしました、など口が裂けても言えない。
リアスはそれをみて苦笑いをしていた。聡いようで結構鈍感なんだなと。
「あまり新人をいじめないの」
「えぇ…」
何やらいじられて納得がいかなそうに彼はうめく。彼としては意地の悪い事をしている自覚などないからだ。
「まぁいいや…あと結構似合ってると思うよ、制服」
「本当ですか!」
イッセーはこれ以上追求しても困らせるだけだと思い話を打ち切る。
一方で褒められたアーシアは何やら嬉しそうで。
そんなやりとりをしていると他の部員たちもやってくる。
「おはようございます。部長、イッセーくん、アーシアさん」
「おはようございます。部長、イッセー先輩、アーシア先輩」
木場と小猫は開きっぱなしだった扉から入ってくる。
「みなさん揃いましたわね」
朱乃はケーキをのせたワゴンを押しながら別室から入ってくる。いつものニコニコフェイスを崩さずに。
「さて、みんなが集まったところで歓迎会を始めましょうか」
リアスはそう言う。
「ケーキですか」
「ええ、せっかくだから作ってみたの」
リアスは恥ずかしそうにそう言う。
その言葉と共にケーキを切り分け皿に盛り付けられていく。
イッセーはそれを見ながら、自分が悪い気分ではない事に気がついた。悪魔になって気分最悪の日のはずなのに。
『今くらい素直になってもよいのではないか?』
(そうだな)
ドライグからの一言に割り切ったイッセー。
今だけは自分の選択によって生まれたこの掛け替えのない時間を楽しもうと思ったのだ。