ピンポーン–
ある日、自宅のインターホンが鳴る。
テレビを見ていたイッセーは耳でその音を拾う。
「ちょっとお願いしてもいいかしら」
「おっけー」
母親からそう言われテレビを見るのをやめて立ち上がり、玄関へと向かう。
「はいはーい」
扉を開けるとそこにはリアスグレモリーがいた。
「おはよう、イッセー」
「はい?」
リアスはごく普通に挨拶をするのだがイッセーからすれば突然の来訪に困惑する。
それと同時に彼はいつもであれば気配で悪魔が来ている事に気が付いたはずで、それに気が付けないほどに気を抜いてしまっていた自分に少しの苛立ちを。
「ってアーシア?それに後ろの段ボールは…」
「おはようございます、イッセーさん」
もう一人の来客であるアーシア・アルジェント。イッセーからすれば後輩にあたる元シスターの新人悪魔。
「おはよう…」
「はい!」
元気な返事のおかげか退屈になるはずだった休日が一気に色を取り戻す。
休日に美少女二人の御尊顔を拝めるのも悪魔になったおかげ、そう思ったら結構悪くなかったのではないかと不埒な思考を巡らせる。
「所で二人とも何かあったんですか」
イッセーはそう言いながらも薄々何を要求されるのか感ずいていた。
相手のリアクションを見てリアスはにんまりと笑む。
「「ホームステイ!!?」」
朝食を用意していた兵藤母と寝起きの兵藤父はリアスから告げられたその提案に驚きの声を出す。
兵藤家で突如開催される事になった緊急家族会議。その議題は海外からの留学生であるアーシア・アルジェントをこの家で受け入れるかどうかという内容だった。
「えっとですね…リアスさん」
「はい、兵藤さん」
「うっ…」
この家で一番権限を持っているはずの家長が女子高生を前にタジタジになってしまっている。
イッセーからしたら恥ずかしい事この上ないのだが、今はそれを情けないと一笑することは出来なかった。
相手は種族こそ違うが貴族社会の令嬢、リアス自身がそれをこの場で振りかざしているわけでは無いが、まとうオーラは一般人を圧倒するものがある。
「その、アーシアさんは家へのホームステイを希望されていると…」
「はい、イッセーさんのお父様」
アーシアは爽やかさと癒し全開の笑みで応える。
「お、お父様…!くぅ、綺麗なお嬢様にそう言われると心身に響くものがあるね、いい意味で」
まるで天から洗礼を受けたかのように恍惚そうな表情を作る。その癒しをもたらしているのは天使ではなく悪魔なのだが。
イッセーも立場が違えばアーシアとの幸せな結婚生活を脳内時間で三十年ほど過ごしていたに違いない。
「お父さん!」
すぐさま自分の妻に小突かれる。
「ゴ、ゴホン!ホームステイするにしても家には性欲の権化ともいえるバカ息子がいる。いや行動に反して結構親切だったり紳士的だったりするんだが…ただ若い娘さんが住むには少し…」
「息子の前で容赦ないな。いや間違ってないけど」
しれっと出た自身の評価に対して不満をあらわにする。それと同時に割と自分を買ってくれているのを聞いて嬉しくもなる、性欲旺盛なのは知っているがいい所もあると言ってくれる。
何よりそれくらい辛らつに接しても問題無いという信頼の裏返しとも思っている。
「イッセーさんはバカ息子さんなんかじゃありません。困っている人を助けてくれる優しい人です」
「「うっ…」」
アーシアのアピールに二人は言葉に詰まる。優しい部分は勿論認めている、だけどエッチな部分がどうしても…
何よりアーシアが性欲の権化という単語に対して特段動揺している風も無いため、兵藤一誠のそういう一面を知ったうえでホームステイを希望しているのに気が付いてさらに混乱する。
リアスは簡単に首を縦に振らない相手に対して少し苦笑いする。
ただ兵藤家としてもいきなりホームステイの受け入れ先になってくれと言われても困るのは当たり前だった。それも一人息子のいる家に同世代の女の子をと言われても簡単に了承など出来るはずもない。
リアスは最後の一手を切る。
「今回のホームステイは花嫁修業ということでどうでしょう」
「「花嫁!?」」
その一言でこれまでの渋る空気が一変する。
イッセーを引き取ってから十年ほど。小さい頃を除けば、彼女どころか女友達がいた事が殆どなく、女っ気のない息子に不安を覚える事など幾度もあっただろう。そんな二人からすれば必殺の一撃だ。
「父さんな、老後も独り身の息子の心配をしながら死ぬんだと思ってたんだ…」
「母さんもね、イッセーにはお嫁さんが来ないかもって思っていたわ…人に親切に出来るし、礼儀作法も問題ないわ…でもプラモデルの空箱にエッチなDVDを隠すような息子になるなんて…」
「母さんどこでそれを!」
性欲旺盛である部分が明らかにマイナスポイントであると明らかに指摘される。
イッセーの困惑に対して彼の両親は既にアーシアを受け入れる体制を整えていた。
「アーシアさん!こんなこんな性欲の権化のような息子だけどよろしくお願いできるかい?」
「はい!」
アーシアは笑顔で父親の言葉に応えた。性欲の権化の部分は否定せずに。
そしてその光景にイッセーの母親は感極まって嗚咽を漏らす。
「え、なにこれ」
目の前で繰り出されるやっすいメロドラマにどうしたらいいのか分からない。
「決まりね。アーシア、失礼の無いようにね」
リアスはパンと手を叩きそう総括する。
盛り上がるアーシアと兵藤夫妻。
「……花嫁…ね…」
少し寂しげな顔をするリアス。イッセーはそれが気になって仕方なかった。
◎
アーシアの引っ越しが終わってから数日。
「いいお天気ですねイッセーさん。今日は体育でソフトボールをやるんです。私初めてなので楽しみなんです」
「突き指しないようにね」
二人は一緒に登校している。それもとても仲良さそうに。
周りの視線は様々だ。なんであの性欲魔人と一緒に!?という意見もあれば、兵藤って実は結構面倒見が良くて親切だよねと思う人もいる。
イッセーは思う。最近まではエロ仲間二人位しか交友関係が無かったというのにいつの間にオカルト研究部を中心に学園の美少女たちと仲良くなってしまっている。
ちなみに異性に限れば一番仲が良いのはイッセーなため、あれで仲良くなれるなら俺も!と話題の美少女アーシア・アルジェントに告白するものが多数いたらしい。だが特ににべもなくフラれたそうだ。
「アーシアちゃん!おはよう!」
「おはようアーシアさん。今日もブロンドがキラキラ輝いているね」
二人が登校していると松田と元浜の悪友二名がアーシアに挨拶をする、ちなみにイッセーの事はまるで視界に入ってないかのようだ。
「おはようございます。松田さん、元浜さん」
アーシアは嫌悪感という単語がこの世に存在しないかのような爽やかスマイル。男二人は何やら気持ち悪い笑みを浮かべる、どうやら幸せを感じているようだ。
「はん」
イッセーは小さな事で幸せを感じている奴らだと鼻で笑う。
「「イッセーテメエッ!!!」」
鼻で笑われて二人はブチ切れる。二人とも笑った相手にボディーブローを決めに来るが簡単にかわす。
「危ないな」
特に驚いた様子もなく澄ました態度を取る相手にさらに悪友二人はヒートアップしていく。
「お前最近アーシアちゃんと毎日登校しているそうじゃないか」
「おかしいじゃないか。なぜに毎日朝登校しているのかな」
沸騰しそうな脳を何とか抑えながら質問をする、だが足は震えており産まれたての子鹿の様で。なによりそれは質問というよりは事実確認の方が意味としては正しい。
「私イッセーさんのお家でお世話になっているんです」
アーシアは簡潔に事実のみを話す。
その一言を耳にした瞬間二人は悲鳴を上げだす。「嘘だ」「バカな」「ありえない」など事実を何とか曲解しようと頑張っている。
だがアーシアの受け答えが逸らしようのない現実であると教えてくる。
二人はついにその場でへたり込んでしまう。そして松田が口を開く。
「なあイッセー…」
「お、おう」
「何で俺達には女の子の影すらないんだろうな?」
「…………」
イッセーはなんか不憫になった。
◎
今日からオカルト研究部活動再開。
リアスが前に堕天使と小競り合いした時の後始末と報告等で一週間ほど休部していたのだ。
イッセーにはグレモリー家の当主と魔王に対して赤龍帝である事を公表すると言われていた。
理由は本来であれば神器使い、特に神滅具は極めれば魔王を倒せる代物であり、その危険性から発見次第報告と保護をする義務があるからだ。
そして赤龍帝の籠手の存在を伝え、さらにグレモリー家がそれを所有したせいで悪魔たちのいる冥界は今大騒ぎになっている。
「失礼しまーす」
「お世話になります」
イッセーは特段気張りせず、アーシアはオカルト研究部部員としても、そして悪魔としての一歩を踏むことになる。
二人が中に入るとオカルト研究部全員が既に集まっており、代表者のリアスが口を開く。
「ようこそ新人悪魔さん。改めて歓迎するわ」
◎
「入れたか?」
「はい、完了です」
イッセーとアーシアは元気にビラ配りをしていた。
悪魔を召喚するための簡易的な魔法陣。普通の人間にはただの紙切れにしか見えないが、何かしらの欲望を持っている人間には使いたくなるようなまじないが付いている。
「じゃあ次行こうか」
「はい」
二人はにけつで自電車を走らせる。
日が落ちているからか周りには誰もおらず、二人だけが切り取られたかのようだ。
「いやこれなんだよな」
「?」
「独り言」
イッセーは思う。男が自電車を漕いで女が後ろに乗る、小猫とのあれは何かの間違いだったのだと。
「悪魔は神社に入っちゃダメだからな」
「はい、悪魔は精霊が集まる場所や土地の神様に関係するところには行ってはいけないんですよね」
「そう言えば本屋とか花屋も行かないとな。花屋は行った事無いんだよな」
街の案内をしながらチラシ配りをしているとアーシアはふと何かを思い出して口を開く。
「イッセーさん、『ローマの休日』という映画を見た事がありますか?」
「名前だけは、見た事は無いかな、古いくらいしか知らないや」
「…そうですか」
アーシアは少しだけ残念そうな声を出す。
「その映画がどうしたんだ?」
「…ずっと憧れだったんです…」
アーシアは相手の腰にギュッと腕を回す。
◎
「ただいま戻りましたー」
チラシ配りを終えた二人は駒王学園の悪魔のたまり場の一つである旧校舎のオカルト研究部の部室に戻っていた。
「あらあらお疲れ様。お茶を入れますわ」
真っ先に歓迎したのは朱乃。
ボードゲームで遊んでいた木場と小猫も「お疲れ様」と挨拶を送っていた。
「部長。ただいま帰還しました」
「…………」
唯一挨拶が無かったリアスにイッセーは改めて話しかけるが相手はどこか上の空。
「あのー…」
「ご、ごめんなさい。少しぼーっとしていたわ。二人ともお帰りなさい」
リアスはすぐさま意識を取り戻す。
(上級悪魔って忙しいんだな)
イッセーはそんな姿を見て疲れているんだなと思う。
彼は社会人経験など全くない高校生に過ぎないが、リアスグレモリー眷属という一つのグループをまとめて仕事を振り分ける。それがどれだけ大変で心労溜まるか彼なりにイメージは出来た。
「今日から二人には契約を取ってもらうわ」
「契約ですか」
すっかり取り戻したリアスそう言う。
イッセーとアーシアは椅子に座り、二人の前には朱乃を沸かした紅茶の入ったティーカップが置かれる。
「二人もそれなりにチラシ配りをしてくれたし、そろそろ悪魔として契約を取ってもらうわ。といってもいきなり客前に出ても大変だから何回か皆の傍について勉強してもらうけど」
「契約かーなんか大変そうだな」
イッセーはリアスにそう宣言されてぼんやりとした感想を述べる。
「実のところ魔法陣のチラシで呼ぶ人は基本的に何か願い事があって呼ぶわけだから契約する事が前提の話し合いになるんだよ」
「そうなのか」
木場からの補足説明にイッセーは耳を傾ける。
「うん、それに競合相手も特にいないから契約確率は初見のお客さんで三割前後、その後のリピート率は五割くらいかな。対価で命をかけたりするそんなおかしい人なんて滅多にいないから大事にはならないよ」
「人生をうっかり掛けた俺がおかしいみたいじゃないか」
「ははは」
「笑うな!」
ちょっとしたコントを繰り広げる男二人。
周りはほんわかした雰囲気になる。
「とにかく今日から少しずつ二人には接客をしてもらうわ。っと早速ね」
リアスはタブレットを開く。
チラシというアナログなものを使う割にはタブレットで依頼が来たかどうかを確認する。悪魔の技術力はどこにあるのかを測りかねる。
「早速小猫に行ってもらうわ。イッセーを一緒に連れて言ってちょうだい」
「はい、部長」
「あと朱乃」
「はい」
朱乃は立ち上がったイッセーの手を取って何やら魔力を送る。
「これは?」
「グレモリー眷属である証を体に刻んでいるんです。身分証のようなものですわ」
「へー」
そんな話をしながらも刻み終える。
「行ってきます」
「お願いします」
イッセーと小猫はそう言って魔法陣を使い依頼者の元へとジャンプした。
◎
「イッセーさん、お先にシャワーいただきますね」
「どうぞー」
悪魔としての活動が終わった二人は深夜帰宅をしていた。
普通であれば夜遅くに連絡もなく帰れば何かしら両親に咎められそうなものだが、そこは悪魔の便利なパワーで解決済み。
親に手を加えられるのは気に入らないが、一応リアスからは何も害も後遺症も残らないと説明を受けているため彼は一応受け入れる。
二人の初めての見学は特に問題も起こらなかった。
小猫のお得意さんは漫画やアニメのオタクだったためイッセーと話が弾む。
アーシアは木場のお得意さんの独り身のOLで話し相手になったり料理を振舞ったりと問題など起こりようもない。
「…………」
先ほどからイッセーの精神を揺さぶる事態が起きていた。
シャワーの音が彼の雑念を増幅させる。アーシアの裸体を凄くイメージしてしまう。
クラスメイトの裸体を想像したり覗いたりすることに対してはここまで悶々としないのに、アーシアが相手だと凄まじい背徳感を感じてしまう。
(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け)
今だけは仙人のような精神力が欲しいと思ってしまう。
いつまでも脱衣所の前でうろついていても不審者でしかないため自室に取りあえず退避する。
ベッドの上で悶々としていると部屋の真ん中で突如魔方陣が現れ輝きだす。
「これは…」
彼はグレモリー眷属が使う紋章の魔方陣で眷属の誰かが来ようとしている事に困惑する。わざわざこんな仰々しい事をする理由も分からなかった。
現れた人影は紅い髪を携えた人物、リアス・グレモリーだ。
光が消えて活動の時よりも何やら深刻で張り詰めた表情をするリアス。
「あの…部長?」
「…………」
声をかけられて少し肩を震わせる。
だが何かを決意したのか顔を上げて口を開く。
「イッセー、私の処女を貰ってちょうだい。至急頼むわ」
「分かりました」
イッセーは何のためらいもなくそう言った。