とある男子高校生が登校するために玄関先で靴を履き、扉を開ける。
「いってきまーす」
兵藤一誠はいつも通りの代わり映えのない、そしてかけがえのない日常を謳歌していた。
「おういってらっしゃい」「いってらっしゃい」とそんな息子の朝の挨拶に対して、リビングにいた彼の新しい両親はそんな返事を送る。
あの日、彼の故郷が異形の存在によって消されてから既に十年以上が経っていた。
今日に至るまで自分自身を納得させて折り合いをつけるのは簡単ではなかった。
だが兵藤夫妻の愛情や近所の人たちの手厚い支えによって何とかこうして一般人として馴染めるようになったのだ。
「…………行ってきます」
そしてもう一つの挨拶。
それはもうこの世にはいない自分たちの腹を痛めて生んでくれ、血を分けた両親へ向けて。
◎
学校で自分に割り振られている教室に入る。
すると彼の悪友二名が彼のホームルーム教室に入って来るのを見つけるや否や、何やらエロいことでも考えていたんだろうなと言った感じのやらしい笑みで話しかけてくる。
二人の名前は松田と元浜。エロハゲとエロ眼鏡である。
兵藤一誠との三人組で何かと不名誉な肩書や伝説を作ってきた彼の親友だ。
「ようイッセー!ちょっといいか?」
「俺達の必死のリサーチでとんでもない特等席を見つけたんだが?」
「特等席ぃ?」
二人の言っている特等席の意味を計りかねた彼は眉をひそめながら聞き返す。
そんな察しの悪いイッセーに対して元浜は眼鏡をくいっと上げながら口を開く。
「ヒント、女子更衣室」
「詳しく教えてもらおうか?」
女子更衣室という単語を聞いただけだというのに既に悪友二人が何の情報を得たのかそれを即座に理解する。
つまるところ男の目を喜ばす桃源郷を見つけたという事だろう。
ただしそれをすればされた相手の気分を害する事になるのだが、そんなことを考えられる配慮心など持ち合わせてはいないのだ。
「あの…兵藤君…」
「はい?」
そんな嫌われ者三人組が集まっているにも関わらず、おずおずと話しかけてくる女子が一人。
その声を聞いたイッセーは身体を軽く捻りながら声の方へと視線を送る。
そこには肩口まで髪を伸ばしたショートヘアーの同級生がいた。彼女は少し指先をモジモジとさせながら恥ずかしそうに口を開く。
「この前は資料運び手伝ってくれてありがとう…日直の仕事なのに手伝わせちゃってごめんね…」
「そんなの、いいって。あの日はもう一人の日直が休んでたし、女の子一人に力仕事させるのは悪いしな。お礼なんてわざわざいいさ」
「うん、でも、ありがとう」
「持ちつ持たれつだしな」
「うん」
終始恥ずかしそうにしながらも相手はお礼を言ってその場からそそくさと離れていく。
戻った先には恐らく友達グループだと思われる女の子達がおり、何やら励ましている様な明るい雰囲気が。
『イッセーテメェッ!』
すると先ほどのやりとりを唖然としながらも黙って見つめていた悪友二人が、血涙を流しながら血反吐を吐く様な叫びをあげる。
「な、なんだよ?」
イッセーは二人の鬼気迫る勢いに若干だが引いてしまう。
「なんでお前だけっ…お前だけは女の子に話しかけてもらえてっ…!」
「俺たちなんて話どころか視線すら向けてもらえないんだぞ…」
ランクで言えば三人はどっこいどっこいであるはずなのに何故か異性に話しかけてもらえるのはその内の一人だけ。そんな不尽を目の当たりにして二人は発狂してしまう。
「た、たまたまだって…」
本当はたまたまではない事は知ってるのだが、その秘密を口にするにはいかない為曖昧な回答に留める。
だがそれなりに長い付き合いだからこそ、それが直感的に偶然ではない事を知っている。
「いや違う!お前は前からスケべ認定されてるのに女子の好感度高めなんだよ!俺たちと何が違うんだよ!」
「もしや、俺たちから女運を吸い取る疫病神じゃないだろうな…」
松田と元浜は己に降り掛かっている理不尽を見逃しはせず、しかし何も出来ずにただ嘆く。
そんな二人を見てイッセーは苦笑いを浮かべるしか出来ない。しかしそれは嘆く二人に呆れているのではなく苦しさが僅かに出た形で。
ドラゴンに憑かれたものは莫大な力と他者を魅了する力を望まずとも手にする。
だが一方でまともな生き方を選ぶ事が出来なくなる。かつて彼の中にいるドラゴンにそう宣告された。
異性に対して並々ならぬ情熱を持つ彼としてはその性質は願ったりだが、同時に強者までもの興味まで引き寄せてしまう為大切な人を危険に晒してしまう。
深く繋がってしまえばしまうほど、大切な人たちが増えれば増えるほど、彼の力ではその全てを守りきれなくなる。
口ではモテたい、エッチしたいなどと曰うが、彼はどこかその事に対して積極的になれない。
積み重ねた人たちがある日突然居なくなってしまう。
それがとても怖い。
◎
「そういやこの学校って外国人多いよな」
「あん?」
松田はグランド近くの道を歩く中でふと思った事を口にする。
それに対してイッセーはそれが何か?と言った感じのリアクションを取る。
気のないふりをしつつもその内では松田の言う外国人というのはただの人間では無い事を知っている。
「そういやそうだな、女ばかりのハーレム狙いで入学したから気が付かなかった」
元浜もその指摘に対して言われてみればと返す。
彼らが通っている駒王学園は数年前まで女子高校であり、最近共学化したためまだまだ男女比は女子寄りになっている。
女子の方が多いならそこに飛び込めばすぐにモテるし彼女出来放題じゃん!という安易な考えで入学したのだが、そんな彼らを待っていたのは女の影すらない非モテ高校生活だった。
そもそも女子の割合が高いという事はそれだけ男の肩身が狭いという事だった。事実として生徒会役員の大半は女子生徒で固められている。
「なぁ…何で俺達には…彼女が出来ないんだろうな…」
「理不尽だよなぁ……」
松田と元浜はトボトボと歩きつつ、薄い溜息を吐きながら言う。それはこれから女子に嫌われる事をしに行く人間の発言とは思えない。
「まあ…いつか彼女なんて出来んだろ」
「俺はそのいつかじゃなくて!い!ま!女の子とエッチな事したいんだよ!!」
イッセーの楽観的な発言に対して、何やら妙な琴線を刺激されたらしい元浜は大声でそんな事を言い放つ。
すると周りでそのやり取りを耳で拾ってしまった女子生徒たちはひそひそと小声で三人組を罵倒し始める。彼女が出来る道がまた一歩遠のいてしまうのでした。
異性に対して人気が出るか否かは持って生まれた物が大きく左右するのは仕方のない話ではあるのだが、そもそもこの三人は異性に好かれる為の努力をしていないので舐めるなという話なのだが。
「木場くーん」
三人が歩いていると遠くからそんな黄色い声が聞こえて来る。
女の子達をそばに侍らせる、この学園一のモテ男の木場裕斗。
顔良し、性格良し、頭脳良しという、ウィークポイントを探す方が困難な程のハイスペックイケメンだ。
「この後良かったら一緒にお茶とかどうかな?」
「ああ、ごめんね。この後部活だから…」
「そっかー、じゃあまた今度ね」
デートの誘いを可能な限り相手の事を傷つけない遠回しな断り文句で躱してしまう木場。
一方の誘った女子達も断られこそしたものの、元々相手が付き合いの悪い方である事と、そもそも高嶺の花的存在であると思っている為かそこまで残念そうな感じは無い。
「なんだあいつ…!デートの誘いを…!」
「俺たちなんかろくすっぽ誘われた事なんてっ..!」
血涙を流して悔しがる松田と元浜。
「あぁ…そうだな…」
そして敵意とは毛色の違う、警戒心を含んだ視線を無意識のうちに送ってしまうイッセー。
「…?」
そこでこれまで送られてくる敵意とも好意にも当てはまらない視線を察知した木場は、その方向へと自分の視線を向ける。
「俺らにはやるべき事があるんだろ?あんなイケメン王子に嫉妬してる場合じゃないだろ」
下手に相手の意識に残るわけにはいかないイッセーはすぐさま気配を消して悪友二人を引き連れてその場から立ち去る。
◎
「村山の胸いつの間にこんなに育って…片瀬の足やべえ…付け根まで見ると改めて思うわ……」
イッセーの口から放たれる最低なセリフ。
そしてそのセリフを出させるに至るシチュエーション、それは校舎から少し離れた場所にある女子専用の更衣室の壁に小さく開いてしまったのぞき穴にベッタリと引っ付いているスケベ男子高校生という最低な状況。
誰もがご存じノゾキという不貞の行動である。
「おい!俺達が見つけた狩場だぞ!」
「そうだそうだ!さっさと壁から離れやがれ…って力強っ…!…どっからこんな力が…!」
先程から覗きに熱中しており覗き穴のリソースを独占する友人を見て、流石に苛立った元浜と松田は壁から引きはがさんとするのだが、まるで万力によって固定されているかのようにイッセーの体はその場から微動だにもしない。
「…………ん?」
先ほどからノゾキ穴を独占し悪友二人の顰蹙を買っていた彼だが、そこで何かに気が付きふと穴から離れる。
自分たちのこっちだって覗きたいんだという主張が相手に対して通じた事に喜んだ二人は、すぐさま穴に向かって我先にと顔を突っ込んで喧嘩を始める。
『おいエロ眼鏡、エロハゲ』
覗くことに夢中になっていた二人は背後からやって来る脅威に気が付かなかった。
『あれ?』
二人はここで自分たちが置かれた危機的状況に気が付いた。
つまり般若と化した女子たちが二人を取り囲んでいるのだ。激怒している理由は語るまでもない。
元浜と松田は慌てて壁から顔を離し、自分達の目で置かれた状況を確認する。
そこには当然二人が聴覚情報で確認を取った光景通りの地獄が待っていた。やはり悪行を行った人間は地獄に落ちるのだろう。
「おいヤバいぞ!」
「イッセーどうする…って…いねえ!?」
二人はすぐさまこの修羅場を乗り切る方法を模索しようとし、仲間であるイッセーにも意見を聞こうとするのだが何故かこの場にいない。
そんな軽い絶望状態に入った二人の悲鳴が学校内にこだました。