「…………」
ぱちりと目が覚める。久しぶりに昔の事を夢に見た。
(今頃になってなんで)
彼の幼少期、兵藤一誠になるまでの物語を思い出していた。
楽しかった日々と苦しかった日々それらが合わさって今不思議なことに悪魔になって日々を生きている。
だがそんな感慨にふけっている余裕は残念ながらない。
「え、なにこれ?」
この場所は兵藤一誠に宛がわれている自室なのだが何故か彼のベッドには全裸の美女がいた。
リアス・グレモリー、彼女はイッセーと契約を交わして悪魔へと変えた張本人。そして先日あれこれと理由を付けて兵藤家に転がり込んできた。
一度アーシアという下宿の前例を作った為か、既に兵藤夫妻のエロ息子のいる家に女の子が入って来るという心理的な敷居はバリアフリー化しているため、あっさりと許可が下りた。
(やべえ…めっちゃ手を出したい…)
高校生の中でも人並み以上に性欲を持て余している自覚がある彼は悶々としてしまう。仮に性欲の甲子園があるならシード枠は確定していると自負している彼は我慢していた。
とても情けない話だが夜這いをする勇気はない、特定の女子にアプローチをした経験は無いため二の足を踏む。ハッキリ言うと手を出して嫌われるのが怖い。
先日はリアスから迫ってきた事もあったが、あれはノーカウント。あの時のリアスは間違いなく正気では無かった。それにライザーの件から考えて、実は貞操観念が高めなのは間違いない。という割にはキスしたりハグしたりしているが。
「あら?起きていたの?」
「あ、はい」
起きちゃったよ!とちょっとテンパるイッセー。
極小さな可能性ではあるが、彼が夢遊病を発症しており、リアスの寝床から連れ込んだ可能性が無くはない。そうなら兵藤家から犯罪者の出来上がりである。
「お、起きたらこういう状況で…自分も何が何だか…」
自分を守るために一応弁明を図る。
悪魔社会で性犯罪に関する法整備がどうなっているのか不明だが、悪魔が言語を操るレベルの知性を持った生き物である以上、何もルールがないとは思えない。
「昨日はちょっとイッセーを抱き枕にしたい気分だったのよ」
「どんな気分!?」
そうツッコミを入れるが、それとは別にしっかりと右手はリアスの柔らかな肢体を堪能している。
最近まで女子と距離があったはずなのに、今ではいつでも触れる距離感になって混乱してしまう。
「襲いたくなっちゃった?」
困惑の震源地である相手はコケティッシュな流し目でそう言う。
正直なところその誘惑はある。いや、今こそ男というものを見せつける時なのだ、ここで逃げるのは男ではない。
しかしこのタイミングでおじゃま虫、否助け船が。
「イッセーさん起きてますか?」
コンコンとノック音と共にアーシアの声が。
時計を見たらそろそろ起きなくてはいけない時間になっていた。
「ああ分かった!すぐに降りるよ!」
そう話しかけて彼は相手が部屋の中に入ってくるのを素早く阻止する。
裸の女性を連れ込む男子高校生、とても刺激的だ。それだけではなくアーシアは同居が始まってから何かとリアスにライバル心を抱いている。好きな男が被ったらそれは取られるのは嫌だろう。
普通に話しているため心の底から仲が悪いという話では無いが、どうしても火花を散らしてしまう。普段は仲が良くても、部活動ではバチバチのレギュラー争いをしているみたいな話か。
「そうねアーシア。先に降りていなさい私もイッセーも準備をしないといけないのだから」
「ッ!?」
リアスの挑発に絶句するアーシア。扉越しでもその表情が容易に想像できた。
「何で燃料を投下するのさ!?」
彼は大声でツッコんだ。
ここは黙って相手が去るのを待つところだろうと思う。
ガチャ!と勢いよく開かれる扉。アーシアの目に飛び込んできたのは裸のリアスがイッセーにすり寄っているという予想通りの場面。
わなわなしているアーシア、それを見たリアスはイッセーの右腕にがっしりと絡みつく。
それを見た彼女は自分の上着を手にかける。
「私だって脱ぎます!仲間外れなんて嫌ですぅ!」
「アーシア!?」
一日は騒がしい朝からスタートした。
◎
兵藤家の食卓には焼き魚や味噌汁など良き日本料理が並んでいた。
「いやーリアスさんは和食まで作るのが上手なんだね!」
「ありがとうございます、お父さま。日本で暮らすのも長いですから一通りの調理は覚えましたわ」
兵藤五郎は嬉しそうに味噌汁を飲んでいる。
リアスは褒められて気分が良さそうだった。ただ嬉しさを全面に出してしまうとはしたない印象を与えるため控えめに振舞う。
「美味しいですよ。ワカメの塩辛さが前面に出てなくてのどごしが良い感じですし」
イッセーは思った事を口にする。好みの問題といえばそれだけだが塩辛さを抑えた味は個人的には好みだった。
リアスはそう言われて一瞬驚いて視線を向ける。
「ありがとう」
そして一言微笑みながらそう言った。
イッセーはお嬢様なのに料理が上手なんて凄いなと思った。彼は料理関係はさっぱりだった。
「お嬢様だからって何も出来ないって思われるのは嫌なのよ。やれることはやりたいわね」
心の中を読んだかのようにそう言う。
小猫の事といい自分って結構表情に出やすいのかなと不安になる。
「アーシアちゃんもいつもありがとうね。掃除に洗濯助かっているわ」
三希はアーシアにも話しかける。
「いえそんな…住まわせていただいて当然の事です…」
アーシアはその言葉にはにかみながら応える。
この家やってきてからアーシアは積極的に手伝いをしていた。いや手伝っているという感覚を最初から持っていない。やって当たり前の事、この家の一員として動くのは当然。
(あ、ちょっと待ってこれ俺の肩身狭くね?)
いつも以上に静かに食事をとった。
「お父様、お母様。今日この家でオカルト研究部の部会を行ってもよろしいですか?」
「え?オカ研の」
突然の話題の切り出しに驚くイッセー。
「明日は旧校舎に清掃業者が入るのよ。それで場所が欲しいの」
清掃業者って何だろうと思ったが、いくら外見を綺麗にしても配管等は素人には整備できないためその手の専門家が入るのだろうか。
「ええ、大丈夫よリアスさん。イッセーにも女の子の友達が出来て嬉しいわ」
「そうだな。松田君と元浜君も好きだが、やはり健全なお付き合いの出来る仲間も大事だと思うぞ。部屋の中でエッチなことを語っているだけじゃ青春は謳歌できん」
「その通りよお父さん。私も二人は良い子だと思うけど目つきがイヤらしいのよね、イッセーにも悪影響だわ。それにこれからリアスさん、アーシアちゃんがいる以上二人には家に上がってもらいたくないわね。年頃の娘さんが穢れてしまうわ」
「言われたい放題じゃないか…元浜君、松田君」
兵藤夫妻の容赦ない発言に何も言い返せない。
一つ弁護するのならその手の話題を気兼ねなく話せるというのは気持ち的に楽なのでありがたい関係ではある。
◎
「じゃあ、定例会議を始めましょう」
リアスの号令で会議が始まる。場所は兵藤家のイッセーの部屋。
正直六人が入るには狭いのだが、万が一にも外に情報が洩れてはいけないため狭い部屋にすし詰めになっている。
主であるリアスはベッドの上に腰掛けて、それ以外のメンバーは床に座っている。
「今月の契約件数は朱乃十一件。小猫十件。祐斗八件。アーシア五件」
アーシアは悪魔になりたてだというのに既に契約取れていた。その結果に皆は褒めていた。
「で、イッセーは一件ね」
『…………』
皆が途端に優しい視線を送る。
イッセーはとても死にたかった、失礼な話だがアーシアですらある程度は仕事をこなしているというのに。
上級悪魔になるにはただ腕力だけを鍛えるだけでは難しい、ある程度中長期的なビジョンを持って眷属を使わないといけない。その下地を得るためにも人間との契約を成立させなくてはいけない。
言い訳をするなら依頼者の変人率が明らかに高いのだ。甲冑を常時着用している女子大生とか、魔法に憧れる筋肉ムキムキの男の娘など、新人悪魔では手の施しようのない面子ばかり当たっていた。
「もっと契約を取らないと上級悪魔への道は遠いわよ?」
「来月こそはやってやりますとも!」
気を入れ直す。めそめそしていても何も現状は改善しない。
「皆さんどうかしら?」
話し合っていると母親が入って来る。お菓子をトレーに乗せて。
「ありがとうございます」
リアスはお礼を言って受け取る。皆も同様にお礼を口にする。
その光景に目に若干の涙のようなものが。朱乃、木場、小猫とビジュアルも礼節もしっかりとした面子が家にいる事実に感動を覚えているのだろう。
「あとこれを」
取り出したのは表紙に「Photo」と書かれた本たち。それはアルバム(黒歴史)だ。
それを見た途端全員の目が光り一瞬でアルバムが消えた、イッセーが止める隙すらなかった。
「あらあら全裸で海に」「こっちは小学生の頃ね、この時はもう女の子のお尻ばかり追って…」
朱乃は楽しそうに母親とアルバムを物色する。
その横ではリアスとアーシアがうっとりしながらアルバムを丁寧に一枚一枚めくっている。
小猫は無表情で「赤裸々な過去」とそのページをめくる手を止めようとしない。
「いつか女の子の友達が沢山来たらこれをしてみたかったのよ。叶わない夢だと思っていたわ」
「あー…しにてー…」
そう口では言うが母親が楽しそうにしているのを見て少し安心する。
息子を友達の前で軽くイジるムーブをきっとやってみたかったのだ。正直息子らしく振舞えているのか自信が無かったため、嬉しそうにしているならまあいいかと思っている。恥ずかしいが。
(やっぱり小学生より前の写真は無いわね)
リアスはイッセーの赤裸々な過去を楽しみつつも確認を行っていた。
兵藤一誠は今の両親に拾われる以前の情報が存在しない、厳密には彼の周りだけ不自然な情報の空白が存在した、これは人為的に手が加えられた証拠。
彼の存在を認知した時からグレモリー家に依頼をして、過去を遡って捜査依頼をした。
結果はこれと言って異形の力との接触は認められなかった。十年前にはリアスの前任の悪魔がいたにもかかわらずまともな情報ひとつなかった。
(そんなことあり得るのかしら)
グレモリー家の力を使ってなお何も分からないなど普通はあり得ない。まるでこの件を知る事は許さないと言われているかの様だ。
「ふふっ」
「何笑ってんだ木場。笑うな見んな」
「いいじゃないか」
いつもの爽やかイケメンスマイルでそう答える。
「こういう写真は大切にしないと」
何か懐かしいもの、感慨にふけるようそういった。
イッセーは木場はどんな経緯で悪魔になったのだろうかと思った。
そしてこの後、イッセーは自分が迂闊だった事を後悔する。
「っ!」
木場はあるページで指が止まる。まるで予想外なものを見つけたかのようだ。
「どしたよ」
そう言って木場の隣に移動する。
止まったページを見るとそこにはイリナとのツーショット写真があった。背後は前にレイナーレ達が根城にしていた朽ちる前の教会の一室。
「これ…」
「ああその写真はイリナって、えっと幼馴染の子だな。てか知り合いなのか?」
イリナは今は何してるんだろなと思う。
父親が神父だったからそのままクリスチャンなのか、子供の成長なんて読めないものだから意外とガングロギャルになってたりして、などしょうもない事を考える。
「この後ろ」
その指摘に人物ではなく背景に注意を割く。
剣が一振り置かれている。一見すればインテリアに見える。
「剣だな」
正直この程度の事しか言えない。何故ならイッセーは剣についての知識は皆無に等しい。
「見覚えは?」
木場は明らかに雰囲気が変わった。
愛想というものをどこかに置いてきたかのように機械的に会話をしている。
「さぁ…?もう十年前だしいつどのタイミングで撮ったとかはわかんねぇな」
そもそもここでアルバムお披露目会がなければ、この写真の存在すら認知する事はなかっただろう。
「こんな事があるんだね。思いもかけない場所で見かけるなんて…」
イッセーは木場の調子がおかしいのを君が悪そうに見つめる。
自分だけが一方的に質問を投げてい相手が困っていることに気がついたのか木場は自嘲する。
そして一言。
「これは聖剣だよ」