旧校舎の裏側にある空き地。そこに一同は集合していた。
理由単純でエクソシストたちと殺傷無しの決闘を行う事になったからだ。既に辺り一帯は人払いの結界を張って多少暴れたくらいでは外に影響が出ないようになっている。
「え、なんで?」
イッセーは困惑していた。
確かに喧嘩を売ったのは自分だ。エクソシストと決闘になるこの状況は承知していた。
「では始めようか」
ゼノヴィアとイリナは白いローブを脱いで黒い戦闘服を見せる。それは肌こそ見せていないがボンテージのようだった。
イッセーはこれから戦いだというのに「エロいな…」と感心していた。二人とも鍛えているようで、出るところは出ているが引き締まっていた。
昔は男の子みたいだったのにすっかり美少女ではないか。
今回、イッセーとゼノヴィアが一触即発になった所に木場が割り込んできたという形。
リアスは頭を悩ませた。可能ならここで教会のエクソシストとやりあうなどごめんこうむりたい。
「リアス・グレモリーの眷属の力、試してみるのも悪くない。それに『先輩』とやらの力も気になる」
そんな悩む彼女にゼノヴィアはどちらの組織にも報告をしない、非公式の私闘で落としどころを作ろうと提案したのだ。お互いに戦ったというのを外に漏らさず内輪だけで解決する形だ。
そんなこんなで決闘が始まるのだが、問題はイッセーの対戦相手がイリナだという事だ。イリナもどこかやりにくそうで、目があったら逸らしていた。
ゼノヴィアは何故か木場とやりあう事に。
(ゼノヴィアとやるの俺じゃね?)
これでは彼がゼノヴィアとやりあうのを怖がっているようではないか。ある意味ではイリナとやりあう方が嫌なのだが。
戦う前に聖剣についてリアスから最低限のレクチャーを受けた。悪魔が斬られればその傷口から煙を上げる、そして傷口ごと消滅をしてしまう。
魔力を大量に持っている上級悪魔ですら聖剣の聖なる力を抑えることが出来ない。ましてやエクスカリバーにイッセーが斬られたら一撃だ。
ふと彼は木場の方を見ると辺りに魔剣を生み出して臨戦態勢を整えていた。
「…笑っているのか?」
ゼノヴィアが木場に問いかける。
木場の顔は確かに整っているが、明らかに醜悪に歪んだ笑みだった。それほどまでに聖剣というのを憎んでいるのだ。
「倒したくて壊したくて仕方なかったものが目の前にあるんだ。嬉しくてさ」
木場を見てゼノヴィアは気が付いたようだった。
「『魔剣創造』か…まさか聖剣計画の被験者の中で処分を免れた者がいるかもしれないと聞いていたが…まさかキミが…」
「…………」
木場はその問いかけに無言だったが、無言である事が答えだった。
「兵藤一誠くん、ううんイッセーくん」
イリナは何かを決したのか話しかける。
「何だよ」
正直なところまだ気持ちの全てに整理が付いていないためお互いに会話をするのもしんどい。
「あんな別れ方だったから後悔してた。再会できると思ったら悪魔になってた。正直ショックだった。また昔にみたいに遊びたいって思ってたんだよ」
「そうか」
それはイリナの本心だった。
イッセーだって何のしがらみもなく再会できたらよかったのにと、全く思わなかったのかといったら噓になる。
「きっと、これは主が与えた試練なんだわ。悪魔になってしまった幼馴染。私はこれを乗り越えて一歩真の信仰に近づけるんだわ」
イリナはまるで自分に言い聞かせているかのように呟いていた。
きっと一晩考えた結果、二人の間にある溝は決定的なものなのだとそう考えたのだ。
「本当にそう思うか?」
イッセーは相手が続きを言い切る前にそう言った。
「何が言いたいの?」
イリナは一瞬、先ほどのゼノヴィアにしたように神に対する侮辱を投げつける気かと思った。
だがイッセーが言いたいのはそうではなかった。
「アーシアは嫌々悪魔になって不幸そうだって思うか?あの表情が不幸を嘆いて歪んでいるように見えるのか?神の試練がどうとかそんな風に考えて甘んじてここにいるように見えんのかよ」
イリナ数刻前の事を思い出す。
ゼノヴィアに問い詰められたときに見せた堂々とした態度は決して今のイリナでは太刀打ちできない輝きがった。心の奥底ではそれを羨ましいと思っていた。
「それにな。もう昔のようにはなれない」
「悪魔とエクソシストだから?」
相容れない立場と存在になってしまった。世界は二人の関係性を良しとはしない。
「違う。いつまでも変わらないでいられる関係なんてないからだよ、イリナ。俺は今のイリナの好きな物、嫌いなものは知らないし、イリナだってそうだろ」
「…………」
彼女は何があって兵藤一誠が悪魔になったのか知らない。
その逆にイッセーはイリナにどんな過去があって聖剣を握っているのか知らない。
仮定の話だが、イリナが引っ越さず、またイッセーが普通の人間としての生活を歩んだとして、二人に立ちはだかるのは男女としてのそれぞれの成長、それに進学に就職と沢山の分岐点がある。
きっと沢山のすれ違いが起きていた、いつまでも昔のままではいられない。
「でも、知ろうとすることは出来る。やっぱ教会が嫌いだ、でもシスターだったアーシアの気持ちとか辛さを知ろうとすることは出来た。きっとイリナの事だって今から知ろうとすることは出来るよ」
それが一晩イッセーが悩んだ末に出した答えだった。
イリナの事は大切だし、悪魔の仲間も大事だ、ならどっちも取りたい。ハーレム作りたいなら複数人くらい幸せにしてなんぼだろう。
イッセーはいまも天使や堕天使が嫌いだ。
教会の事も当然嫌いだ。それでもあの日、自分の手を引っ張って外に出してくれたイリナや紫藤夫婦の優しさを、教会の人間だからという頭の固い理由で否定したくないのだ。
間違いなく兵藤一誠は紫藤家の人達が大好きだし、そして今も大好きであり続けたい。たとえ立場も身分も変わってしまったとしても。
「私だってそうでいたかったよ。イッセーくんの事もっと知りたいよ。相手が悪魔だからってそんなのあんまりだよ…」
彼の夢を聞いてイリナの顔が歪んだ。
「その気持ちを少しでもアーシアに向けてくれたらきっと…魔女とか聖女とかじゃない。一人のアーシア・アルジェントとして向き合ってくれるだけでよかったんだ。たった一人でもそんな人がいたらアーシアは…」
イッセーのそのセリフでイリナは気が付いた。何故彼がアーシアの事を魔女呼ばわりしたことに激怒していたのか。
だが一度吐いた言葉は飲み込む事など出来ない。取り消す言葉を使って上塗りすることは出来ても、無かった事の様にして取り消せない。
そもそも過去に起きた事は変えられない。そしてアーシアは過去に戻れたとしても絶対に追放される原因になった悪魔を治療する。こんな仮定は無意味で虚しい。
「やろうイリナ、言葉だけじゃきっとこのモヤモヤした気持ちは晴れない。イリナはいつだって言葉じゃなくて俺の手を無理矢理引っ張って外に出してくれた」
イッセーは構えた。
ここで戦ったところで何かが変わるわけでもない。何なら戦う必要性もない。
イリナも頷いて日本刀の形に変化させたエクスカリバーを構えた。
―ドオオオォォン!
突然爆音が響き渡る。
その音を聞いて振り向くと巨大なクレーターが生み出されていた。その真ん中にはゼノヴィアがいた。女子の細腕で出せる威力ではない。
「これが私のエクスカリバーだ。『破壊の聖剣』有象無象を破壊する」
仮にあの一撃が当たれば悪魔でなくとも木っ端みじんだ。
「真のエクスカリバーでなくてもこの威力。なるほど七本すべてを破壊するのは修羅の道か…」
木場は相手の得物に戦慄していたが、それでも憎悪と戦意は消えていない。
(それよりも)
今は木場を気にしていても仕方のない話。目の前のイリナに彼は集中した。
二人の間にはおおよそ十メートルほどある、どちらも一歩踏み込めば有効な一撃を繰り出せる間合い。
(あの剣)
先ほど情報を開示されたが好きな形に変形させることが出来る機能を持っている。それはどこまで出来るのだろうかと考える。
剣が変形できる形はどうだろうか刀以外にもなれるだろう、刃だけを伸ばしたり分裂は出来るのか。剣の長さはどこまで伸ばせるのだろうか。
その情報を牽制を交えながら集めていく。そして全てを暴いて倒す、それも一太刀も浴びることなく。
「ふっ!」
魔力を手に集めてイリナに放つ。それは神器を使って増大させたものでは無く、簡単に防げる程度の軽いもの。
予想通り相手はその攻撃を聖剣で切り裂いた。
それを見たイッセーは真っ直ぐに飛び込んでいく。イリナはそれを見て剣を思いっきり横に薙いだ。すると刃が一瞬で伸びて襲ってくる。
「あぶっ」
彼は足に力を入れて思いっきり後ろに飛んだ。ギリギリ躱すことに成功する。
「やるわね、想定してた?」
イリナは所見殺しの一撃をかわしたのを見て苦笑いを浮かべていた。有象無象の悪魔であれば一瞬で終わっていた。
その苦笑いは簡単に倒せなかった事に対してか、それとも倒させてくれない力を持っているからか、どう思ったのかは彼女にしか分からない。
「変形するのは知ってたしな」
そう言いながら分析をする。
長さは五メートル程に伸びた、一撃でも当てれば勝てるためあのタイミングで手を抜く必要はない。伸びる長さの限界値は約五メートルと想定をする。
イリナはそれを聞いてあちゃーといった表情を作る。これで伸びる限界の長さを測られたためだ。
もう一度相手に向かってダッシュをする。
「そりゃ!」
彼女は剣を縦に振ると刃の部分がが複数に別れて一帯を埋め尽くす。
ドドドッ!と分たれた剣先がイッセーのいた場所を突き立てた。辺り一帯に土埃が撒き散らされる。
だがイリナの手に伝わる手応えがなさ過ぎた。
「後ろっ!?」
イリナは素早く気がついた。彼が背後から魔力の球を放ったことに。
最初の牽制に使ったのと同等の必殺には程遠い一撃。神器を使わなければ大した魔力量を持たないからだ。
イリナは無理やり体を曲げてその攻撃をかわした。
(今…剣で防がなかったな)
大した一撃では無かった。
強引にかわそうとするよりも、自身を剣で守って追撃に備えて体勢を立て直したほうが良かったはず。
彼は相手がそれをしなかったのではない、出来なかったのだと考えた。
(あの剣は一度大きく変形し切ると次の形にするまでクールタイムがあるんだな?)
聖剣の仕様はだいぶ読めていた。
彼は五メートルより少しだけ距離を空けて様子を見る。
(完全に間合いを掴まれてる)
一方のイリナは二度の攻撃で完全に聖剣の仕様を掴まれているのを感じた。
一度でも剣の変形を使ったら間合いを詰められて終わり。
ならばと今度はイリナから飛び込んでいく。仮に相手主体で攻められたら、一度きりしかもう使えないであろう剣の力を相手の好きなタイミングで出させられるからだ。
彼女が聖剣を振り回すがイッセーはギリギリの回避を続ける。
「やあっ!」
大ぶりの一撃が彼を襲う。
だが分かりやすい動きはかわしてくださいと言ってるようなもので、素早く相手の背後に回る。
(バレバレだぜイリナ!)
彼女は分かりやすく隙を作って背後に周るように誘導している。次にするのは聖剣を変形させて背後に攻撃を仕掛ける。
予想の通りに聖剣の刃が背後にいたイッセーに向かって飛び出して行った。
だがもう一度体を捻ってイリナの目の前に再びイッセーは現れた。既に彼女の剣は伸び切って自身を守る方法は一つもない。
イリナは慌てて聖剣を刀の形に戻すのだが、また変形させて攻撃を加えるには一歩遅い。
相手の首元を狙う、喉を抑えられたら怯んで倒れさせることが出来る。あくまで命を奪わない前提なら首を掴まれれば敗北と同義だからだ。
「えっ」
イリナにチェックを決めていたはずなのに突然イリナの姿が消えた。彼の体は情けなく前につんのめってよろけてしまう。
(どこに…まさか!)
そう考えると同時に彼は背後に大きな気配を感じた。それは馴染みのあるいつも使っているはずの力。
(いける!)
一方のイリナは勝ったと感じた。彼女の体は真っ赤なオーラに包まれている。
完全に相手の虚を突いていた。これまでのイッセーの動きから、仮に背後の気配を読めたとしても聖剣の一太刀は防げないタイミング。
『Boost!』
「えっ」
その音声が聞こえた途端にイリナの視界は空に向いていた。そして目の前には相手の顔が、よく見ると自分は倒れており両手を拘束されている。
「あ、あれ?」
「終わりだよ」
イッセーの声が聞こえる。
戦いはイリナが抑え込まれいているためイッセーの勝利だった。
「大丈夫か?」
彼女の上から離れた彼は右手を差し出した。
「それは」
その手を取りながらイリナは問いかける。
相手の左手には赤色の籠手が装着されていたからだ。それが神器と呼ばれるものであるのはすぐに分かった。
「『赤龍帝の籠手』だよ」
「まさか…」
イリナの顔に畏怖が浮かぶ。まさか神をも滅ぼすことが出来るという伝説の代物が出てくるとは思わなかったのだろう。
「手加減してたんだ」
「そりゃそっちもだろ。あんな奥の手を隠してるなんてさ」
イリナが最後に見せた真っ赤なオーラ。明らかに身体能力を向上させる類の力だった。
イッセーは何故イリナ達エクソシストが結界を突破して中に入れたのか、そのからくりを理解した。
「まさかイリナを倒すとはね…」
ゼノヴィアは木場と斬りあいながらイリナの決着を見届けた。
イリナが倒された事には彼女も驚いていた。聖剣と奥の手を使ってなお完封されたのだ。事前に情報を持っているかなど言い訳にもならない。
「次は君の番だよ」
木場は戦意を失うことなく聖剣に対して苛烈な攻撃を加えていく。
炎の魔剣、氷の魔剣、今の木場が生み出せる多彩な剣たちがことごとく破壊されていく。防がれるたびに木場の顔に焦りと焦燥が浮かんで行く。
「はああああっ!!」
木場は自分の身の丈以上の大剣を生み出す。二メートル以上はある。
「その聖剣と僕の魔剣!どっちが上か勝負だ!」
剣を相手に向かって振り下ろす。並の相手ならそれだけで倒せるだろう。
「バカやろ!」
決闘に対して口出しは厳禁だが、木場のその選択肢を見てイッセーは反射的にそう言ってしまった。
ゼノヴィアもまたその選択に落胆し、溜息を吐いていた。
『騎士』の駒を与えられた悪魔であり、多種多様な性能を持つ剣を生み出せる木場がするべきなのは力でゴリ押そうとする事ではない。
「自分の長所を捨てるとはね…」
ゼノヴィアは聖剣を一薙ぎして目の前に降り注ごうとしていた剣を破壊する。エクスカリバーはそれほどの破壊を生み出してなお全く欠けず聖剣の輝きを放ち続けている。
ドンッ!!と深く重い一撃が木場の腹部に炸裂する。
「ガハッ…」
殺さないという前提で剣の柄がめり込む。木場は血反吐を吐いている。
「刀身の一撃でなくてもすぐには立ち上がれないよ」
彼女は倒れ込む相手を一瞥して踵を返す。
「ま、待て…!」
木場はそう呻くが相手は見向きもしない。
そしてゼノヴィアの意識はイッセーへと移る。
「さてどうしようか」
「俺としてはどっちでもいいぞ」
先ほどの部室同様に二人の間に険悪なムードが漂うが、若干だがゼノヴィアの方が覇気は薄い。
赤龍帝の籠手をみてかなり警戒している。イリナに見せたのが全力ではないのは分かってはいる。
「ゼノヴィア、帰りましょう」
イリナは二人の間に入って戦いは終わりとそう告げた。
「私達がするべきなのは聖剣の奪取と破壊でしょ?これ以上悪魔さん達と戦っても何も得るものは無いわ」
彼女はもっともな理由を述べる。
既にアーシアの事を魔女としても、その仲間たちを教会に敵だと言われているからだけで剣を振るえるほど、今の彼女の内心は落ち着けていない。
朱乃はそれを聞いて辺り一帯の結界を説いた。
そしてイリナは帰り際にアーシアの方へと視線を向けて頭を下げた。
「アーシア・アルジェントさん、さっきはごめんなさい。あなたの事を勝手に可哀想で不幸な魔女だって決めつけて見下していたわ。悪魔にこんなことを言うの、本当は大問題だけど…いつかあなたの信じる心が主に通じる事を願っているわ」
「……はいっ!」
アーシアは少しだけ瞳に涙を溜めて返事を返した。イリナはそれを見て少し微笑んだ。
そうしてエクソシストの二人は去って行った。
リアスの怒号が響く。
「待ちなさい!祐斗!」
二人が去っていた後、気まずい沈黙のあるグラウンド。木場は既にアーシアの治療を受けて立ち上がっている。
「私の元を離れるなんて許さないわ!あなたは私の『騎士』なのよ!はぐれになるなんて許さないわ!」
リアスの言葉に木場は足を止めたが顔は向けない。
イッセーはそれを言っても意固地なるだけだと思った。だが今のリアスには言葉が無いのだろう、もし何か彼女の中に言葉があるのならとっくに解決をしているはずだ。
「僕は同志たちのおかげであそこから逃げ出せた。だからこそ彼らの恨みを魔剣に込めないといけないんだ…」
彼はぼそぼそとそんな事を口にする。
先ほど自分の作り出した魔剣が一つも通用しなかった事実が効いているのが見て分かった。
「祐斗…どうして…」
去っていく木場の背中を見てリアスは悲しそうに呟いた。