ただ生きたかった。それは贅沢な望みなのだろうか。
森の中を必死に走っている少年、イザイヤは血反吐を吐いてついに倒れてしまう。
もうすぐ森を抜けるところまで来たがもう動けなかった。
「あなたは何を望むの?」
「…ッ」
そんな彼に話しかける声が一つ。そちらに視線を向けると紅髪の少女が一人。
彼は願った、助けてと。僕の命、仲間、人生を。
それがイザイヤとして、人として最後の言葉だった。
◎
思ってしまった「それで十分じゃないのか」と。
一緒にエクスカリバーを捜索している間、復讐に駆られている自分を見捨てることなく助けてくれる最高の仲間がいる。
けれどかつての同志たちが復讐を願っているのならそれを果たさなくてはいけない。
だが自分達の事はいい、君だけでも生きてくれと木場にそう言った。
「けれどすべてが終わったわけじゃない」
木場は背筋を伸ばし、真っ直ぐバルパーをめつける。
「あなたを滅ぼさない限り、第二第三の僕たちの生が無視される」
「ふん、研究に犠牲はつきものだと昔から言うではないか。ただそれだけの事だぞ?」
バルパーのその一言に怒りはある、だがそれ以上の使命感が彼を満たしている。
これ以上同志達の魂を汚させるわけにはいかない。目の前の男との因果全てをここで断ち切る。
「やったれ木場ァ!お前に託した同志の思いと魂を無駄にすんじゃねぇ!」
イッセーは声を上げた。もうこの場でやるべき事は一つと決まっていた。
「私の『騎士』はエクスカリバーごときに負けはしないわ!決着をつけなさい!」
リアスも同じ、勝利を信じて待つ。
「祐斗くん!信じてますわ!」
「祐斗先輩…!」
「木場さん!」
他の皆も勝利を信じる。
「ハハハ!何泣いてんだよ!幽霊ちゃん達と楽しく歌っちゃってさ!」
その光景に汚いチャチャを入れるフリード。
だが今の彼にはその罵詈雑言は全く耳に届かない。いま心の内は澄み渡っている、フリードの毒ごときでは揺るがないほどに。
フリードの中にある同志達の魂、それをこれ以上悪用させるわけにはいかないという使命だ。
「部長、仲間達のために僕は剣になる。応えてくれ『魔剣創造』!」
木場の手には神々しさと禍々しさを同居させた異形の剣が握られる。
「禁手、『双覇の聖魔剣』。聖と魔の力を有する剣の力、その身で受け止めるといい」
聖なる力と魔の力、本来であれば交わることのない相反する力。
だがその力が奇跡の融合を果たした。
「せ、聖魔剣だと…ありえない。」
バルパーだけがこの現象に動揺していた。
長年聖剣とういものを研究してきたからこそ聖魔剣の存在が理解できないのだろう。
木場は剣を携えてフリードに向かって飛び込んでいく。その途中で何度もフェイントをかけて視界から外れる。
だがギィンと死角からの一撃を受け止めた。品性は無くともその実力は本物だった。
だがフリードは驚愕の表情を浮かべる。
「本家本元の聖剣を凌駕すんのかよ、その駄剣が!」
エクスカリバーの聖なるオーラを浴びても木場の剣は折れない。
「くそっ」
フリードは無理矢理押し返して剣を振るう。刃がうねり出して無数の剣先が木場を襲う。
イリナが見せた面で押す技。更に剣先が枝分かれを続けて、それも目で追うのも困難なほどの速度を獲得している。
だが木場はその全てをいなしてかわす。
「何で当たんねぇんだよぉぉぉっ!!」
フリードはここにきて始めて焦り始めた。
これまでの復讐と焦燥に駆られる木場であれば躱わすのも守る事もできなかった。だが今の彼はフリードの殺気もフェイントも全て見抜いている。
「じゃあこっちも追加だ!」
剣先が透明になる。エクスカリバーの能力の一つ。
だが木場は透明なはずの剣先を全て正確に弾き返した。虚空に火花が散っていた。
相手はそれを見て驚愕していた。
「君の殺気は分かり易い、それでは一生当たらないよ」
ここまでエクスカリバーが通用しなくて焦っているためか、フリードの攻撃は単調かつ必ず相手の致命傷ばかりを狙っていた。
急所を必ず狙っているとわかっているなら、あとはフリードの腕を振るタイミングに合わせて守るだけで良い。
「そうだ、そのままにしておけよ」
ゼノヴィアは右手を宙に広げた。
「ペトロ、バシレイオス、ディオニュシウス、そして聖母マリアよ。我が声に耳を傾けてくれ」
その声と共に手の先の空間が歪んで剣の柄が現れる。それを握って取り出すと出てきたのは聖剣だった。
「この刃に宿しセイントの御名において、我は解放する。デュランダル!」
イッセーですら名前を知っているくらいの有名な聖剣。それが今、目の前にある。
切れ味なら最強といわれている聖剣。
「デュランダルだと!」
「貴様、エクスカリバーの使い手ではないのか!」
バルパーどころかコカビエルすら驚いていた。
「私はデュランダルの使い手だ」
「ありえん!私の研究はデュランダルを扱える領域に達していないのだぞ!?」
「イリナ達と違って私は天然の聖剣使いだ」
「なっ…」
流石に絶句をしてしまう。
木場やイリナと違ってゼノヴィアは生まれながらに聖剣の祝福を受けていたのだ。
「一撃で死んでくれるなよ?デュランダルは私の手にすら余るじゃじゃ馬だ。エクスカリバーを懸命に振るう事だ!」
彼女は相手をねめつけて切り先を向ける。
「そんなのありですかぁぁぁ!」
フリードはエクスカリバーを振る。見えない刃先が彼女を襲っている。
だがデュランダルを一薙ぎするだけで砕け散る。
「所詮は折れた聖剣。デュランダルの相手にもならない」
聖剣が通じず気落ちしたフリード。
一瞬揺らいだ自信と弱る覇気を見逃さず木場は切り込む。
フリードは聖魔剣を受け止めようとするが、木場の一閃はエクスカリバーを真っ二つに破壊した。
「ガハッ…?」
フリードは聖剣と共に切り払われた。
◎
「あり得ない…反発し合う二つの要素が混ざり合うなど…」
バルパー・ガリレイは目の前で起きた現象を受け入れられないのか虚に呟いている。
木場は剣を握る手に力を入れてバルパーへ斬り込もうとする。
「そうか、分かったぞ!聖と魔二つのバランスが大きく崩れているとしたら説明がつく!魔王だけでなく神も」
ズンッ!とバルパーの腹を光の槍が貫く。ごふっと血を吐くとそのまま倒れ伏した。
木場はバルパーの生死を確認すると既に絶命をしていた。
「バルパーお前は優秀だったよ。そこへ思考が至ったのも優れているが故だろうな。だが、俺はお前が居なくても別にいいんだ。最初から一人でやれる」
それを起こした張本人であるコカビエルは高笑いをしながら地面に降り立つ。
皆が目の前にいる存在の強大さと重圧を感じる。
「ここからだな…」
イッセーは改めて覚悟を決める。
エクスカリバーをどうしようがバルパーがどうなろうが、この街を危機に晒している術式をどうにかするには目の前の堕天使を退けなくてはいけない。それも禁手抜きで。
イッセーは神器を構えて一直線に飛び込んでいく。木場がフリードと斬り合っている間も倍加は止めていなかった。
「イッセー!待ちなさい!」
リアスが慌てて声をかけるが彼は迷わず一直線に飛び込んでいく。
木場とゼノヴィアは視線を合わせると援護するように剣を構えて追随する。
「ほぉ」
コカビエルは感心した。
彼は背中の翼を意識を持っているかのように動かしてイッセーを撃退しようとする。
一撃一撃が必殺のそれを全て確実にかわしてイッセーは確実に間合いを詰めてくる。
ガン!と彼の拳が敵に当たる。だがコカビエルは左腕で受け止めた。彼の手に伝わる痺れは間違いなく強者の一撃の証。
木場とゼノヴィアは瞬時に挟み込むようにして剣を振るった。
「聖魔剣とデュランダルの共演か!」
だが敵はそれを嬉々として受け入れてくる。
腕をはらってイッセーを遠ざけると両手に光の剣を生み出して受け止めた。
鍔迫り合う中でデュランダルを見て嘆息する。
「所詮は使い手次第、デュランダル使い、お前ではまだ使いこなせんよ…先代の使い手はそれは常軌を逸するほどの強さだったぞ!」
「くっ…!」
ゼノヴィアが苦悶する中で小猫が背後を取っていた。
だが相手はそれに気が付いており、ゼノヴィアを腕力を使って無理矢理振り切って小猫にぶつけて防いだ。
木場はそこで自分へのマークが緩んだのを見て、足元に無数の魔剣を生やして雪崩のように敵を斬りつける。
「これで囲ったつもりか」
コカビエルはイッセーの時のように翼を動かして聖魔剣たちを破壊していく。
エクスカリバーと斬りあえるだけの強度はあるが、まだ覚醒したばかりで未熟な分コカビエルには通用しなかった。
だがそれは織り込み済みで両手に剣を携えて切り込む。
「こんなものか」
だが両手であっさりと止められる。
木場は口に魔剣を作り出して柄を口で噛んで思いっきり振り回した。
「なにっ!」
流石に予想外だったのか剣はコカビエルの顔を薄く切り裂いた。
頬に横一文字の薄い傷だけ、これだけの連携を見せてもそれが限度。
『Transfer!』
それは譲渡した際に発生する音声。木場はその方へと視線を向けるとイッセーがリアスに力を譲渡していた。
「滅びなさいっ!!」
リアスの手から飛び出してくる相手の背丈を超えるほどの特大の魔力。地面を空間を削りながら一直線に敵へと向かって行く。
相手は避ける気など一切見せずに両手でその滅びの魔力を受けとめる。
「面白い!面白いぞ魔王の妹!」
呻きながらも嬉々として受け止めていた。
体の節々から血を流し、服だってボロボロになっていく。確実にリアスの高めた攻撃は堕天使の幹部に通っていた。だが少しずだがつ魔力が小さくなっていく、受け止めつつあった。
「雷よ!」
朱乃も魔力攻撃に集中している相手の隙を突こうと雷撃を使う。だが翼の人薙ぎで跳ね返されてしまう。
「俺の邪魔をするのか!バラキエルの力を宿すものよ!」
「私をあの者と一緒にするな!」
コカビエルからの言葉に朱乃はこれまで見たことが無いほど動揺を見せた。
バラキエル、目の前の敵と同じ堕天使組織グリゴリの幹部の一人。そして朱乃にとって切っても切れない相手。
朱乃とリアスの魔力攻撃は防ぎきられてしまった。皆が次の一手を見出せずにいた。
「しかし、使えるべき主を亡くしてまで、お前達神の信者と悪魔はよく戦う」
その一言に皆が注目した。何を語ろうとしているのか分からなかったのだ。
「何が言いたい!」
「フハハ、フハハハハハッ!そうだ、そうだったな!」
「何がおかしい!?」
ゼノヴィアは苛立ちを返した。
怪訝そうなリアス達に対して、コカビエルは嗤う、まるで無知なものを嘲笑うかのように。
「これから戦争を始めようというのだ、隠したところで意味もないか。先の戦争で四大魔王だけでなく神も死んだのさ」
『ッ!?』
その一言に皆が一様に驚いた。目の前にいる怨敵はいったい何を言っているのだろうか。
「三大勢力は戦争によって疲弊し人間に頼らなければ存続も出来ないほどまでに落ちぶれた。純粋な天使は神が居なければ増える事も出来ない、悪魔だって純血種は希少だろう?」
それを聞いて狼狽しているのは神の使徒として派遣されたゼノヴィア。
「嘘だ…うそだ…」
彼女は神に仕えることが当たり前でそれが至福として生きて来た存在。それをすべて否定される現実は簡単には受け入れられないだろう。
「神と魔王が死んだ以上、戦争継続は無意味だと判断しやがった。アザゼルの野郎も『二度目の戦争はない』と宣言する始末だ!耐えがたい、耐えがたいんだよ!あのまま継続していれば俺達が勝っていたんだ!」
持論を口にして激昂するコカビエル。
アーシアは口を押えて体を震わせていた。
「…主はいないのですか?…では、私達に与えられる愛は…」
悪魔になるという選択を選んだアーシアだが信仰心そのものまでを捨てたわけでは無かった。
「神の愛が無くて当然なんだよ。ミカエルはよくやっているよ、神に代わって天使と人間をまとめているのだからな」
「ミカエルさまが神の代行…?」
ゼノヴィアは信じられないと言った口調。
だが目の前の相手の口は一向に減らない。
「『システム』が機能していれば祈りも祝福もある程度は機能するからな。神がいる頃に比べたら切られる信徒の数は格段に増えたがね。そこの聖魔剣も神と魔王が不在でパワーバランスが崩れたからだ」
その情報を受けてアーシアはその場から崩れ落ちて気絶した。小猫が慌てて体を支える。
「無理もない…神が不在と知ってしまったら、私だって正気を保っているのが不思議なくらいだ…」
ゼノヴィアは掠れた弱々しい声でそう言った。
一生のほとんどを神と信仰に捧げてきた彼女にとって、その不在を受け入れるのは困難だ。
「俺はお前たちの首を土産に戦争を始める!我ら堕天使が最強だとサーゼクスとミカエルに見せつけてやる!」
コカビエルは両手をバッと広げてそう宣言した。
サーゼクス、ミカエルどちらも歴史に名を残す伝説的存在。それらと渡り合えるだけの力を目の前の堕天使は備えている。
「…くっ」
リアスは瞳を潤ませながら後悔した。
最初にエクソシスト二人からコカビエルが来ていると知った時にプライドなどかなぐり捨ててサーゼクスに助けを求めればよかったと。自分の誇りと仲間とこの街を天秤にかけたことそのものを後悔した。
だがもう遅い、魔王の援軍は間に合わない。
「コカビエル、お前はここで死ね」
その言葉が発せられた瞬間、コカビエルを含んだ誰もが背筋に冷たいものを感じて黙った。
イッセーは俯いたままそう言ったのだ。
リアスたちは誰もが耳を疑ってしまった、今までそんな冷たい雰囲気など見せなかった、ゼノヴィアと対峙した時とは桁違いの重圧を放っている。
「なんだと…?」
「部長、今すぐこの場から逃げてください。あと親とイリナを頼みます」
コカビエルから話しかけられてもイッセーは一切取り合わずにそう言った。
リアスは何をする気なのか分かってしまった。
「まさかあなた…」
「もう限界です。こいつは何が何でも俺がやります」
赤龍帝の籠手から眩いほどのエネルギーが放たれていく。禁手を使う気なのだ。
リアスは慌てて止めようとする。
「ダメよ!いまここで使ったらっ!」
「何かアイツを倒せる策があるんですか?」
その一言で黙らされてしまう。イッセーの見せるギスギス過ぎる態度に誰もが黙り込む。
イッセーは禁手を解禁すれば倒せるかもしれないが代わりに街一帯が吹き飛ばされる。コカビエルをそのまま見逃したら校庭に刻まれている術式によってやはり町は吹き飛ばされる。
なら少しでも多くの人が生き残る方法を選んだのだ。
そしてそれはこの中で一番イッセーが望んでいない解決方法だった。彼は誰よりも故郷や家族を失う苦しみを知っている。
そしてその選択をさせるに至った目の前の堕天使は決して許さない。
神器の力を解放しようと構える。
「テメエは絶対に」
「ふふふ、面白いな」
だがそこでどこからともなく聞こえる声。
空の結界を破りながら何者かが侵入して来た。