ちょっと不幸なイッセーくん   作:高町廻ル

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十年越しの謝罪

「兵藤ぉ…俺、限界…」

 

 匙は既に限界を迎えていた。

 

「匙!気を抜いてはいけません!」

「はっはいっ!」

 

 そんな姿を副会長である椿姫に咎められて彼は慌てて姿勢を直す。

 だが限界なのは他も同じでソーナと椿姫以外のメンバーの息は荒く、顔色も悪い。

 

(このままでは。私と椿姫はともかく他の者の限界は近い…)

 

 まだ魔王援軍が来るまで時間が四十分以上はある。そこまで保たせるのは困難だった。

 まず皆の限界が来るまでにコカビエルを倒せる算段は無い。イッセーが禁手を使えば可能性はあるが、それをすれば結局この街は地図上から消えて無くなる。

 彼女の事を名軍師だとそう評価する上級悪魔たちは多数いる。実際同世代の悪魔たちの中でも彼女は現存戦力を活かしたりするのは上手いと自負している。

 だが今は何も出来ない。

 

「会長!上!」

「っ!」

 

 眷属の一人が叫ぶ。慌てて上を見上げるとそこには強い光を発する謎の物体があった。

 

「人影…?」

 

 何者かが結界の上空で飛行していた。

 だがそれを認識した瞬間、結界に体当たりをして破っていった。

 

 

「なんだ…?」

 

 イッセーは突然この場に現れた相手にそう呟いた。彼の知っている中であんな白い鎧を被った相手はいない。

 その疑問に答えたのはドライグ。

 

『白龍皇、バニシングドラゴンだ』

「あいつが!?」

 

 話ではその存在を聞いていた。

 何度も人間の体に宿っては宿命の対決を繰り返してきた相手だと。いつかそんなめんどくさいのと会うのかとうんざりはしていたのだが、まさかこのタイミングとは。

 

「赤に惹かれたか白い龍よ…邪魔だては…」

 

 だがその瞬間、コカビエルを含めた皆がその姿を見失った。

 

「一体どこに…」

「…………」

 

 木場はそう呟いて辺りを見渡した。だがそこでイッセーだけが視線を動かしているのを見た。

 その瞬間コカビエルの背中から鮮血が噴き出す。

 

「があああッ!?」

 

 木場の目には相手を見失ったら、その本人が突然コカビエルの背後に周りこんで翼を二本引きちぎった。

 だがイッセーだけはその動きが見えていた。

 

「き、貴様っ。俺の翼をっ!」

「どうせ落ちた印だ。地より下の世界に堕ちた者に必要ないだろ?アザゼルの翼は常闇のように暗かったぞ?」

 

 背中から血を流すコカビエルは激情に駆られて白龍皇をめつけるが、問題の相手は超然としている。

 

「この腐れドラゴンがあああっ!!!!」

 

 コカビエルは空へと飛んで光の巨槍をうみだして相手に向かって投げつけようとした。

 

『Divide!』

 

 その瞬間、槍の大きさが半減する。

 先ほどまでは圧倒的なオーラによって隔絶した力と存在感を見せていたが、今は最上級悪魔の中でも上位くらいの強さだと認識できるくらいには落ち込んでいた。

 

「神器『白龍皇の光翼』…その力は触れた対象の力を半減する、そんで奪った力を自分に加算するか…」

 

 イッセーは前にドライグに貰った情報をそのまま呟いていた。

 今のコカビエルならこの面子でもギリギリ倒せないくらいだ。だが先ほどまでの絶望感は無い。

 

「どうした?早くしないと人間にすら勝てなくなるぞ?」

 

 白い鎧を着た人物の声は若い男性だった。

 

『Divide!』

「おのれ!」

 

 無情に鳴り響く音声、そのたびに力が落ち込んでいく。

 コカビエルは何とかしようと槍を生み出して投げつけるが、その一撃一撃には威力が載っておらず簡単にかわすか防がれる。

 

「もはや中級の堕天使並みか。つまらない」

 

 そうごちた瞬間、白龍皇の拳がコカビエルの腹部に深く突き刺さった。

 

「ごはっ…?」

「アンタは少々勝手が過ぎた。アザゼルから連れて帰れと言われている」

「そうかアザゼル…!…お、おれはぁぁぁ…!」

 

 言い切る前にゴンッ!と拳がコカビエルの顔面に突き刺さり意識を刈り取った。

 堕天使の幹部は地に倒れ伏した。それに連動して校庭の魔方陣も消滅した。

 

「フリードも回収しなければならないか。聞き出さなければならない事がある」

 

 白龍皇はつまらなそうにそう呟いて、コカビエルを担いでフリードを拾っていた。

その間誰も口を開けなかった。

 

『無視か白いの』

 

 それはその場にいた皆が初めて聞く声だった。イッセーの籠手から音声が響いたのだ。

 

『起きていたか赤いの』

 

 白龍皇の鎧の各所に埋め込まれている宝玉からも声が聞こえる。

 神器に宿る存在同士が会話を始めたのだ。

 

『せっかく出会ったのにこの状況ではな』

『いいさ、いずれは戦う運命だ。しかし赤いの以前よりも敵意が段違いに低いではないか』

『ああそちらもな、お互い戦闘以外に興味があるようだ』

『ああ、そういう事だ。当分は独自に楽しませてもらおう』

『それもまた一興か、またなアルビオン』

 

 白龍皇はじっとイッセーを見つめていたが、すぐに飛び去って行った。

 

 予想外の終焉に誰も反応できなかった。

 結果として皆が生き残り町が消滅する危険は去って行った。残されたのはバルパー・ガリレイの死体とエクスカリバーの核。

 そして自分の手元にある聖魔剣。死んだバルパー。それを木場はどう心で処理すればいいのか、まだ答えは出せない。

 

「なにしんきくせぇ顔してんだ」

 

 イッセーは木場の頭を軽くチョップをした。

 傍にいた相手に顔を向けた。

 

「イッセーくん、僕は…」

「小難しい事は考えんな今は皆が無事だった、それだけを喜んどけ。取りあえず一旦終了でいいだろ、お前の同志も聖剣の事も」

「うん…」

「じゃあ部長に一言あるだろ」

 

 するとリアスが木場の傍に立ってた。彼女だけではなく朱乃、小猫、そして意識を取り戻したアーシアもいた。

 

「…木場さん、また一緒に部活出来ますよね?」

 

 アーシアは真っ先に声をかけた。彼女の内心は神の不在という事実を知って荒れに荒れているだろう。だがそれでも木場を気遣った。きっと誰よりも優しい。

 そしてリアスも声をかける。

 

「祐斗よく帰ってきてくれたわ。それに禁手だなんて、私も誇れるわ」

「部長…僕は…あなたを裏切ってしまいました…」

「でもあなたは帰ってきた。それだけで十分。彼らの思いを無駄にしてはダメよ」

 

 この場に穏やかな時間が流れる。

 イッセーは安心と共に目の前に現れた白龍皇の存在が刻まれていた。コカビエルを赤子の手を捻るように倒した。そして自分と違って禁手の力を使いこなしていた。

 

(前途多難だな)

『なるようになるさ』

 

 ドライグはそう声をかけるがイッセーの不安は当然消えない。

 もしも白い奴が明確な害意を持って接して来るのなら戦わなければいけない。

 ―バシッ!バシッ!

 

「ん?」

 

 身に覚えのある音が聞こえてくる。そちらを振り返るとそこには尻をリアスに叩かれる木場の姿が!

 

「き、木場…」

「だ、大丈夫だよイッセーくん、これもあうっ!…部長の愛と思えば…うっ…!」

 

 その後、魔王軍が来るまで三十分にわたって木場は尻を叩き続けられた。

 けれどオカルト研究部は元の鞘に収まったように思えた。

 

 

 コカビエル襲撃から数日後、先日までの騒乱が無かったかのように日常というものが戻っていた。

 

「ただいま戻りました」

「あっイッセーさん、おかえりなさ…」

 

 イッセーとゼノヴィアは一緒に旧校舎の部室に入った。

アーシアが真っ先に反応したが彼の隣にいるゼノヴィアを見て驚いていた。

 部室内にはオカルト研究部のメンバーが総動員していた。

 アーシアだけが驚いていた、彼女はイッセーがイリナの見送りをしてから部室にやって来ると聞かされていた。

 

「あれ、アーシアに伝えてなかったんですか?」

 

 イッセーはリアスに問いかけた。

 だが答えたのはゼノヴィア、前に会った時より少し目が赤いだろうか。彼女は背中からコウモリのような翼を出して悪魔になったのをアピールした。

 

「あ、悪魔に?」

 

 アーシアは口を手で押さえて驚いていた。

 

「一応聞いてはいたけど驚いたよ」

「…」

 

 木場は紅茶を飲みながら、小猫もお菓子を食べながらも驚いていた。

 

「神がいないと分かったんでね。破れ被れで悪魔に転生した。今日から二年生でオカルト研究部だそうだ。みんなよろしくね♪」

「真顔で可愛い声出すな」

「ふむ、イリナように上手くいかないものだね」

 

 ゼノヴィアにツッコミが入る。死んだ表情筋では声の愛嬌も台無しだ。

 リアスは話しかける。

 

「デュランダル使いが眷属になるのは頼もしいわ。これで祐斗との『騎士』の両翼が誕生ね。その感じだと紫藤さんとは」

「ああ、問題ない。彼女はキチンとエクスカリバーの欠片を回収して戻って行ったよ。後で介抱してくれたソーナ・シトリーにありがとうと伝えて欲しいそうだ」

 

 ゼノヴィアは「ただ…」と少しだが苦しそうに付け加える。

 

「神の不在については伏せたよ…」

 

 それは正しい判断と言わざるを得ない。

 神への信仰心が強いであろう彼女が、もう既にそれは死んでいるよと言われたら心の均衡が崩れる騒ぎでは済まなかっただろう。

 黙っておくのは賢明な判断だった。

 

「私は神の不在を知って破れかぶれで悪魔に…これでよかったのか?…しかし神は不在…私の人生は破綻したわけだ…」

 

 彼女はブツブツと呟きながら頭を抱えだす。

 時折祈るのだが頭痛で頭を抱えだす。小猫はそれを見て「見覚えのある光景…」と呟いていた。

 

「お前もまあ大胆だよな。黙ってりゃデュランダルの使い手としてちやほやしてもらえるのにさ」

 

 イッセーは思った事を呟いた。

 アーシアの前例があるとはいえ、敵側に寝返るのは半端な精神状態ではない。

 

「…コカビエルの言った事が信じられずに教会側に神の不在について確認を取ったら異端にされたよ…尊敬されるべき聖剣使いから異端の徒…私の見る目を変わった彼らの目が忘れられないよ…」

 

 彼女の表情からは悲しみと憔悴が見えた。

 最後のその瞬間まで事実だとは思いたくなかったのだろう、神がいないというあまりにも信じがたい現実に。

 

「今回の一件で天界から悪魔側に打診があったそうよ。『堕天使の動きが不透明なため、誠に遺憾ながら連絡を取り合いたいと』。あとバルパーの件は自分たちの不手際と認めたわ」

 

 リアスは事後報告について話し始める。

 

「堕天使からは今回の件はコカビエルの単独犯で話は通ってなかったと、再び戦争を起こそうとした罪にで永久冷凍の刑にしたそうよ」

 

 あの堕天使はもう二度とシャバには出てこれないという事だ。

 少なくともその対応から堕天使は戦争再開を望んでいないというポーズではある。

 

「コカビエルを止めるために『白い龍』を派遣して対処という事ね。組織の人間の不手際は組織内で解決という事」

「アルビオンか…」

 

 コカビエルを倒した実力は間違いなく本物だった。

 現時点で禁手を掌握できないイッセーよりは間違いなく強い。

 皆が彼を心配そうに見つめる。だが彼は「大丈夫です」と何とも無さそうな態度をとった。

 

「近いうちに三すくみの代表が会合を開くそうよ。それはこの件の当事者の私たちも出席するわ」

 

 その言葉に皆が驚く。

 ラスボス達の集まりに参加しますと言われたらそれは驚く。

 連絡事項が終わったタイミングでゼノヴィアの視線がアーシアに向かう。

 

「…そうだ、アーシア・アルジェントに謝ろう。主がいないのならば救いも愛もなかったわけだからね。キミの気が済むまで殴ってくれて構わない」

 

 ゼノヴィアは頭を下げてそう言った。あまり表情が変わらないからかどこまでが本心なのか読みづらい。

 

「私はそんな事をするつもりはありません。悪魔ですけど大切な方々に出会い今の生活に満足しています。この出会いと環境に感謝しています」

 

 聖女のような笑みで彼女は相手の無礼を許した。

 一時は神の不在を知って心の均衡を崩しこそしたが、周りのフォローのおかげで何とか持ち直した。

 

「では私は失礼するよ。この学校に入学するにあたって知らなければならない事があるからね」

 

 ゼノヴィアはそう言って部屋から出て行こうとする。

 

「あ、あの!」

「?」

 

 アーシアは引き止める。

 

「今度の休日みんなで遊びに行くんです。ゼノヴィアさんもご一緒にどうですか?」

 

 その屈託のない笑顔を向けられて彼女は驚く。

 

「また今度機会があればね、今は興がのらないかな。ただ、また今度お願いできるかい?」

「はい!」

 

 イッセーはアーシアとゼノヴィアの事が気がかりだったが、これなら大丈夫そうだと安堵した。

 そういって彼女は出て行った。

 ぽん!とリアスが手を叩く。

 

「では久しぶりにオカルト研究部の活動を始めましょう!」

 

 

 イッセーはカラオケボックスのドリンクバーでメンバー全員分のジュースを用意している。得点最下位がパシリになるというちょっとしたミニゲームだ。

 イッセー達は予定通り休日楽しみまくりツアーを敢行していた。手始めのカラオケだった。

 

「むふふ…」

 

 先ほどリアスから水着を物色するとのメールが、試着した水着付きで送られてきたのだ。そりゃもうたまらない。

 

「イッセーくん。君にどうしても一言だけ伝えたいんだ。ありがとう」

 

 木場がふと現れてお礼を言いにきた。

 今回、参加できるのか聖剣関連のせいで不透明だったが一応の方はついた為こうして参加している。

 

「そうか。もうお前の同志も部長もみんなお前の事を許した。だからもう気にすんな。そんな事よりカラオケだカラオケ」

「イッセーくん…」

 

 イッセーは何事もなかったかのようにそう言ったが、木場から発される熱いオーラを感じて少しゾクッとする。

 その後、歌っている時の木場はこれまで見たことのない笑顔だった。

 

 

『…………』

 

 騒がしさのある空港内で不気味で気まずい沈黙があった。

 イッセー、イリナ、そしてゼノヴィアが対面していた。

 イリナの手にはケースがあった。その中にはエクスカリバーの核が入っている。彼女は任務を果たして生きて五体満足で帰還する事が出来るのだ。

 だが今の彼女はゼノヴィアを睨んでいた。

 

「イリナ、君は任務をやり切ったんだ。そんな顔をするな」

「信じられない!何でよ!?何で悪魔になったの!?」

 

 二人は生きて生還した。だが相棒であるゼノヴィアが悪魔になった。

 

「イリナが知る必要はないよ」

 

 彼女は可能な限り感情を出さないようにそう言い放った。

 神様がいない事を知って、それを追求したら異端になりましたなど口が裂けてもイリナには言えない。

 

「…っ!」

 

 そう言われた彼女は唇を噛んだ。

 

 あの日、目が覚めたら悪魔の家で治療を受けていて、気絶している間のことを聞いたらコカビエルはいつの間にか倒されていた。

 治療用のベッドで横になっていたら、壊れたエクスカリバーの核を持ってきた悪魔に転生したゼノヴィアを見て頭がおかしくなりそうだった。

 慌てて教会に事態を伝えたらゼノヴィアを異端にした、理由は追求するなの一点張り。デュランダルの使い手が寝返ったというのにお咎めも追撃部隊も一切無し。

 

「っ…くっ…」

 

 イリナは何を口にしたらいいのか分からず、苛立つことしか出来ない。

 この世界に蔓延る薄らとした理不尽ともいえるものに怒っていた。

 

「裏切り者っ…」

 

 イリナはそう言って空港の奥へと逃げるよう背中を向けた。

 それが永遠の別離になるのかと思われた。

 

「イリナ!」

 

 イッセーはまだ伝えたい事があった。

 彼女は振り返らなかったが足は止めた。

 

「ずっと言わなきゃいけない事があったんだ。あの日、心無い事を言ってごめん。本当は引っ越しなんかして欲しくなかった。もっと遊んでいたかった。楽しかった。つまんない意地を張ってごめん」

 

 彼は十年越しに謝った。

 あの日、相手のことを考えずにカッコつけて物分かりのいい子供を演じた。

 たとえお別れになるが避けられないのだとしても、もっと素直になればよかったとずっと後悔していた。

 

「それは!私だってっ!」

 

 イリナはその言葉に振り返るとゼノヴィアが視界に入った。

 もしこのまま何もせずに逃げるように帰ったら、十年前と同じなのではないのかと。同じ後悔をまたするのかと。

 

「私、ゼノヴィアが悪魔になって悲しかった!だってもう一緒にいられないんだよ!?でもっ!私はゼノヴィアの事友達だって!今も親友だって思ってる!思いたい!だからいつかまた会って欲しい!」

 

 そう思った瞬間、溢れ出る思いが止まらなかった。

 イリナは涙を流しながらケースを放り出してゼノヴィアに抱きついた。

 抱きつかれたゼノヴィアは僅かに瞳を潤ませてぎゅっと抱きしめ返した。

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