ギャスパーをリハビリの一環でイッセーの営業に連れて行ったのだが、動揺して客を止めてしまった。
「ギャスパー、無理して連れて行かせてしまって悪かったわ」
リアスは再び引きこもってしまったギャスパーの事を聞いて扉の前に駆け付けた。
『ふええぇええんっ!!』
ギャスパーは相変わらずの状況だった。
むしろ一歩踏み出そうとして失敗したことで余計に拗らせる事態になった。
「すみません、忙しい時に…」
イッセーは自分のふがいなさを感じつつ謝った。
ギャスパーはもともと人間の母親と吸血鬼の名家の男の間に生まれたハーフだった。
吸血鬼は純血とそれ以外を悪魔以上に酷く差別をする。自分たちの勝手で悪戯に孕ませ産ませた子供ですら差別の対象にする。
吸血鬼の社会にいてもハーフと言われ蔑まれ、人間社会でも神器の力から他者から怖がられ疎まれる。
『ぼ、僕はこんな神器いらないっ!だ、だってみんな停まっちゃうんだ!怖がる嫌がる!僕だって嫌だ!』
ギャスパーは部屋の中から大声でそう言った。
それは間違いなく彼の本音なのだろう。
「部長、俺が何とかします。まだ打ち合わせがあるんじゃないですか?」
「ええ、そうだけれど…」
「取りあえずやれるだけやってみます」
リアスは自身の無力さともどかしさを感じて中々首を縦に振れなかった。
「取り合えず一度任せたならもう少し見てくださいよ」
イッセーはリアスを説得しようとする。
「…分かったわ、お願いできる?」
「はい」
リアスは最後に根負けした。
彼女は少しだけ扉、その先にいる人物の方へと視線を向けて出て行った。
「さてと…」
イッセーは特にギャスパーの為の策は無かった。
彼はギャスパーの気持ちは痛いほど理解できた。自分が望んだわけでもないのに強力な神器と生まれに翻弄される。気軽に同意する事も出来た。
思ったのだ、これまでのように相手を優しく撫でてやっては何も解決しない、ここでハッキリと現実を突きつけることにした。
仮に嫌われたとしてもいいと覚悟を決めた。
「ギャスパー、お前はどんなに辛くても吸血鬼である事からも、その神器の力からも逃げられない。どんなにそこで泣きべそをかいても何も解決しないんだよ」
『えっ…』
これまでリアスや朱乃のような優しい態度でも無ければ、小猫のように無条件で構ってくれるわけでもない辛辣な意見だった。
イッセーは赤龍帝である事に苦しんできたが、結局生まれてから今日に至るまでその因果から逃げることは出来なかった。
「泣いて寝たら次の日にはただの人間になってると思うか?そんなわけないだろ。ギャスパー・ヴラディは人間とのハーフヴァンパイアで、たまたま人の血を継いで時間を止める神器を持って生まれたんだ。その事実はどんなに足掻いても変わらない」
『変わらない…それじゃあ僕は…』
厳しい言葉の連続にギャスパーの心は粉々になりそうになる。
だがイッセーはそれだけにとどまらない。
「でも今を変えようと努力をするだけは出来る。お前は今のままじゃダメだって思ってるからそうやって苦しんでるんだろう?もし変わりたいなら俺はいくらでも協力するし、それが嫌ならそれでいいと思ってる」
『それでいい?』
今まで投げかけられたことの無いその言葉につい相手は聞き返す。
「無理強いをする事じゃないからな、少なくとも無理矢理でもそのヘタレっぷりを直せとは指示されてないからな、知らん。お前が人見知りで神器が使えなくていいなら、その方向でこれからの生き方ってやつを詰めてけばいい」
ギャスパーはどう反応していいのか分からないようで、扉越しに困惑の雰囲気を感じる。
ギィ…と扉が少しだけ空いた。ギャスパーは自分の手で僅かだが外へとつながる扉を開いたのだ。
「取りあえず座ろうぜ。外に出ろとは言わない、せめて扉は開けっ放しで話そう」
ギャスパーはそう言われて頷いて扉の前に座り込む。ちなみに女の子座りだったがつっこむのはもうやめた。
「うーん、目をつぶったままじゃ生活できないよな。どうしたものか」
イッセーは案を出すがさすがに目隠し生活は難しい。ギャスパーはそこまで特殊なスキルは無い。
「そうだ、俺の血を飲んでみるか?そしたら何か変わるかもしれない」
「…怖いんです…生きた相手から直接血を吸う事が…ただでさえ血をするのが怖いのに力まで強くなったら…」
「うーむ…しかし俺からしたらお前の神器は羨ましいもんだ」
「えっ」
羨ましいという言葉にギャスパーは驚いた。
イッセーは驚く相手に対して堂々と言った。
「だってそうだろ?時間を止めている間に女子の体を触ったり出来るじゃん!」
なぜこの男はこんな大事な時にかっこいいことを言わないのか。
例えば火災現場で炎を食い止めたら多くの人を救えるとか、普通であれば助からない大怪我でも対象を止めて時間を稼ぐだとか。
「イッセー先輩って優しい方なんですね」
「そんな事言われたの初めてだが」
ギャスパーは目の前の男が相当面倒見がいい事に気が付いた。
考えてみればここまで拗らせてなお付き合うのはお人よしを超えている。普通であれば呆れてさじを投げる。
実際突き放すような事をいいながらも、その実はギャスパーの背中を押して自分で踏み出せるようにしている。
「僕は…これまで停めたらどうしようって事ばかり思ってました…怒られるって…それを羨ましいだなんて…」
「そうそう、お前は他人に理解してもらい難い才能があるだけだって。俺は分かってるぜ、その力は世界を救うんだ」
「ほ、本当ですか?僕もなんだから勇気が湧いてきた気がしますぅ…」
イッセーはギャスパーのテンションが上がっているのを感じた。最初の時よりはどもった喋り方をしなくなっている。
「聞けギャスパー、俺はこの右手で部長の胸を触った事がある。ラッキースケベじゃない完全に同意のうえでだ」
「ほ、本当ですか?上級悪魔のむ、むねを触れるなんて。イッセー先輩には驚かされてばかりです…」
そうやって少しずつ打ち解け合っていると木場がやって来る。
「流石イッセー君、もうギャスパー君と打ち解けられるなんてね」
「木場か」
ギャスパーが気になったのか木場は時間を作ってやって来た。
彼は二人と同じく傍に座って問いかける。
「ギャスパーくんとはどうだい?」
「第一回『女の子のこんなところが好きだ選手権』~!」
「何かに巻き込まれた…」
突然巻き起こる謎の会合。
「じゃあ女子の体で一番見るところな、俺は胸!あと足も見るね」
それを聞いた二人は苦笑いをしていたがギャスパーの手は僅かだが震えていた。
彼なりに向き合おうと自分の弱さと向き合おうとしている。少なくともそれだけは伝わってくる。
「おいギャスパーなんだそれは?」
イッセーは目の前に吸血鬼が段ボールに入って紙袋をかぶっているのを見た。
しっかりと不審者で変態だった。
「こうすると落ち着くんですぅ…」
「あぁ…そう…」
「どうですか〜似合いますかぁ〜」
「…俺は今お前のことが実はすごいやつなんじゃないのかと錯覚しそうになってるよ」
「ほ、本当ですか!」
イッセーはもう何も言わなかった。
男達で夜通し猥談が繰り広げられる、因みに木場も案外スケベだったとか。
◎
「ここって…神社…だよなぁ…」
イッセーは朱乃に指定された街外れにある住所へと到着したのだが、そこは間違いなく神社だった。前にイリナと一緒に入りそうになった例の場所だ。
悪魔は近づいてはいけないと教えられている場所。
「いらっしゃい、イッセーくん」
石階段の前に巫女服をまとった朱乃が笑顔で手を振っていた。
まさにその姿は清楚を体現しているかのようだ。
「ごめんなさい、いきなり呼んでしまって」
「いいえ、というか大丈夫なんですか?ここ神社ですよね」
「この場所はリアスが用意した特別な規定の入った場所なので悪魔でも入れます」
イッセーはなるほどと思った。
この場所は前にイリナと入る前に女性悪魔に止められた元廃墟だったが、今思えば悪魔の陣地のため止められたのだと。
前と違うのは綺麗に周りも建物も整備されている点だ。
神社本殿向かう道すがら気になっていた事を質問する。
「朱乃さんは部長のそばにいなくてもいいんですか?」
ここ数日、リアスと朱乃は会談の打ち合わせで不在がちで、木場が代理でオカルト研究部を仕切ることが多い。
朱乃が眷属の中では一番の古株で、リーダー的な立場になる。
今回のような大きなヤマは『女王』たる彼女が担う部分も多いはずなのだ。
「ある程度進行していますし、あちらにはグレイフィア様もいます。私はここである方を迎えていたんです。リアスも後で来ますわ」
「ある方?」
話しているうちに神社の前に到着する。
建物は綺麗だった。木造建築が醸し出す特有の厳かさがありながらも全体的に明るい茶色でオシャレさがある。
イッセーは朱乃は普段ここに住んでいるのだと察した。
「彼が赤龍帝ですか?」
第三者の声が響く。その声色は優し気でアザゼルやヴァ―リとは違った刺すようなプレッシャーは感じなかった。
黄金の翼をまとった青年が目の前に現れる。豪華な白いローブを身にまとい頭部には天使特有の輪っかが浮いている。
(誰だろ…)
イッセーは反射的に口に出すのを止めた。何故か目の前の相手は高位の身分であるのを察したのだ。
「兵藤一誠くん、直接会うのは初めてですね」
男性は爽やかな笑顔を見せた。
「私はミカエル、天使の長をしております。一度あなたとは話さなくてはいけないと思っていました」
この男もまたイッセーの過去を把握しているようだった。
◎
朱乃を含めた三人は施設の本殿で話し合う。
「話とは何ですか?」
「はいそれもありますが、我々の軽率な行為があのような事を引き起こしてしまい申し訳ありません」
イッセーは内心勝手に話すなよとは思ったが、次の会談でバレるのは必至な為咎めない。
「俺の親を殺した天使と堕天使たちが謝ったら何か変わるんですか?生き返らせてくれるんですか?」
正直こんな意地の悪い言い方はするべきでは無いのを分かってはいたが、それでも抑えきれないものがあった。
「…………」
ミカエルもまた、その誹りを黙って受け止めていた。
「えっ…」
朱乃はイッセーから飛び出したその言葉に肩を震わせた。
無理もなかった、イッセーの過去に何かあったのはある程度察してはいたのだが、まさか両親をそれも天使と堕天使が関わって亡くしているとは思っていなかったのだ。
「朱乃さん、後で事情は話すんで取り敢えず用事を終わらせましょう」
「はい、分かりましたわ」
色々と話したいことはあったが、まずはこの場に呼ばれた理由から解決をしようとする。
「ここに呼んだ理由は何ですか?」
「実はこれを」
そう言って取り出したのは光の波動を放つ剣だった。
「これはゲオルギウス。分かりやすい通称を使うなら『アスカロン』と呼ばれるものです」
凄いものというのは分かる。彼も『アスカロン』という名前だけなら聞いたことがある。
『有名なドラゴンスレイヤーだ』
(マジ?ドラゴンスレイヤーを持った聖剣?天敵もいいところじゃないか)
一体これを見せて何をしようというのか疑問がつのる。
「これには特殊儀礼を施しているので貴方でも扱えます。これを『赤龍帝の籠手』に同化させてみてください」
そう言われて可能なのか疑問が生まれる。
ドライグに質問をする。
「そんなこと出来るのか?」
『神器は宿主の思いに応えて進化する。お前が望めば可能なはずだ』
ドライグは周りに聞こえるように答えた。
朱乃はドライグの声に驚いていたが、ミカエルは違う感想を抱いたようだ。
「赤龍帝、懐かしい限りです。かつて貴方と白龍皇が戦場をかき乱した時、三代勢力が手を取り合ったことがありました」
「おい、言われてるぞドライグ」
『…さてね』
とぼける態度にこの場の緊張した空気は少しだが緩和される。
「これは願掛けなのです」
「願掛け?」
「私はこの会談を三代勢力が手を取りあう良い機会だと思っています。このまま小競り合えばいずれ滅ぶその聖剣は悪魔側へのプレゼントです。すでに堕天使側からも、そして悪魔側からは聖魔剣を数本もらっています」
悪魔に所属する『赤龍帝』を害する武器をあえて手放すというポーズ。
既に三代勢力のトップの考えは和平へと向かっている。その決断を迫られる程に疲弊しているのだ。
「……」
イッセーは改めて目の前にあるアスカロンに触れようとするのだが、少し躊躇う。
「その剣はこの場所で最終調整しました。悪魔でドラゴンでも触れますわ」
「分かりました」
朱乃から言われてアスカロンをぎゅっと握る。手のひらが焼けるようなことにはならない。
「ドライグ、サポート頼む」
『任せろ』
聖剣から感じるオーラを赤龍帝の力と同調させていく。
そして籠手と聖剣が眩しいほどの光を発する。
「ほんとに合体した…」
籠手の先端から刃だけが飛び出す形だが、間違いなく剣と合体した。
「と、もう時間ですね。そろそろ私も行かねばなりません」
ミカエルはこの場から立ち去ろうとする。
「後で!後で聞きたい事が二つあるんです。時間をもらえませんか?」
イッセーはそう言った。
彼にはどうしても話しておきたい事があったのだ。
長年知りたかったことがある、それは堕天使と天使のトップが同時にいなければ分からない事だった。
「分かりました、では会談後に時間を作ります。必ずです」
ミカエルはそう言って魔方陣を使って帰っていった。