「お茶ですわ」
「ありがとうございます」
ミカエルが去って行ったあとで、イッセーと朱乃は彼女の生活空間である境内内の部屋にお邪魔をしていた。
朱乃は微笑んだ。イッセーは出されたお茶を飲もうとするのだが、場所は和室で茶道的な出され方をしたため器を回すが、その姿が不慣れで可愛らしいのだろう。
イッセーはさて…と思う。どこから話した方が良いのかと。
「―で結果、俺の両親と故郷は堕天使たちと教会の人間がこの『赤龍帝の籠手』を奪おうとして起きた戦いの余波でなくしました」
「…………」
イッセーはある程度細かい所は端折って話した。
朱乃はイッセーの抱える過去が予想通りであったとともに、自分が思っていたよりも悪い方向に向かっているのを知った。
「どうしても小さい頃なんで細かい所は覚えてない部分が多いんです。特に村が襲われた辺りは記憶も飛び飛びな部分が多くて…ドライグに細かい所を補強してもらって話しました」
彼はそれだけを言い切ってすっかり緩くなってしまったお茶を飲む。まるでこれ以上の言葉を飲み込むかのように。
彼女は話を受けて色々と考える。
「イッセーくんに恨みは無いのですか?」
「もちろんあります」
その質問に対して何一つ躊躇うことなくそう言い切った。
彼女はその迷いのない切り返しに絶句してしまう。
「でも俺の事を大切に思ってくれる家族がいるから復讐なんてやってる場合じゃありません」
兵藤家があるからこそ彼の中で戦う事への優先度は低い。
彼の要求したのは家族の安全、その為なら悪魔になることすら辞さなかった。彼が人でいられるのは二人の愛があるからだ。
木場に復讐しない選択肢を説かなかったのは、彼自身復讐は別に悪い事だと思っていないからだ。しなくては清算できない気持ちもある。結果として彼は自分の過去と向き合って前に進んでいる。
朱乃はそれを聞いて顔が歪んだ。それは何かに耐えているようで。
「気分のいい話じゃなかったですね。別に同情してほしいとかじゃないんで」
同情されても辛いだけ、気にかけてくれるのは悪くないと思っているがその方向で気を引きたいわけでもない。
「イッセーくんは私に聞きたい事があるのではないですか?」
「えーっと…」
気になっていたことはあった。
前にコカビエルと対峙した際に言っていた、バラキエルの力を宿すというセリフ。
それが意味する事は何となくだが察せた。そもそもこれまで何故、朱乃の正体に気が付かなかったのか不思議なくらいだった。
「朱乃さんはその…堕天使の幹部の…」
「そうよ、私は堕天使の幹部バラキエルと人間の間に生まれた者です」
朱乃はそう言って背中を見せる。そしてそこから飛び出してくるのは悪魔の翼と堕天使の翼。
「汚れた翼、私はこれが嫌でリアスと出会い悪魔になったのです」
イッセーは朱乃の背中越しのセリフに何も言えなかった。彼女の表情がどうなっているのか分からなかった。
「でも生まれたのはその両方を持ったおぞましい生き物。ふふふ、穢れたちを宿す私にはお似合いかもしれません」
彼女はくるっと回って相手に対して向き合う。表情は自嘲。
「イッセーくんは堕天使は嫌いよね?あなたの家族を一度奪って、その後あなたの日常を壊そうとした。そしてアーシアちゃんを危険な目に遭わせた上に、それどころかこの街まで消そうとした堕天使に良い印象は持ってないわよね」
朱乃の発言は的を射ていた。先ほどもハッキリと嫌いだと断言はした。
けれどその考えだけが兵藤一誠として生まれてきたすべてではない。
「はい、堕天使の事がやっぱり嫌いです」
朱乃はそう断言されてさらに表情を曇らせる。
彼は心苦しさがあったが嘘をつくことが一番の不誠実になると考えた。そして言いたいのはそれだけではない。
「でも俺は朱乃さんが堕天使だと知っても好きですよ」
「…っ!」
彼女はそう言われて驚いてるようだった。
イッセーはそれを見てある程度は察した。これまで堕天使である事を口外したら、そのたびに他者から忌み嫌われて来たのだろうと。
「そうではなくて、私は堕天使の血を引いているのよ?許せるの?…この事を黙ってあなたに近づいたかもしれないのに…」
「許すも何も俺は一度も朱乃さんを責めた事はありません。本当に俺の寝首をかこうとする人はそんな事言いませんし。それに今回は俺の方が無神経過ぎました」
「なんで…そんな事が言えるの…?」
彼女の半生をイッセーは全てを知っているわけでは無い。
だが姫島朱乃の人生の中でそんな温かな言葉を送られる経験は殆どなかったのだろう。
「なら逆に朱乃さんは俺が赤龍帝だからって一度でも人外を見るような目をしましたか?怖がって爪弾きにしなかったし、一度もそんな偏見持たなかったじゃないですか。それと何が違うんですか。俺はそんな朱乃さんを尊敬してますし、強い女性だと思ってます。俺は堕天使だと知っても相変わらず好きですよ?堕天使ってだけで朱乃さんを嫌うなんて、あんまり見くびらないでください」
彼は自身が思った事を長々とではあるが話し切った。
イッセーのそのセリフを聞いて朱乃は涙を流していた。それは悲しさではなく感極まったそれ。
「えっちょっ待ってください…」
目の前で泣いてしまったため慌てる。
朱乃はイッセーが口にした好きは恋愛的な好きではなく、先輩後輩または友人的な好きなのは分かっていた。それでも本心から発した言葉は心に深く響いた。
「…殺し文句を言われちゃいましたわね…そんなことを言われたら…本気になってしまうじゃないの…」
「は、はい?」
彼女は黙ってイッセーに抱き着いた。
「へえっ!?」
あまりにも脈絡のないハグに彼は驚いてしまう。
彼女は耳元で話しかけてくる。
「決めましたわ。イッセーくん、リアスは好き?」
「えっ…えーっと…まぁ好きです…」
「なるほど…可能性はある…けれどリアスとアーシアちゃんも本気よね…」
朱乃は何やら悩む。
先ほどからイッセーは胸の感覚が気になっていたが、同時に朱乃の感情の起伏に対応できておらず困惑している。
抱き着くのを止めて真っ直ぐに視線を向ける。
「ねえイッセーくん、『朱乃』って呼んでくれる?」
「先輩をそんな馴れ馴れしく呼ぶわけには」
「一度だけでいいからお願い…」
いつもと違って朱乃の事が可愛く見えてしまうイッセー。
頼まれたからには受けるしかない。
「あ、朱乃…」
「うれしい…イッセー…」
相手の手を取って瞳を潤ませる。
お姉さまキャラを捨てて普通の女の子然とした態度にイッセーは不覚にもときめいてしまう。
「何をしているのかしら?」
その声が聞こえて二人は肩を一瞬ビクつかせて手を離す。
「あ、部長」
「あらリアス」
二人はすぐさま動揺を消す作業に取り掛かる。
「油断も隙も無いわね」
リアスはそう言って部屋の中に入ってきてイッセーの手を取った。
「剣はもう貰ったのよね?」
「は、はい」
「ミカエルは?」
「帰りましたね」
「じゃあ帰るわよ」
「えっと…」
イッセーはチラリと朱乃の方を見る。
「朱乃は後で来るわ」
そう言って彼の手を引いてリアスはここから逃げるように出ようとする。まるで朱乃から大切なものを遠ざけようとするかのように。
「…………」
朱乃は少しだけ不満だった。自分だってイッセーを傍に置きたい、自分だって彼の特別になりたい。
少しだけ彼女は悪戯をしてしまう。
「イッセーくん、安心してください。貴方の過去の事は他言無用にしますわ」
「ッ!」
リアスは去り際にその言葉を聞いて肩を震わせる。
彼女はその事を知らない。そしてイッセーは朱乃に教えた。その事実にリアスはこれまでにない敗北感を覚えた。
◎
「うーん、前よりは停められるようになったんだがなぁ…」
早朝にイッセーとギャスパーは神器の特訓を行っていた。
以前に比べたら停止できる確率も正確性も上がっていた。だがまだ学校に通ったり出来るレベルには程遠い。
言ってしまえば行き詰まっているのだ。
血を飲みたくないと言われたら強要するのは難しい、コツコツやるにもこのままでは効率が悪いのでは思ってしまうのだ。
「ご、ごめんなさいいぃぃっ!出来なくてごめんなさいいっ!!」
「いや別に謝んなよ、高々一週間そこらでお前がマスターできるだなんて思ってないし」
ギャスパーは謝って来るが、イッセーからしたら最初の引きこもりっぷりに比べたら随分と成長したものだと思っている。
「ぼくは神器を持つ人間としても…ヴァンパイアとしても未熟で半端者で…も、もっと力を使いこなせれば…どうしてこんなに中途半端なんでしょうか…」
ギャスパーは自身の存在意義について悩んでいた。
人間としても吸血鬼どちらの社会にも属せずに悪魔に流れ着いたからこそ思ってしまうのだろう。
「とにかく思いっきりぶつかってこい!出来る出来ないって言い切れるほどやってないだろ!ほらもう一本!」
「は、はいいっっ!!」
ギャスパーは再び前を向いて特訓を再開する事に。
ボールを投げて止めるを繰り返しながらも考え込む。
(とは言ったものの…)
その姿を見ながらもイッセーは今の限界もやはり感じていた。気合一閃で解決するにも限界がある。
ギャスパーだけでなくイッセーも力を使いこなせているのかといえば、現状は出来ていないのが事実だ。
神器の使い方も力の伸ばし方、相手の長所や短所の見極め方もまるで分らない。特に神器に明るい専門家がいるのなら自分に紹介して欲しいくらいなのだ。
専門家の一言でふと思い出したのはアザゼル。
彼は一目見ただけでギャスパーと匙の二人の神器を見抜いてそれぞれ制御できる可能性を提示した。
あれはまさにイッセーが欲しかったアドバイスだった。あの時貰った知識は間違いなく本物だった。
「何考えてんだ…」
頭を振ってその可能性を排除する。
◎
「さて、行くわよ」
リアスの号令に皆が頷いた。三大勢力の会談が迫っていた。
先日朱乃の件で機嫌こそ悪くなっていたが、数日後には普段通りに戻った。
仮に会談に私情を入れたらそれは大問題だ。
旧校舎の部室の窓から各勢力の衛兵たちが待機をしていた。
なにか一つでも間違えればこの場所はすぐさま戦場になってしまう。その緊張感が辺り一帯を包み込んでいる。
『ぶ、部長!み、みなさああん!!』
部屋の隅っこの段ボール内からそんなくぐもった声が聞こえてくる。
「ギャスパー、今日は大事な日だからあなたはお留守番ね」
リアスはそう告げた。
もし仮にギャスパーの神器の力が暴発しようものなら大問題に発展するため当然の処置だった。
「俺のゲーム貸してやるからそれで遊んでてくれ。紙袋も好きなだけ被れ」
イッセーは家から持ってきた携帯ゲーム機を渡した。
「小猫お願いね」
「はい、部長」
小猫も今回はギャスパーの事を考えてお留守番になった。
お菓子を机の上に大量に置いて今も絶え間なく食べている。
みなが二人を置いて出て行く。それを見ながら思うのだ。これをいつまで続けるわけにはいかないと。
ギャスパーにとって何か一つでも変わる取っ掛かりがあればと。