「…次やる時はもっと激しくやろう」
『Transfar!』
ヴァ―リの勝どきを邪魔するかのように音声が流れた。
「え?」
彼は一瞬何が起きたのか分からなかった。
自分の真横から赤龍帝の籠手から流れるはずの音が聞こえてとっさに横を見る。
そこには鎧を纏ってはいなかったがイッセーがいた。
「…………」
どうしようもなく血まみれだったが、イッセーはアスカロンを両手で握って、ヴァ―リへとその聖なる刃を叩きつけようとしていた。
(避ける?守る?間に合わな−)
それが分かったとして、ヴァ―リは何もできない。先程の一撃を防ぐのに力を使った反動、そして油断で動けない。
ザシュッ!!とヴァ―リの肩から脇腹にかけて、その鎧ごと一文字に切り裂いた。
「ガハッ!?」
どさっとその場に倒れこむヴァ―リ。
既に倒れた体は血まみれで鎧も解除されてしまっている。
激痛があるから意識を保てるのか、逆に意識があるからこそ痛みがあるのか。彼は何とか頭を働かせる、いったい何が起きたのかと。
「何故…?」
彼は倒れ込みながらも鎧の方を見た。すると赤龍帝の鎧が淡く光って消滅する、だがその中身は空だった。
「鎧を脱いで隠れてた…神器は壊れたらその破片は少し時間が経ったら消滅する。でも裏を返したら…少しの間だけはその場に残るだろ?お前だって…知ってるはずだ」
イッセーは荒い息を吐きながらも相手の疑問に答えた。
本当に簡単なカラクリでしかない、注意深く観察すれば気が付ける程度のブラフ。
「俺の今出せる全力を見せつけた…奥の手の聖剣も見せた…最後の力を振り絞って自滅覚悟で攻撃した…その上でお前は突破した…だから倒れてる鎧を見て思っただろ、勝ったって…」
相手が油断したところを狙って弱点攻撃をする。本当にそれだけ。
『信じられん…こんなことが…』
驚いていたのは白龍皇であるドラゴン、アルビオンも同じようでそう呟いていた。
彼もまた今の宿主が負ける姿を想像できなかったのだろう。
『俺も勝てるとは思っていなかった』
ドライグもまた宿敵と同じ感想を抱いていた。
素質は認めていたがまだ未完の大器、流石に勝率を弾き出せなかった。
「あとはサーゼクスさまにでも預けるさ。一応お前って魔王の血族なんだろ?殺すと不味いだろうしな」
イッセーは力を使い果たしたのか、よろめいて座り込んでしまう。
皆が肩の力を抜いた。既に戦いは終わったと確信していた。
「ははっ、マジかよ…」
アザゼルはこの決着を見て笑っていた。
大番狂わせもいい所、オッズなら誰もがバカにして笑って賭けるはずもない倍率だった。
互いに神器の力全てを引き出したわけでは無いが、その奇跡は起こった。
「ヴァ―リ、迎えに来たぜぃ」
その沈黙を切り裂くように何者かが喋り出す。
イッセーは突然現れた相手を爽やかそうな顔つきの男性だなと思った。相手はヴァ―リの隣で膝を突いて心配そうにしていた。
「おいおい、ボロボロじゃねえか」
男はこの結果に驚いているようだった。
「美猴か…何をしに来た…」
「大ピンチの相棒を心配して来てやったんだぜ?しかし負けたってのに楽しそうだな…」
「ああ、最高の戦いだった…」
美猴と呼ばれた男はヴァ―リの肩を持って立ち上がらせる。
「逃げる気か…てか誰だお前は?」
イッセー何とか立ち上がろうとするがうまく足に力が入らない。
「アイツは闘戦勝仏の末裔だ」
質問に答えたのはアザゼルでいつの間にかイッセーの隣に立っていた。
「とうせ…何?」
「ソッコーで理解出来る名前で言ってやる。奴は孫悟空、西遊記で有名なクソ猿さ」
「孫悟空ぅ!?」
その手の話に疎いイッセーでも知っているほどのビッグネームだった。
猿の妖怪で如意棒を振り回す西遊記のヒーロー。
「正確に言うならその力を受け継いだ妖怪だ。子孫ってやつだ。しかし世も末だな、お前もカオスブリゲード入りとはな。案外白い龍とお似合いか」
「俺っちは仏になった先代とは違うんだぜい。自由気ままに生きるのさ」
美猴はそう言って持っていたこん棒で地面を叩くとそこに黒い闇が広がる。それはヴァ―リと美猴を包み始める。
彼は視線をイッセー向け、去り際に話しかけてくる。
「今回は俺の完敗だ。兵藤一誠、済まなかった…君の事を下だと決めつけていた。最初に言った通り挑戦者は俺だったようだ」
ヴァ―リから出てくるのは謝罪と反省だった。
その表情は負傷で苦しそうにこそしていたが、悪意や敵意といった感情は感じない爽やかなものだった。
そしてボロボロでも剥き出しの真っ直ぐな闘志がある。
イッセーはその態度に気味の悪さを感じた。
「いやに素直だなお前…アレで本気じゃなかったろ…不意打ちで負けて悔しいとは思わねえのか…」
「勝負はそれを含めてだ。慢心しなければ勝っていたは言い訳にならない…」
どんどん体が闇に呑み込まれていく。
「次やる時は俺が君と同じステージ立つ。次こそ本気で赤白の決戦をやろう…」
そう言って闇に吞まれて消えていった。
◎
駒王学園の敷地内に外で待機していた三大勢力の軍勢が入ってきて、死体の処理や建物の修復など事後処理を行っていた。
リアスと朱乃は校舎について修復個所の指示を出していた。
「アザゼル…その腕は…」
「カテレアに掴まれて自爆されそうになった。仕方なく切り落とした」
「そうか」
サーゼクスはアーシアに治療するように指示をする。
「カテレアの件はこちらに非がある」
「いや、俺もヴァ―リが迷惑をかけた」
謝罪はいらないとアザゼルはジェスチャーで伝えた。
その二人の会話にミカエルも間に入る。
「ではいったん私は天界に戻ります。和平の件と『禍の団』についての対策を講じます」
「会場をセッティングした側として責任を感じている」
「サーゼクス、そう責任を感じないでください。これは喜ばしい事です。この和平で流れる血も間違いなく減ります」
ミカエルはこうして前に進めることが嬉しそうだった。
神のいない世界、その重圧を背負う男は立派にその責務を果たしている。
「気に入らない配下も出てくるだろうがな」
「…それは仕方ありません。長年いがみ合って来たのですから。これから少しずつ変わっていかなくてはいけないのですから」
アザゼルの皮肉気な言い草にも乱すことなく言い返した。
相手が取り合わない為、ちょっとだけつまらなさそう。
「ミカエルさん!」
イッセーは木場に肩を貸してもらいながら話しかけた。
既に傷はアーシアの力で治ってはいるが出血と体力の消耗はすぐには戻せない。そして服はまだ血まみれのまま。
「だ、大丈夫ですか?あまり無理をなさらない方が…あなたはここまで頑張ってくれたのですから」
イッセーは心配してくれているミカエルの事を考えてはいられなかった。
もしここで相手に帰られたら次に話を聞けるのがいつになるのか分からない。
「まだ聞きたい事が残ってるんです」
「そうでしたね、すみません。襲撃で頭から抜けてしまいました」
ミカエルはそれを思い出して謝罪をした。
イッセーは二つ聞きたい事があると前に言っていたのだ。だが『禍の団』の襲撃でうやむやになってしまった。まだ一つ目の話の途中だったのだ。
「悪魔がお祈りをしたらダメージを受けるのは『システム』の影響なんですよね?」
この知識自体は妥当ライザー合宿で得たもの。悪魔社会では常識だとか。
「はい、神が不在でも『システム』に組み込まれたものは自動的に作動します。それをセラフのメンバーでどうにか動かしている状況です」
ミカエルは簡潔に答えた。
「なら、アーシアとゼノヴィアが祈る分だけダメージを無しにする事は出来ませんか?」
いつも彼はダメージを受ける光景を苦笑いで済ませていたが、ちょっとだけ可哀想だとも思っていた。
信徒に戻れなくてもせめて祈るくらいは自由でもいいだろうと常々思っていたのだ。
「っ」
ミカエルは驚き言葉に詰まっていた。
天使長に何でもねだれるこの好機を、自分ではなく誰かの為に消費する事が出来る目の前の悪魔に。
「へ、変ですかね…」
そんな事をお願いする悪魔など前代未聞なのは彼も分かってはいた。
実際、アーシアとゼノヴィアも驚いていた。
お願いの内容もだし、そもそも下級悪魔の身分で堂々と天界のトップに個人的な要求を通そうとする度胸にもだ。
ミカエル驚きの表情から一転して微笑みを浮かべた。
「分かりました、二人分なら何とかなるかもしれません。アーシア、ゼノヴィア、問います。神は不在ですがそれでも祈りを捧げますか?」
彼は二人に顔を向けてそう問いかける。
「はい、主がおられなくても私は祈りを捧げたいです」
「同じく、主への感謝とミカエルさまへの感謝を込めて」
二人は迷うことなくそう言った。
その返事にミカエルは嬉しそうだった。
「分かりました、では本部に戻ったら早速そうしましょう。ふふふ、二人くらい祈りを捧げてもダメージを受けない悪魔がいてもいいでしょう。面白いでしょうしね」
イッセーは秘かにガッツポーズをした。
ダメで元々とは思っていたが、ここまですんなりと要求が通るとは思わなかったのだ。
「イッセーさん!ありがとうございます!」
「気にすんな、これからどんどん祈れ」
アーシアは感極まっていた。ここまでやってくれるとは思わなかったのだ。
彼は空いた手で軽く抱いてやる。
「イッセー、ありがとう」
「やってくれるのはミカエルさんだよ。これからはゼノヴィアも思う存分祈れ」
彼はゼノヴィアの頭を軽く撫でる。
彼女の頬が少し赤みを帯びていた。照れているのか。
「ミカエルさま、例の件お願いします」
木場はその光景を横目にそう言った。
イッセーは何だろうと疑問に思う。
「あなたから進言のあった聖剣研究の事も今後被害者が出ないようにすると、頂いた聖魔剣に誓いましょう」
イッセーはいつの間にと思った。
「良かったな」
「うん、ありがとう」
男二人の会話もミカエルは微笑ましげに見ていた。
「ミカエル、ヴァルハラの連中にはお前から報告を入れておけよ。オーディンに動かれても困るからな」
「ええ、神への報告は慣れていますから」
間に入って来たアザゼルに彼はそう返事をした。
アザゼルは周りにいる堕天使の部下たちに向かって話しかけ始める。皆がその一挙手一投足に注目をしている。
「俺は和平を選ぶ、今後天使と悪魔とは争わない。不服な奴は去ってもいい。ついて来たい奴だけついて来い!」
『我らが命、滅びるその時までアザゼル総督の為に!』
怒号となって広がる忠誠の言葉。
彼は部下からの宣言に小さく「ありがとな」と言った。
「ところで赤龍帝、いえ兵藤一誠。もう一つの聞きたい事とは何ですか?」
ミカエルはまたも話が中断してしまった事を軽く謝罪しながらも問いかける。
「…………」
「ん?俺か?」
そう言われてイッセーはアザゼルの方へと視線を向ける。
相手はその視線に気が付いて会話の輪に混ざる。
「図々しいのは分かってるんですけど一つだけお願いがあるんです」
イッセーは長年知りたかったある事を聞いた。
その内容にミカエルとアザゼルは驚いた。
◎
「ってなわけで今日からこのオカルト研究部の顧問になる事になった。これからアザゼル先生と呼びな」
部室内のデスクに座るのはつい先日まで校舎にいた総督だった。
「…どうしてあなたがここに?」
リアスは額に手を当てて困惑している様子だった。
「セラフォルーの妹に頼んだらこの役職だ!まあ、俺はチョーイケメンだからな、女子生徒を食いまくってやるぜ!」
「それはダメよ!何でソーナがそんな事を…」
「頭が固いな、サーゼクスに頼んだらセラフォルーの妹に頼めというんでな。だから頼んだ」
ソーナはしっかりとオカルト研究部を売ったのだ。
その事実にリアスはますます頭を痛そうに悩ませた。
「そう言えばその腕、どうしたんですか?」
イッセーは質問をする。
アザゼルの腕は自分で切り落としたはずだがしっかりと左腕が存在するではないか。
「これか?これは神器の研究ついでに作った義手だ、一度こういうのを装備してみたかったんだよな。記念だ」
彼はそう言いながら左手がドリルになったり、ロケットパンチのように飛んだりした。
「俺がこの学園に滞在する条件、それは赤龍帝を筆頭に未成熟な神器持ちを正しく成長させる事だ。『禍の団』なんてけったいな組織の抑止力として育ててやる、言ってしまえば『白龍皇』への対抗戦力って奴だな」
「ヴァ―リはまた攻めてくるんですか?」
イッセーは質問をした。
再戦をすれば負けるのは間違いなく自分のため勘弁願いたかった。
「もうここには攻めては来ないさ。会談と和平そのものは止められなかったわけだしな。となると次襲撃があるなら天界と冥界だ。冥界は堕天使と悪魔が共闘するし、天界は居候の強い聖獣たちがいるからな。そう簡単には落とせないさ」
アザゼルは私見を述べた。
「難しい事は考えんな赤龍帝、お前が相手するのはヴァ―リだ」
「ヴァ―リねぇ…」
困ったなと思う。あの感じだと再戦を望んでいるのは間違いない。
「自分でも分かってると思うが、お前がヴァ―リを退けられたのはその聖剣アスカロンのおかげ、悪魔とドラゴンの相性のおかげだ。それにあいつはまだすべてを出し切っていなかった。同格のドラゴン以外の存在だったらお前は負けていた」
全くその通りだなと思う。
ヴァ―リが最後に油断をしなければ間違いなく結果は逆になっていた。
「取りあえず赤龍帝の力を飼いならさないとな、まずはそこからだ。レーティングゲームに参加するなら長時間戦える土台作りからだ。『兵士』が『王』を取る事だってある、すべては戦い方次第だ。それも含めて教えて行かないとな」
「レーティングゲーム詳しいですね」
「ゲームのファンは悪魔だけじゃないんだぜ?和平協定のおかげで堂々と観戦するやつも現れるだろうさ」
あれだけのエンタメ要素、悪魔だけが楽しんでいるわけでもないという事だ。
いずれ天使や堕天使から「参加希望!」なんて話になりそうだ。
これからテロリストと戦わなければいけないかもしれない、彼としては倒せるのかという不安と力を使わなければいけない恐怖がこみ上げてくる。
「気にすんな、強くしてやるよ、俺は暇な堕天使様だからな」
「…………」
イッセーは素直にうなずけなかった。
だが上級悪魔になりたいなら力を得るのは必要、なら目の前の堕天使に頼ってもいいだろう。
アザゼルの視線は木場に移る。
「そうだ聖魔剣、お前禁手をどれくらい維持できる?」
「現状一時間が限界です」
「ダメだな、最低でも三日は維持できるようにしろ」
中々手厳しい意見ではあったが、木場の顔にはやる気が満ち溢れていた。目標が明確なだけにやりやすいのだろう。
同じ質問をイッセーにもする。
「お前は?」
「三秒」
「一から鍛え直さないとな…白龍皇の禁手は一ヶ月は保つぞ。それがお前とヴァ―リの差だ」
あまりにも短すぎてもう苦笑いしか出来ないようだった。
それだけの差があっても運よく勝ててしまったわけで、『兵士』が『王』を取るとはこの事だろうか。
「まだ俺達が憎いか?」
次に問いかけるのは朱乃だった。
彼女の父親は堕天使の幹部、アザゼルは彼女について知っているのだ。
「許すつもりはありません。あのヒトのせいで母は死んだのですから」
いつもの優しい雰囲気を殺して取り付く島のない態度。
「朱乃、お前が悪魔に下った時、あいつは何も言わなかったよ」
アザゼルはその塩対応を受けても顔色一つ変えない。
「当然でしょうね。あのヒトが私に何も言える立場じゃないですから」
「そうじゃねえよ。まあ俺がお前達親子に割って入るのも野暮か」
「あれを父だとは思いません!」
「そうか?俺もグレモリー眷属になったのは悪くないと思うぜ?それ以外だったらバラキエルの奴もどうだったかな」
「…………」
朱乃はそう言われて複雑そうな表情で黙り込んだ。
その内心を図ることが出来ない。
「ところで赤龍帝、いやイッセーでいいか?お前ハーレムを作るのが目標の一つらしいな?」
「まぁ、そうっすね…」
イッセーはそう言われて少し気落ちする。
勿論女の子に囲まれたら嬉しいのだが、ここ最近自分が女子への対応が下手である事に気がついたからだ。
リアスやアーシア、そして朱乃が女子同士でバトルをしているとつい逃げてしまうのだ。
分かってはいるのだ、彼女達が自分に向ける感情の意味くらい。だが何処かで強い関係性や親密さを高める事に忌避感を感じてしまう。
「難儀なもんだな…」
アザゼルは相手の心情を察した上で深くは突っ込まなかった。
彼からしたら有り難かった、こういう所が組織の長として慕われる部分なのだろう。
「取り敢えず当面の目標はイッセーの禁手の完成とお前達全員のパワーアップだ。それらを夏休みに達成する」
「私達も強くならないといけないのよね」
リアスの言葉にアザゼルは応じる。
「強くて損する事は無い。近日中に有望な若手悪魔どもの会合があるんだろ?」
「ええ、習わしのようなものがあるわ」
若い世代の悪魔達を集めてのパーティーのようなものがある。
「サーゼクスにも若手同士でレーティングゲームを提案した所だ」
「テロ組織がいるのにゲームとかしてていいんですか?」
イッセーはアザゼルの発言に意見を申した。
「俺はむしろ推奨するね。レーティングゲームは戦略や連携を学ぶ土壌としては十分過ぎる。まぁあと数年は大きな戦なんて起こらねぇよ」
アザゼルはそう言った。
彼はここで何かを思い出したそうで話しかける。
「あ、そうだ。リアス」
「何かしら?」
「サーゼクスからの伝言だ」
「お兄様から?」
「リアスの眷属の女性陣は皆兵藤家に下宿するようにだそうだ」
「「はぁ!?」」
アザゼルのセリフにイッセーとリアスの声がハモった。
何それ、聞いてない!
「どうしてよ!?」
「サーゼクスが兵藤家に泊まった際に眷属との仲の良さを見てスキンシップの重要性を学んだとか。まぁ魔王様からの指示だ、諦めな」
彼はカラカラと笑う。
アザゼルの言葉にリアスは頭を抱えた。
◎
夏の暑い日差しがイッセーの肌を焼いて来る。
「あっちぃ…」
右手に水の入ったバケツ、左手に柄杓を握りながら墓地の間を歩く。
この場所には彼にとって大切な場所がある。
「来たよ…」
ある場所にたどり着いて足を止める。
そこにあったのは墓。
そこに眠っているのは彼の両親とあの日巻き込まれて死んでしまった村の人達。
ここは彼らを祀っている。
リアスを含めたグレモリー眷属はとある集落に来ていた。
『ここなの?』
リアスは興味深そうに廃墟たちを眺めている。
朽ちている建物群や道も人がおらず手入れがされていないためか草木が生い茂っている。
だがかつて人が住んでいたのはわかる。
『小さい頃なんで正直よく覚えてないんですけどね…』
イッセーはその質問に対して困ったように苦笑いしか出来ない。
この場所に来るのは実に十年ぶりだからだ。
あの会談の日、イッセーがミカエルとアザゼルに聞いたのは彼が生まれた村の場所だった。
彼は一つの家の前で足を止めた。
『ここだ…』
イッセーは自分の記憶の奥底に眠っていた景色を想起した。
毎日帰ってきていた家。毎日ご飯を食べていた家。毎日寝ていた家。
彼は扉を開けようとする、立て付けが悪くなっているのか少し力を入れなければ入れなかった。
家に入っていくイッセーを皆は何かを察したのかその背中を見届けた。
『けほっ』
中に入るとホコリが舞い上がり、彼の気管支を刺激する。
その事実が時間の流れをこれでもかと伝えてくる。
彼は家の中にあるものを色々と物色する、そのほとんどが十年の時間を経てゴミとなってしまっている。
だが小さい頃は気が付かなかったものが沢山あった。
『これ…アルバムだ…』
彼の手にはアルバムと思われる分厚い冊子がある。
中身を開くと彼も覚えていないような小さい頃の写真があった。色こそ褪せていたが何とか見ることは出来る。
母親が笑顔でイッセーを抱きかかえている写真、父親と一緒にボール遊びをしている写真、家族三人で写っている写真。
(…こんな表情してたんだ)
どの写真も二人は笑顔だった。
イッセーの記憶の中にいる二人のイメージとは違った、いつも暗くて辛そうな顔ばかりしていたと思い込んでいた。
『……あれ?』
彼の視界は潤んでいた。目元に手をやると涙を流していた。
イッセーは初めて両親が亡くなった事を真正面から受け止めることが出来た。
彼は墓地で借りたバケツたちを元の場所に戻す。
「ん?」
彼の支給された端末が震える。
開くとリアスから来たメールで内容は「集合」と書かれていた。
今日はグレモリー眷属女子軍たちが兵藤家に来る日。少しでも男手が欲しいのだ。
こうして自分を呼んでくれる人達がいるのを感謝しながら彼は家に帰っていった。