「では新しい部員に乾杯!」
『乾杯!!』
「乾杯…」
オカルト研究部の部室内に響くコール。
イッセーはとんでもない事に巻き込まれつつあるなと、少しだけ気が遠くなった。
今現在この場では簡易的な新人歓迎会が行われている。テーブルの上にはお菓子が盛られており、ドリンクがいくつも置かれている。
「よろしくお願いします。えーっと、一応人間です。まわりのひとたちにはイッセーってあだ名で呼ばれてます」
イッセーはこれが自分への歓迎会であり、主役である事は分かっているため多少の居心地の悪さはあるものの一応改めて挨拶をする。
「よろしく、イッセー君」
「よろしくお願いしますわ。イッセー君」
「よろしくお願いします、イッセー先輩」
先輩部員たちはそれぞれに挨拶を返す。
相手の悪名を知らないはずはないのだが、嫌悪感など一切感じさせない透き通った気持ちのいい雰囲気を出している。悪魔なのに気分のいい人達だなと無知な彼はそんな失礼なことを考えてしまう。
悪魔はその手の話題に対して寛容な種族なのか、はたまたこの空間が受け入れてしまう変人たちの巣窟なのか。
そして最後のトリは長であるリアス。
「オカルト研究部の部長としても、そしてクライアントとしてもよろしくね」
何故彼がオカルト研究部に入る事になったのか、それは一日前に遡る。
『それで契約ってどれくらいの対価を払えばいいんですか?』
イッセーは渡されたパンフレットに一通り目を通して問いかける。
悪魔と契約をする際はその願いによって支払う物が変わってしまう。小さな願い事であれば少額の現金や本人の持ち物だけで済む場合もある。大きな願いであれば最悪契約者の寿命全てを捧げなくてはならないケースも存在する。
ただしそれはその人の持つポテンシャル、つまり持って生まれた人としての素質に起因する部分もある。
ただの一般人と歴史に名を残す偉人ではその人間の持つ価値は等しくはない、百の価値の願いを百の代価で払う場合もあれば、人によっては十の代価で済む事もある。
それは不平等でもあり、ある意味平等でもある残酷なルール。
『あなたの願いはご両親の安全の保障と貴方の神器の機密を保持する事ね』
『はい。あとこの街で安全に暮らすも追加でお願いします』
『今回は私の眷属全員がこの一件を認知しているから皆の主である私が自ら契約する事でいいかしら?じゃあ祐斗』
イッセーが無言で頷くとリアスは眷属に指示を出す。
木場は懐から小さな端末を取り出してイッセーの方へと向ける。
『失礼』
『なんだそれ?』
『これは相手の持っている人としての価値を図る測定器みたいなものだよ』
『うわぁ…悪趣味……』
イッセーの苦い表情に対して皆一応に苦笑いをする。
人の価値を機械で図りますと言われていい気分になる事など出来ない、少なくとも人間である彼にはそう感じてしまう。
一方の悪魔陣はそこまで気にならないのか、それに対して慣れているのか別段顔色を変えない。
悪魔ってそんなものなのかなと解釈する。
『部長…』
『へぇ…なるほど…』
イッセーがそんな事を考えていると木場は主であるリアスに計測結果が載っているであろう端末の画面を見せて何やら離している。
二人の表情には冷静に振舞おうとしながらもどこか抑えきれない驚きが滲む。
『イッセー、あなたの契約時の価値についておおよそ計れたわ』
『じゃあどれくらいの代償が?』
彼は彼女からのセリフにそう聞き返す。
勝手な悪魔のイメージになるが、願いに対して高価な代価を吹っ掛けそうだなと勝手に考えてしまい、彼は必要以上に身構える。
リアスはそれを察したのか苦笑い。
『もう、そんなに身構えないで。寿命を取ったりとかしないから』
そう言われてつい顔が赤くなる、ドンピシャで思考を読まれるのはとても恥ずかしい。
因みに木場と朱乃は少し面白いのか手を口元にやって笑っている。余りにも素人すぎる悪魔への認識が面白おかしいのか。
『で、俺が払う対価ってどんななんですか?』
微笑ましそうにする相手達に対してそれを誤魔化すかのように話題を戻そうとする。
リアスはそれに対して掘り返したり茶化したりせずに応答する。
『そうね…イッセーはこの街で穏便に暮らしたい…それを両立させられる対価と言えば…』
彼女はその代償を口にする。
「オカルト研究部に入部して悪魔の手下Aになりましたとさ」
「どうしたんだいイッセー君」
「別に…」
木場は何やらブツブツとしている相手に声をかけるのだが、勝手に独り言を漏らしていただけなので特に相手をして欲しいわけでは無いのだ。
彼の願いの代償は単純で、オカルト研究部に所属して人間の協力者として仕事を手伝うというものだった。
「リアス先輩、そもそも人間が悪魔に交じって活動するとか大丈夫なんですか?眷属でもないのに悪魔と一緒とか何かルール違反とかしてないんすか?」
彼はふと気になった事を質問する。この期に及んで手下に下るのは嫌らしい。
「大丈夫よ。悪魔や異形の存在ではなくても協力者として参加するケースは稀にあるわ。あと私の事は学校や部室では部長と呼んで頂戴」
「例えば魔術的な事件の調査をする際に魔術師と一時的に契約を結んで行動を共にする事もありますわ」
質問に対するリアスの説明に朱乃が説明を付け加える。
それはもうこれ以上反抗するのは許さないし、いい加減年貢を納めろという事だった。彼はもう諦めた。
そんなこんなで特段のトラブルもなく歓迎会は終了し、後片付けを終えて通常業務へと戻る。
「で、オカルト研究部っていうか悪魔って普段何してるんですか?」
イッセーの中に膨らむ妄想。
魔法陣が展開されて怪しげな悪魔が召喚されて契約者と儀式を行う。それに自分が関わるというのは恐ろしいと思う部分もある、それと同時にどこかワクワクしないと言えばウソになる。
実際の所、つい先日契約のためあれこれ話し合った際に、書面にサインとかをさせられたため、そんなファンタジックな部分が幻想であると気が付きつつある。
リアス曰く「昔はそれでよかったけれど、最近は妖しい雰囲気を出すと門前払いされる」との事。
暗いイメージよりは明るい方が人はつきやすいのは現実の営業と変わらないのか。
「祐斗、教育係お願いできるかしら?」
「分かりました。部長」
リアスは木場にそう言って部屋に置かれている作業用のデスクに戻ってしまう。
「じゃあ取り敢えず掃除しようか」
「おう」
この中では一番の下っ端である彼は素直に従う。
正直な話イケメンな男よりは子猫か朱乃の美少女、美女コンビの方が良いのだがそんな文句など言えるはずもない。
「ごめんね?」
木場が何かを察したのか謝罪を入れてきたのだが相手にしない。
◎
「今日は一階の廊下周りの掃除の日だよ」
「了解」
男二人はバケツに水を汲んでモップとタオルを手にして掃除を始める。
『…………』
少しの間、二人は黙って作業行う。
そんな中、その沈黙は破られる。
「イッセー君はここで上手くやれそうかい?」
「ん?」
イッセーは突如話しかけられて少しだけ驚く。
相手の口から出てきたのは気遣う内容のセリフ。
正直かなりの偏見だがイケメンで女子をたくさん侍らせるような男は性格が悪いんだと思っている。
厳密には性格ぐらいは悪くないとブサイクでモテない男はそれこそどうしようもないじゃないか、という悲しき思いもある。
「まーどうだろうな、正直な話関わりたくはなかったんだけどな…そこは仕方ないというか…まぁ悪魔だけど気さくで優しそうな気がするし……」
イッセーは掃除の手を止めずに思っていた事を素直に話す。
本来であれば関わりあうつもりは無かった、しかし堕天使に目を付けられてしまった以上はある程度の後ろ盾は必要である。
そもそも悪魔であるリアスにも不審に思われてしまったのなら割り切って上手く付き合っていくしかない。
言ってしまえば諦めだった。
「…………ふふっ」
それを聞いた木場は苦笑いを浮かべる。
一方のイッセーは何か馬鹿にされているのかとちょっと面白くない様子。
「何だよ…」
「いやね、僕も昔はイッセー君と同じようなことを思ってたなって」
「はぁ?」
そこで彼は持っていた雑巾で窓を拭く手を止め、相手の方を見ていったい何を言いたいのだろうと眉を顰める。
その視線を受けて木場は話し始める。
「僕も悪魔になる前は悪魔は人を惑わせる悪い存在だって教えられていたんだ。そう信じていたし疑った事なんて一度もなかった。でも転生して悪魔を初めて見て…部長と出会って悪魔はそんな人たちだけじゃないって知ったんだ」
「そんなもんか」
正直な話、木場の過去について気にならないと言えば噓になる。
悪魔に対して不信感を抱いていたのなら何故転生したのだろうとか。
世の中には無知である事によって幸せでいられることもきっとある。知らない事でお互いに幸せでいられる関係性も多分ある。
もし仮に過去を知って、その事に対して同情をしたとして結果何をしてやれるというのだろうか。
悪魔たちはこのままイッセーの事をちょっとした神器持ちだと思っているのがお互いの為である。
またイッセーは今日まで両親に自分の過去や正体を明かしていない。
偽る事によって成り立つ平穏なのだ。
「悪魔に転生するって…いろいろあるんだな」
あえて深刻さが出ないようにそんな軽い感じで話を締めた。
あとカッコいいやつってのは内面が外見に滲み出てるんだなと。
◎
「掃除完了しました」
「ご苦労様、祐斗」
一通り掃除を終えると二人は部室に戻り報告を行う。
ピンとした背筋の木場と机に座ってその報告を受けるリアス。いつも通りの部内でのやり取りなのかそれらには淀みが無い。
「イッセーもありがとうね」
「はい部長」
その隣にいたイッセーにもリアスは礼を述べる。
「お茶ですわ」
そんなやり取りをしていると朱乃は奥からお盆とその上に飲み物とお菓子を乗せて部室内に入って来る。そしてそれを部屋内の大テーブルに乗せて座るように促す。
「それで俺は何をすればいいんですか?掃除だけさせるつもりじゃないですよね」
オカルト研究部の面々とひとしきり和気あいあいとお菓子をつまんだ後、イッセーは問いかける。
わざわざ神器使いを手下に加えて掃除だけさせるというのはあまりにも契約の対価としては不十分過ぎるというのは想像が出来ていた。
堕天使に目を付けられた人間の護衛、それも周りの関係者を含めてというのはそれと敵対関係にある悪魔からすればそれなりにリスキーな行為だ。イッセーはドライグから気を付けるように言われていた。
「うーん…」
リアスはそう問いかけられて困ったように人差し指を口元にやる。
イタズラっぽさを出そうとしているが、どこか気まずそうな感じも含んでいる。端的に言うと言いづらそうだった。
「貴方に興味津々だから?」
「…………」
こんな美少女にそう言われたら並の人間ではなびいてしまうだろう。
実際のところイッセーも九割九分なびいているが残りの一分の理性は、いつも堂々としている彼女からすればらしくない少し辿々しい話し方。どう見ても後ろめたさが滲む。その態度がどうにも引っ掛かった。
イッセーは何とか性欲を抑えて関せずを貫いた。
木場は何となくだが理由を知っていそうで下手なことは何も口にせず、子猫はよく分かっていなさそうでお菓子に口を付けながら疑問符を浮かべている。
「イッセー君には当面は色々と私たち悪魔の仕事を手伝ってもらいます」
少し話に詰まってしまう主に代わって懐刀である朱乃が話始める。
イッセーの視線は話し始めた相手に向かう。
「手伝い…ですか?」
手伝いと言われても具体的な内容が思い浮かばない。悪魔では無いのだから相手の欲を拾って糧にする行為自体をしようがない。
「そうですわね…取りあえずイッセー君には使い魔たちにさせている仕事の一部でもお任せしましょうか」
「使い…なんすかそれ」
イッセーはその場でテキトーに考えたような相手の発言に何とも言えなくなる。
◎
「逆じゃねえの?」
すっかり日が落ちた時間帯、イッセーは風を切る寒さに少しだけ震えながらそんなボヤキを漏らす。
彼は今自転車に乗って深夜のビラ配りをしている。
悪魔の地道な仕事の一つに、人間の契約者を探すために一軒一軒回っては悪魔を召喚する事の出来る紙をポストに入れて回るという若干迷惑気味な行為がある。
一昔前の現在のようなネットが広まる前のオカルトが流行っていた時代は何もしなくても、異形の存在に頼りたいという人間は自分達で勝手に調べ上げて接点を持とうとしていた。
だがネットが広がった現代では異形の存在を信じない一部の者達の意見が広く通ってしまい、結果夢を持たない人が増えてしまったためこうして接点を自分達から作る為奔走する事になってしまっている。
「どうしましたか?イッセー先輩」
そして彼の傍にいるのは一年年下の後輩である塔城小猫。
彼女はイッセーの発言がどういう意味なのか分かっていないようだった。
「あのさ…男女が自転車でにけつするのはロマンがあっていいと思うんだ…だけどこれは違うんじゃないか?」
男女が一つの自転車に二人で乗る。それはとてもロマンチックで青春の一ページを彩る素晴らしい光景だろう。
ただし一つ問題があった。それは漕いでいるのか子猫で、後ろに座っているのかイッセーなのだ。男女逆である。
「……?」
だが子猫はそんな意見に対してあまり理解が出来ていないようで疑問符を浮かべる。
「あ、イッセー先輩ここです」
彼女は自転車を止めて指示を出す。
「お、おう」
自分の意見をあっさり流して業務に入る後輩になにやら悲しい気持ちを抱えながら従う。
ポストの中に何やら怪しげな紙切れを入れる。イッセーには詳しい知識は無いが悪魔を召喚する用途で使える魔法陣が刻まれた物だ。
「こんなんで悪魔呼べんのか」
この薄っぺらい紙を介して悪魔という非日常と接触を図れる。
過去に異形の存在達によって家族も住む場所もすべて失った彼からすれば理解の難しい考えだった。
「なぁ小猫…さん…?」
イッセーは目の前の少女をどう呼べばいいの悩む。
「呼び捨てでいいです」
「じゃあ…こーね…小猫ちゃん…?」
イッセーはクラスメイト達や学校の生徒たちが秘かに呼んでいる愛称で呼んでみる。
正直知り合ってから僅かしか時間が経っていないため、いきなり馴れ馴れしいかもとは思った。木場と朱乃はそう呼んでいたため、ちゃん付け自体が嫌というわけではないと思い立ち勇気を出して呼んだ。
「では次の家です」
子猫は突然の馴れ馴れしい呼び方にも不快な様子など一切出さずに事務的な話を続ける。
(結構フレンドリー?)
鉄仮面なのか、そもそも不快とすら感じていないのか。
いかんせん学年が異なる為詳しい人物像を知らず、クール女子という噂程度の知識しかない。
彼は取りあえず拒否されないのであればちゃん付けで通そうと思う。
明日、元浜と松田の二人が学校のアイドルの一人をそう呼んだことを知ったらどのようなリアクションをするのか楽しみで仕方なかった。
「しかしこんな紙をばら撒いて効果あんのかな…」
彼は小猫が運転する自転車の後部に座りながら、紙切れの一枚をまじまじと見つめる。
「千枚配って当たりが二、三件来ればいい方です」
「マジか、一%以下か」
「はい」
「まだ百枚くらいしか配ってねぇし徒労臭いな」
イッセーの素直な感想。
「効率悪過ぎないか…」
主人を含めたグレモリー眷属四人が動いても一日千枚は辛いだろう。
「はい、ですが本来眷属悪魔はビラ配りしません」
自転車を漕ぐ子猫は全く揺るがないしっかりとした運転で疑問に答える。
「そうなの?」
「はい、今回はイッセー先輩の為に悪魔の仕事紹介でやってます。いつもは人間のアルバイトの人や使い魔、それに部長の家の使用人に依頼しています」
「はー…」
彼はなるほどなと思う。
チラシを配るくらいなら何も知らない人間に依頼しても問題無いだろう。
そして同時に思い至ったのはわざわざチラシ配り要員を確保するために自分と契約をするはずがないという事。バイトで賄える部分を契約で確保するとは思えなかった。
「このチラシって敵対勢力的とかに見られると危ないんじゃない?ほら天使とか堕天使に見られるとさ」
ふと思った疑問。
何も知らない人がチラシを持ってしまえば危険なことに巻き込まれるのではと。
「はい、ですが天使は昼間、悪魔は夜と時間を分けて活動する不干渉のルールが決められています。そのチラシも刷って半日で効力を失い白紙になる特殊な術式が入っています」
「出来る範囲で配慮はしてると」
「はい、ただ堕天使は夜間に活動する為気を付けないといけません」
「なるほどなー」
よくよく考えれば堕天使が潜伏する町でもこうして歩き回れるのは、異形同士でもキチンとルールを守っているからなんだと理解した。
「イッセー先輩も使ってみたらどうですか?」
「んーまぁ困ったら」
行けたら行くみたいなテキトーなセリフを口にする。
こうして緩い感じの会話をしながら二人は地道にチラシ配りを続けていく。