「どーもです」
「イッセーくんいらっしゃい」
イッセーは次の日、昼休みに部室に来るように朱乃に呼ばれた為旧校舎に来ていた。
『いただきます』
二人は部室の中央にある長テーブルを挟んで昼食を取っていた。
朝方、悪友二人に学校のアイドルの一人をちゃん付けで呼んだと自慢した際の悔しがりっぷりは最高だった事を彼は思い出していた。
可能なら何日も今日の朝を繰り返して同じ事をしたいくらいというしょうもない事を考える。
「あらあらイッセーくん、楽しそうですわね」
「へ、そう見えます?」
「口元がニヤついてますわ」
「マジっすか…」
彼はそう指摘されて慌てて箸を置いて顔を触る。
だが自分の表情を触診で判断出来るスキルなど持ち合わせていない為、ただただ滑稽な絵面になる。
「あー…そう言えば姫島先輩はなんでわざわざ誘ってくれたんですか?」
誤魔化すかのように話題を逸らす。
「朱乃で良いですわ。これからイッセー君とは長い付き合いになるかも知れませんもの。それとも私と仲良くするのは嫌?」
朱乃は少し拗ねたような口調で言う。
それを見て慌てて首を振って否定を示す。
(やっべぇ〜ちょー可愛い)
童貞の色々なところを刺激してくるその男心をくすぐる仕草にもう堪らない感じだった。
お嬢様キャラと思っていた相手が見せる崩した態度。勝手なギャップを感じてしまっている。
すっかり超常の存在に対しているという感覚は薄れてしまっている。
「そうですわね。強いて理由があるのなら子猫ちゃんや祐斗くんは先に新人さんと仲良くしているのに、私は中々時間が取れませんでしたもの」
それらしい理由を告げる朱乃。
イッセーはその事に対してその意味を測りかねた。それだけが理由では無いようにも感じるし、裏表のない本音のようにも感じる。
相手のその鍛えられた柔和な笑みはそこから真意を掴むのが困難だった。
「う、嬉しいです」
内心そう思うとは別に、大和撫子然とした先輩系美女から向けられるそれに対して健全な男子高校生であるイッセーは少し緊張して上ずる。情けない話だが。
朱乃はそんな相手を見て面白そうに目を細める。
「あ!そう言えば朱乃さんのお弁当美味しそうですね!彩りも綺麗だし」
彼は恥ずかしさを誤魔化すように話題を逸らす。その話題の先は相手の弁当だった。
実際、野菜から肉まで色とりどりのおかずが綺麗に並べられていた。端的に言えば美味しそうだった。
「あら、嬉しいですわ」
朱乃は口元に手をやりながらそんな事を言う。
「もしかして手作りですか?」
「はい」
彼は相手のその態度から察した。相手が弁当の出来を褒められて喜んでいるのだと分かったからだ。
「凄いっすね」
彼は素直に感心した。
家事の類は基本的に母親に頼りっきりな高校生男子としては、朝早くに起きて弁当を作るというそれだけで尊敬の念を感じる。
「そんな、大したことありませんわ。必要ならお弁当を作るくらい誰でも自然と出来るようになります」
朱乃は自然体に、何でもないような軽い感じでそう言った。
その一言を聞いて彼は相手の事情を何となくだが察し、そして触れなかった。
世の中悲劇など腐るほど転がっている。わざわざ悪魔になる人間はきっと一筋縄ではない事情を抱えていてもおかしくなかった。
自分からそれを聞きに行って、望まれているかも分からないのに理解者になろうと歩み寄られるなど迷惑でしかない。
「いやーでも俺は出来そうにないな…」
だから彼は踏み込まない。話題を逸らす。
「一口どうぞ」
「へ?」
相手は微笑みながらおかずのひとつ、唐揚げを箸でつまみ箱をさ皿にしながらぐいっと身を乗り出して相手の前にさし出す。
いわゆるあーんというやつである。間接キッスというやつだ。
彼自身、親にしてもらった事くらいなら小さい頃にある。だが同世代の異性からしてもらうのは初めてだ。
「えっ、あのいや…」
たじたじになってしまうイッセー。
脳内ではモテモテで女性を手玉に取る理想の自分を思い描きながらも、対する現実は非常なもので弄ばれる始末。
相手は楽しそうに箸をグイグイと相手の口元へとにじり寄らせていく。
「うぅ…」
これ以上なく嬉しいシチュエーションなはずなのにいざ目の前に出てしまうと乗っかれないのはかなり情けない。
すっごい童貞臭かった。
あたふたしている相手を見ている朱乃はすごい楽しそうにしていた。
「受け取ってくれませんの?」
そして彼女は押し込みを入れてくる。
相手の態度、意図、シチュエーション。ここで彼は覚悟を決めた。
「お願いします」
短く、そして力強い彼の言葉。
相手のその表情はキリッとした凛々しいものだった。後に朱乃はそう語る。
彼女は一度ごくりと喉を鳴らしたが同じく覚悟を決めた。改めて箸を持つ手に力を入れ直す。
『…………』
二人とも何も話さない、口を開かない。
お互い既にふざけるような空気は消え去り、まるで一流の剣士同士が対峙する空気を切り裂くような緊張感が走る。
そして箸につままれたおかずとイッセーの口。その二つが接触しようとしたその時―
「あら?二人とも何をしているの?」
この部屋の主であるリアスが扉を開けて入ってくる。
その紅髪がし視界に映った瞬間、二人は気づかないうちに中央のテーブルに乗り出していた体を素早く引いてソファーに座る。その時間コンマ数秒の世界。
『別に何も』
「そうなの?」
二人が息ピッタリなのを見て少し怪しむリアスだったが、そこまで興味がないのかすぐに別の話題を振る。
「朱乃、大公から指令が来たわ」
「はい、分かりました」
リアスのその言葉を聞いて朱乃はソファーから立ち上がり部屋を出て行く。
突如として部屋の空気が緊張感に溢れたものになったため、イッセーは問いかける。
「何かあったんですか?」
「イッセー、貴方は悪魔に対してどの様な印象を持っているかしら?」
「え、えっと…」
突然そう言われても困ってしまう。
一体相手が何を言って欲しいのか、何を求めているのかこの場にある情報だけでは何も分からないからだ。
「素直な感想を言っても怒らないし軽蔑しないわ」
彼女は可能な限り柔和な笑みと声色を作る。
実際素直にどう思っているのか知りたいだけであるし、悪魔自体があまり世間から好印象を持たれていないという自覚もあった。
何なら悪い印象を口にしてくれた方がこれからの話題に繋げやすいくらいだった。
そして何より悪い印象を相手が持っていたとしても、それをこれから変えていけば良いだけだと彼女は考えている。
「…人を貶めたり騙したりとか、バケモノとか…?あ、あとは恐怖的な」
「多いわ」
彼はおずおずと本音を告げる。
リアスはもう呆れるしかなかった。あまりにも容赦無しの感想述べるものだからもう苦笑いしか出ない。
「まぁ取り敢えず大なり小なり悪魔はそんな悪い印象を持たれる存在だわ」
「す、すみません…」
「別に怒ってないわ」
リアスは容赦の無い相手からの謝罪にも特に心の波風を荒立てない。
「悪魔は人惑わす怪物…古今東西ありとあらゆる書物と伝聞でそう伝えられているのは間違いない事実よ」
「部長たちはそんな印象受けませんけど…綺麗だし…」
それは彼の本音だった。
彼の個人的な感性抜きでも、多くの人が街中で視界に入ってしまえば足を止めてつい振り向いてしまうほどの美男美女揃いなのは間違いない。
そして彼は認めざるを得ない、木場はイケメンだと。容姿も立ち振る舞いも。
特に意図したわけでは無い無意識下での感想だった。
「……」
だが相手はその言葉を聞いて何か考え込んでいる様だった。
イッセーはその表情が何を意図しているのか読めない。
「あのー…?」
「…」
「部長?」
「え、あ、ごめんなさい」
何度も呼びかけてやっとリアスの硬直が解ける。そしていつもの調子を取り戻して話し出す。
「ありがとうね。それで今回大公…簡単に言ってしまえば私が会社の平社員なら課長や係長くらいの立ち位置の人から仕事の指示が出たの」
「へぇー」
「貴方も同行してもらうわ。そこで悪魔の一面を見てもらうわ」
「へぇー…うん?」
―悪魔の大切な仕事なんですよね?
なぜ人間の自分が駆り出されるのか、意味が分からなかった。