新たな始まり
――――俺達はお前にまた会えると信じている。だから帰ってこい、ルフレ
懐かしい声だ。共に戦場を駆け、背中を預け合った戦友であり、心の底から信頼できる親友であり、半身であった友の声。
耳を澄ませば他にもいろんな人達の声が聞こえて来る。皆で力を合わせて苦難を乗り越えた仲間達の声、敵として刃を交えたが最後は共に世界の脅威に立ち向かった者達、絶望の未来から世界を変えるためにやってきた愛する子供達、互いに生涯を誓い合った愛しい妻。
世界と未来の脅威である災厄はもう二度とこの世界には現れない。いずれ皆は平和で幸せな日々を送れるだろう。
だが、そこに自分はいない。
何故なら自分の命を犠牲にして平和な未来を掴み取ったのだから。
人は誰かが犠牲になって幸せになる未来は間違っていると言うかもしれない、だがそれでも良かった。
自分という一つの命で世界中の人々の命を、果てしなく続く未来を守れるなら、と思い自分は犠牲になることを選んだのだ。
だから友の声には、仲間の願いは叶えられない。
―――すまない。クロム、みんな・・・・
もはや声を出すこともできず、口を動かすこともできないくらいに意識が消えかかっていた。僅かに残った意識の中でそう思うと、意識が完全に消え、二度と戻らなくなった。
イーリス国聖王の軍師ルフレは、人々の命と未来のためにその命を散らしたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それは突然の出来事だった。
暗闇に落ちた意識の中に一筋の光が入り込み、その光は大きく膨れ上がって行きやがてルフレの意識を完全に光で包み込んだ。瞬間、浮遊感が体を支配し、失った感覚が戻っていた。
瞼を持ち上げると、視界に入ってきたのは眩いばかりの青と地面一面に広がる森、天幕に覆われた巨大な街だった。
「うおっ!」
「わっ」
「きゃ!」
「えっ?」
その時、ルフレの他に三つの声が聞こえた。少年一人と少女二人の声。
そして驚愕する。少年少女三人の事も含めて今自分が置かれている状況に。
(どうなっているんだ!?)
必死で頭を回転させてどうしてこのような状況になったのか考えるが全くわからない。
確かに自分は死んだ、意識が完全に闇に落ちた感覚も味わった。だとしたら何故自分が今生きているのかという説明がつかない。
しかしいつまでも考えに耽っているわけにはいかない。落下地点に置かれた湖がだんだんと大きくなり、すぐに水面に叩きつけられるだろう。落下で傷を負うつもりも濡れるつもりもないルフレは、懐から一冊の本を取り出して魔法を行使すると、ルフレの身体が宙に浮き、本から淡いエメラルド色の光が風のようにゆらゆらと漏れ出す。
そのまま陸地の上まで歩き、ゆっくりと地面に降りる。パタンと本を閉じると本から漏れ出していた光は、風が止んだようにパッと消えた。
無事着地に成功したルフレの行動は、まずは考えることだった。
まず一番最初に出た疑問、何故自分は生きているのか?
そこでふと思い出した。世界の災厄に対抗するために力を貸してくれた神竜は言っていた。人々が心の奥から信じれば本体ではない自分は生きることができると。もしかしたらそのおかげで自分は今生きているのかもしれない。
だとしたらこの世界は? これは二番目に気になった疑問だ。
自分が生きているとしたらここはどこなのか。イーリスにもフェリアにもペリジアにも、とにかく自分の知っている国にはこんな地形はない。巨大な光の柱が世界を貫いているというのが何よりの証拠だ。
それらの点から導き出される答えは一つ、ここは異界だ。
異界というのは別にそれほど珍しい物ではない。イーリスのずっと南の離れ小島には異界の門という別世界に通じる門が存在する。周囲に元の世界に通じる門のような物が見当たらないのはこの世界に来た経緯が特殊だったためだろう。
(生きているなら、みんなにもう一度会える)
そのためにはまず元の世界に帰る事が最優先になる。ここが異界なら帰る方法は必ずあるはずだ。帰るにはまずこの世界の事を知ることから始めねばならない。
ある程度の方針が決まったところで湖に落ちた三人が陸に上がってきた。
「し、信じられないわ! まさか問答無用で引き摺り込んだ挙句、空に放り出すなんて!」
「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」
「・・・・・・。いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」
「俺は問題ない」
「そう、身勝手ね」
そのような会話が聞こえてくるが、特に興味を持つことなくルフレは考えを続ける。
この世界のことを理解する、と言っても今は些細な情報も持たない手探り状態だ。下手に動けば今よりも状況が悪くなるということも考えられる。せっかく生きていられるのだ、慎重に動くのが上策だろう。
一つの手段として三人に同行するという手もある。彼らは何らかの方法でこの世界に呼ばれた、とすれば、少なくともこの世界がどこなのかを知っている可能性が高い。
どんなに小さな情報でもいい、手探り状態よりは確実にマシだ。
(時間がかかりそうだなぁ)
自分はこの世界について情報を持ちえていない。どんな世界なのかも、どんな仕組みを持っているのかも、どういった法則の上で成り立っているのかも全く知り得ていない。
他の三人もそうだろう。この世界がなんなのかは知っているかもしれない、だが後は自分と同じでどんな仕組みを持っているのかなどその他のことは知らないだろう。
しかし彼らは先ほどの会話で"呼び出された"と言っていた。それはつまり、少なくともこの世界には異界に干渉できる力があるということだ。時間は掛かるだろうが帰ることができるというのもまた事実である。
どう動こうか考えていると、赤いリボンで髪の両脇を結わった、いかにもお嬢様といった風貌の少女がルフレに声を掛ける。
「で、さっきから考え事をしているそこの貴方は?」
しかしその声はルフレの耳には届いておらず、状況の整理とこれからの行動方針を考え続ける。
自分のことを無視されたと思った少女は少し怒りの表情を浮かべながら大きな声でもう一度声をかけた
「ちょっと! 聞いているの!」
「うわぁ!?」
いきなり大声で呼ばれたことに驚いたルフレは飛び上がり、ようやく自分が呼ばれていたことに気付く。
気づいたは良いが、何故自分が呼ばれたのかはわからない。話をしていたことは予想がつくが、今どんな話をしているのかは話を聞かず行動方針を考えていたルフレには皆目見当もつかない。
「えっと、何?」
「だから貴方の名前よ」
「名前?・・・・・あ、自己紹介か。僕の名前はルフレ。それで悪いんだけど、もう一度みんなの名前を教えてくれないかな? さっきはちょっと考え事をしてて聞いてなかったからさ」
「まぁいいわ。私は久遠飛鳥よ」
「・・・・・・春日部耀」
「逆廻十六夜だぜ」
「アスカ・・・・ヨウ・・・・イザヨイ・・・・。大丈夫、覚えたよ。それじゃあよろしく、アスカ、ヨウ、イザヨイ」
「ええ、よろしくルフレ君」
全員の自己紹介が終わったところで茂みの一角から何かの気配を感じ取った。
以前の世界では戦争が日常的に起こっていたため、ルフレの感覚は自分でも知らないうちに鋭くなり、闇討ちや暗殺者といったように隠れている者の気配は敏感に感じ取れるようになっていた。故に自分達のことを監視でもしているかのような視線と気配にも気づいたのだ。
習慣のせいか、気配をすぐに敵と決めつけ、先程は違う色の魔導書を取り出す。違うのは色だけではない、魔導書から漏れ出す光はスパークのようにパリッ、パリッ、と瞬いている。
「サンダー!」
手を前に掲げてそう叫ぶと、掌と同じくらいの大きさの雷球が放たれた。
雷球は真っ直ぐに狙いを定めた場所まで飛んでいく。威嚇で放ったものなので威力はさほど高くはないがおびき出すにはちょうどいいだろう。
「きゃあぁぁっ!」
隠れていた人物は茂みの影からこちらの様子を窺っていたようで、サンダーが放たれるのと同時に悲鳴を上げながら茂みから飛び出してきた。
飛び出してきたのはウサ耳が特徴な十五歳くらいの少女だ。
自分が隠れているということに気付かれていたこと、隠れている自分に向かって躊躇いなく攻撃をしてきたこと、と衝撃的な出来事が続いて自分がしようとしていたことも忘れて危機から逃れ、抗議の声を上げた。
「い、いきなり攻撃してくるなんてどういうつもりなのですか!?」
始めはやや強気にそう言った少女だが、ルフレ以外から浴びせられるやや殺気の籠った冷たい視線にビビる。
対して攻撃を仕掛けた本人であるルフレは少女が敵ではないということが分かると申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「貴方も気づいていたのね?」
「うん、でもちょっとかわいそうだったかも」
少しでも情報が必要な今の状態でこの世界のことを知っているかもしれない人物に危害を加えるというのはどう転んでも良い方には行かない。もう少し今の状況のことを考慮してから手段を取るべきだった。と先ほどの自分の行動を少し反省するのと同時に再び一つの思案をし出す。
(彼女もタグエルと似たような種族なのかな?)
タグエルというのはルフレが以前いた世界で兎に変身できる種族のことだ。しかし、タグエルは世界にはもうほとんど残っておらず、彼のいた軍の中の一人が最後のタグエルとなっていた。そのダグエルの特徴として、兎の耳が生えているというのが一番に挙げられる。
だとしたら彼女も? と一瞬考えたがそれはない。ここは異界だ。似たような種族がいても何ら不思議はない。この世界にはダグエルのような種族がいるのだろうと考えを自己完結させる。
ウサ耳を生やした人物は普通なら非常に珍しいのだろうが、以前いた世界で見慣れているルフレは彼女の容姿を特に珍しいとは思わなかった。
だが他の三人はそうでもないらしく、少女の頭に生えたウサ耳を興味深そうに見ている。
ウサ耳の少女は両手を上げて降参のポーズを取っているが、視線は四人のことを値踏みでもするかのように見ていた。
だから気づかなかったのだろう、彼女の後ろから迫る気配に。
「えい」
「フギャ!」
三人の中で一番興味深そうに少女のウサ耳を見ていた耀が彼女の耳を根っこから鷲掴みにしてそれを思いっきり引っ張った。
「ちょ、ちょっとお待ちを! 触るまでなら黙って受け入れますが、まさか初対面で遠慮無用に黒ウサギの素敵耳を引き抜きに掛かるとは、どういう了見ですか!?」
「好奇心の為せる業」
「自由にもほどがあります!」
「へぇ? このウサ耳本物なのか?」
「・・・・・・。じゃあ私も」
十六夜と飛鳥が黒ウサギの左右の耳を掴み引っ張る
いきなり自分のシンボルとも言える耳を引き抜きに掛かるという奇行に対して抵抗するのは当然と言えるだろう。だがこの三人はそれを理解せず、いや、理解はしているだろうがそんな物は彼方に放り投げて自分の思うことをやりたい放題やる完全な「問題児」だ。
「ちょ、ちょっと待――――!」
「みんな、ちょっと待って!」
ルフレの制止も虚しく、左右に耳を思いっきり引っ張られた黒ウサギの声にならない絶叫が近隣の森林に木霊した。