「ジン坊ちゃーン! 新しい方を連れてきましたよー!」
箱庭の二一〇五三八〇外門のペリドット通り・噴水広場前、黒ウサギはそこで待ち合わせをしていた仲間の下に新たな仲間を連れてやってきた。
広場前で待ち合わせをしていたのは、その身体に不釣り合いなダボダボなローブ着こんでおり、跳ねた髪が特徴的な少年、名前をジンと言うらしい。
「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性二人と男性一人が?」
「はいな、こちらの御四人様が―――」
上機嫌にクルリと振り返る黒ウサギ。瞬間、カチリと石のように固まった。
飛鳥、耀、ルフレと三人友確かにいるがあと一人、十六夜が足りない。どうやら彼は黒ウサギが思っている以上に問題児だったようだ。
「・・・・・・え、あれ? もう一人いませんでしたっけ? ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から"俺問題児!"ってオーラを放っている殿方が」
「ああ、十六夜君のこと? 彼なら"ちょっと世界の果てを見て来るぜ!"といって駆け出して行ったわ。あっちの方に」
と言って指を指したのは上空から4000mから見えた断崖絶壁。それを聞いた黒ウサギは一度顔色を青にし、怒りの赤に変化させてから頭に生えたウサ耳を逆立てて二人を問いただす。
「な、なんで止めてくれなかったのですか!?」
「"止めてくれるなよ"と言われたもの」
「ならどうして黒ウサギに教えてくれなかったのですか!?」
「"黒ウサギには言うなよ"と言われたから」
「嘘です、絶対嘘です! 実は面倒くさかっただけでしょう御二人さん!」
「「うん」」
予想はしていたがこうもあっさり言い切られては怒る気力も無くなる。この二人も十六夜に負けず劣らずの問題児なのだから、まともに相手をしていてはそれこそ身体がもたない。
ガクリ、と前のめりに倒れると、今度はこの中で唯一の常識人であるルフレを問いただした。
「というか、ルフレさんはどうして止めなかったのですか!?」
「そりゃ止めたさ、でもこっちの言う事なんて右から左で全然聞いていなかった。黒ウサギにも言ったんだけどね、聞こえてなかったみたいだから後半は諦めたよ」
確かに黒ウサギは新たな同士、それもかなり強力な力を持つであろう者達を迎え入れることができたため少々浮かれていた、ルフレの声に耳を傾けなかった自分が悪い。それに彼は二人の問題児と違い、十六夜をちゃんと止めようとしてくれたのだ。その上でこの結果なら黒ウサギにルフレを責める資格はない。
「た、大変です! "世界の果て"にはギフトゲームのために野放しにされている幻獣が」
「幻獣?」
「は、はい。ギフトを持った獣を示す言葉で、特に"世界の果て"付近には強力なギフトを持ったものがいます。出くわせば最後、とても人間では太刀打ちできません!」
「あら、それは残念。もう彼はゲームオーバー?」
「ゲーム参加前にゲームオーバー?・・・・・・斬新?」
「冗談を言っている場合じゃありませ!」
(さっきのスピードもそうだけど、イザヨイからは凄まじい力を感じた。多分彼の力ならそんなに慌てることはないと思うけど)
軍師は戦場の立地、敵の兵の把握は勿論のこと、自軍の兵士達の力を把握することも大切だ。誰でどう攻めて行き、誰でどう守っていくのかも考えなければならない。頭の回転力に加え人を正確に知ることができなければ犠牲の少ない戦いなどできない。故に今この場に居る全員と十六夜の力もある程度把握できている。
慌てるジンや黒ウサギとは違い、ルフレはかなり落ち着いていた。
「はぁ・・・・・・ジン坊ちゃん。申し訳ありませんが、御三人様のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「わかった。黒ウサギはどうする?」
「問題児を捕まえに参ります。事のついでに―――"箱庭の貴族"と謳われるこのウサギを馬鹿にしたことを骨の髄まで後悔させてやります」
怒りのオーラを全身から噴出させ、艶のある黒い髪を淡い緋色に染めていく。外門めがけて空中高く跳びあがった黒ウサギは外門の脇に合った彫像を次々と駆け上がり、外門の柱に不意栄に張り付く。
甘く見ていた、というわけではないが、黒ウサギはルフレの思っていた遥か上の実力を持っていた。
最初はそれなりに高い実力を持っているだろうという位にしか思っていなかったが、彼女の髪の色が変化するのと同時に雰囲気とそこから分かる力が一気に変わった。十六夜には及ばない物の彼女の実力も底が見えない、というのが今黒ウサギに対するルフレの評価だある。
「一刻程で戻ります! 皆さんはゆっくりと箱庭ライフを御堪能ございませ!」
黒ウサギは、淡い緋色の髪を戦慄かせ、踏みしめた門柱に亀裂を入れて全力で跳躍した。弾丸のように飛び去ると、黒ウサギの姿はあっという間に四人の視界から消え去った。
まさしく疾風のような速さだが、それでも十六夜に追いつくのは不可能だろう、彼はもっと圧倒的に
「・・・・・・。箱庭の兎は随分速く跳べるのね。素直に関心するわ」
「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトの他に特殊な権限も持ち合わせた貴種です。彼女なら余程の幻獣と出くわさない限り大丈夫だと思うのですが・・・・・・」
そう、と飛鳥は空返事をする。飛鳥は心配そうにしているジンに向き直り、
「黒ウサギも堪能してくださいと言っていたし、御言葉に甘えて先に箱庭に入るとしましょう。エスコートは貴方がしてくださるのかしら?」
「え、あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルです。齢十一になったばかりの若輩ですがよろしくお願いします。三人の名前は?」
「久遠飛鳥よ。そこで猫を抱えているのが」
「春日部耀。そこで考え事してるのが」
「・・・・・・」
テンポ良く自己紹介を進めていった飛鳥達だが、ルフレのだんまりによって再び自己紹介が途切れる。
湖で行った自己紹介の時と同じような感覚を味わいながら飛鳥がルフレを小突いた。
「貴方の番よ。ルフレ君」
「え? ああごめん。僕はルフレ、これからよろしく、ジン君」
「貴方って考え事してる時って周りが見えなくなるタイプなのね」
「そうみたいだね、本を読んだり考え事をしてる時は、時々それ以外は頭に入ってこなくなるよ。注意はしてるんだけどね」
ハハハッと愛想よく笑うが、実際はそんな簡単に言えるようなレベルではない。恐らく物事に対する集中力や知識量でいえば他の三人とは比べものにならないほど高い。
ルフレの最大の武器は特殊な力や単純なパワーではなく、今まで培ってきた知識とそれを活かす頭の柔軟性、そして圧倒的とも言える集中力の高さであるとこの場にいる全員が思った。
「さ、それじゃあ箱庭に入りましょう。まずはそうね。軽い食事でもしながら話を聞かせてくれると嬉しいわ」
飛鳥はジンの手を取ると、胸を躍らせるようなw顔で箱庭の外門をくぐるのだった。
◇◆◇◆ ◆◇◆◇
――――箱庭二一〇五三八〇外門・内壁。
飛鳥、耀、ルフレ、ジン、三毛猫の四人と一匹は石造りの通路を十手箱庭の幕下に出る。ぱっと一行の頭上に眩しい光が注いだ。遠くに
こんな回りくどいことをするくらいなら天幕を張らなければ良いのではないかと思ったがすぐにその考えを否定する。ここは箱庭だ、日の光に弱い生き物がいてもおかしくない、代表として挙げられるのが吸血鬼だろう。
伝承では吸血鬼は悪魔の高等種族であり、日の光を弱点としている。そんな種族が箱庭に暮らしているとなればこの天幕は吸血鬼のような日の光に弱い生き物でも太陽の光を浴びれるようにするため、というのがルフレの考えである。
ジンの言葉から、どうやらルフレの考えは正しかったようだ。
『しかしあれやなあ。ワシがしっとる人里とはえらい空気が違う場所や。まるで山奥の朝霧が晴れた時のような澄み具合や。ほら、あの噴水の彫刻もえらい立派な造りやで! お嬢のおやじさんが見たらさぞ喜んだやろなあ』
「うん。そうだね」
「あら、何か言った?」
「・・・・・・。別に」
「その猫と話しをしていたんだろう?」
ルフレの一言で耀は目を見開き驚愕する。三毛猫の方も驚いたようで動物とは思えないほどの表情をしている。
「・・・・・・どうしてわかったの?」
「僕のいた世界にもヨウと似たような人はいたからね。直接会話をすることはできなくても、他の生き物と会話しているように感じる人は何人かいたよ。だからもしかしてと思ったんだ」
実際にどんな風に感じているのかは本人にしかわからない。どんなに人を見る目があってもルフレには心まで読むことはできない。だが、ルフレの知っている他の生き物と心を通わすことのできる人物達と、耀が三毛猫と話す時の目は共通する優しさが感じられた。
心は読めなくても目を見ればその人がどういう人間かは大抵分かる。耀も彼ら彼女らと同じく動物を思いやる優しい人間だ。
「動物と話せるなんて素敵な力じゃない。少なくとも私のよりはずっとマシだわ」
本当に羨ましそうな表情を浮かべながら飛鳥は自嘲気味に笑う。その表情にどこか気になる点を感じたが、こういうことは深く探らないようにしている。
仲間と言ってもまだなりたて、相手について深く考えすぎると触れられて欲しくない領域にまで足を踏み込んでしまうからだ。それがある、ということを確認するだけで心の奥に入り込まないように見て見ぬふりをする、確かな信頼関係が築きあげてからそこについてフォローを入れながら確認する。
信頼関係を崩さず相手の不安要素を取り除く、それが"本当の仲間"への近道だ。
「お勧めの店はあるかしら?」
「す、すいません。段取りは黒ウサギに任せていたので・・・・・・よかったらお好きな店を選んでください」
「それは太っ腹なことね」
噴水広場は賑わっており、その周りには清潔感の漂う洒落たカフェテラスが幾つもあり、四人と一匹は身近にあった"六本傷"のカフェテラスに座った。
注文を取る為に見せの置くから素早く猫耳の少女が飛び出してきた。
「いらっしゃいませー。御注文はどうしますか?」
「えーと、紅茶を三つと緑茶を一つ。あと軽食にコレとコレと」
『ネコマンマを!』
「僕は羊羹をいいかな? 知り合いから聞いたことはあったけど食べたことがなくてね」
「はいはーい。ティーセット四つに羊羹にネコマンマですね」
「猫の耳をしてるから予想はしてたけど、やっぱりわかるんだね」
「そりゃ分かりますよー私は猫族なんですから。お歳のわりに随分と綺麗な毛並みの旦那さんですし、ここはちょっぴりサービスもさせてもらいますよー」
『ねーちゃんも可愛い猫耳に鉤尻尾やな。今度機械があったら甘噛みしに行くわ』
「やだもーお客さんったらお上手なんだから♪」
猫耳の少女の言葉とテンションからして三毛猫が今彼女の事をナンパしたのは誰でもわかる。そんな三毛猫に若干呆れの表情を浮かべ、気持ちを切り替えて会話をしようとしたところでルフレの表情が険しくなった。
自分達に向けられる雰囲気や視線からして友好的な物ではない、かといって敵とも認識しづらい。
「どうしたの?」
耀がルフレの急変した表情に疑問を投げかけるが、ルフレは顔を向けず、表情もそのままで静かに答えた。
「僕たちに客が来たみたいだよ」
ルフレの言葉に首を傾げるのと同時に少し頭上から品の無い上品ぶった声が聞こえてきた。
「おんやぁ? 誰かと思えば東区画の最底辺コミュニティ"名無しの権兵衛"のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はオモリ役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」
声のした方――ちょうどルフレが険しい表情で見ている方に顔を向けると、2mを超える巨体をピチピチのタキシードで包む男がいた。その男を見た途端、ジンは顔を顰め、その男を睨みつけながら返事をした。
「僕らのコミュニティは"ノーネーム"です。"フォレス・ガロ"のガルド=ガスパー」
「黙れ、この名無しめ。聞けば新しい人材を呼び寄せたらしいじゃないか。コミュニティの誇りである名と旗印を奪われてよくも未練がましくコミュニティを存続させるなどできたものだ―――そうは思わないかい、お嬢様方」
ガルドと呼ばれた巨躯のピチピチタキシードは、無作法にも許可を得ることなく四人が座るテーブルの空席に勢いよく腰を下ろした。常識知らずの失礼な態度に飛鳥と耀は冷ややかな視線を、ルフレは険しい表情から元の表情に戻り、相手を観察するような視線を向ける。
冷ややかな態度ながら気品あふれる声音でガルドに向かって言葉を発した。
「失礼ですけど、同席を求めるならばまず氏名を名乗ったのちに一言そえるのが礼儀ではないかしら?」
「おっと失礼。私は箱庭上層に陣取るコミュニティ"六百六十六の獣"の傘下である「烏合の衆の」コミュニティのリーダーをしている、ってマテやゴラァ!! 誰が烏合の衆だ小僧オォ!!!」
ジンに横槍を入れられたガルドの顔は怒鳴り声とともに激変する。口は耳元まで大きく裂け、肉食獣のような牙とギョロリと向かれた瞳が激しい怒りとともにジンに向けられる。その姿はまさに獲物を狩る獣そのものだが、ジンはガルドの視線にまったく怯んでいない。慣れているのか、それとも別の何かが理由か、どちらにしてもここで動じないというのはルフレにとっては好印象に取れた。
「口を慎めや小僧ォ・・・・紳士で通っている俺にも聞き逃せねえ言葉はあるんだぜ・・・・・・?」
「森の守護者だったころの貴方なら相応に礼儀で返していたでしょうが、今の貴方はこの二一〇五三八〇外門付近を荒らす獣にしか見えません」
「ハッ、そういうこ貴様は過去の栄華に縋る亡霊と変わらんだろうがッ。自分のコミュニティがどういう状況に置かれてんのか理解できんのか」
「ハイ、二人ともストップ」
険悪な二人を遮るように手を上げて制止の声を掛けたのはルフレであった。
「今現在ジン君のコミュニティがどのような状況に置かれているのかは理解している。1から10まで全て黒ウサギが包み隠さず話してくれた。知った上で僕らはジン君のコミュニティに入る」
「「え?」」
この言葉は両者共に予想外であったらしく、二人揃って間抜けな声を出した。それに対してルフレは特に反応を見せず、再び両者にとって予想外の言葉を放った。
「けど、条件次第ではガルドさんのコミュニティに入ってもいい」
「「「「はぁ?」」」」
今度はジンとガルドだけでなく飛鳥と耀も揃って声を出す。事前に何も聞かされず、ルフレの独断によって所属コミュニティが変わってしまうということに飛鳥は抗議の声を上げようとするがルフレが飛鳥の前に手を出して制する。そして何事も無いように話を進め始めた。
「まずは質問に答えてもらうよ。コミュニティ自体はどうやって大きくするんだい?」
ジンのコミュニティに入ると言った時は彼らを仲間に迎え入れられず、目障りなジンのコミュニティを潰すことができなくなってしまうと思ったが、再びめぐってきたチャンスにガルドはその質問に不信感を抱くことなく答え始める。ジン何かを言おうとしたが、それを睨みを効かせて止めると張り付けたような愛想笑いを浮かべて口を開いた。
「コミュニティを大きくしたいと望むなら、両コミュニティ合意で『ギフトゲーム』を仕掛ければいいのです。例えばこの店を経営する六本の傷が入ったあの旗、この店はあの旗印のコミュニティの縄張りであることを誇示しています。あのコミュニティと両者合意で『ギフトゲーム』を行い、勝利した方がそのコミュニティの縄張りを自分の物にできます。実際に私のコミュニティはそうやって大きくなりました」
質問には答えた、あとは提示された条件をできる範囲でのむことができれば彼らは自分の下に来る。出し惜しみなんかせず、可能な限りの持て成しをしようと考えた時、ルフレが再び問いを投げかけた。
「そうか、じゃあ、君のコミュニティは
「ですから、先ほども仰ったように・・・・」
「コミュニティを大きくさせる方法はわかったさ、でも、コミュニティその物を賭けギフトゲームなんて言ってしまえば戦争と同じだよね? コミュニティという小さな国が強大になるために他国を落とす、でも戦争と違って厄介なのは"両者が合意しなければならない"ということだ。他のコミュニティを傘下にできるというのは魅力的ではあるけどリスクが大きすぎる、そんな危険なギフトゲームに"両者合意"なんて条件は厳しすぎると思わないかい? でも君はその方法を使った、それも一度や二度じゃない、恐らく十以上は使っている。そして君は
ガルドの顔が引き攣る。たったあれだけの話で自分のコミュニティを大きくするために使った方法を導き出せるなんて思ってもいなかった。いや、強制させた方法はまだ彼にはわかっていない。だがまた問われる。質問に答えなければ彼らは自分のコミュニティには来ない、この矛盾をどうするべきか、否、彼は初めからガルドのコミュニティに入る気なんてさらさらない。「条件次第ではガルドさんのコミュニティに入ってもいい」という言葉、これは餌だ。愚かな獣を裁くための甘い餌。そしてそんなことに気付かずガルドはその餌に飛びかかってしまった。
ジンとガルドの仲の悪さ、これを目にした時からルフレはガルドを捕獲し、裁くための策を考え始めていたのだ。
「質問を変えよう。君は他のコミュニティを
言えない、それを言ってしまっては自分は箱庭から去らなければならない。せっかくコミュニティを大きくし力も付いてきたというのにそれを全て捨てて逃げ出すなんて間抜けなことはできない。
言わなくても確実に不審に思われる。そして探りが入り自分のやったことがバレる。咄嗟に思いついた嘘も目の前の男には誤魔化しにもならない、それどころかより不審感を煽ることとなる。
ガルドに残された道は、破滅以外に存在しなかった。