―――他のコミュニティをどうやって脅した?
ルフレのこの言葉を聞いた誰もが驚愕する。特にガルドは、たったあれだけの言葉で自分のコミュニティを大きくするために行ってきた裏の行いを突きとめられたことに冷や汗を流していた。
今のルフレの表情は決して相手を恐怖させる物ではない、だが逆にそれが不気味だ。ガルドを含めた全員がそう思った。
ガルドにはこの質問に答えないという選択肢もある。だが中途半端な意志がそれを邪魔するため、沈黙という"他のコミュニティを脅した"という事を肯定することしかできない。
しかしルフレにできることはここまで。いくら真実が推測できようと強制的に相手を喋らす手段を持たないルフレには、本人の口から聞かない限り答え合わせは出来ない。
どれだけ時間がたってもガルドは沈黙したままだ。しばらく続いた静寂を破ったのは飛鳥だった。
「私も気にはなっていたけど、まさかそこまで結論付けられるなんて、やっぱりルフレ君は凄いわね」
「こんなのは相手の言っていることを聞き逃さなければ誰でもできるさ」
簡単に言っているがその実は難しいなんかじゃ済まされないことだ。相手の言っていることを一言も聞き逃さないにはとてつもない集中力が要求される。そして結論を導き出すにはあらゆる考えを頭の中で組み立て、かみ合わない部分を見つけ出し当てはまる材料を探し出す、つまり高い集中力+素早い思考が最低でも必要になる。それに加えてルフレには人を見る目も長けている。集中力と思考と観察眼、そしてそれらを腐らせない日々の積み重ね。これらを兼ね備えるルフレの知識は箱庭でもトップクラスの実力を誇るだろう。
「それじゃあ、先ほどのルフレ君の質問の答えを聞きましょう。貴方はどうしてそんな大勝負を続けられたのかしら。
真相を突き止められたことによって引き攣った顔をしたまま沈黙していたガルドが、それまでの沈黙が嘘であったかのように口を動かし始めた。
「あ、相手のコミュニティの女子供を攫ってそれを材料にしてゲームを強制させた。これに動じない相手は後回しにして、他のコミュニティを取り込んでいってゲームに乗らざるを得ない状況に圧迫していった」
もっとも打倒でもっとも効果があり、かつ脅迫としてはもっとも一般的な方法である。それらを材料にし、負けたら自分達の行いを表にばらされないよう手元に置いておき、家族にはたまに面会できるような日を作る。勝った所にはそれらを含めた全てを賭けているわけだから子供達も当然勝者の方にコミュニティの一部として贈られる。そして子供を家族に返せば反乱要素はなくなりコミュニティとしての質も内部だけではあるが上がる。
悲しみはあるが脅迫としては一番マシな方法だろう。
「まあ、そんなところでしょう。貴方のような小物らしい堅実な手です。けどそんな違法で吸収した組織が貴方の下で従順に働いてくれるのかしら?」
「各コミュニティから数人ずつ子供を人質にとってある」
許しがたいことだがここまではルフレの考え通り、だがその次が最悪だった。予想はしていたが一番あってほしくない方法が使われていた。
「・・・・・・そう。ますます外道ね。それで、その子供達は何処に幽閉されているの?」
「もう殺した」
その場の空気が瞬時に凍りつく。
誰もが一瞬耳を疑って思考を停止させた。ルフレはその言葉を聞いた瞬間に驚愕で目を見開き、そのままの表情で固まってしまう、嘘であることを信じたかったが、命令されたまま言葉を紡ぎ続けるガストがルフレの祈りを許さない。
「初めてガキ共を連れてきた日、泣き声が頭に来て思わず殺した。それ以降は自重しようと思っていたが、父親が恋しい母親が愛しいと泣くのでやっぱりイライラして殺した。それ以降、連れてきたガキは全部まとめてその日のうちに始末することにした。けど身内のコミュニティの人間を殺せば組織に亀裂が入る。始末したガキの遺体は証拠が残らないように腹心の部下が食」
「もういい」
聞くに堪えない内容に飛鳥が黙らせようとしたが、それより早くルフレの静かな、それでいて重く強い言葉が響いた。
左手でガルドの口を抑えるようにして頬を掴んで持ち上げる。必死で離れようともがくが、その度にさらに力を込められて抵抗力を奪っていく。少しだけ見えたルフレの表情は今までの温厚そうな彼からは想像もできない程冷たく、目つきは鋭かった。
「子供が親に会いたいと思うのは当然だ。一人で不安を抱えた状況なら尚更だ。子供達がどんな思いで親に会いたいと叫び、どんな思いで死んでいったのかお前に分かるのか? ただ会いたいという純粋な思いをお前は踏み
叫ぶのと同時に開いている右手に一本の剣が出現する。だがそれは刀身が右に左にガタガタと折れており、剣としてはあまりにも不安定な形をしていた。刀身からは今のルフレの怒りを表すかのようにバチバチバチと激しい稲妻が走っている。
この剣で斬られれば身体は切り裂かれ、稲妻で身を焼かれることとなる。そなったら重症では済まない。
「お前の命は残しておく価値すらない」
凶刃が目の前まで迫り、ガルドが顔を恐怖に歪めてもルフレの表情は変わらない。感情を感じさせない冷たい表情と鋭い目で眺めているだけだ。
「ルフレ君
力強く意志を持った言葉で命令する。その言葉にはガルドを離し、剣を降ろせという命令も含まれていた。だがルフレはガルドの目の前で剣を止めるだけに留まり、ガルドを離しておらず剣も掲げたままである。つまりそれが示すことは一つ。
(ギフトが通用しなかった!? いいえ、今はそんなことよりも)
自分のギフトがルフレに通用しなかったのは驚きだが今はそんなことどうでもいい。恐らく力強く言葉を放ったことでルフレの意識をこちらに持ってくることができた、行動を止めることができたのだから結果オーライだ。今のうちに冷静さを取り戻させねばルフレは今度こそガルドを殺しかねない。
「貴方がそいつを手に掛けても死んだ人達は戻らないわ。それに、ここで殺しをすれば貴方もその外道と同じになってしまうわよ」
数秒後、剣を引き脱力したように下ろすと頬を掴んでいた手を離す。ルフレが冷静になったことにより、刀身から激しく溢れ出ていた稲妻は次第に小さくなりやがて完全に収まった。稲妻は本当にルフレの感情をそのまま表しているようだ。
「一体どうしたのよ。確かにさっきの話しは聞くに堪えない話だし怒るのも当然だけど、流石に殺そうとまでは思わないわよ。それにリーダーがどうとも言っていたし」
「・・・・・・」
「まぁいいわ。後でちゃんと答えてもらうわよ」
「・・・・・・すまない」
彼の言葉から察するにルフレには子供がいた。その子供が何等かの理由や事故でもう亡くなっている、だからあそこまで怒ったのだろうと飛鳥は仮定を立てた。一先ずはこれで納得し、違っていても直接本人から聞けば問題ないと考えを完結させる。
「ジン君、今の証言で箱庭の法がこの外道を裁くことはできるかしら?」
「厳しいです。吸収したコミュニティから人質をとったり、身内の仲間を殺すのは勿論違法ですが・・・・・・裁かれるまでに彼が箱庭の外に逃げ出してしまえば、それまでです」
どちらにしろそれも裁きである。リーダーであるガルドがコミュニティを去れば烏合の衆でしかない"フォレス・ガロ"が瓦解するのは火を見るより明らかだ。しかし飛鳥はそれでは満足できなかった、ルフレも話しを聞いた後ではそんな方法での裁きは納得がいかない。
「そう。なら仕方ないわ」
苛立たしげに指をパチンと鳴らす。それが合図だったのだろう。ガルドを縛り付けていた力は霧散し、命令された事以外の言葉を話せるように口に自由が戻る。体は先ほどの死の恐怖の余韻が少し残っているがそれも無理やり押し殺してカフェテラスのテーブルを勢い良く砕くと、
「こ・・・・・・この小娘がァァァァァァァ!!」
雄叫びと共にその身体を激変させた。巨躯を包むタキシードは膨張する後背筋で弾け飛び、体毛は変色して黒と黄色のストライプ模様が浮かび上がる。
彼のギフトは人狼などに近い系統を持つ。通称、ワータイガーと呼ばれる混在種だった。
「テメェ、どういうつもりか知らねえが・・・・・・俺の上に誰が居るかわかってんだろうなァ!? 箱庭第六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞ!! 俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るってことだ! その意味が」
「騒ぐな」
再び静かだが重い言葉が響く。その言葉を放ったのは先ほどと同じくルフレ、だが感じるものが違った。さっきの言葉は無感情な恐怖だったが、今度のはそれよりも恐怖さえも霞む恐ろしさ。例えるなら"絶望"が適当だろう。
声を向けられた当人のガルドは凍りついたように動かなくなってしまった。ガルドだけじゃない、近くで声を聞いた飛鳥、耀、ジンの三人も、離れた周りの席の客たちまでもが恐怖の表情を浮かべた。周りで聞いていてこれなのだ、向けられたガルドの恐怖は表現もできないだろう。
再び歪な形をした剣をガルドに向けると感情の無い声で言った。
「せっかく拾った命だ。行動を選ばなければ・・・・・・死ぬぞ?」
一瞬、空気が凍りついた。その言葉を直接向けられて倒れなかっただけガルドは強かった方だろう。そしてその後がなかった分ガルドはとても付いていた。これが先の人質の話しの最中であれば彼は確実に死んでいた。今この場に立っていなかった。
ガルドがおとなしくなったのを確認するとルフレは自分の席に戻り、腰を下ろしてそれ以降は口を開かなかった。
落ち着き、話しに戻るまで十数秒を要した。
「さて、ガルドさん。私は貴方の上に誰が居ようと気にしません。それはきっとジン君も同じでしょう。だって彼の最終目標は、コミュニティを潰した"打倒魔王"だもの」
精神的にも実力的にもまだ未熟なジンは先ほどの恐怖からまだ完全には立ち直れていないものの、こんな人物が自分の仲間になってくれるという心強さも同時に感じた。だから飛鳥の言葉に頷いた、ルフレが味方にいるから魔王に勝てるという思いではない、先ほどのルフレに比べれば魔王の恐怖なんて恐れるのが馬鹿らしく思える程の物だったからだ。
上には上が居ることを知り、それらをいずれは超えて行かねばならない、だから高い目標を掲げそれに向かって進み続けるのだ。ここで魔王と戦うのは無理などと言ってしまっては彼らは本当にジンのコミュニティから去ってしまう。せめてもの意志表示にリーダーとして宣言しなければならない。
「はい。僕達の最終目標は、魔王を倒して僕らの誇りと仲間達を取り戻すこと。今更そんな脅しには屈しません」
「そういうこと。つまり貴方には破滅以外のどんな道も残されていないのよ」
「く・・・・・・くそ・・・・・・」
ルフレの放った恐怖をまともに受けたガルドは動くことを完全に恐れてしまった。下手な行動を取れば殺される、下手な事を言えば殺される。それらを本能に植え付けられて声を絞り出すことしかできなかった。
そんなガルドを見て、飛鳥は少し機嫌を取り戻し、悪戯っぽい笑顔で話しを切り出す。
「だけどね。私は貴方のコミュニティが瓦解する程度の事では満足できないの。貴方のような外道はズタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきよ」
「同感だね」
そこで今まで黙っていたルフレが口を開いた。さっきのような恐怖は感じられず、最初の時のような温厚で柔らかい口調だが、醸し出される雰囲気は決して優しいものではない。ルフレの姿を見て、彼の歩行上にいた飛鳥は自然とそのばからどいた。本当に自然だった、何を思うでもなくそれが当然の行いであるかのような、自然な行動。
飛鳥と入れ代りでガルドの前に立つと、先ほど見せた恐怖の物でも何時も見せていた温厚な物でもない真剣な表情で言った。
「破滅しか残されていないお前に最後のチャンスを与えよう。軍師としてはなんの策もなく敵を、ましてやお前みたいな外道を見逃すなんて素人以下だ。でも、さっき飛鳥がいったようにお前のコミュニティを潰すだけじゃ納得がいかない。―――だから僕達と『ギフトゲーム』をしよう。お前の"フォレス・ガロ"存続と"ノーネーム"の誇りと魂を賭けて。そしてその時に、二度と同じことができないようお前の本能に恐怖という物を刻み込む」
今度は瞬きをする位の刹那の間だったが、再びルフレから恐怖が発せられた。
この恐怖に太刀打ちなどできない、だからガルドはルフレの申し出を拒否するという選択肢を取ることなどできなかった。