現実逃避の黙祷を捧げ終わったノーカは、それでもまだ目覚めていない様子のディックスをどうするか少しだけ迷ってから
「まぁ、こうなっては仕方がありません。切り札を使いましょう」
そう言って体をディックスの頭部側へと傾けると、耳元に顔を寄せて口元に手を添えそっと囁く様に
「とんでもないな、化物(キリッ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ!」
何という事でしょう。俯せの状態で脱力しきっていたディックスが元気を取り戻し、海老反りになって生命力溢れる雄叫びを上げているではありませんか。何ならびったんびったん跳ね回り仰向けになってブリッジの体勢を取りながら叫び続けている。
腰掛けていたばかりに跳ね飛ばされたノーカは派手に転倒した。が、何事もなかったかのように立ち上がり、軽く服を叩いて土埃を落としながら奇声を発するオブジェと化したディックスを見やり
「めっちゃ嘆くじゃん。ウケる(商品展開……いけますね)」
劇的な復活と言えそうな予想以上の反応に大満足だ。しかしながら、一度味を占めると二度、三度と繰り返すのが人間という奴である。
「油断はするんじゃねぇ(キリッ」
「モンスターの擬態なんだからなぁ(キリッ」
「……シテ……コロシテ……」
何度か繰り返せば耐性が付くかとの期待も込めて何度か繰り返してみたが、得られた結果は残酷なものだった。ディックスはもう動かない。尊い犠牲ではあるが、サンプル数が一人分では足りないので追加実験をしなければ――ノーカは決意を漲らせた。
「主殿、有象無象の治療と捕縛が終わりました」
「おぉ、迅速かつ丁寧。ありがとうございます」
ノーカがディックスで遊んでいる内に、ドラッキー・アルマは黙々と怪我人の捕縛と治療とを済ませていた。元となるモンスターは蝙蝠モチーフなはずだが、報告をしたドラッキー・アルマの自慢気な様子はそこはかとなくわんこであった。蝙蝠がペットとして一般的でなく知識を持たないからこう思うだけなのかも知れないが。まぁ、自らを従僕と定義して慕ってくれるのは自尊心がモリモリ満たされるため大歓迎である。同時に外見も性格も愛らしい少女にそんな事をさせている実情に正気度がガリガリ欠けていくが、大歓迎である。
思わず手が伸びてそのまま頭を撫でれば、嬉しそうに目を細めて口をふにゃふにゃと歪める。
「お役に立てて嬉しいです……はふぅ、幸せ~」
頭頂部に立った耳を含めて頭を撫で続けていたら脱力しきって立つ事すらも放棄しそうになっていたので、中腰になって脇の下に腕を通しドラッキー・アルマを抱き留める。背丈の割にご立派な実りが当たるが、心は無を保っていた。アルマ達は愛する我が子と呼んでも差し支えない存在なのだ。胸の大きさで勝負にならないレベルの大敗を喫しているからと言って気にするなどナンセンスだ。まぁこんな葛藤を全部吹き飛ばすのがアルマ達の持つ純真さ、愛らしさなのだが。
「さて、せっかくの情報源ですが加減を間違えてしまいましたし、あまり時間を掛けるのもよろしくないので移動しますか」
ノーカはドラッキー・アルマを立ち直らせると、ディックスを俵担ぎにし、余った手で残る襲撃者が縛られた上で一つに纏められた縄を握る。
「では、行きますの」
「はい、お供します!」
ノーカはイベントナビの導きに従い歩き出す。向かう先は、大方の予想通り
第十二話:突撃! 近くの秘密基地――千年の悲願が何だこちとら天然の蜜柑だぞ――
「ここがあの女のハウスね」
(あの女……?)
と、言うわけでノーカwithドラッキー・アルマfeat.襲撃者によるダイダロス通り遠足の旅は目的地である
途中で面倒になって全員引っ張ったまま飛べるか試したらいけそうだったので、ドラッキー・アルマにしがみついて貰った上で空の旅と洒落込んだ。気分はトト◯である。参加者からは歓喜に咽び泣く声や嬉しい悲鳴を挙げて頂ける程に好評だったので大成功と言える。着地の際に軌道計算を(そもそも全くしなかったという意味を含め)失敗してしまったが、後ろ側から感謝の気持ちと思われる蛙の声真似による大合唱が聞こえて来たので最後まで楽しんで頂けたとノーカは確信している。なので改めて聞くなんて無粋な真似はしないし、文句や抗議には単なる照れ隠しだと見抜いた上で再飛行のサービスで応えるつもりだ。
なお、いつの間にか意識と正気とを取り戻していたディックスがノーカの格式美的な発言を意味深に捉えて疑問に思っていたが、当然ながらノーカには大した意図などない。むしろ彼が疑問に思うべきは、ここに至るまで一切人の気配が感じられない事だった。心を閉ざし貝の如く自分の殻に籠っていたので仕方ないことだが。同様に心の折れた襲撃者たちも夢現で警戒が漫ろだったため、違和感を持っていなかった。
「さて、取り敢えず入りますか。お邪魔しまーす」
見た目は周囲に溶け込んだ普通の建物だ。ここの中に人造迷宮なるワクワクを増長させる肩書の施設に続く道が隠されているのは、いかにもそれらしいと内心期待しながら扉を開けて中に入る。
「ふむ、これは……」
多少草臥れてはいるが、どうやら店のようだった。商品棚が並んでおり、液体と草の入った瓶や牛か何かの頭蓋骨、鞘のない錆びた鉈や鮭を咥えた木彫りの熊などが陳列されている。無節操なのは、ダイダロス通りという仕入れに苦労しそうな立地が影響しているのだろうか。取り敢えず木彫りの熊は土台にいかにもなボタンが付いているので、何も見付からない場合は押すとする。
イベントナビの案内に従って、通常ならば店員がいて止められるであろう店の奥へと進む。
その際にちらりと様子を伺ってみるが、ディックス一同は秘密に近付かれた焦りや秘密を知られている緊張といった感情が見えず、ここに何があるのかと困惑している様だった。
「……生活スペースですね」
ヒントなしで隠された入り口そのものや、それに繋がる何かを探すのは苦労しそうだった。なのでイベントナビを頼る事とし、矢印の指し示す方向を確認してみると、ただの床だった。隠し扉やスイッチの類は見受けられない。
「なぁおい、さっきから何してんだ?」
思っていた展開と違った事で首を傾げるノーカに対して、ディックスが尋ねる。彼からすれば、自分たちの拠点に案内させようとするのかと思えば爆弾発言で思考を乱し、隙を突いて連行し監禁でもするのかと思えば全く無関係な場所に連れて来て自分だけで何かを探しているのである。不審者ここに極まれり。
ディックスとしてはノーカが自称する神のようなものという部分から
「何って………………まぁ、見ていればわかりますよ」
上を向いたり、下を向いたり、首を傾げたりを挟みつつ、たっぷり一分近い沈黙を保ってから小声で呟くノーカに、ディックスはクノッソスの入り口に関する秘密を知られたわけではなさそうだと考えた。ならば敢えて藪を突く必要もあるまいと肩を竦めるに留めた。下手に情報を与えたら後で返すとか宣いながら眼球をくり貫いて来かねないのが眼前の化物なのである。
「あ、そっか」
その後、物を移動させ、床板を剥がし、土が見えて首を傾げ少し考える仕草を取ったノーカは何かに気付いたかと思えば、妙なドレス姿の少女が一瞬でどこからともなく現れ
「は?」
「では、よろしくお願いします」
ノーカの言葉に頷くと、これまた一瞬で頭部や腰部に詳細不明な金属らしき装飾に覆われた姿に変わり、手にしたやはりよくわからない――妙に目の離せない不思議な魅力を放つ――金属の塊を剥き出しになった地面に向け
「は?」
「射線上のものを吹き飛ばすだけの簡単なお仕事です」
平坦な声と共に、そのよくわからない金属の塊から、光の奔流が放たれた。
「は?」
終始一音しか発さなかったディックスを責めるのは酷であろう。光が放たれた先は、両手を広げた平均的なヒューマンの大人が三人くらいは並べそうな広さの、どこまで続くのかわからない底の見えない深い穴が開けられていた。一連の流れは、最初から最後までディックスの――オラリオの常識を破壊し続けた。
「ありがとうございます。では、参りますの」
「いってらっしゃいです」
「お供します、主様……♪」
呆気に取られるディックス一同を引き連れ、何の躊躇もなく、ノーカは穴に飛び込んだ。ノーカのすぐ後に続くドラッキー・アルマも当たり前のように落ちていく。見送る挨拶を送ったドレスの少女はいつの間にか消えていた。
「ちょ、待……あだっ!」
当然、縄で繋がれ連行されるディックス一同は先行して穴の底へ落ちて行くノーカのせいで地面に引き倒され、引き摺られ、穴の中でも内壁に叩き付けられ続けた。『恩恵』がなければ良くて重傷だったことだろう。縄の頑丈さもまた称賛されるべきか。
「痛てて……おいおい、マジかよ」
地面と熱い抱擁を交わす羽目になり、後から落ちて来た連中に押し潰され、レベルの高さにより軽傷で済んだため這い出る事に成功して復帰したディックスは、周囲を確認して呆れざるを得なかった。
「ここの壁はアダマンタイト製なんだぞ。オブシディアン・ソルジャーの体石だって……」
そこは間違いなくディックスにとって忌まわしき奇人・ダイダロスの妄執にして自身を縛り付けてきた未完の大作。今でも何人いるか不明な血族によって建築が進められ続けている
実のところ、ディックスは位置関係からして穴の先に
「侵入さえ出来てしまえば用済みですね」
それほど声量はないのによく響いたノーカの言葉に、連行されている男達は体を震わせたが、言葉の主が取った行動は懐から紫色の小石を取り出して握り砕くことだった。
途端に、空気が変わった。どこか夢から覚めたような。慣れ親しんだもの戻ったそれのおかげで、ハッキリと先程までの自分達が異質な場所にいた実感を与えてくる。
「次は……あっちですか」
観光客のように珍しそうに周囲を見回しながら、ぽつりと呟いて進行方向を見るノーカ。しかし構造を理解しているディックスからするとその行動は疑問に思うものだった。
「……? おい、そっちは」
出入り口だぞ、と口にしそうになったディックスは、それでも何とか言葉を飲み込む事に成功する。疑問を解消するよりは情報の秘匿をするべきだと考えたのだ。
「何か?」
だが、ノーカは聞かない振りをしてくれなかった。上半身を反る形で後ろを振り向き、顎を上げて見下ろすようにディックスを覗き込んでくる。恐らくノーカもドラッキーと(ディックスの感覚からすると恐らくは二つ名を)呼ばれている少女も、ディックスが情報を持っている事は察しているだろう。だが、今までの動きから知ってようが知るまいが関係ないとでも言いたげな様子なので、取り敢えず誤魔化す事にした。
「何でもねぇよ。お前の目的がわからんから気になっただけだ」
「あぁ、それなら至って単純ですよ」
ぎゅるん、と一度姿勢を戻すと、変則的な回れ右でこちらに振り向いたノーカは、軽い様子で言葉を返す。ディックスとしは正直答えてくれるとは思わなかったので、儲け物だと考えていたら
「『イケメンからイケをロスさせるとメンしか残らない』の諺でお馴染み、イケロス神とやらを取っ捕まえて交渉です」
割と致命的な内容を聞かされた。ディックスは当然、後ろの連中も所属について口を割った覚えはない。ならば関係を知らずにピンポイントで自分達の(どうでもいいと思っているが一応は)主神を探しているのだろうか。そんな偶然が果たしてあるのだろうか。何はともあれ、ディックスは素直な感想を漏らす。
「聞いたことねぇんだよなぁ」
いつどこで成立した諺なのか……微妙に興味が湧いていたが脱力感で行動に移す気力を失ってしまった彼の淡白な反応は、ノーカに諺を知らないのか、それともイケロスを知らないのか、果たしてどちらなのかで悩ませる事となるが、すぐにどっちでもいいやとぶん投げられた。
ちなみに、話題に上げられたタイミングで前触れもなくクシャミが出た神イケロスはというと、つい最近オラリオに現れギルドに居着いたらしい珍獣の存在を耳にし、今度の神会で話題になる前に一度は見ておこうと