ゼウスは今まで当然のように生きてきた。
その“当然”がくずれたとき
ゼウスはすべてを棄てて逃げ出した…。
こうして何の前触れもなく家族を失ってしまったベル・クラネル(5)は、常日頃から祖父が語り聞かせてくれた運命的な出会いとハーレムを求めてオラリオを目指す事になる……原作開始十年前の出来事であった。世はまさに暗黒期、天然で素直で純真無垢なちょっぴり思想が汚染されているショタには色々と厳しいご時世である。ちなみに、彼は東の森にお使いだと叫びながら沈む夕陽に向かって走って行った過去を持っていた。今回も、逆方向に突っ走って行った。まだゴブリンにも勝てない幼子が、であっあっまって原作が崩れ
「というわけで連れてきましたよギルド長」
「……うむ」
ノーカの連れて来た計五名を順に見やり、数十年前に神が考案し一世を風靡した抱っこちゃんを思わせるしがみ付き具合の一名と、しがみ付かれながらもしっかと抱き締めている一名、計二名の
「ヒソヒソお姉ちゃん、何故オークが?」
「ヒソヒソアレでエルフなんだよ。信じられンがな」
「聞こえているぞ、犯罪者共」
ロイマンとて自覚はあり、聞き慣れた言葉。とは言え侮辱は侮辱、何も感じない訳ではない。ましてや彼は気位の高いエルフであり、彼女等は卑しい身分である犯罪者とその身内である。本来ならば激怒して私情を交えた判断で罰を決め告げるのだが、今回はそれをした所で同室している規格外から横槍が入り不完全燃焼になる未来が見えているため、ギルドの長としてどっしり構える方向で臨んだ。
「さて、貴様らは
(マジでか、知らんかった)
【ランクアップ】までの期間からパルゥムである事、扱う武器まで、様々な方面から有望株として注目されていたのが【
数字でオラリオを見る立場のロイマンであっても、その存在を覚えるに値しないとは思っておらず、むしろ堕ちた場合にオラリオへ与える被害の規模を考えれば当然、身辺調査はさせていた。悪い方向の実現する可能性としては最も高いと知りながらも、妹まで届く程に大きな手で無かった事が悔やまれた。
一方で、ロイマンの言葉にオラリオで有名だったと判明した――それもノーカにとってはイレギュラーな――存在を知らなかった事に内心凹むノーカは、善悪問わず広がる情報網の構築を急務と位置付けた。取り返しこそ付くが、生まれてそのまま流れる様に仕事漬けの日々へ移行した者に対して送られるべきは『今更』の一言だろう。後ろ楯のためとは言え、真っ直ぐに全力投球し過ぎであった。
「そちらの三名だが、知らず組んでいた
「「「うぐっ」」」
買い取りに関する指摘を受けて胸を手で押さえ前傾する三名は、重い罪には問えまい、と締めるロイマンの言葉を受けて、胸を当てていた手で撫で下ろした。
「オラリオは噂の足が速い。既に【ファミリア】から除籍された事実とその原因は知れ渡ったはずだ。ある意味ではそれが最も重い罰に当たるかも知れんぞ?」
噂という物は、尾鰭が付いて回る。その癖、肝心の身は削れる事が多いのも噂である。今頃はパーティーの中に潜んでいた
「まー、一ヶ月貸し切った宿屋があるので就職活動にはそこを拠点に使って下さい。冒険者は引退したけど『
「おい、まだ罰を言い渡しておらんぞ」
ノーカの言葉に目を丸くする元【ソーマ・ファミリア】達。ロイマンの文句にも呆れが多分に混じっており、空気が一気に弛緩した様に感じられた。
「有って無いような内容でしょう? それなら別に……駄洒落じゃないですよ?」
「誰も言っとらんわ。おほん、三名にはオラリオを去る選択肢も含めた上で必ず再就職し、そのための支度金と一ヶ月分の宿代とを稼ぎギルドへ返還する事。オラリオに留まる場合は定期的にこれと面談する事。以上が貴様等の処分だ」
言い渡された処分を聞いて、三名はその場に崩れ落ちたり互いに抱き合ったりしていた。面談相手と指差された
「取り敢えずお三方は別途雇った者が案内しますので、少々お待ち下さい」
そう言って一度退室したノーカは、数分で担当者を連れて戻って来た。案内役として紹介されたのはオラリオの者から見て
「お初にお目にかかるのじゃ。私はローキー・アルマと申す」
「バルル・アルマ……よろしく、です」
気品溢れる
「あー、その、大丈夫……なのだな?」
「……あ゛?」
「ヒィ!?」
思わず、といった具合に出たロイマンの懸念に、侮られたと感じたバルルが鋭い眼光で睨みを利かせる。その様は実力者のそれで、室温が下がった心地を覚えたロイマンは悲鳴が漏れ、失言を悔いた。考えてみれば連れて来たのは
「これ、バルル」
「……はい、すみませんです」
「私に謝ってどうする。相手が違うじゃろ?」
「うっ……その、すみま、せんです」
仮にも主の上司。無礼を働いたバルル・アルマを、ローキー・アルマは嗜めないわけにはいかなかった。その声が響くだけで空気が張り詰めた様に感じた室内の一同は、ローキー・アルマもまた守られるだけの存在ではないのだと察する。肝を冷やしながらもロイマンは冷静に算盤を弾き、オラリオのためにどのような活用方法があるのか考え、単純にノーカを酷使するのが一番だと結論付けた。大正解である。ギルドからの依頼になって予算がどんどん計上されていくがコスパで見れば上々である。一方で『
「はいはい、それじゃ後はお願いしますね。終わったらギルドへの報告も忘れずに」
ピリピリした空気の中、ノーカが手を叩いてそれを霧散させながらアルマ達に三名の移送を頼む。
「うむ、任されたのじゃ!」
「子供じゃねーんですから……いや、頑張ります」
勢い良く返事するローキー・アルマと、不貞腐れた様子を見せるも隣のローキー・アルマから発せられる圧を感じ即座に態度を改めるバルル・アルマ。微妙に不安を覚えている該当者三名を引き連れて、そのまま執務室を後にする。ローキー・アルマは笑顔でぶんぶんと手と尾を振りながらの退室であった。可愛い。
「さて、では本題と行こうか」
最後の最後で弛んだ空気を表情と共に締め直して、ロイマンはアーデ姉妹へと沙汰を下す。
「襲撃の被害は極軽微な範囲に収まったが、
「……はい」
妹にしがみつくのを止めて、自らの足で床に立ったラジルカは、俯き拳をきつく握り絞めて震えながら言葉の続きを待つ。
「本来ならば現時点で処刑されてもおかしくはないし、被害が出てからは当然それを求める声が上がるだろう」
「……はい」
或いはその爆弾がお前や妹の命を奪うかも知れないのだ、と告げるロイマンの言葉は、ラジルカにとって最も起きて欲しくない、しかして決して可能性が低くない未来でもあった。妹が失われる恐怖に自然と妹の服を掴み、妹もまた姉に身を寄せる。
「故に……今後
「はい……はい?」
「流れ変わったな」
ラジルカは言い渡された『刑罰』を粛々と受け止め、その内容を噛み砕こうとして、明らかにおかしいそれに疑問を提示した。顔を上げて見たロイマンの表情は何故かげんなりとしており、次いで顔を向けたノーカはうんうんと腕を片方だけ組み、そこにもう片方の肘を置いて、手を顎に当てて支える様なポーズを取りながら満足気に頷いている。
「自由裁量権万歳。好きに使える部下最高。しかも今なら妹もセットで断然お得」
恐ろしい言葉が聞こえて来たので、ラジルカは改めてロイマンに向き直る。何たる事か、まるで養豚場のブタでも見るかのような冷たい目だった。残酷な目だった。かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店頭に並ぶ運命なのだな、とでも言いそうな。憐憫を含みながらも助ける義理は無いと不干渉または無関心を貫く構えがありありと見て取れる。豚は手前だとキレ散らかさなかった自分を褒めてやりたいとラジルカは思ったが、褒める以前に半分以上は被害妄想である。
実際のロイマンは、前途有望な若い芽を摘まれてしまいオラリオの繁栄が遠退いた哀しみで一杯だった。が、ノーカから横領案件を証拠と共にこれでもかと並び立てられた彼は、余りに無力だった。中にはノーカ自身の送った賄賂も含まれていたのが尚の事腹立たしかった。だからと言って改めるつもりは全く無いのがロイマンという男なのだが。
「それで、リリ……ルカさん、でしたっけ? どうしますか?」
「リリは、お姉ちゃんと一緒が良いです」
即答だった。何をとは一切聞かずに、考える時間を欲する事も無く、姉と運命を共にする選択をした。どうやら覚悟は既に決まっていたらしい。
ノーカの心中では弱って情に訴えようとした夢魔の如く原作を探し求める声が響いたが、何処からともなく響いて来た原作はもういないのよ、というオカンの声。そしてそのままその場で閃いたナイアガラバスターを受けたノーカの精神はマットに沈められたのであった。ててててーてーてっててー。催眠見切りの極意を取得した。
「では、お二人の住まいに案内しましょう。案内頂くのはこちら」
「アンジュですわ。よろしくお願いいたしますね」
「あらあら、このような場では正式な名前からですわよ。こんにちは、アルケー・アルマです」
現れた二人は翼を持っていた。翼を、持っていた。
この瞬間、ノーカと同系統の種族だと
「先方に話は通してありますので、そちらの指示に従って下さい。お給金は弾みますし、冒険者に返り咲く準備として実技指導もあります。楽しんで下さいね」
姉妹は曖昧に頷くと、アルマ達に連れられて退室する。向かう先は『なんでもクエストカウンターオラリオ支部』である。本日を境に二人の日常は一変し、常識は日夜更新され続ける事になるだろう。たまに気を抜いてモンスターの姿に戻る子がいるらしいし。犯罪者の寝言なんて誰も信じないので、見られても問題はない。実力的に逃げる事も不可能で、互いに相手を残して無謀な真似は出来ない。そのまま惰性で暮らしていけば慣れてしまう事だろう。
現状を鑑みるに、もしも姉のラジルカが居なくなったとしたら、妹のリリルカは良くて精神崩壊、悪くて後追いが関の山だろう。原作はノーカの知らない内に旅に出たらしいので、会いたければこちらから追うしかない。新劇『二次創作に原作を求めるのは間違っているだろうか』開幕です。
だが、だからと言ってノーカは全てを諦めた訳ではない。せめてベル・クラネルを神ヘスティアへ直行便で送り届けてでも【ヘスティア・ファミリア】を立ち上げ、他の面子をこちらで確保、一つや二つ握れるであろう弱味に突け込んで押し付ける形でもいいので加入させて、見た目だけでも原作再現する位の事はしなければ、と義務感に近い欲を抱いている。
なればこそ、リリルカ保全のためにラジルカを死なせるわけにはいかず、手元に置くのが一番早くて確実だとの結論に至った。同時に
「あ、あの!」
そんな思考をぎゅんぎゅん回しているノーカに対して、退室したはずのリリルカが戻って来て呼び掛けて来る。原作以上に小さな年齢一桁のリリルカはロリを上回りペドの領域にあり、暴力的な愛らしさは見る者の下半身ではなく胸を温める。しゃがんで目線の高さを合わせ、ノーカは言葉の続きを待つ事にした。
「はい、どうしました?」
「あ、ありがとうございます! お姉ちゃんを、救って下さって!」
まさかの謝礼であった。確かにするかどうか分からないが確実に仕込んであったから顎を外して自爆を阻止した。その意味では救った事になる。でも、顎は一度外れると癖になって大変なんだぞ。
「お礼は不要ですよ。私は場の被害を抑えただけ。貴女のお姉さんを救おうとしたわけではありません」
「でも、それでもリリは嬉しいんです。お姉ちゃんと一緒に居られて……だから」
「ふむ、ならばお礼を受け取りましょう。ですがあの二人はマイペースなので待ってくれるか微妙です。置いていかれない内にお行きなさい」
年齢一桁とは思えないしっかりした応対。パルゥムが特別早熟な種族なのかも知れないが、子役俳優並にしっかりしているとノーカは感心し、頭を撫でてからそっと小さな物体を渡す。
「あの、これは……?」
困惑するリリルカに、ノーカはそっと微笑みながら
「
とんでもない厄ネタを押し付けている事実を白状していた。勿論、特に意図はなく、唯のノリで渡しているだけである。
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