前回のあらすじ:オラリオを目指して全力で逆走したベル・クラネルは、気付けば街道を外れ道に迷ってしまった。深い森の中、野生の動物やモンスターに怯えながら彷徨うベルに襲い掛かる試練――それは野犬であった! 唸り声を上げ牙を剥き出しにする野犬を前に、5歳のショタベルは腰を抜かし涙ぐむ事しか出来なかった。高まる緊張、そして……野犬は吠えながら飛び掛かって来た! 反射的に腕を交差して顔を庇い目を瞑るベル。だが、神は――失礼、運命は彼を見捨てていなかった! 突然の悲鳴、そして遠ざかる駆け足の音。しかし余裕の無かったベルはそれらに気付かずただ備えたはずの衝撃が来ない事を疑問に思い、恐る恐る目を開ける。ベルの前に居たのは――見た事も聞いた事もない、円らな瞳を持った、膨らんだ餅を思わせる形の、ゼリーのような質感をした不思議な物体――どう見てもモンスターだった。
その日、少年は運命と出会った。
「うちの可愛いリリになんつーもん渡してやがンだてめぇぇぇぇ!?」
「まじょぉぉぉぉぉぉ!?」
スコーン、と良い音を立ててノーカの額に突き刺さるグリーフシード。しかしソウルジェムの穢れを移せるからか、ECOにおいては回復アイテム扱いなので実質ノーダメージ。当然、魔女が孵る事も……無い、かな、多分。そんな他愛ないやり取りが、【芸術家】の二つ名を冠するかつてのLv.2、現在絶賛一般人中なラジルカ・アーデの転生者バレに繋がった一幕である。
第二十四話:嘘、大袈裟、間際らしい――自分を神造兵器だと思い込んでいる異常者に見せ掛けた別ベクトルの異常者――
「嘘だろ……天界の神がプッツンして地上に降りた暇神や害神を強制送還させるために生み出した神造生体兵器……?」
情報交換をする中、ノーカは如何にも勿体振った風にみんなには、ナイショだよと前置きをした後で正体を教えていた。対するラジルカも訝しんだが、ノーカの実績と実力、特徴的な外見やノーカウントという名前の由来から信じてしまった。ECOの――アルマ・モンスターの知識が無かった事も作用したと思われる。パズドラともコラボしたんだけどな。対象のアルマは綺麗にオラリオ外の開墾部隊へ配属されているが。
転生者と言えども生前の記憶以外に特別な能力を持たない一般現地人。殆ど明かされないが故に知識を持たない天界事情、自分の存在から原作崩壊は避けられないとの思いにより不測の事態は柔軟に受け止めると決めた方針、原作に不在な異端の身である事から来る孤独感や寂寥感を抱える中で見付かった同類への仲間意識、複数の要因が重なった結果である。
実を言えば、前科が付いたとは言え妹を長く苦しめる悪徳独裁組織を、ザニスへの脱退金も払わず合法的に抜けられた事に対する一方的な恩義から来る信用が一番大きいのは、ここだけの秘密である。この先が幸せな保証は何処にもないが、既に姉妹共々危ない橋を渡ってしまっているため、開き直りに近い心境だ。
「まぁ、私や貴女のような想定外は今後も起きると思われます。大切なのは古かったり確度が低かったりする情報を鵜呑みにしたまま踊らされない事と、都度臨機応変に立ち回れる実力を付ける事です」
どの口で言うのかとツッコミの入りそうな台詞を吐くノーカだが、内容としては正攻法であり、ノーカの嘘に気付いていないラジルカにも納得が出来た。実力に関しては『神の恩恵』を持たない身には厳しい話だが、何やら一計を投じるらしいのでラジルカは素直に従う事を決めた。
「一先ずはアンタを信じるわ。どこの【ファミリア】にも属さないであの場所に居ればいいンだろ?」
「ありがとうございます。まぁ、悪い様にはしませんよ。リリルカさんにもよろしくお伝え下さい」
背を向けたまま手を振って返しクールに去って行くラジルカを見送り、ノーカは計画の修正案を練り始める。
自分の様な存在が居るのだから、他に居ても不思議はない。確かにその通りだった。が、ノーカは別段死んだ記憶を持っていないし、状況的に前兆も無く意識も出来ない即座の死を迎える要因は無い筈だった。故に認識はそういう設定を持ったいつもの夢であり、自分に出来る範囲で幸福を享受するべく動いている。
夢でスパロボ状態のごった煮シチュは散々経験したが、いずれも登場人物は公式のキャラばかりであった。第四の壁を突破してメタいネタを使う者はいても、現代からの転生者という神の――作品に対する消費者の視点を持った存在は出て来なかったため、無意識のその選択を除外していた。或いは現状も自分の夢であるという傲慢さが同等以上の存在を許したくなかったのかも知れない。ノーカは反省した。
同時に、自分の家族であるアルマ達の安全確保のために更なる力を求める事とした。考えられる最悪の事態としては守るべき家族との敵対で、それが実現しそうなのはナデポニコポの類である。美神に喧嘩売る様な特性を持つ輩が現れた場合は神の矜持と威信とに掛けて強制送還上等で『神の力』を発動して魅了した上で自害させる気もするが、ノーカ自身、無策のままとは行かない。まずはメンヘラMODを導入し、魅了されたら即心中を謀れる様にする必要がある。そのために衛星軌道上から常に自分をロックオンし続ける大出力レーザー砲の建設計画を立案するが、脳内会議の参加メンバーからジャンルが違い過ぎると却下された。でもECOって設定上はSFジャンルにも手が出せるんですよ……課金戦士癌DEMって機械生命体を造り上げたり、次元間移動できる技術を開発して飛空城を実現させたり、機動装甲要塞マイマイとか造られたり、墜落したそれらが街やダンジョン扱いの遺跡になってたり。
と、ノーカ、ここで気付く。
「……私、目隠ししてるからニコポ効かなくね?」
ナデポもそれを出来る身体能力がある相手なら物理的に無力化する事が出来ず割と詰みなので、後ろ向きな理由ではあるが考えから外せる事に気付いた。単なるニコポナデポ使いならば、最悪は召喚した各種マリオネットやパートナーを嗾けて諸共に葬ってからハートフルビーンズを献上して只管に甘やかしご機嫌取りをする……これに限る。
一応、滅多に無いが目隠しを外している場合もあるだろうし、念のため自爆できるようラジルカに特別な爆弾を作って貰う案で落ち着いた。他の戦闘系チートとかが来たらゾンビアタックを繰り返して説得的な意味での根勝ちをするつもりだし、アカシックレコード干渉系が来たら素直に諦める。それ以前に対話、そして同調圧力を可能とする戦力の充実を目標に再設定するのも忘れない。
と、言う訳で、同調圧力のための戦力確保の第一段階としてアーデ姉妹の育成計画の作成に移る。基本は王道である上手い食事と適度な運動を考えているのだが、『神の恩恵』というお手軽強化術のある世界でどの程度の効果が見込めるのかは不透明だ。だからこそ試金石になって貰うのだが。
ノーカの個人的な推測ではあるが、冒険者の【ランクアップ】に関する【経験値】の量は固定値があるわけではなく、『神の恩恵』を刻んでいる媒介である神血――即ち神の残滓による独断と偏見で決定されていると思われる。【憧憬一途】を許しているので感情は無いか限りなく薄いと思われるが。
後天的に発現する魔法は『神の恩恵』を媒介にし、【経験値】に依存するのだとか。つまり記録装置としての役割がそこにはあり、その記録から魔法の傾向を算出する機能も持っている事が推測できる。
多くの小人族を悩ませるレベルが上がりにくい性質だが、それもフィアナ信仰を持っていた過去が最近の範疇にある神々による種族単位への嫌悪感や、身体能力に劣る種族という認識から来る軽視による低評価が原因と仮定できなくもない。現に【ランクアップ】が確認されているパルゥムを眷族を持つ主神は、種族の特徴は知っていても個人を、しかも精神的な部分を評価している節のある、言わば愛を持った神である。
また、神血を媒介に『神の恩恵』を刻まれている冒険者は、ある意味で神から血を分けられた半神的存在だ。器の昇華とされている【ランクアップ】は、それを果たした高レベルの冒険者には全盛期を保つために老化が遅れる効果があることから、不変性を取得していると見る事もできる。つまり、【ランクアップ】の度に神へと近付いている。
或いはそれが示すのは『神の恩恵』という外付けの道具、またはそれを形成する残滓でしかない神血が力を付けているのであって、眷族の肉体や魂はそれに耐えられるような改造だけをされており、直接的な肉体の成長は単なる筋力トレーニングの延長でしか無いのではなかろうか。アナログではなくデジタルな成長も、改造に掛かる経験値の都合と考えれば納得できる。
長々と妄想を垂れ流したが、結論を言えば『神の恩恵』はJRPGで例えると最初から強い上に経験値を貯めて成長までする持ち主固定機能が付いた専用武器でしかなく、キャラクター本体のレベルやプレイヤーの技術を磨くのに必ずしも要る訳では無い。という希望的観測。効果の程度がメタルマックスにおける戦車並だった場合は頼る必要が出てきそうだ。
原作にはちょうど《ヘスティア・ナイフ》という生きた成長する武器があるわけで……あれ、混乱して来た。『神の恩恵』は《ヘスティアナイフ》みたいな物と言おうとしたら、《ヘスティアナイフ》には『神の恩恵』がある……? 『神の恩恵』によって生きた武器になると考えれば、眷族もまた『神の恩恵』によって武器になった人間であり……ノーカは後でゲーマーズに行って原作小説を読もうと考え、一旦思考を打ち切った。
「ノーカ氏は何故あんな適当にばら撒いているだけに見える動きで書類を所定の場所に置けるのでしょうか」
「むしろ私としては目隠しをしているのに書類仕事をできている方にドン引きですわ」
思考を続けながらも職場に向かい、書類との格闘に明け暮れるノーカの姿は、トラスーツを脱いでも浮いていた。物理的な意味でも浮いていた。リソースを一本化した現在、処理速度が上がった事で同僚から更に引かれるのだが、ノーカは気付く事が出来なかった。
明くる日、ノーカはアーデ姉妹の改造計画を立てながら、将来的には『異端児』に会わせる必要性を感じていた。
ノーカの知る『異端児《ゼノス》』は自身だけであるが、外見が人間に近く、元となるモンスターとも異なるらしいので、例としては不適切だ。そもそも身分を偽っている。それではダンジョンに出会いを求めるのはどうかと考えれば、アーデ姉妹は現在『神の恩恵』を剥奪されており、ダンジョンに潜らせるには心許ない。逆にダンジョンから『異端児』を連れ出すのもまずい。その前に探し出すのが先だが。
神ウラノスや神ガネーシャは『異端児』の存在を認知していたし、居場所の候補くらいは把握していそうだ。機会があれば尋ねようとノーカは心の中のメモ帳に書き込んでおく。ここでフェルズに話を通せば早かったのだが、ノーカから見たフェルズはポンコツがローブを着込んでいる存在であり、借りを作るのも好ましくないため、除外された。世の中は何時だって簡単に行かない様に出来ているのである。
その時、ノーカに電流走る。
「……オカンに直接聞けばいいのでは?」
考えて見れば、送り出されてから一月が経過している。報告の一つでもしてやらねば、あの愛すべき馬鹿は何かの拍子にノーカの存在を忘れて似たような存在を造り出そうと躍起になっている可能性もある。大学や就職で実家を離れて長期休暇に帰省したら侵入者扱いで吠えて来た犬の如く。そう、吠えた相手の正体に気付いて尾を丸め、ごすずんに吠えたんでねーですよとばかりに顔を背け検討違いの方向へ誤魔化すように小さく吠えてから上目遣いで様子を伺いピスピス鼻を鳴らして媚びて来るまでがデフォである。
生むだけ生んで後はポイする無責任な母であるならば、ノーカとしても容赦する気は無い。適当に闇派閥っぽい神を誘拐してダンジョン奥地へ連れて行き、思い出すまで……思い知るまでリソース馬鹿食いしてそうな黒いモンスターを産ませてはぶち殺しを繰り返す強制ダイエットのお時間である。思い出したらダンジョン内部で致命傷を受けた神が『神の力』を発動させた際に天界への強制送還が成るのか実験する。出来てしまいそうなら、その場で仕様が変化して文字通りの効果を発揮するようになっていたスキル【魂抜き】を試して、通ったら武器やマリオネットに突っ込んで御魂……擬きを造り出す実験だ。相当に邪悪な行為なのは重々承知だが、一種の延命治療に繋がる可能性のある技術である。『異端児』の人化にも応用が利くと思われるので、ノーカとしては是非試しておきたい。犠牲になる神は……化身を作らず直に降りて来るのが悪い。
実は精霊がそれに相当しなくもないのだが、ノーカは知る由もない。【アパテー・ファミリア】襲撃時に巻き込んで鏖殺している精霊兵の存在にも気付いていない。憑依装備のサラ美ちゃんはエレメンタラーを内包するデュアルジョブのおかげで気付いているのだが、悲しいかなECOにおいて精霊はMOBに過ぎず特別な存在ではない上に、精霊兵も属性持ってる敵程度の認識だった。更には中の人がノーカと同じなので、愉快犯気質から黙っているのであった。
問題は、ノーカ自身の纏う気配がオカン或いはダンジョンからどう判定されるかである。
この世界の神は神威と呼ばれる気配を常に発しており、それ故にヒューマンと然程変わらぬ姿でありながらも地上の人間から神だと認識され、命を奪われる事態を回避出来ている。大神や戦神といった一部の存在であれば、神威を絶って一般人に紛れる事も出来るらしく、原作でも神ヘスティアや神ヘルメスがダンジョンに潜る際は神威を抑えていた。あれでオリンポスだかオリュンポスだかの十二神と呼ばれる相当に格上の神なのだから、世の中は不思議で満ちている。というか有名所が軒並み降りて来ている天界のギリシャ相当地域は大丈夫なのだろうか。内閣が総辞職しても官僚が残れば国は回る感じなのだろうが。
ノーカはノーカで、神とは明らかに違うが人間ともまた違う独特の気配を薄らと纏っているらしい。上位転生により上位種族への先祖返りを起こしている事が原因だろうか。これがある限り、メタモルフォーゼを使った変装も通じないのでは、と言う懸念を持つ事になったノーカである。しかも本人に自覚は全く無いので制御不能。なのだが、闇派閥切っての武闘派である不正相手に奇襲が成立する程度なので、無視しても良いのかも知れないとも思っている。そもそもオカンがノーカを覚えているなら問題ないのだが。
物事というものは考え得る最悪の更に斜め上を行く傾向がある。なので、せめて最悪の段階に備えておくに越した事はない。黒い階層主とのガチバトルなど単独では長引くし、手札を解禁すれば短期で済むかもしれないが今度はやり過ぎる可能性が高い。何せ、短期決戦を仕掛ける場合の筆頭は御魂・アリア、馬鹿デカい銃からの大火力は、地面から人造迷宮の壁まで貫通させた件で証明済だ。ダンジョンの階層をぶち抜いて冒険者を巻き込み兼ねない。いっそスキル石・クローキングを使えば気配も透明にならないだろうか、と願望の域に至ってしまった所でノーカは考えを打ち切った。
「書類の霊圧が……消えた……?」
苦節一ヶ月とちょっと。山の様に積まれていた書類が、綺麗さっぱり消えていた。ノーカは遂にやり遂げたのである。
「じゃあ次は精査に移りますか。に、しても相場から外れた取引とか良く記録に残せますよねぃ。前回仕入れの在庫だから変動前相場で取引しただけとか言われたら引き下がりますけど、向こうは代替わりしてますし後ろ暗い情報まで引き継ぎしてるのかどうか……」
だがそれは、氷山の一角を崩しただけに過ぎなかった。現在はオラリオの外に本拠を構える商会や個人商との交易についての簡易調査を終えたに過ぎず、オラリオ内部に至っては未だ手付かずの状態であった。ノーカが安息を得る日は遠い。