藁の中に埋め込まれたノーカは、唐突な閃きに身を任せ全身に藁を纏う事で藁からの異物判定をすり抜け藁の海を自由に泳げる様に……なるわけはなく、出来の悪い藁人形のような姿で積まれた藁の中から現れた。
「がおー」
「……いいからさっさと行きましょう。話の途中だったから待たせてるの」
「ッス、ッセン」
タランチュラ・アルマは珍妙な格好には何も触れず、ただノーカの手を引いて小屋を後にする。
ノーカとしてはその場から離れた時点で話も一度終わった認識だったので、タランチュラ・アルマの指摘に申し訳なさを感じており、されるがままだった。
見送る推定
第二十七話:続投、開拓地――暗黒期が黒歴史的な意味を得る日まで、あと――
「
「恥ずかしがりながら帰って参りました」
「あ、本当に無事なんですね」
「……これだけ台詞と態度が合わないのは神でもそう見かけないぞ」
格好には触れず、無事を知り安心と感心が混ざった顔のベル。無事は予測出来ていたため驚きはしなかったが、堂々とした態度と珍妙な格好での登場に呆れと後悔を隠せないアルフィア。お子様の教育に良いとは思えない相手なのは確かである。
「とはいえ、目的は顔合わせですので果たされてるんですよね。今後のやり取りはうちの子を経由する事になりそうですから、何か直接見極めたいとかで聞いておきたい事があればどうぞ」
「特には……いや、一つ聞かせろ」
「はいな」
「オラリオの暗黒期、どう終わらせる?」
アルフィアの問いは、この世界の行く末を憂いてのものだった。
だが、この開拓地で……そして昨夜訪ねてきた神に聞かされた現状は、余りにも情けないものだった。ベルに会わず、自分の体調に起きた劇的な変化が無ければ、自分を薪にオラリオを燃やし次世代の糧になる覚悟を決めていたかも知れない。
それ以前に、ベルとの出会いが、果てない夢を抱く彼の存在が、優先順位を変えた。もはやオラリオを萎縮させる暗黒期は疎ましいものにしか感じられない。
アルフィアの私見では、ベルが『
そこまで育てば、話に聞く暗黒期でも十分に身は守れるだろう。自分が堂々とオラリオに入る訳には行かないため、目の前の
ベルに流れている
「そうですね……」
問われたノーカは少しだけ考える様に腕を組み、空をぐるりと見回してから地面へと視線を下ろし、こちらへ向き直ると口を開く。
「三年を目処に
それはどこまでも無機質で、しかしある意味ではひたすらに感情的な、自分の物差しに対してではあるが絶対の判断を下す裁定者のものだった。具体的には
「……いや待て、恥ずか死ぬ?」
一時は空気に呑まれかけたアルフィアだったが、心中で反芻していたら明らかにおかしい文言が入っている事に気付いた。
「恥ずか死ぬ……それは天元突破した恥ずかしさからいっそ殺せと悶える余り脳がその願い叶えてやろうとばかりに意識または魂を手放す現象を言います」
「……つまり?」
「盛大に壮大で悲劇的な喜劇でオラリオを世界中の笑い者にします」
脳が理解を拒むのを無理矢理押し通し、内容を咀嚼する。仮にも目的の一つに
「……死者は?」
「制御不能な
酷かった。当初とは真逆のベクトルになったが、血の通った人間の考える内容ではない。堕神共でさえ見守るスタンスは崩さず、そこまでの手間を掛ける面倒は厭うだろう。アルフィアは
「あの……シリアル……とかサイコとかって何ですか?」
ここでベルの素朴な疑問が投げられた。ノーカはすかさずキャッチアンドリリース。解放されるまでの僅かな時間で答えを得た疑問はそのままベルの元を目指し、アルフィアに踏み潰された。純真なベルのイメージに合わない多脚でカサカサ走っていたのが悪かったと推測される。
「シリアルキラーというのは人殺しを何度もする人を言います。今回の場合は弱い者虐めが好きで罪の無い人を襲う連中や、標的以外を手に掛ける三下暗殺者なんかですね。そういうモンスターみたいな人が居ると理解はした方が良いですが、納得も共感も不要です」
ノーカの説明を聞いたベルは、単純に悪い人としか認識出来なかった。まだ年齢は一桁の中盤、必要な殺人の是非を考える段階ではないので、理解としてはそれでも十分だと言えよう。
「また、ここで言うサイコパスは性格的に社会――ギルドの目指すオラリオの街に馴染めない人の中で、特に良心や共感能力が無いし育めない……えー、他の人の痛みや哀しみ、逆に喜びなんかを理解して、慰めたり一緒に泣いたり喜んだり出来ない人です」
今度の説明も良く分からなかった。ベル自身は他人が泣いていたら泣き止ませるために理由を聞き、泣かせている原因をなくするために頑張れてしまう子だ。そしてそれをしない人を見て、そういう人もいると流すのではなく、泣き顔よりも笑顔の方が良いのになぜ泣き止ませようとしないのか、と疑問に思う段階である。しないどころかできない人の存在など想像すらしたこともなかった。
そんなベルの困惑が顔に出ているのを見て、ノーカは苦笑した。これは
気を取り直してアルフィアに追加の説明をしてもいいかと視線をやれば、同じく苦笑しており、軽く頷きを帰して来た。
ノーカは虚空から紙芝居セットを取り出し、サイコパスについての凡例を出して説明を始める。その動作にアルフィアが目を丸くし、ベルは目を輝かせたが、説明が始まってしまったため疑問を挟む事は出来なかった。
「例えばゴミ拾いをして街を綺麗にするのが好きな人がいたとします」
言いながら、ピカピカ光る綺麗な街並みに立つ一人の棒人間が描かれたスライドを写す。背景に対して貧弱過ぎるメインキャラの画力に、あのアルフィアがずっこけた。ベルはスライドと説明の声に夢中で気付かなかったため、義母の威厳は保たれた。
「でも、その人は綺麗な街が好きなわけではなく、綺麗にする事が好きなんです」
「???」
ベルからすれば何が違うのか分からなかったので、頭の上で疑問符が踊っていた。
「だから綺麗な街にわざわざゴミをバラ撒く人もいるんですよ」
「えぇ!? なんで!?」
ゴミを撒くと言いつつ新しいスライドには炎に包まれた街並みにモヒカンと刺々しい肩パッドを着けた棒人間。唐突な悪行に、ベルはハッキリ理解出来ないと混乱した。それが視覚情報に対してなのか、聴覚情報に対してなのかは不明である。
この辺りは大人でも理解出来ない人は出来ない。その場合は自分と違う異常者の理屈を
「ゴミ一つ落ちていない綺麗な街では大好きなゴミ拾いが出来ないから、です。他の人は綺麗な街に住みたいからゴミ拾いをして街を綺麗にしますが、この人はゴミ拾いが好きでやってるから結果的に街が綺麗になるだけなんです」
「えーと、じゃあその人は汚い町に引っ越ししないの?」
内容の理解に努めるベルは、自らの理解度に対する確認の意味も込めて、一つの質問してみた。これにはノーカも感心する。
「そうですね。同じような趣味の人でも、綺麗な街を好きな人の気持ちが分かるなら、自分のためだけにゴミを捨てて汚したりしません。別の趣味を見付けたり、ベルくんの言ったように新しいゴミ拾いできる街を探す人だっているでしょう」
「あ……そっか。だから他の人の気持ちが分からない」
ベルが理解に至ったのを確信して、大きく頷きながら新しいスライドに移り、説明を続ける。
「周りの人は街を汚さないでとやめるように言いますが、他人の気持ちが分からないので聞いてくれず、自分のために何度でもゴミを捨ててしまいます。周りの人が先に片付けてしまうと怒り出して襲い掛かったりもします。そんな困った人には街から出て行って貰わなければなりません」
ノーカの台詞と共に若干内容の違うスライドが表示されていき、最終的にサイコパス役の棒人間は首を吊られて死んでいた。その首の、生者にはあり得ない角度が、シンプルな棒人間でありながら不要なリアリティーを醸し出していた。何なら槍で貫かれていたりもしている。
「ふん!」
「ウボァー」
「えぇぇぇぇ!?」
放たれた安定のドロップキック……と思いきやまさかのライダーキックがノーカを襲ったが、その場にいた
「と、まぁオラリオから出て行ってもらう悪い人の説明でしたが、ベルくんはわかりましたか?」
爆炎の中から当たり前の様に現れたノーカは、藁が焼け落ちて黒尽くめに格好が戻っていた以外は何も変化が見られなかった。ぷるぷるに出会って以来続く非現実な光景に慣れつつあったベルは声を掛けられても平常心で
「あ、はい」
無かった様だ。若干笑顔が引き攣っている。若干で済んでいる辺り、子供の適応力は素晴らしいとノーカは内心で拍手を送っていた。
「うんうん、善哉。でもサイコパスは距離の取り方や気の遣い方が難しいだけで、殴れば死ぬ普通の人に変わりありませんから、鍛えれば問題ありませんよ。サイコパスだから悪なんて道具の使い方も分かってない頭悪い考え方をしないよう、ベルくんも気を付けて下さいね」
「はい……えっと、サイコパスって見分けが付きますか?」
「その場のノリで調子のいい
指折り数えて考えられる要素を列挙したノーカだが、その要素が挙がる度にベルの笑顔が引き攣っていき、アルマ達は頭を抑え天を仰ぐ。言い終わって改めてベル達の方に向き直った時、そこに彼らの姿は無かった。
「な、何故……」
ノーカの疑問に対し、返って来た答えは手鏡だった。
その場の思い付きで吐かれるバレバレな嘘。概要だけでは荒唐無稽な大言壮語にしか聞こえない人道に悖る計画。時間を置かずに披露される多種多様な奇行。破壊されたまま修復されていない小屋の壁……傍目には要件を満たし過ぎていた。
がっくりと膝を突きorzのポーズを取るノーカの肩にポンと乗せられた手。ノーカが顔を上げて振り向けば、そこには笑顔のタイニー・アルマ。視線が合うと、タイニーアルマは肩に置いた手を離し、すっと人差し指を向けて
「 m9(^Д^)プギャー 」
膝から下は使えないが十分に腰の回転を使った右フックがタイニーアルマの腹部を捉えたのは、その2秒後の出来事だった。