「一口に
だそうな。ノーカとしても大きな組織の掌握がどれほど難しいかは知っているため、求めるのは参加を逃すのが惜しいと思わせる大きな計画の存在を仄めかして
「単純なのは三年後に一週間でオラリオを滅ぼすとかですかね。それまでオラリオの外に協力者を作って有事に孤立させられるように、状況を操作できるように内通者も必要ですね」
「三年じゃ内通者は難しくないか?」
具体的な数字は、ノーカの持っている情報に都合の悪い方向へ上乗せしたものを基準に考えられた計画……と呼ぶには杜撰な雛型に用いられているそのままの値だ。
人の嘘を見抜く神が存在するオラリオにおいて、他者を欺き続ける必要のある内通者は非常に難しい立ち回りを求められる。
信用を得るためには裏心を見せないまま危ない橋を何度も渡る必要があり、探りを入れられるのも一度や二度ではないだろう。
かといって、疑われない程度の信用を得てしまえば神や上層部と接する機会が増え、扱き使われる事になる。或いは絆されてしまい寝返る可能性すら出て来てしまう。
疑いの目が向かないよう埋没すれば、そもそも重要な話は入ってこないので論外だ。探りを入れた時点で目立ち、疑われて吊るし上げられて終わる。
恋愛の飽きであったり、仕事の一人前であったり、三年の月日は伸るか反るかの分岐点になりがちだ。そのような不安定な時期にある者を使うのは、正直デメリットが大きい。
「どうせ既に仕込み終わってるでしょう。詳細は知りませんが、タイミングとしてはゼウスとヘラの失敗辺りからか……人に比べて神は気が長い。逆もいるでしょうけど、容赦の必要が無い分だけ炙り出される率は
確認の意味と捉えたノーカは手を振ってスパイ――それも多重だらけなオラリオの現状を述べる。エレボスは知っていて放置かと呆れながらも、自分の描く図との擦り合わせを兼ねて次の確認に移る
「なるほど。それで、一週間で終わるオラリオ滅亡のプロットはできてるのか?」
「ラジルカ・アーデというパルゥムに爆弾を作らせていたそうです。湿気る前に使うべきなのに、使われた形跡がない……大方ダンジョンの中で分解して、製造方法の推測と実証でもしたんでしょう」
「いや、オラリオの外に持ち出して行ったそうだ。隠遁生活を営む腕の良いドワーフがいてな、
エレボスはノーカの予測を一部訂正する事で他を肯定しながら、そういえば目の前の珍獣は例の小人の襲撃を防ぎ爆発を浴びた張本人であったと思い出す。
「うーん、これだから世捨て人は」
「趣味人は予想も付かない面白い事を仕出かしてくれるから個神的には大歓迎なんだがな」
「それには同意します。まぁ、
後は獣人対策に臭いを漏らさない工夫が出来れば初手全滅も夢ではない。そんな風に締めるノーカの言葉に、エレボスは首を縦に振る。後はどう目を逸らさせて、本懐を遂げさせるかだ。
「暗黒期が終わったと広まれば人は集まるでしょうし、人口の三割くらいまでなら犠牲を許容できると思うんですよ」
「それでいいのかギルド」
「いいんですよ。どうせ見せ掛けですから」
「見せ掛け?」
計画の一要素である被害の大きさについて許容の姿勢を見せるノーカに対して、エレボスは軽く引き攣った笑みで返す。
それをフォローする発言は、エレボスに疑問と興味を覚えさせる。爆弾を使った自爆攻撃を考えているエレボスとしては、どうやっても死んだ振りなど通じず、犠牲者は多数出る。そうしなければタナトスを筆頭にした神々が納得しない。
「まぁ、協力して頂く内容にも関係しますので一度体験して見るのがいいかと」
言いながら、ノーカは懐から紫色の石を取り出して、砕く。
途端に場の空気が変わり、視界が歪んだかと思えば周囲の景色が変わっていた。
「これは……」
控えていたヴィトーがエレボスの前に回り、武器を取り出して目の前のノーカと周囲を警戒する。
「空間転移? それにしては……地形が似ている」
「まぁ、次元断層と呼ばれる現象がありまして。割と混沌としているそこを安定させた上で入り込んでいます。その場に残る想いを反映させている……んじゃないですかね。土地の記憶とでも言いましょうか、そんな感じで地形は似るのかと」
「……判明してる訳じゃないのか」
ノーカの曖昧な説明にエレボスは考え込む。現象そのものは似た事例があるものの、これは神々にとっても未知に分類されるものだ。内容によっては計画の程度を変更する事も考えられる。
「では、まずは『
言葉の意味を把握する前に、エレボスの視界からヴィトーの姿が消えた。代わりに、ノーカの姿が目の前にあり、手をぷらぷらと軽く振っている。
「……は?」
エレボスが疑問の声を上げた直後、左側から衝突音。即座に反応して視線をやるものの、土煙が立ち込めて良く見えない。
ノーカが小走りで土煙の中に入って行き、少しして影が見える。そこから抜け出て来たのは、ぐったりとして動かないヴィトーの首根っこを掴んで引き摺って来たノーカだった。
「ご覧の通りです」
「すまんが何が何だかわからんぞ」
強いて言うなら気絶こそしているものの、死んではいないようだった。だが、只人と変わらない能力しか持たないエレボスには単なる上級冒険者同士の戦闘と何が違うのか判別が出来なかった。
判明したのは、少なくとも上級冒険者である
「ふむ。まぁ実験したい最初にして最大の目的は達成しました。【アパテー・ファミリア】では耐えれなかった攻撃を受けても無傷で済みましたけど、彼ってLv.8とか9とかあります?」
「……いや、そこまでではない」
エレボスはノーカの言葉を疑うが、否定できる要素を見つけられなかった。
やろうと思えばエリクサーや幻覚魔法等が考えられるが、すぐに露見するようなやり方でしかない。強制力のある契約や誓約をするわけでもないのに一時凌ぎをする必要はないだろう。
【アパテー・ファミリア】はオラリオの外に居た極一部の例外を除いて行方知れずだ。その例外でさえ、主神の送還により『
直後の
「でしたら概ね成功ですかね。ちゃんと無傷でしょう? 不死性の付与が確認できた……つまりここでなら死ぬような目に合い続けられるということです」
「おいおい……」
育成が捗りますねぃ、と楽し気なノーカの様子に、エレボスはドン引きした。普通に考えて、精神が無事で済む訳がない。
しかし同時に、目の前の黒尽くめはつい先程オラリオの人口の三割なら許容する旨を発言した存在である。 黒竜討伐が叶うなら精神崩壊の一人や二人は出して当然と考えていてもおかしくはないと、エレボスは納得もしていた。
或いは人間への理解がたりていなかったり、心が折れ砕け様とも立ち上がる英雄を求めていたりするのかも知れないが。
「……う、うぅ」
「ヴィトー!?」
ヴィトーが呻き声を上げたため、エレボスは詳細を追及する事が出来なかった。
「ここは……私は確かピンク色のカバに呑み込まれたと思ったら砂漠を横断していて、空から降ってくる魚の群れを狙う巨大なサソリが月を挟で……」
「もういい……! もう……休めっ! 休めっ…! ヴィトーっ…!」
エレボスはヴィトーに近寄ると抱き締めて訴える。その言葉を聞いたヴィトーは子供の様な笑顔を浮かべた後、全身から力を抜いて首もがくんと下げた。
「う、うぅ……ヴィ、ヴィトォォォォ!」
エレボスは哭いた。己が選んだ唯一人の眷族に無理を強いてしまった事に。潰れそうで潰れないギリギリのラインを攻める事を楽しんでいた筈が、見誤ったせいで潰してしまった事に。ヴィトーが目を覚ますまでどうやって暇を潰せと言うのかと、エレボスは慟哭した。実に邪神である。
「ヴィトーと師匠って響きが似てますよね」
「……おぉ、マジだ。今度からたまに間違えて呼ぼう」
だが、ここには下らない事を考えさせたらそれなりに出来る
「それじゃ、次は『
「あぁ、だからヴィトーを気絶させたのか」
『
ショックを和らげるため、或いは取り乱した場合に気絶させる手間を省くため、ヴィトーの意識を絶ったのだろう。そう、エレボスはノーカの真意を見抜く。
「え?」
「うん?」
違ったらしい。ノーカは首を傾げて、そのまま一周させた。それを見て率直にキモいと思いつつ、翼の形状から考えて鳥の成分だろうかと冷静な視点をキープしているエレボスは、ノーカの言葉が意味する事に気付いた。気付いて、しまった。
「待て、考え直せ。神は不変だ、いくら鍛えようとしても傷は元通りにまでしか回復せず筋肉は成長できない」
「でも眷族が死なない空間ですよ? 神にだって影響があるかもしれません。」
「それは確かに気になるが、確認は別の神でしてくれないか。俺が送還されたら
「そこは素直に飼い殺しと表現しましょうよ」
「畜生やっぱりか! こんな所に居られるか! 俺は逃げるぞ!」
えれぼすは にげだした!
「ディーフェンス、ディーフェンス」
しかし まわりこまれてしまった!
「まぁ想像して見ましょう。意識を取り戻したヴィトーさんが最初にして目にしたのが、顔はそのまま首から下はムキムキマッチョになった神エレボスだったら……?」
「やれやれ、少しばかり本気を出す時が来てしまったようだな……ちなみに肉襦袢とかって」
「こちらに」
ノーカの提案はエレボスの他者をおちょくりたい本能をダイレクトに刺激するものだった。
変化球で謎の生物の胸部から首だけ生えた取り込まれてしまった姿になるのも考えたが、実現しそうで怖かったので敢えての直球勝負だ。
念のため最後の手段を確保したいと思い尋ねれば、打てば響くとばかりに用意されていた……謎の装置。
「なにこれ」
「搭乗型パワードスーツです」
「とうじょうがたぱわーどすーつ」
思わず真顔になり聞き返せば、返って来たのは聞き覚えのない言葉。これまた思わずで鸚鵡返ししてしまうエレボス。
それはちょうど金属で出来た巨大な人形の様な見た目で、腰から胸に掛けて人が背を預ける形で乗り込むスペースを持っていた。
シルエット的には謎生物に取り込まれた想像と合致する……むしろ謎装置の生体部品と化した姿を披露する事になるので、これはこれで有りだな、と考えたエレボスであった。
ちなみに、意識を取り戻したヴィトーだが、驚いたり嘆いたりは全くせずに『こいつまた馬鹿な事やってんな』なんて顔をして、エレボスの操る搭乗型パワードスーツの鉄拳制裁を受ける羽目になり、体と意識とを飛ばすのであった。
搭乗型パワードスーツの性能にテンションを上げたエレボスは、ノーカに提案されるがままこの後めちゃくちゃ狩りをした。が、騎乗パートナーに分類される装備なのでエレボスに経験値は一切入らず、不変性の確認が出来ないとノーカが気付いたのはヴィトーが再び意識を取り戻す三分前の事だったとか。