そうして少女は決して得られる事のないボーナスを求めてダンジョンを徘徊するようになり、冒険者もモンスターも等しく襲い続けた。
永きに渡る放浪の果てにいつしか求めていたものが何だったのかさえ忘れてしまい、その頃には体も疾うに朽ち果てて植物の集合体へと変わっていた。
それでも尚、少女だったものは今もダンジョンで何かを探すように彷徨っている――これが狂い生す堕天の苔と呼ばれるD.O.Eに伝わる逸話じゃ。いやはや、人の執念とは凄まじいもんじゃのう
(イベントナビの矢印に沿って移動しながら更に細かな情報収集をすること数階層すっかりオカンことダンジョンの意思とは打ち解けて思わず日本とかECOとか口走っちゃいけないワードを口走ったり地上に下りていそうな神やその眷属等の名前に原作の出来事といった産まれたばかりのモンスターじゃ知り得ない情報をポロポロ溢したりもしたけど私は元気です皆様如何お過ごしでしょうか)
(誰よ皆様。というか打ち解けたって、アレでなの……)
開幕ガバ報告。
誰に向けたものなのかというオカンからのツッコミは至極真っ当なもので、内容も同じような異世界出身者が耳にしたならば思わず遺憾の意を表明したくなるであろう大失態。
とはいえ、少女としては開き直りに繋がっており、迷いを断ち切ることができたので一概に悪いとは言い切れなかった。
オカンもまた情報の開示に気を許したのか、あるいは公平性を気にしたのか、はたまた単に目的の達成に役立てられそうだと思ったのか、ダンジョン側の――恐らくは原作から乖離した独自の――裏事情の数々を半ば愚痴の形で少女に与えてきたので、どちらかと言えば良い結果なのではなかろうか(不安)。
愚痴を聞かされた少女とはダンジョンを運営するタイプのゲームを参考にした強化計画などを考えており、すぐにでも立案したくて堪らなかったが、実のところ情報の濁流に呑み込まれたオカンがキャパを超えてダウン気味なので控えている。ウィンドウの枠を黄色くしたり赤くしたり汗やら三本線やら目まぐるしくエフェクトを表示させ続けたりする様は見ていて中々に愉快だったと振り返る少女の視界内では、最終的には枠と文字とを赤く染めながら氷嚢を乗せるエフェクトを貼り付け煙を上げる状態に落ち着いている……と言っていいのか不明だが、一応容態は安定したウィンドウが映っている。
なお、少女は言われたことだけでなくそれ以外もできて一人前との考えを目にしており、許可がなくともできる部分はやってしまおうかと余計なお世話を考えている。近くオラリオでは多数の行方不明者と気持ち多目なランクアップ者とに恵まれるかもしれない。
(いやー、そりゃ役割以外は特に弄らず使い回した筈の子がここまで分かりやすく規格外ならどれだけ鈍くても、ねぇ?)
如何にポンコツオーラ源泉掛け流し且つ母性溢れるオカンとは言え、見て見ぬ振りは出来なかった。
目的が目的だけに回数を重ねる事になるだろうとコスト削減のため戦闘力は据え置きどころか恩恵なしの人間並にしようかとすら考えて思い止まった筈の子が、戦闘モードとでも呼べばいいのか意識を切り替えたであろうタイミングで纏う気配がそんじょそこらの強化種を上回り間違いなく深層の階層主でも通じるというかその昔ダンジョンから旅立って行った特に優秀だった子達並に強くなったのである。
それを受けてなお逃げることなく襲い掛かった子等にオカンは心の中で謝罪した。そうなった理由がコスト削減のために知能を削ったからに他ならないことを知っていたからだ。実に世知辛い。それはつまり未来または過去はたまた大穴として現在進行形でベル君をトマトにする、あるいはしたであろう個体を含むミノタウロス君達は反省してと素直に言えないことにも繋がる。危険を予測できる程度の知恵と恐怖の宿る余地を与えていたが故に。
話を戻そう。
ダンジョンの意思たるオカンをして認められる少女自身の強さ。しかもそこに少女とは全く別種かつオカンすら初めて認識する新種のモンスターを呼び寄せて群れを作り出し、何種かは呼び寄せた本体と同等かそれ以上に強いときた。
人間の呼称で言うインファントドラコンが最も弱そうな小さい二頭身の小熊を思わせる縫いぐるみ――タイニーゼロという名らしい――に飛び掛かったと思ったら、滞空中に紫色の液体を吐き出しながら体を骨ごとグズグズに溶かしていき灰になりつつ魔石だけで縫いぐるみの被る三角帽子にポスンと飛び込む事となった。
そんな非常識な光景を見た時は驚きと呆れが限界突破して大きな光が点いたり消えたりする幻覚に意識を委ねかけたのはオカンの記憶に新しい。
加えて、会話を通じて予想以上の知識とそれを活かす知能を持っていることも確認できた。
本人が言うには受け売りらしいが、人間からは悪意に満ちていると称されるダンジョンを運営する立場にあるダンジョンの意思ことオカンをしてえげつないと思う悪辣な手段もポンポン出て来る。これならば地上に蔓延る神々を如何様にもでき、屠るにも障害は少ないだろうとオカンも一安心である。思わず漏らした契約の内容だとか自身の性へk、特異性だとかも上手いこと取引材料に使ってくれるに違いない。
余談だが、これ量産すれば力押しで地上を制圧できるのではと思い、実際に後日同条件で何体か産み出してみたら、当たり前に弱い上層の子が産まれたのでホッとしたようながっかりしたような。その弱い子は最初から最後までオカン監修とはいえやはり異端児には変わりないので皆当たり前に通常モンスター達から襲われ、当たり前に倒された。合掌。
(さて、そろそろ地上ですし召喚の類は止めておきますか)
少女はダンジョン内部を地上目指して進み(戻り?)ながら、戦闘能力以外にも各種インターフェースの機能やアイテムの内訳を確認していた。
結果、幾つかのスキルやアイテムはゲームの仕様から外れて効果がより有用なものに変わっていたり、パートナーは本人の自由度が増し魅力が限界突破していたり、装備に憑依されているままで同じプレイヤーであるはずの中身も独立した意思を持っていることが判明したり、ログアウトボタンが普通にあって押したい衝動に駆られるもどうなるか怖くて実行できなかったり、時空の鍵を使ったら何故か水牢セーブになっていたのが怖くて飛べなかったり、飛空庭起動キーがある以上はオラリオの空に浮かんでいるか確認する必要があると思ったらジャストタイミングで取り纏め役を買って出たプリンセスヴァルキリーからウィスパーチャットが飛んで来てパートナーとの遠隔連絡手段という極悪な情報アドバンテージに笑みが零れたり、極一部の要素が仕様変更の枠に収まりきらないサービス継続下ならばメンテ待ったなしなチートやバグに変じていて少女があるあるさんとこの探険隊を呼ばなあかんくなったり目にしたオカンが宇宙を感じていたりしたが、不都合な点はほぼ見当たらず大体を把握できていた。
浅い階層だけあって、人間がミニマップという名の実質レーダーに映る機会も増えている。
途中で憑依が解除されるのも気にせず着替えたりもした(何故かオカンから叱られ人間の常識を説かれた)が、現在の姿は最初の服装に戻っている。とはいえ服装以前の部分でオラリオの雑多な街中にあってなお目立つ外見である。
よって、このままでは問題になるのではとの懸念から、憑依している元プレイヤー現異世界からの移転者(オカンからは恩恵のない人間判定)をメインにする案や、装備しているパートナーの姿に変身するブリーダーのスキルであるメタモルフォーゼを用いる案が提示されたのだが、憑依者連中からは「これはお前の始めた物語だろ」と微妙に時空の歪んだ台詞と共に高みの見物を決め込まれ、何かあっても「(レア)スキルです」の一言でゴリ押しできる(気がする)と諭されて少女自身も納得できたので存外気楽なものだった。服装も辺境の伝統衣装とか言えば誤魔化せるはずだ。
退屈過ぎて娯楽を求めて下りてきたとかいう控えめに言ってクズな神々の興味感心を引く可能性は高いが、対策はある。
少女の身はモンスターであるため恐らくは神の持つ人間の嘘を見抜く能力が通じない。仮に下界の住人とやらが人間に限定しない範囲までが広がろうと今の姿を基準にした魂は異世界出身で、中の人の魂に至っては原作という形で神よりも上位の視点から物語を眺める立場にあったのだから、純粋に下界の住人と解釈するのは難しいはずだ。
そして神は下界行きの条件でその権能を封じている以上は天界との交流は不可能。更には一般人レベルまで能力が落ちているにも関わらず自ら超越存在と驕ったまま。即ち騙し放題なのである。
というか全知零能などと嘯きながらも下界に未知を求めるのだから全知(笑)だとしか思えず、原作でも憧憬一途のようなレアスキルや殺生石のようなレアアイテムを知らない事実がそれを確信に変えてくれる。
仮にその全知(笑)で矛盾に気付いても超越存在の余裕で騙されてくれるまでありそうなので、取り敢えず足元を掬わせてもらう腹積もりである。
唯一の懸念は自分以外の転移または転生者がいる可能性で、自分のようなイレギュラーが起きている以上は第二第三の……むしろ先達の可能性もあるのだから第一や第零の存在もいて不思議はない。生憎とオカンは人間に特別な興味など持っていないが故にイレギュラーな人間がダンジョン内に潜っていたか判別していなかったため情報はない。
原作ではヘスティアとヘルメスといった神ですら好き勝手に通過している以上、ダンジョンの出入り口で警備員に捕まるようなこともなさそうだ。そう考えて、文字通りお上りさんとしてギルドに向かい情報収集と洒落こむべく階段を上っていった。
(そうだ忘れてた)
(外は私の目が届かないから)
(細かなフォローはできませーん)
ダンジョンの第一層、もうすぐ出口という所でオカンからの唐突な放置宣言。だが少女は狼狽えない。心配事がないわけではないが、例えるならば保護者の目が届かない一人暮らしを始める学生のごとき心境、羽目を外しても良いとの許可を貰ったのだと都合良く理解したからだ。なので聞こえていない振りをして勢いを落とすことなく進む。
(あ、あれ?)
(おーい……行っちゃった。ちゃんと聞こえてたのかな?)
(まぁ、あの子なら大丈夫か)
(……願わくば……)
無反応のままダンジョンを抜けていく様にオカンは嫌な予感を覚えながらも、わざと伝えていない真意が果たされますようにと祈るのであった。
(頼んだよ……こっちも頑張るから)
(君のくれた情報から得た閃き)
(モンスター全種族異端児化なんて甘かった!)
(必ずや……全モンスターをアルマ化してみせる!)
アルマとは、状況把握のために色々と試していた少女の側に突如として現れた、人とは違う気配を纏った存在である。
最初こそ縫いぐるみやモンスターと同じく召喚したものだと認識していたオカンだったが、流暢に会話を始めたた思ったら突如として獣のような姿に変化したのを見て顎が外れ目玉が飛び出し鼻水が吹き出そうな程度には驚いた。それはもう何なのそれはと少女へ質問と感情とを乱射する有り様。しばし後、判明したことは少女の昔からの連れであり、具体的な方法は不明だか心を持ち人の姿と能力とも得たモンスターであるということであった。
オカンとしてもダンジョンにも理知を備えた突然変異のモンスターが生まれることを知っており、それ故にとある目的と合致する個体を任意で生み出そうと試みた結果が件の少女なわけだが、本来であれば想定された姿は元になる異形の――簡素な薄手の服を着た人間の背に一対の白い鳥の翼を加えただけのシンプルな――姿さのものは変わらないはずだった。
それがどうしてあのような……と首を傾げずにはいられない結果になったのだが、サンプル数が一例だけでは足りなさすぎるため、当然の如く真相は不明である。恐らくはどれだけやっても再現できないし、多分きっと神様だってご存知ない。
さておき、少女の出身世界原産の、魔石を持たないモンスターというだけでも希少性が天井知らずなのだが、異端児とは違い人間社会に混じっても違和感がない姿に自力で変身できる点は瞠目するべきであった。
更には性格が、なんというか……いい。主あるいは仲間はたまた家族のような関係で接している少女の、親みたいな存在である自分にまで敬意を抱いてくれる。姿が見えないのにそこにいる、いなくても通じると、あどけない笑顔で挨拶をくれたバウ・アルマを見た瞬間に芽生えた感情と胸の高鳴りをオカンは決して忘れないだろう。それは同時に、ダンジョンの意思たるオカンの性癖が捻れに捻れ曲がりに曲がり己にとって望ましい幻影しか目に映らない状況で大量の腕が手招きしている底無しの泥沼にルパンダイブをキメた瞬間でもあった。
(実現したら前から考えてた自分用の端末作って、アルマ化したうちのこから存分に持ち上げられたい。イチャイチャしたい。いいや、するね!)
もはや言うまでもなく手遅れである。オカンは、ダンジョンは、誰にも知られることなく性質の一部を変化させていた。誤解を恐れず言えば、そう――
オカンはどこぞの聖杯並に汚染されていた。
第三話:地上へ――端末にコストを掛け過ぎて自転車操業の借金生活に陥りダンマスの恥晒しと呼ばれるまで後X年――完