ちなみに、傍から見ると非常に高い技術で行われている
「フフフ……この風、この肌触りこそ戦争よ」
深夜、誰も居ないのをミニマップ上で確認しつつ、目立たないよう小動物――種族:ポイズンモモンガ、個体名:仏鉄塊――にメタモルフォーゼしたノーカはダンジョンの出入り口となる大穴へ続く階段、その端に両手両足を大きく広げた仁王立ちスタイルで臨んでいた。表向き歴戦の風格を纏い、誰も聞いていないのにそれっぽい台詞を吐きながらも、内心では遠足出発前の小学生並にウッキウキのワックワクである。
深夜のバベルは基本的に人が居ない。ギルドに泊まり込みをする機会が圧倒的に多いノーカでも、ミニマップに引っ掛かった回数は数える程しかなかった。それも出入りしている動体反応は出入り口で立ち止まる事が多く、それを周囲への警戒と見たノーカは推定
先日の件で結んだ縁があるので、最近になってそれら
教育効果は絶大で、どれだけの理不尽に膝を突き、倒れようと、決して折れず前と上とを見続け立ち上がる鋼の精神は、彼らと同じ零能の身でDDに挑んでいる闘神からも高い評価を賜っており、真っ当な探索系【ファミリア】として登録した場合の眷族に是非欲しいとまで言っているそうだ。
残念ながら戦闘狂連中の矯正は不可能だと闘神からもエレボスからもお墨付きを得ているため、彼らには暗黒期と共に華々しく散って貰う予定だとか。その話を聞かされたついでにどこか活かす場所がないか相談されたノーカは、華々しく散るイメージから
レベル次第ではあるが、どうしようもない戦闘狂ならばやはり現最強の【
「……この広場は荘厳ではありますけど、やはり無警戒に過ぎる。警備員の十や二十は常駐させたいところですよねぃ」
振り返りを交えて周囲を見回しながら、ノーカは独り言つ。
ダンジョン内の全ては、少なくともダンジョンの外へ出るまでは自己責任になる。とはいえ、オラリオにとっても貴重な収入源である冒険者の損失はギルドとしても痛手ではあり、管理しておきたいのが本音である。また、
問題点としては、ダンジョンへの出入りはラッシュ時だと現代日本の都会における通勤・通学時のピークタイムにも負けておらず、パーティーの面子が異なる【ファミリア】で構成されていることも少なくないので、手動で記録する場合は非常に手間が掛かる事が予想される。
無頼漢の割合も低くない冒険者を並べて待たせるとなれば、横入りや暴力沙汰が横行するのも目に見えており、導入した事でオラリオ全体の収入が落ちては元も子もないため、何かしら対策が必要だった。
『
「考えても仕方ないですし、ちゃっちゃと用事を済ませるっちゃ」
憑依装備からの茶々を受けながら、ノーカは大穴の外周に取り付けられた階段を無視して、大穴へダイブした。
第三十二話:帰省――ゼウス・ヘラが残っててこのタイミングで遠征すると最奥一直線――
心配無用、
「
(ちょっとぉぉぉぉ!? 何してんのよアンタって子は!)
「うるっさ」
ノーカが最初に思った時点で一ヶ月。そこから更に時間が経ち、内容の濃い日々を過ごしていたため、気分は実家への帰省ままである。仲は良好であったと自負しているが故に懐かしく、また愛しくもあるのだが、同時に監視と干渉とが起きている事実への煩わしさもあった。
(うるさいって何よ~こっちは連絡が無くて心配してたんだか……あっ、ぜ、全然! 心配なんかしてなかったんだからね!)
(ツンデレ乙)
邪険にされた哀しみと怒りを同時に出し、前者の感情を強めにしながら心配事を口にしかけ、訂正
(……では、オカン自身の端末造りに全力を注ぎ過ぎて『
モモンガ系パートナー特有のピコピコとした愛らしい足音と共にダンジョンを進むノーカは、オカンとの家庭的な、或いは事務的な会話を楽しんだ。
『
地上についての話題は知識が疎いオカンにとっては未知に溢れているらしく、反応が大袈裟な事もあってノーカとしても話題の提供に抵抗がない。
これが狙って行われている会話術ならば大したものだと感心できるのだが、残念ながらオカンの素の性格であり、
(しかし深層のモンスターが産まれなくなる事態に発展する程コストがカツカツとか、経営向いてないのでは?)
(うぐっ、そ、それは……でもおかげで端末の出来映えは完璧にはなったのよ? 地上に出ても人間如きに違和感なんて持たれない
(よし、オカンは数年待機で)
(何でよー!?)
この
(深層は滅多に人が来ないとは言え……最終防衛ラインを薄くしてやることが見た目の調整とか、頭オカンか何かでいらっしゃる?)
(だ、だって……アルマ可愛かったんだもん。混ざっても違和感ないくらいにはしたくて……というか頭オカンって何!?)
口では責めているものの、
そもそもの話、現在のオラリオが派閥や個人の確執を取り払って一丸となってダンジョン攻略に挑んでも、モンスターの強さは勿論だが環境に適応出来るかどうかが地味に致命的な問題である。対策を取って尚、深層の後半を進める冒険者は数える程しか居ない。モンスターの強さもそれら第一級冒険者を相手に消耗を強いるだけの十分な強さを持ち、対異常のアビリティを貫通する各種異常を引き起こす種も少なくないため、ハッキリ言って無理ゲーである。
ダンジョンの取る基本戦略は、意図した訳では無いのだが、補給の儘ならない長く厳しい道程による一種の兵糧攻めと、数の暴力による消耗戦である。風来人的に考えれば草もおにぎりも滅多に落ちていない上に最初から高レベルを保持できる代わりにダンジョン内ではレベルの上がらないあかずの間の様なものである。ついでにコンテニュー不可でデータごとリセットされる。神からすれば実に挑戦の仕甲斐があるゲームである。
指揮を取るモンスターは少ないので斬首作戦は通じず、補給部隊は存在しないため浸透作戦も効果がない。故に逃げるにも戦うにも正面突破が基本となり、地力が物を言う。
壁を傷付けてモンスターの湧きを抑えて休憩する事は出来るが、別の部屋からやって来るモンスターまでは防げない。
(一時的な枯渇で良いんですよね? 今後も深層のモンスターが湧かないなんて素敵ナーフが起きるようならECO産のMOBを撒いて制圧しますよ?)
(やめて! ちゃんと元に戻るから! 深層のモンスターは誰も来ないせいか割と目が死んでてどことなく活力も無いから見てると辛いけど!!)
(oh...)
深層の状況を確認し、場合によっては私物化を考えたノーカだが、オカンの必死な宣言により引き下がる。
それよりも気になったのは深層のモンスターに対する無気力症候群の疑いである。某商人が主人公のスピンオフ作品を題材にした4コマ漫画でネタにされていた、侵入者が来ないし同士討ちもない最下層は平和過ぎて精神的に戦闘に向かなくなってしまう問題を思わせた。
尤も、詳しく聞いた所でノーカに解決するつもりは全く無いのだが。強いて言えば強さの確認と、
このスキルは、ECOではマリオネストが覚える事実から察せる様に、心を通わせて仲間にするのではなく心を縛り付けて操り人形にする方向に近い。スキルが効果を発揮した場合、名前の前に魅了:の文字が付くし、物理攻撃の命中率に多大な影響を持つLVが1として計算されるらしく通常攻撃がほぼ当たらなくなる。ついでに岩や草の様なオブジェクトもテイム出来る。そしてそれらは10分経過したりMAPを移動したりで消える。最重要ポイントとして、パートナー装備欄を占有するので基本的に戦力がマイナスとなる事態を避けられないネタスキルであった。ちなみに、そのパートナー装備欄のアイコンは檻である。
だが、幾つかのスキルが仕様から外れているため、
「というわけでスカウトアタックじゃーい!」
ノーカの背後に回ったため最後の一体になったウォーシャドウへ手加減した尻尾ビンタを食らわせる。当然ながら、モンスターマスターとその仲間ではないため台詞の効果は皆無であり、ただの殴打に過ぎない。
吹き飛んだウォーシャドウは人の形を保てないのか、不定形となりうねうねと伸びたり縮んだりしていた。実はこの個体、影の色が微妙に緑掛かった黒で、名前もウォーシャドウ強化種と記載されていた。
「はい、じゃあモンスターテイミング」
ノーカがスキルの使用を宣言すると、蠢いていた影がビクリと大きく形を歪め、人の形を取り戻した。ノーカの視界に映るそれの頭上には、魅了:ウォーシャドウ強化種と示されている。【ガネーシャ・ファミリア】のテイマーは泣いていい。
「それじゃダメージ回復も兼ねてこちらの魔石が、どーん、どーん!」
そして宙に浮かんだノーカから降り注ぐ形で投入される大量の魔石。ノーカはウォーシャドウに口があるか知らないので、取り敢えず頭部に振り掛けてみた。
(ちょ、何してんの?)
(強化種になるって事は魔石を摂取可能だと判断した次第。取り敢えず目だと思ったら眼球が無くて眼窩だと思ったら口だった事もあったのでそこを狙いました)
目の前には魔石の小山が出来ていた。ウォーシャドウは埋もれてしまい、姿が視認出来なくなっている。
「しまった……補食シーンが確認できない!」
(このお馬鹿ー! もうちょっと考えなさ……あっ、か……壁から子供が産まれりゅううう!)
(貴重でもない母の出産シーンとかこれもうわかんねぇな)
文句の途中で耳を塞ぎたくなる様な汚い声を発するオカンに呆れながら、ノーカは壁から生まれてきたモンスターの掃討を始める。食事中のウォーシャドウを庇うために少々手間を掛けてしまい、その結果
「ォォォオォォ……」
「そんな、声まで変わって」
(最初の声とか知らないでしょあんた)
存在感が増し、頭部に髪の毛を模した細かい線状の影を持つ
せっかくなので、ノーカは懐から無地のネームプレートを取り出す。それから少しだけ考え込むと、テイムしたウォーシャドウに名付けを行う事にした。
「今から貴方の名前は……
(ひ、酷い……)
素敵なツッコミ役に育つんですよ、と何故か通常のウォーシャドウより一回り大きくなった魚八に頭のよくなる眼鏡+3を装着させると、人間からは逃げる事、そのためにダンジョンの地形やモンスターの分布を覚える事、何よりも強くなる事を続ける様に聞かせていた。当のウォーシャドウは言葉を理解しているらしく、頷きを返している。果たして不満は無いのだろうか、ノーカのネーミングセンスに恐怖を抱いたオカンは訝しんだ。
その日は報告も実験も済んだので、明日の仕事に影響が出ない内に、とノーカは帰還した。
オカンは次来るときはちゃんとお土産を用意して深層まで下りて来る様に言って送り出したが、これが後に事件へと発展するフラグとなってしまったのは
その後、魚八と名付けられたウォーシャドウはノーカから与えられた人間からの逃走と自己の強化を忠実に守り、冒険者からの逃げ続ける内に徐々にダンジョンを下る事となる。
そして一年掛けて25階層まで辿り着き、そこを主な狩場と決めて過ごした。冒険者からの目撃例が挙がった際には、何故か爪部分が釣竿や刺身包丁の形に変わっており、左手の釣竿で釣った水中系または飛行系モンスターを右手の包丁で捌くスタイルを確立していたらしい。姿も影ではあるが麦わら帽子を被り半袖と裾の広いデニムを思わせる輪郭を持っており、見る者が見れば完全に釣り人であった。
最終的に、モンスターとしては長い時間を過ごす内に様々な物事を学習していき、冒険者から逃げるためには人間を知る必要があると観察を始めたのだが、気が付けば人の姿を得ており、ダンまち出身モンスターのアルマ第一号となった。
この結果を聞いたノーカは、体勢を崩して書いていた書類を駄目にしたばかりか側に積んであった決裁済書類の山を崩し、飛んでいった十数枚が掃除のため水を張っていたバケツに浸かってしまい書き写す作業が必要になったので、残業時間が延びた。インガオホー。