因みにアレンは敏捷が
ひっそりと『
「……では貴方は
「
「馬鹿な! 悪が必要だと!? 貴方は何を言っているのか理解しているのか!?」
「悪を最初に生み出したのは人間ですよ? 不要ならとっくに廃れてるでしょうに。そして悪が存在しなければ生まれなかった有用な技術は確実に存在します。他に言うと人口は増え続けていますが、やがては食料や住む場所が足りなくなり、自分たちの都合で他所の土地を拓き最初からそこにいた動植物を追いやる事でしょう。行き着く果ては人間以外が絶滅し餓死か共食いか以外の選択肢が無くなる世界です。エルフなら森の生態系は把握しているでしょう? それと同じですよ。そしてそうならない様に間引いてくれる
「ふざけるな!
「いやだから
その日はオラリオ内の取引記録の精査を漸く終え、後は現存する店に細々としたミスを指摘して僅かばかりの罰金を徴収したり逆に多く納められていた金額を返却したりするだけとなったので、ノーカは久々の定時上がりをした。そして癒しを求めて『なんでもクエストカウンター』へ向かう途中で、見知った女性と遭遇する。巡回を終えて
ノーカの
しかし同時に、原作時点では死亡済だと知っているため、どう
簡単な挨拶を交わしてその場を後にしようとしたノーカを引き止めたのが、アリーゼに同行していた金髪のエルフだった。短髪と給仕服の印象が強かったため気付かなかったが、
原作キャラとの邂逅に心を踊らせたノーカであったが、リューから続く言葉は何故現状を良しとするのか、もっと積極的に
ノーカはどうしたものかと考えを巡らせ、取り敢えず
だが、リューは当然のように自分の物差しに収めてしまい、はみ出た部分はノータッチ。言葉の一部を都合良く切り取って自分の思い通りにならなかったと癇癪を起こす姿に、ノーカは現代日本の報道関係者を思い出して嘆息する。同時に、リューの評価を最低の一つ上まで落とした。仮に原作知識が無ければ、
「まぁ、そう思うんならそうなんでしょうね、貴方の中では」
「っ貴様ぁぁぁぁぁ!!」
疲労していた事実に加えアポ無しで時間を奪う
第三十四話:問答――正義は時に周囲を巻き込みながら自らをも蝕む病毒となる――
「駄目よ、リュー!」
が、同行していた
「離せアリーゼ! 貴女にも舌打ちが聞こえたはずだ!」
「離さないわ! リューったら相変わらず抱き心地が良いんだもの!」
「なっ……何を言って!」
尚も暴れるリューであったが、悲しいかな
「ノーカもうちの可愛い
一方で、アリーゼはノーカの意見がノーカ自身に考え付く数ある内の一つに過ぎず、リューの対する当て付けとして最も耳に痛そうな物を選択してぶつけたのだと見抜いて咎めた。
ノーカは小さく溜め息を吐く。このアリーゼ、どうにも解像度が高いと言うか、下から見上げる側も上から見下ろす側も網羅している節がある。
しかしながら、その
今回の様に
「感情だけで走るのは若さの特権ではありますが……社会とは複雑な要因が絡んでいるものであり、物事は多角的な視点からの評価による批判を経た上で最終的な判断を下されるべきなのです。畑を荒らすからと通りすがりの冒険者に依頼して単体で活動する草食の害獣を退治してもらったら、後日空いた縄張りに入り込んできた群れを作る肉食の獣に人が襲われる様になった、なんて笑い話の登場人物になりたいのですか?」
「それは……だが、それでは畑を荒らされる人はどうすればいいと言うのだ」
実際問題として、
エレボスが首魁となってはいるものの、明確に自分はエレボスの下に付いていると認める神は居ないか、極端に少ないかであろう。それでも、互いに付け入る隙を見せないためにはエレボスを仰ぐ姿勢を崩さず、面子を保てる程度に反発しては譲歩を引き出す
エレボス以外がトップでもさほど変わりは無いかも知れないが、
他の神ではやり過ぎて
リューとは二、三言葉を交わしただけに過ぎないが、その様な事情を予想の形で話したとして、納得も理解も出来ないだろう。少なくともそう思わせるには十分だったため、
返って来たのは一転して弱々しい声の疑問であり、てっきり肉食獣も殺してしまえば良いと息巻く予想をしていたノーカとしては肩透かしを食らった気分になった。目の前の問題を片付けたら別の、しかも程度が酷くなった問題が起きるのは
「いや、別に助け合えばいいでしょうに」
「……は?」
「運悪く狙われたと見捨てるでなく、矢面に立ってくれたと感謝して荒らされてない面々で分かち合うなり、荒らされる前提の囮に使う畑を協力して作るなり。或いは後から来た肉食獣も狩り尽くすのが人間でしょうに。何のための知性、何のための群れですか」
明日は我が身かも知れないんですよ、と頭を押さえながら自分なりの回答を返せば、何故か虚を突かれたとでも言いたげな表情で言葉を詰まらせる。
ノーカはどうにも
「ねぇ、その例え話だとまさに肉食獣の時代が来てて村の人が殺されてる段階なのだけれど」
「アリーゼは賢いですね。そして対策も何もない現時点で肉食獣を根絶すれば天敵が居なくなって更に数を増した雑食の小動物による食害と、それによる飢饉が待っています」
介入して来たアリーゼの意見は実に的を得ていた。こうなるとリューが自分は否定されてばかりなのにと拗らせないか心配になるが、だからと言って評価しないのも違うため、素直に認める。
この世界に蝗害が発生しているかは不明だが、しないとしてもネズミの大量発生とでも言えば通じるだろう。どちらも数の暴力により並の肉食獣では逆に餌とされてしまう様などうにもならなさがあるのは内緒である。
「むむむ、小動物……
「それもありますし、グレーなラインを走る連中が幅を利かせ始めるでしょうからね。手を出せずに歯痒い思いをする事も増えるかと。法を犯していないが故に守られる側の立場で安穏と行われる搾取や迫害……
悪事という物は、楽な方法である場合が多い。代表格である盗みや殺人は、
ノーカからすれば、自分の被る不利益が許容範囲を超えたものをそれぞれが悪と勝手に呼んで、数の集まった人の
無論、自力で資源を増やせない存在は一定以上に勢力を拡大できず、自重を出来なければ末路は滅び一択である。悪が栄えるためには必要な物資を生産して役立ってくれる悪とは遠い存在を囲い養う必要があるという割と愉快な図式が成立する。ただの農業や畜産なのは内緒である。
悪にも感情はあり、更には美的感覚には多様性があるので、割とそれら利益となる存在に対して愛着や情けが生まれる事は少なくない。すると、別段自分には利益を齎さない同格の
正義は最後に勝つらしいので、この場合だと悪を割り滅ぼした原因となる生産者……牛やヒヨコ、蚕といったそれらを思い浮かべるに、可愛いは正義という事だろうか。
「…………」
アリーゼの言葉に対する補足ではあったが、ノーカはリューに視線を向ける。何だか無言のまま体を震わせており、立つのがやっとな感じで、焦点が合っておらず瞳孔が収縮していたので怖かった。
恐らくはグレーゾーンの概念を知らず、世の中について白黒の二元的な見方しかして来なかったのだろう。ノーカは根っからの差別主義民族であるエルフにしては余りにも
と、ここで新入りというアリーゼの言葉を思い出す。森を出る時点で古いエルフ的な価値観と相性は余り良くない可能性が高く、それはそれなりに柔軟な思考を出来ると言う事だ。新人ならば途中の旅路は交流を最低限にしていたかも知れないし、オラリオの街に着いてからもおおらかな神アストレアやアリーゼによって
ノーカは即座に責任を取ろうとベル・クラネルをハーレム王にする計画を立て始めたが、脳内の
「無理ね! 私はきっとそのグレーな事をしてる人たちを懲らしめて、被害を受けてる人達を助けちゃうわ! もちろん、バレない様にね! バチコーン☆」
対するアリーゼは胸を張って誇らしげに、バレなきゃ犯罪じゃない論を加えながら正義執行の宣言と共にウィンクをキメた。
「アリーゼ!?」
まさか正義がバレなければ問題は無い、と口にするとは思っていなかったのだろう。驚愕により再起動を果たしたリューがアリーゼの名前を呼んで真意を問う。
「困っている人や虐げられている人がいるのに助けちゃダメって言うなら、その法が間違ってるのよ! だったら順番を前後させて先に助けて懲らしめて、その間違ってる部分を皆に分かる形で見せるの。後は法を変えるのに協力して貰えば万事解決だわ!」
だが、狼狽える後輩の疑問にもアリーゼは揺らがない。自身に満ちた態度で義を通せぬ法は誤りであり、正せば良いと言い切る。
「それは……だが、そんな……」
「リュー」
混乱するリューの名前を呼びながら、アリーゼは抱き締める力を少しだけ強める。
「人はね、それぞれ自分だけの正義を持っているの。世間一般で言われる正義とはまた別の、その人にとって譲れない
「別の……正義?」
初めて触れる概念に、リューの精神は揺らぎを越えて崩れそうになっていた。この機を逃すノーカではない。
「国を二つ以上含む広い地域で雨が降らなかったり、曇り続きで気温が上がらなかったりで農作物の不作が数年続いたら……国庫を空にしても買い付けられる量では解決できなかったら、諦めて餓死して貰いますか? 他国から奪ってでも民に食糧を届けますか? お互いに同じ限界下で生き残りをかけた戦争を選んだ場合、仕掛けた側は悪ですか?」
「あ……ぁ……」
恐らくだが、リューは遵守していれば誰もが幸福になれる絶対の正義が存在すると考えているのだろう。ノーカに言わせればそれを実現する唯一の方法は生命維持に必要な全てを完全機械化した上で薬漬けにして夢を見せ続けるディストピアなのだが、他の者は別の答えを見つけるかもしれないので、
「誰かを救う事は尊い。ですが人の手は全てを救うには余りにも小さい……天界の神ですら全てには届かないでしょう。なればこそ、自らの民を救う最後の手段として他者からの略奪を選び、手を汚す事を決意した為政者を私は悪と思いません……まぁ、
「……あ゛?」
ノーカは余りにも居た堪れないので、同情から最後に今までの話を無かった事にする卓袱台返しを決めておいた。リューの表情がうら若き乙女のして良いものではなくなったが、ノーカは捕捉と言うか駄目押しをしておく。
「リュー・リオン。貴方は前提からして間違えているんですよ」
「……私が間違えているだと?」
あっさり復活したリューの態度に、ノーカは如何にも呆れていますと肩を竦めながら首を横に振って溜め息を吐いてから、当然であると肯定して言葉を続ける。努めて、冷ややかに。
「私が人間ではなく神の側に属しているという
「私に与えられた
「
後半になるに連れて、ノーカの圧は強まっていった。反面、声からは熱が抜けていき、最終的には地面を歩く蟻を見掛けたから何となく潰しておくか程度の無関心さを伴った、感情の籠らない殺気を纏う言葉が叩き付けられていた。
これは
そしてノーカが言い終えると同時に圧と殺気が消え、それらを浴びせられていた状況から解放された反動で緊張が緩んだリューはそのまま意識を手放した。
「ノ~カ~」
気を失った事で重さを増したリューを抱え直したアリーゼは、ノーカに向かってジト目を向けて名前を呼ぶ。咎められた側のノーカはというと
「……安心して下さい。命に別状はありませんよ」
まるで聖女の様な
「もー、ノーカってば、もー!」
その後、牛の如くモーモー鳴く様になったアリーゼと気を失ったリューをオフロードバギーに乗せて【アストレア・ファミリア】の本拠まで送り届けたノーカは、ついでで神アストレアに対して眷族への加害に関する謝罪の言葉と、賠償として甘味を中心にした
アリーゼからリューへの対応を聞いた輝夜とライラにより殴られた一幕もあったが、殴った側の拳と手首が痛む結果に終わったのは、彼女等の名誉のためにも黙っておくべきだろう。
数日後、ノーカは場末の食事処で神エレボスに今回の件を語り、主に賄賂が効いた部分をピックアップして正義って何だろうとぼやいた。
神エレボスは愚痴を無視した上で興味を持った手料理を所望したので、ノーカはその場で躊躇わずチョコチップわさび寿司を取り出し提供した。
神エレボスは稀少性に尻込みしたらしく遠慮したのだが、大変ご
余談だが、この時の愚痴が三年後の一大イベント時に起きるエレボスによるリューいじ