前回のあらすじ:ステータスがほぼカンストした状態で【ランクアップ】が可能になったオッタルではあったが、彼はここで一つ欲を出した。即ち、魔力も上げてしまいたい。主神はその願いを汲み、【ランクアップ】を保留した。オッタルの使える魔法は武器強化の【ヒルディス・ヴィーニ】唯一つ。しかしながらこの魔法は詠唱から解る様に、オッタルの誇りが反映されたものである。魔力の数値を上げる目的があるとは言っても、そこらの雑魚に放つ真似は出来ないし、空振りを良しと出来る物でもない。と言った訳で『なんでもクエストカウンターオラリオ支部』へと赴き依頼の内容について相談をしたのだが、意外にも即時対応が可能だととんとん拍子に話が進んだ。そして紹介されたのがベイヤールと名乗る少女であった。受付嬢の「心を強く持てよ」という言葉が妙に不安を煽ったのだが、オッタルは構わず訓練場で魔法を使い武器を振るった。とても嬉しそうな声が響いた。オッタルは予想外の事態に思考が停止させたが、ベイヤールはドンドン撃って来いと要求して来る。目的に合致しているため、オッタルは心を無にして一時間みっちり魔法を使っては武器を振るい、渾身の一撃をベイヤールへとぶつけ続けたのだった……。バベルの最上階で憐れむような視線を向ける女神が居たそうだが、護衛のために控えていたため目にする事の出来たアレンが女神の憂う表情イイと思うだけであった。因みに肝心の魔力はそれなりに伸びたのだが、帰り際にとてもいい笑顔でお礼の言葉とだいこんを渡されて戻って来たオッタルは、妙な敗北感というか結果は出ているのに徒労感というか、再度依頼を出すつもりにはなれず、主神に【ランクアップ】を申し出た。女神にはその背中がどこか小さく見えたそうな。
だいこんはミアの手でおでんポトフにされ美味しく頂かれたのだが、それにより特別な【経験値】を加算して何名かの【ランクアップ】を誘発した。その時点で因果関係を推測できたのは猪人と女神だけであったという。
ギルド全体の業務改善を目論んだノーカは、まず職員へのアンケートを実施して問題や不満に思っている点を集めた。
そしてかつてはその業務を担当した経験を有する筈の上司――悲哀を纏う中間管理職の皆様にぶつけ、システムの都合で変えてはならなかったり、変えると手間が増えて全体で見た場合に遅延が発生したりする部分を聞き出した。
この時点でネックにはならない部分はそれなりに改善案も出ており、ギルドは効率化の第一歩を踏み出していた。
とはいえ、新しい試みは慣れるまで手間取る事が多いため、一時的に業務の消化速度が落ちる結果となってしまった。それを補う様にノーカがヘルプを買って出ており、職員から感謝を受けたのだが、実質マッチポンプなので微妙に居心地の悪さを感じながらの日々となった。ついでで担当職員の一部が行っていた不正について暴く結果になったのでガッツリ弱みを握る形になり、ギルドへの影響……支配力が上がったのは内緒である。
洗い出されたボトルネックの一部も担当者の説明が下手だったり、要素が複雑に絡んで判断が難しく経験が物を言う作業だったりして後継者が育たないのが原因だった。担当者の都合に左右されて滞ってしまう現象は上司の不在による承認待ちでも頻繁に起きるが、そちらは上司間で横の繋がりを強化する打ち合わせを設けている。
後継者問題点に関しては、ノーカが実際に体験して、固定のプロセスだけでもマニュアルを作成する事で担当者の負担を減らせるか試している最中だ。経験を要する部分も、重要なポイントを抽出すれば、何が分からないか分からない状況からは脱する事が出来る可能性が高まる。
これらの流れを経て、ノーカはギルドの業務に対する造詣が更に深くなっていった。何なら時間の問題さえ解決出来るなら一人で回せる様になっていった。
第三十六話
それからしばしの時が流れる。特に劇的な出来事や大きな問題は起こらず、約半年の期間を経てギルドの業務改善も終わった。
これはギルド職員の意識が当たり前に高く、能力も高いため、軽く意見を交わすだけでも問題がポコポコ見付かってはサクサク解決されていったのが理由だ。逆に言えば、今までそれが起きなかったという事であり、閉鎖的な環境が作られていた事が最大の問題点だった様だ。
ノーカは各部署に混じって仕事を学びながら問題点を探し、或いは聞き出し、リストアップした物を共有する程度に留まった。十分すぎる活躍ではあるが。
現在のギルドは残業時間が月40時間以内に収める事を目標にしており、達成度は七割程度。半年前では考えられない事態であり、職員のプライベートは例を見ない程に充実した。ノーカは結婚ブームからの寿退社ラッシュになるのではと危惧したが、その辺りは仕事人間集団に籍を置く者と言えば良いのか、冒険者を含む一般の方々とは少しばかり波長が合わなかった様である。
その半年間、オラリオ全体で見ても幾つかのパーティがダンジョン内で全滅したり、戦争遊戯が起きたり、闇派閥の我慢出来ない勢や元から我慢する気ない勢の破壊工作だったりはあったが、暗黒期が始まって以来で最も平和な半年であった。
強いてオラリオとして一番大きかった出来事を挙げるとすれば、【猛者】オッタルがLv.7に到達した事だろうか。実際には民に希望を抱かせ、闇派閥に警戒させ危機感を煽る効果が十分以上にあった。
ノーカが神エレボスから聞かされた話では、その情報を受けて闇派閥内部はやや荒れたらしい。だが、更に酷い前例を出した事でマシだと納得させて、計画は現最強の幹部のランクアップが織り込み済であるため問題ないと宣言したら沈静化させられたそうだ。真面目なときのカリスマがヤバいと真顔で言う護衛のフォローが妙に笑いを誘った。
ノーカ的にはアルマ達との訓練が効率的な戦力の底上げになると確認する事が出来たのと、オッタルの躍進により【フレイヤ・ファミリア】の団長が代替わりして、前団長である【小巨人】のミアが店主を勤める料理の美味い酒場『豊穣の女主人』を開業させた事の方が余程に重要であった。開店祝いの際にはオラリオ原産の花で作ったフラワースタンドをギルド、個人、『なんでもクエストカウンターオラリオ支部一同』、『アクロニア開拓地一同』の各名義で設置した。この時点では原作の面々はそれぞれの場で活躍しているため、店員はシルと原作では名前だけ出ている皆様だ……長くオラリオに居る者にとっては何処かで見た顔だとは言うまい。
ただし水面下の――単に表沙汰に出来ない話を含めた――動きはそれなりに慌ただしく、ノーカもそちら側のタスクに関しては割と時間的にカツカツな日々を過ごしていた。
ある日は神ガネーシャ経由で戦って良し癒して良し食べられて良しと三拍子揃ったマンドラニンジンを【ガネーシャ・ファミリア】に融通する事は出来ないかと相談され、プラントヒーリングを自発しないマンドラニンジンではなくヒーリングを自発するシャボタンを納入して眷族達を骨抜きにした。マンドラニンジンは食糧……薬として納品され、同時にダイコン、ワサビ、ハバネロも納品された。
各種数体だけしか納品していなかったが、数日で倍以上に数を増やしたらしく、追加の納品は不要との事だった。また、テイムの際に薬味勢が脅し根菜勢が宥める形でモンスターとの橋渡ししてくれると好評らしいが、それはそれとして味の面でも好評だそうだ。
それを聞いたノーカは遠い目をして人の業について思いを馳せながら「左様か」と呟く事しか出来なかった。それ多分、と言うか絶対、近い内に脱走してオラリオ中で目撃例が上がる奴やぞ、と言う台詞を胸の内にしまいながら。
またある日は【イケロス・ファミリア】に依頼を出して捕獲して貰った『異端児』を買い取り、開拓地に連れていきDDに挑ませた。
残念ながらダンジョン内で命を落とした人間の魂をリサイクルしていようとECOの経験値は作用しないらしく、肉体等の強化そのものには魔石が必要な事が判明した。代わりに、貯めた経験値と思われる不可視の何かを消費して天然武器やそれを用いた技、魔法を獲得出来る事も判明した。ノーカはNPCではなくDEMな事に納得した。パートナ用装備やアクトキューブなのではという疑問は封殺である。
ついでに闘神とやらに挨拶をしに行ったら、アスラ神族だった。ノーカはエレボスから聞いた闇派閥に所属する理由から、軍神としての側面を持つ神だと推測していたのだが、実態は原典において軍神を恐れさせ謝罪へと導いた存在だった。目的を果たして用済みになったら呼び出した聖仙によって四つの要素に分解された不憫属性を持つ存在でもある。因みに四つの要素は酒、女、サイコロ、狩りとされている。溺れ易い要素ではあるので、悪と決めつけて臭い物に蓋をするという宗教のやり口なのだろう。なお神話の神々や英雄はというと(ry
神マダの第一印象は、粗暴さを増したガネーシャだった。酒と女と賭け事と闘争が大好きではあったし、手合わせ等に誘いはするものの、断れば引く物分かりの良い面もあった。総合すると、豪放磊落な頼れる兄貴分、または親戚のオヤジを思わせる男神だ。
そんなでも神は神、ノーカの連れて来た『異端児』への興味は天井知らずで、ノーカが頼むより早く眷族に誘い、強さを求める意志に合致すると承諾を得たので『神の恩恵』を刻んでいた。これにはノーカもニッコリ。神マダはしばらく片言で喋る様になったそうな。
同日、フェルズから受け取った魔導書三冊をベル・クラネル……の保護者であるアルフィアに渡した。何やら盛大に呆れられたが、詳しくは語られなかった。そして早速ベルに読ませてみたところ、『神の恩恵』を持たないヒューマンが読んでもなぁ、と愚痴られる白昼夢を見ただけで魔法の発現は無かった。ベルは泣いた。直後、アルフィアのデコピンで意識を飛ばされた。
そこに通り掛かったプルル・アルマが一連の流れ流れを知り、自分の勉強したアクロニア大陸式の魔法理論を教え出した。頭から煙を出すベルを他所に、一緒に講義を受けていたアルフィアが理解した事でサタナス・ヴェーリオンに最初から【炸響】による、任意の空間へ浸透させた魔力を用いて爆撃するモードが派生した。
追加でノーカがうろ覚えの物理学を話した結果、空気中の分子運動に手が届いてしまい、真空や熱、風、果ては水蒸気爆発まで自在に起こす気象兵器アルフィアが爆誕した。音が伝わらず静寂を生み出す真空現象は特にお気に入りらしいが、生物相手だとほぼ確殺な上に死に様が惨たらしいので周囲から使用禁止を懇願されている。それを受けたアルフィアは自分の周囲を弱い真空にして遮音しているのだとか。それに対して耳が遠い様に見られるのではと呟いたベルは空を飛んだ。
またまたある日は、一時期とても激しく落ち込んでいたのに不死鳥の如く復活を遂げたポンコツの作って見せて来たマッサージ器具をついつい誤って破壊してしまい、失意の底へ突き落とした。その流れはかつてフェルズの身に起きた賢者の石事件を彷彿とさせたと後に本人が述懐している。それはつまり賢者(モードに至るため)の石だったのでは? ノーカは訝しんだ。同時に、一つ間違えば某外貨取引的な異変が起きていたのかもしれないとノーカは昔を懐かしんだ。
因みに、フェルズは他にも色々と大人向けに見える作品を作っては提示して来たが、本人にはそちらに利用させる意図はなく、ノーカの心が汚れているだけではあった。あったのだが、オラリオにはノーカ以外……以上に心の汚れている超越存在がいるので、フェルズの名誉と心を守るためにも封印処置は譲らなかった。フェルズは泣いた。せめてものフォローで理由を婉曲に告げたら恥ずか死んでいた。
言うまでもないが、普通の便利な品物もたくさん開発している。それらの多くは仮に事故が起きても死亡や怪我には繋がらないという理由で開拓地に送られてDD内でテストして貰っており、多段式のヒート警棒や手甲型かつ先端が鋭利で突き刺すタイプのデーザーガン擬きは非常に人気が高く、有用性も確認された……18階層までは通じるだろうとの評価であり、とても採算の取れる物ではなかったが。
案の定脱走していたマンドラニンジンを捕獲して作り出した改良種、マンドラナスビはノーカとしても目を見張る成果であった。ナス科の植物はベラドンナの様に有毒である場合が多く、このナスビも分類的には毒や麻痺、気絶といった状態異常を引き起こす各種の毒攻撃を得意としていた。猛毒を引き起こしはしなかったが、もしもそれを成していたら封印されていた事だろう。
尚、こちらも当然の如く自力で増えて脱走するし、猛毒状態を引き起こす変異種が生まれて一騒動起こす未来が確定している。味は美味しく、猛毒種は更に美味しいと経験者は語っていた。
このナスビ、フェルズが保護している『異端児』の集団によりダンジョン内での栽培も試みられているそうだ。魔石を持たないモンスターの存在がバレたらオラリオが震撼する事態なので、二年ちょっとは隠し通して欲しいものだとノーカは祈った。なお【ガネーシャ・ファミリア】。
そして迎えたある日――
「あ、あんの馬鹿者がぁぁぁぁ!」
ギルド長ロイマンの怒号がバベルを揺るがした。職員はまた奇行絡みかと全く気にせず、各々の担当する業務に勤しんだ。
このエルフ、地味にノーカが業務改善を主導する前から魔の手を伸ばされており、仕事の一部を奪われ、代わりに空けられた時間で採取ゴーレムからの襲撃を受けてランニングや筋トレを強制されている内にすっかりシェイプアップを成功させてしまった事から、女性職員の妬みを一心に集めている。その姿はギルドの豚と蔑まれた往年のものからは遠くなったが、強い者に弱く弱い者に強い性格や金への執着心はそのままだったので呼び名は変わってない。
そんな彼が怒りに体を震わせながら手にしているのは、一枚の紙。内容は至って単純であり、以下の通りであった。
「旅に出ます。探せはしまい、フハハハハ!」
ノーカ、出奔!