一方で、エルフ達は荒れた。多いに荒れた。荒れに荒れて、羞恥心を取り除けなかったレッスンに問題があると声高に叫び『なんでもクエストカウンターオラリオ支部』に責任を取れと押し掛けては、何の権利もない第三者である以上は営業妨害と名誉毀損で立件できる悪質なクレーマーでしかないと返り討ちに遭いギルドへと引き渡された。『なんでもクエストカウンターオラリオ支部』は神の直営する【ファミリア】ではないため、分類上はサービス業を営む一般人――即ち庇護するべき対象である。よって、ギルドは大手を振ってエルフ達の所属する【ファミリア】を含んだ組織に厳重注意すると共に『なんでもクエストカウンターオラリオ支部』に対する迷惑料の名目で罰金を課した。そしてその一部は泡銭に過ぎないからとギルドへ寄付され、炊き出し等の充実に繋がり、双方の評判をアップさせたのである。
なお、当の【ロキ・ファミリア】では同胞の起こした事件の顛末を聞いたリヴェリアが責任を取るため再びアイドルを目指すことになり、フィンからレッスンを受け始めた。
物理的な重圧すら感じる程に一触即発の空気が張り詰める中で行われた交渉の結果、ノーカは
「何故でしょうか。ものすごい捏造されたモノローグが聞こえてくるようです」
「それはいけませんねヴィトーさん。こちらのマンドラワサビをそのまま鼻に詰めると意識が覚醒してそんな幻聴とはオサラバできますよ」
「どう見ても直径が合わないのですが!?」
「神エレボスならできましたよ?」
「なんと……流石は我が神。是非、生で見てみたいものですね(チラッ」
なけなしの権威を失墜した神エレボスの尊い犠牲と引き換えではあったが、その気になればいつでも即座に取り戻せるものなので執着はあるまい。
「俺の……威厳……普段は緩く締めるときは締めてコツコツ作り上げてきた、本当は怖い邪神のイメージが……」
本神は実っていた努力の成果が一夜にして霧散してしまった事で、崩れ落ちて大袈裟な位に嘆いている。
その様子にヴィトーは小さな溜め息を吐いて原因の一端を担った負い目を表現し、主な原因を持ち出した者へ視線を向けた。
向けられた相手であるノーカはと言えば、恐らくは株に失敗したのだろうと
「ざまぁ」
「ぐうおぉぉぉぁぉぉ! 今すぐ天界に戻ってこいつを造ったとかいう
効果は覿面だったらしい。エレボスは一度うつ伏せになったと思えば素早く仰向けになり、上半身を仰け反らせようとした結果そうなったらしいブリッジのポーズを取りながら、血を吐くような心情を吐露していた。
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
エレボスの発言に送還希望かと鎌を取り出し構えるノーカ。まさか真に受けるとは思っていなかったエレボス。同じ反応が連続していたので取り敢えず乗っかったヴィトー。三者三様の思惑が絡む中、口火を切ったのは当然ながら命の危機に晒されそうなエレボスであった。
「冗談だからな? 俺はまだ地上でやるべきことが残っている。だからその鎌を仕舞ってプリーズ。な?」
割と切実な弁明を聞いたノーカは小さく舌打ちをしてから鎌を戻し、それを耳にした神エレボスが抗議をするのを聞き流しながら本題を切り出す事にした。
「現状、作戦は準備段階で進捗は予定通り。
「優秀なのは計画を組み立てた奴で、情けないのはその期待を超えられない全員さ。何しろ削りに削った最低限を見積もっての
ノーカが草案を提出し、エレボスが添削し、それを更にノーカが添削し……と繰り返しながら練られた、表向きオラリオの終焉を演出しながらも裏では冒険者を上の段階に押し上げるための盛大な
それはある種の真っ当な生存競争であり、神や
「しかしこの名前だけはどうにかならなかったんだろうか」
「素面の珍獣殿がおふざけで提案したのを、差し入れだと持ち込まれた神ソーマが試作した酒に溺れた我が神が気に入り強硬に推したと記憶していますが?」
「ヴィトー、乾杯の一杯でノックアウトされたお前がそれを知るはずはないだろう……いや、別にお前の発言内容を認めるわけではないぞ。あぁ、そうとも。酒は飲んでも呑まれるなとは俺が掲げる
じゃれ合う最小の【ファミリア】を他所に、ノーカは内容を全て暗記している最新にして最終の版である束に綴じられた書類を眺める。その表紙にはデカデカと計画名が記されていた。即ち――
第一回
せめてもの慈悲にと全てが終わってからの挨拶でこの
それはそれとしてワインが進む愉快な光景が見られそうだとズレた感想を抱きながら、ノーカは末尾の進捗表に最新情報を反映させるべく各項目の段階にそれぞれチェックマークを入れつつ更なる一手を打つべきか思案するのであった。
これは
そんな戦力不足を自ら起こしてしまう以上、足りない分は策を弄してオラリオ側の戦力を散らしたり釘付けにしたり削ったりで補う必要があるわけだが、ここに真の目的である上級冒険者の【ランクアップ】を達成させるためのギリギリな追い込みを――参謀のヴァレッタや海千山千な神々にも考え付けど正気を疑い一笑に付す程に――違和感なく盛り込もうとすれば、試練の難易度は洒落にならなくなる。だからこそ【ランクアップ】に必要な偉業判定、上位の
そんな計画ではあるが、当初ノーカが作成した草案では一週間の
そうして片方だけでも一歩間違えばオラリオを滅亡させ兼ねない綱渡りな計画が、気付けば殺意を増して
神エレボスは邪神である。原初の幽冥を司るという如何にもな神ではある……が、死や滅びを積極的に撒き散らす思想は持っていないし、
当然、
人を愛し信じているからこそ、限られた時間の中でも最後の英雄に辿り着く事を疑っていない。今回の試練についても、信じているからこそ全力で滅ぼしに行く。乗り越えた者がそのまま英雄に至るも良し、次代の踏み台になるも良し、だ。
尤も、
一方のノーカは力を手にしただけの
予てよりオカンから『約束の
当初は
目的そのものには変化がないので、
尚、期待らしい期待を寄せていない当代に関しては一ヶ月もしない内に
「計画でオラリオに残ってわちゃわちゃする
そういえば、と切り出されたのは
ノーカはギルドの仕事が忙殺にまで至らない時期に【ファミリア】巡りをしており、オラリオの上級冒険者については確認していた。一方で、
因みに、ノーカ目線だと今回の会合に参加した面子は良くも悪くも分かりやすい性格の者ばかりで、扱いも比較的容易だと感じていた。
「おおよそは。強いて挙げるのならば【
「ふむ、
「良くも悪くも
エレボスの答えにノーカが踏み込み、ヴィトーが補足する。それを聞いたノーカの反応は劇的で、楽しそうに語り始めた。
「ほぅほぅ。大方、大切な者を失った原因に自分の無力さを見出だしたのでしょうね。同じ無力な者を見ては自分を重ねて蔑み憤り、秩序側の強者を見ては憧憬や羨望を向けてしまう弱い自分を否定するため――あの時に助けてくれなかった恨みを込めてぐちゃぐちゃにしてやりたくなる。最大の復讐対象が自分だと気付きながらも目を背けて代役を害し続けるために終わりが見えぬ辺り道化ポイント高めで大変よろしい」
「具体的過ぎてキモいのですが」
「真に受けるなよヴィトー。これは多くの者が程度はさておき経験し共感する部分を持つであろう普遍的な事柄を挙げているだけ……受け手が信じたい物を信じるように仕向けているのさ」
まるで見て来たのかの様に言葉が流れるのでドン引きするヴィトーであったが、自分を含めた神々の常套手段であるため多少の愉快さを覚えるエレボスは口角を上げながらも落ち着いた様子で眷族を諭す。
それによりヴィトーが無言のままノーカに対するドン引きの度合いを強め、見届けたエレボスは大変満足し、ノーカはエレボスの言葉を否定せずにケラケラと一人と一柱の反応を笑っていた。
「お前ぇら! 酒も頼まず駄弁ってんじゃねぇよ!」
「「「サーセン」」」
強面のドワーフがガラガラ声で叫び、酒場を利用していた面々の笑い声が響き渡った。
三名の現在地はオラリオのとある奥まった場所に構えられている酒場で、店主であるドワーフが集めた良質な酒のみを取り扱うものの、その分だけ仕入れに時間を要し在庫にも余裕を持たない事から、予約必須で貸し切り限定という強気なスタイルを貫く隠れた名店とされている。
内情は
そんな面々との確執だが、敢えて
この後、店主の要望に応えてノーカがどんどん頼んだ酒をガンガン飲ませて酔わせた神エレボスが、それはもう分かりやすく酷い醜態を晒した事で落としていた評価を底抜けに落とし、彼の神は禁酒を決意したとされている。その場に居合わせた関係者は一様に口を噤んでいるため、噂の出所は判明していない。