メレンの街――正確には隣接する湖には、ダンジョンと外界とを繋ぐ大穴を塞いでいる蓋があるので、念のため定期的な様子見を頼んでいるポイズンジェル・アルマとニドエッグ・アルマ(とギーゴ・アルマ)が常駐している。生態でなく外見で選ばれたニドちゃんは泣いていい。三名も例外なくアイドル活動を行っており、オラリオの玄関口で貿易船の乗組員を相手にアイドルの啓蒙活動も行っているため、世界的な知名度の最も高いアイドルグループなのだとか。メレンは
崩壊する建物。飛び交う悲鳴と怒号。シリアスを殺しに来ている虹色アフロの蔓延。そんな珍事が巻き起こっている最中だった頃のオラリオで、ノーカは神ウラノスに謁見していた。
「それでは今起きている爆発は誰も傷付ける事が無いと?」
「えぇ、まぁ。建物や道路みたいな無機物は普通に破壊されますけど、崩落に巻き込まれても自力で持ち上げられず閉じ込められるくらいで命に別状はありませんよ。精神的な被害は必要経費ということで一つ」
ノーカはウラノスに、偶然出会い縁を結んだ神エレボスと協議したオラリオと
今回の襲撃に関する内容についても説明し、地味に爆弾のすり替えと効能とは神エレボスにも伝えていない――ある意味で裏切った事も漏らしていた。
「……納得し難い部分は多々あるが、お前達に任せよう。願わくば、これが子供達の成長に寄与することを」
ウラノスとて子供達は愛しい。出来ることならば失われずに済む結末を願っている。しかし、それも
「大丈夫ですよ。人は忘れる生き物です」
「そこを何とか、少しばかりの手心をだな……」
そのタイミングでオラリオへの入場待ちだった商人達が異変を知らせに
因みに、ラジルカからレシピを聞き出した爆弾は火炎石を加工した物だが、魔石製品に使われる撃鉄装置は使われていないためにオラリオ外でも使える数を調達出来た。そのため各地で爆弾を使ったテロが発生したのだが、悲しいかな、蜂起で足止めする必要性のある戦力を有する土地はノーカの諸国巡りの対象でもあった。早い話が、爆弾はすり替えられていた。それも個々に違う効果が付与されるオマケ付きで。
尚、ライブと言いつつ実態はフェスであり、一週間ぶっ続けで特設コンサートを含む町全体がお祭り騒ぎだった。当時メレンに
一方でオラリオの地下に潜伏している
「じゃあ、何か? 花火は上がったが誰も殺せてねぇって?」
「は、はい。信じがたいのですが、同様の報告が各地から……痛ァ!」
「……マジかよ」
役割を全う出来なかったカス共への苛立ちに身を任せた【
「エレボスゥ……これはお前の筋書通りか?」
そこで静かに深く怒り狂ったのが、死を司る一柱、神タナトスであった。
彼の神は自らの死を司る役割に対して誇りを持っており、故に地上にはもっと死が溢れているべきだと考えていた。
下界の生物に等しく訪れるからこそそれらに対しての区別もなく、今回の爆弾を用いた自決に関しても、本質的には悲しみを抱いて苦しみながら暮らす人々へ救済の道を示したに過ぎない。巻き込む様にと条件にした冒険者も、どうせ何もなせず無意味に死んでいくのだから今このタイミングで
故にこそ、死を奪うという方法で
「いや、全然。何も聞かされてない。オリヴァスの暴走はまだしも
殺意が漏れた神タナトスの問いに、しかし神エレボスは平然とした態度で否定の言葉を返した。同時にほぼ確定している容疑者を引き込んだ失態を認め、その責任を取るために自ら動くと宣言する。
「幸い、今回の襲撃は先走った連中が引き起こした小規模なものだ。本来であればオラリオの至る場所が同時に破壊され、死と恐怖が巻き起こる中で多数の神が送還される……歴史上で二度と起こらないであろうあの演出があって初めて
「……あぁ、そうだな。しかし
もはや爆弾だけで死者を出す事は出来ず、死に誘われた信奉者達の殉教は成らない。爆弾以外の暴力でも命を奪われないと確認された現在、タナトスが望んでいた展開は潰えたと言っても過言では無い。
「そうだな……命が失われないというだけで与えられる絶望は相当に浅くなる。原因が分からない上に容疑者は恐らく空の上だ。本番開始前に障害を取り除きお前の望みを叶えてやるのは難しいが……だからと言って諦めるのは違うだろう?」
同郷でもあるタナトスに不利益を被らせてしまった事に思う所が無い訳ではないが、エレボスは爆弾や不死性の付与がオラリオを
「何、少しばかりの手間を加えることにはなるが……簡単なことさ。
勝った後で敗者の処刑を行う分にはアレは止めない、と不敵に笑う首魁の
そして今度こそ悪意は花開く。
死傷者が出なかったとはいえ、建物や道への被害がここ最近の散発的小規模なそれとは段違いであった先日の襲撃。改めて事態が大きく動き始めた事を感じ取り、備える事は当然であった。
「爆発に巻き込まれても、崩れた建物の下敷きになっても、剣や魔法ですら傷一つ負わくなくなるとはね」
襲撃の翌日。続々と上がって来る奇妙な情報といい、
「何が起きているのかさっぱり分からん……が、
「結界の様な何かに関してもが存在は確認したが、正体は全く掴めん。魔法にしても規模が大き過ぎるし、魔道具だとしてもどれだけの魔石が必要になるのやら」
困惑しているのはフィンだけではない。警備に出ていたために現場を見たガレスも、本拠に待機していたが未知の現象に対する見識を求められ赴いたリヴェリアも、何かが起きているのは間違いないが何が起きているのかはさっぱりであった。
「忘れたらあかんのは、
頬杖を突くロキも、未知に対する興味と子供達に迫る危険とで心が掻き乱されていた。
「やはり来るか?」
「だろうね……昨日は反応の無かった親指が疼いてる。死傷者が出なかったせいか、気が緩んでる。けど……」
「死なずとも痛みや熱さの苦しみは感じる。ならば
仮に、結界らしき何かが無ければ。真面な爆弾が使われていていれば。死傷者の数は目を覆う程だったに違いない。
しかし、だからといって人を苦しめる手段が潰えた訳ではない。
例えば拷問。苦痛から逃れたければ知っていることを吐けと強要するのが本来の拷問だが、目的を果たすための手段である苦痛を与えること自体が目的に成り代わることが多々ある。死なないが痛みは覚える現状は、見方を変えれば死なせることなく永遠の苦痛を与えられ続ける生き地獄足り得るのだ。
「ぁー、あー、これくらいですかね?」
そんな張り詰めた空気を意に介さない声が聞こえてきた。
直ぐ様リヴェリアが窓を開けて外を確認したが、声の主は見付からない――いや、投影機が映し出す画像に姿があった。
「やつは……」
「誰かいたのかい?」
窓の側まで歩いてきたフィンに、リヴェリアは渋い表情を浮かべながら無言で投影機の方向を指し示す。片方の手で腹部を抑えているのは、恐らく
「えーと、あの
微妙に畏まった態度で確認してくるフィンに思わず気の毒な者を見る様な目を向けてしまったが、リヴェリアは腹部に当てていた手を額に移してやや大袈裟に空を仰いだ後、首を縦に振って肯定の意を示した。
「なんやて!?」
フィンの言葉にリヴェリアが頷きを返す前にロキが驚愕と共に窓辺へ飛んで来ていた。
「あ、あの姑息なSilhouetteは……間違いない、奴や!」
投影機に映っている姿を確認したロキも断言した。ここ最近はすっかり
「ほう、あれが……で、何と言っとるんじゃ?」
暫し遅れてガレスも窓際に寄って来た。フィンの上から顔を覗かせると、椅子に足を組んで座り、その組んだ足の膝部分に組んだ手を乗せる優雅な佇まいを見せる、造形的に顎のスペースが広く取られているせいで瞳が少し上を向いて何処か遠くを見詰めている様で惚けた感じを受ける顔が見るものを軽く苛つかせそうな、動物モチーフの着包みを纏った何者かが映っていた。
「――つまりこの度の騒ぎは近々起こされるであろう
「……ロキ、これは」
「あぁ、戦争やな」
「今にして思えば、最初から今までは
この頃になると、ギルドの珍獣に関する情報もそれなりに広まってはいた。その中には初参加の
そんなギルドの珍獣が、ここに来て介入を起こしたと明かした。オラリオに姿を現してからで考えれば宣言していた起源である三年は過ぎていたのだが、四年目を迎えるまでは三年だと主張する事は可能だろう。しかし諜報活動の成果かも知れないが、
「今回は単なる無効化でしたが、本番中は死亡判定を受けた場合リスポーン……まぁ仮の拠点に戻されます。三回死亡判定を受けた際はそれぞれ
「「「……は?」」」
「……アカンわ。どっちが勝ってもオラリオ滅ぶで、これ」
フィンたちは内容を理解したものの常識から外れ過ぎていたせいで受け止めきれず呆然とし、ロキは『
地獄への道は善意で舗装されていると言われるが、ならば悪意で舗装された道の先にあるのは天国――どの道死後の世界なのだと、つまりはそういう事なのだろう。