フェルズはか弱い生き物で、繊細です。彼女は可能な限り自分自身を安心させています。自分の魔道具が恐ろしい武器であると信じているのです。
なお原作におけるアダマンゴーレム
第五話:ギルド・中――不審者VS不審者・準決勝――
「すまんすまん。ガネーシャ超反省!」
開かれたドアに顔面を強打されその勢いのまま吹き飛び泣き崩れるフェルズの隣を位置取るようにソファーへ着席を決めた少女が患部の顔面を抑えながら悶絶しているのを眺めながら、ドアの先にいた人物は当たり前の様に入室すると先程まで少女が座っていたソファーに腰掛け、少女が復帰を果たしたのを見計らって立ち上がると筋肉を強調するようなポーズを取りながら謝罪した。
ともすれば慇懃無礼とも受け取られかねない謝意を快活に述べたのは、顔の上半分に象の顔を模した面を被っている大柄な男性であった。
彼の名はガネーシャ。少女の持つ原作知識にもしっかり含まれている歴としたネームドキャラであり、その名は原典である神話から変わらず群衆の主を意味している。彼が主神を務める【ガネーシャ・ファミリア】はオラリオの警備部門担当とも言うべき存在で、オラリオに住まう人々に最も貢献し敬意を集めている【ファミリア】の一つである事は疑うべくもない。勿論、主神であるガネーシャ本神の人気もまたトップクラスに高い。
「うーむ、しかし何だ。報告通りの不審者っ振りだな。流石のガネーシャも困惑している!」
「象の面を被っている方が言うのもどうかと思いますが……」
「ははは! 確かにな!」
謝罪をしたかと思えば失礼な発言を繰り出すガネーシャ。
舌の根も乾かぬ内に罪を重ねていくスタイルに少女は内心で困惑はこちらの方だと憤りながらも嘆き、同時に状況を現代日本で置換すれば役所に不審者がいるとの通報を受け警備員がや駆け付けてきたようなものだと気付き震えていた。モンスターの身の上から神への敵意が働きでもしたのか、止せばいいのについつい軽口を叩いてしまうも、あっさりと受け止め認めてしまえる器の大きさを見せられる結果となり、気分は完全敗北である。
ちなみに、フェルズは泣き止んだもののすっかり落ち込んでしまい、ソファーの端に丸まってポンコツじゃないもん……などと呟いている。紛う事なき不審者である。つまり、現在このギルドの応接室らしき部屋は不審者率が驚異の十割を記録しているのだ。アメイジングと言わざるを得ない。
「それで、お兄さんが私にお仕事を紹介してくれるということでよろしいので?」
そんなわけがないと思いながらも、少女はこちらの目的に沿う内容でやって来たのですねと惚けておく。
「うむ、幾つか候補を持って来た。宿屋や小物屋の店員、オラリオ内の見回り、ギルドの事務……そして俺がガネーシャだ!」
言いながら、複数の丸められた書類を広げ出すガネーシャ。予想外の返答に少女は思考が停止した。まともだ。まともすぎる。不審者相手に不審者が取る言動としては余りにも不釣り合いというか、てっきり先程フェルズのしてきたような事情聴取が始まるのだと身構えていた所にこれである。少女の中でガネーシャの株が上がり、相対的かつ絶対値的にフェルズの株が下がった。
「自分で言うのもなんですけど、不審者扱いの相手に見回りだのギルドだのを任せていいんですか?」
「後ろめたいものがあるわけでもなし、紹介する分には問題ない。それに、雇うかどうかの判断は別だからな」
不採用が決定している試験を実施する時間的な損失を考慮しないのはどうなのかと少女は疑問に思ったが、考えてみれば身元など細かく管理していないだろうし、いくらでも改竄出来てしまえそうな環境である。ならば人の嘘を見抜ける神が直に面接して人柄を確認した方が手っ取り早くはあるのだろう。神の身の安全に関しても本能への刷り込みに近いレベルで浸透している常識により確保されているし、護衛の一人二人は同伴しているはずだ。神の関与しない個人商店なんかは、非情なことではあるが、最悪の事態に陥ってもオラリオという街への影響は微々たるものと切り捨てられるし、オラリオの意思を纏めるためのプロパガンダに昇華させる事すら可能に思える。そもそも治安の悪化という懸念すらも、それこそ神の縄張り争いが起きるオラリオであるのだから、影響らしい影響はないに等しい。
「なるほど……」
ガネーシャの言い分に頷きながら、少女は考える。迷宮生まれの現代日本育ち原産地アクロニア大陸という複雑怪奇な身の上を持つ少女としては、日常的に神と関わる事態は避けたい。その一方、神と関わらずにいられないのがこのオラリオという都市なのだという事も理解している。
ここでなけなしの原作知識を引っ張ってくると解決の糸口が見えてくる。
少女の目の前にいるガネーシャの【ファミリア】は、ある点ではこの世界における禁忌を犯している異端だ。というのも、彼ら彼女らの一部は人にとって決して解り合うことのできない不倶戴天の敵であるはずのモンスターをテイムという特殊な技術で従えているのだ。
つまり少なくとも人の言語による意志疎通ができて価値観の擦り合わせも可能な共存を視野に入れられるかもしれないモンスターである少女の価値は青天井なはずで、身の上を明かした上で保護を求める選択肢もある。
交わした言葉こそ少ないものの、少女から見たガネーシャの性質が善であることは疑うべくもない。それこそモンスターであっても武器を向け合う事なく話し合えるのならば受け入れてくれるのではと期待させてくれる程に、少女はガネーシャに好感を、ともすれば敬意を抱いていた。
また、【ガネーシャ・ファミリア】にテイムの許可を出しているギルドも身を寄せる選択肢に挙げられる。むしろ当初から少女のド本命である。ビバ権力。ブラボー権力。後でベを含んだ称える言葉を考えておけば一連の流れでバ行制覇の偉業達成が認められレベラッするのではなかろうか。これってトリビアになりませんね。
ウラノスだったかウラヌスだったか表記揺れに悩ませてくれるギルドの主神も、他の神々を内包するオラリオという化物を治めている以上は綺麗事だけで済ませていることなどまずあり得なく、必要性を感じたのならば善性の神々を欺き寄せられる信頼を裏切るような真似をしなければならない場合もあろう。そしてそのような存在であれば、少女に対しても始末するよりも活かす方向に利用価値を見出だしそれなりの待遇で扱ってくれる公算が大きい、と少女は考えていた。ダメ押しとしてガネーシャに繋ぎを頼み同行して貰えば、仮に危険性にばかり注目されても説得して丸く収めてくれそうだ。
店員の場合は業種や業務内容次第ではあるものの争いとはそれなりに縁遠い場合が多く、ギルド紹介である以上は業務中の安全に関して多少の信を置いても良さそうだ。が、原作の【アポロン・ファミリア】による【ヘスティア・ファミリア】襲撃のような事態にも大した罰が与えられなかった。あれはあれで【ファミリア】間の抗争ということで一方の神に肩入れできないだとか、被害届を出さずに戦争遊戯開催に話が進んだためギルドに介入の余地がなかっただとか、理由はあったのかも知れないが。ともあれ原作に名前の出ないモブ神はそれこそ
(さて、どうしたものか)
三択、或いはその他を含めた四択。どの道を選んでも自由と責任のバランスは似たようなものだ。少女が選んだのは……。
「とりあえずギルドですかね。挑戦してみます」
無難に権力だった。何せ時間軸すらわかっていないのだ。しばらくは情報収集に努める必要があり、表立って問題になるような行動に移すつもりはない。となると面倒事は冒険者や神といった外部からやって来るので、シチュエーション的に無駄な戦闘を避けられそうなギルドがベターだと判断した形だ。
「ほう、自信があるようだな。ならば!」
少女の意思を確認したガネーシャは立ち上がると力強くポーズを決めて告げる。
「これから試験会場に向かう! 遅れずに連いてこい、俺がガネーシャだ~!」
まさかの率先して引率。少女のガネーシャ株がモリモリ上がる。これでもし連れていかれた先で「騙して悪いが」された日にはECOのコラボ先にあったまどマギの衣装に身を包んでブリーダーバッジに付け替えてファントム・アルマのモンスター形態にメタモルフォーゼすることにより魔女化するレベルの絶望を表現する事もやぶさかではないと考えるほどに高めの好感度である。ドリアード召喚やマリオット召喚で使い魔の演出もバッチリできる。そう、ハーヴェストならね。やった所で元ネタのない世界では通じないとは思うが、高めの好感度が期待となり何となく気持ちは伝わると信じているので準備だけはしておくべきか悩む少女である。
「着いたぞ! この先が面接会場、そして俺がガネーシャだ!」
そんな益体のない思考に沈んでいたらいつの間にか到着していたらしい。目の前には何やら巨体のガネーシャと比べてなおサイズのおかしい大きな扉。
「ふむ、何と言いますか……こう、空気が違いますね」
「今になって緊張してきたか? それもまたガネーシャだな」
恐らくは扉の向こうにいるウラノスの祈祷によるものなのだろう。その神威によりダンジョンを抑えている関係か、モンスターの少女にとって威圧感や束縛感を抱かせる余り好ましいとは言えない代物だ。とはいえ精々がまさしく受けに行った就職試験の面接を社長自らが受け持って下さった際の緊張感といった程度であり、余程の長期間曝され続けでもしない限り不調を招く程ではないだろう。仮にギルドで働く事になったとしても、缶詰めにされて三徹にでもならない限りは影響はないと少女は見込んだ。
「大丈夫です。行けます」
腕を曲げて顔の前辺りに持って来てから拳を握り小さく腕を引くガッツポーズと共に鼻息荒く意思を表明する少女。そんなあざとさに全く気付かないガネーシャは頷くと
「よろしい。ならば俺に続け!」
扉を開けてさっさと進んでしまった。思わず思考が停止してしまった少女は何の迷いも躊躇いもなく歩み続けるガネーシャを見送り、すぐさま再起動すると慌てて早足で追った。
高まった好感度の影響か、或いは一種の刷り込み効果でも起きているのか、ガネーシャへの評価が頼れる父または兄のような存在になっている少女。気分は授業参観であり、内心は荒れに荒れていた。その様は例えるならば大時化の海原に浮かぶ小舟のごとし。
なお、少女をチョロいと思われるかも知れないが、実際割とチョロい。自己評価の低い人見知りなんてこんなもんである。無価値な自分は嫌われて当然という評価を覆して人並み以上に接してくれる相手には尻尾ブンブン振っちゃうのだ。補足すると、関係を持ってる相手がそれを理由に害される危険性を理解しているので一定の距離を割ると自分からは距離を置いてしまうという性質を持っているため相手からは仲良くなって来たと思ったら前触れもなく嫌われたと判断されてそのまま疎遠になる擦れ違いがデフォの悲しい獣でもある。離れなくても大丈夫そうなのは害されないくらい強い相手だが、そうすると周りからは腰巾着だの寄生虫だの言われて不快な思いをするので結局は距離を置かざるを得なくなり、最終的には俯瞰した視点で一定の距離を保つ仕事人間の出来上がりだ。それなのに孤独は辛いので悲しい結末を予測しながらも新な出会いを……この話もう止めようか。
「例の者を連れて来たぞウラノス!」
「……来たか」
そんなわけで、少女の目の前にはちょっとした雛壇のように高くなった場所でいかにもお偉いさんが座るような背もたれの超長い豪華な椅子に腰掛けているフード被ったローブ姿の威厳たっぷりなお爺さん。どことなく疲労感を漂わせているように少女は感じたが眼光は鋭く声も張りがあった。
「ギルドで働きたいとの事だが、幾つか質問がある」
扉越しに感じていた圧はやや強まったが、同時にダンジョンが、そしてそこから生まれたモンスターが憎むべき神を目の前にしているというのに、不思議なくらい落ち着いていた。少女としては、ウラノスの祈祷は薬や特定波長の音波による忌避効果のようなもので入り口に寄せ付けないイメージだったのだが、どちらかと言えば鎮静効果のようだ。口より先に、とまでは言わないが口と同時に手足が出る自覚のある少女としては嬉しい誤算と言えよう。
「まず聞きたいのはおまえの目的だ」
「はい、私は辺境の田舎が出身なので外への憧れが強く、行商や旅人から聞いたオラリオの街と迷宮、そして迷宮に挑む冒険者に強く興味を持ちました。私自身は戦いが苦手なので冒険者になる事は望まず、しかしながら少しでも冒険者の近くで活動し手助けできたらという思いがあったため、田舎で経験してきたデータ整理や書類作成の能力を活かせそうな仕事としてギルドで働く事を目的にしています」
「……ふむ。だがそれはギルドでなくとも出来るのでは?」
「ごふっ」
「そうだな。探索系【ファミリア】などは迷宮に潜りたがる面子ばかりでそういった書類仕事を苦手としているし、ギルドへの報告漏れが多発しているらしいぞ。ガネーシャの子供たちは優秀だからそんな事はないがな!」
「がはっ」
「そういった疑惑のある【ファミリア】にギルドから調査の手が入ることもあるが、争いの苦手な者では荒くれ者に勢いで押されて成果なしのまま帰って来てしまう。戦いが苦手というのは実の所マイナスポイントだ」
「ぐわぁぁぁぁ!」
どこか聞いている者の心を抉る面接官のダメ出しから受けた衝撃に思わず斜め下から掬い上げられたかのごとく高く打ち上げられ受け身も取れずに顔面から地面に墜落した少女。常人であれば立ち上がるどころか意識を保てすら叶わぬ程のダメージ。唯の一撃で瀕死に陥った少女の明日はどっちだ!?