そこからは早かった。溢れ出す涙に零れ出す愚痴。神として司る
「終~了~! いやぁ、モンスターマラソンは強敵でしたね。視聴者の皆さんは参加者に拍手をよろしくお願いします」
ホイッスルが鳴り響き、終了の合図が告げられると共に、大暴れしていたモンスター達は光の中に消えた。残されたのは廃墟と化した区画――特にダイダロス通りの被害が大きい――や、勝利に沸き立ち健闘を称え合う冒険者の姿。
避難をしていなかった民が巻き込まれて、復活地点がダイダロス通りだったので
「しかし途中からマラソン要素は行方不明になっていたな」
「一時間しかないのに乱闘とか起きたらそりゃそうもなりますよ。正式に種目として採用される際はちゃんと対策しますのでご安心を」
エレボスのツッコミに対して当然だとばかりの言葉を返す珍獣であったが、実に
マラソンレース自体の問題点の洗い出しが出来たし、連れて来たラジルカの活躍で『
「今回の乱闘で破壊された建物の補填とかはあるのか?」
「考えてはいますけど、被害状況を調べて上げてからですねぃ。混乱に乗じて火事場泥棒してた勇気ある
「嫌な……事件だったな……」
その火事場泥棒は、乱闘で吹き飛ばされてきた子連れポイズンジェルが衝突した事で体内に取り込まれて、毒と窒息とのダブルパンチによる死亡判定を受けるまでそれなりに長い時間を苦しみ藻掻き続けていた。余りにショッキングな光景だったので、そこの映像だけしばらくお待ち下さいの字幕が出された向日葵畑に差し替えられる程度には放送事故だった。
「まー過ぎた事は仕方ないです。警戒を促すための礎になってくれたと前向きに捉えましょう……ダンジョンのモンスターなら魔石掴めば脱出も出来そうですし」
「そういえばあの魔石のないモンスター達はどこから来てるんだ?」
珍獣は軽く流したが、エレボスは冒険者や
本神はDDの存在を知っているのでそこから運んだのだろうと思いつつも、
「んー、今はまだ詳しくは言えませんね。ただまぁ、ここのダンジョンとは別の場所とだけ」
「そうか、まぁいい。これで俺は帰ってもいいんだよな? な?」
流石の珍獣も開拓地に繋がる情報は出し渋ったらしい。そう判断したエレボスはあっさりと引き下がり、話題を変える。株価は大暴落だ。短い天下であった。
「まぁ、そうですけど……ついでだし夕方のイベント分も振ってから帰って下さいよ」
「は? え? おいおい責任が重いんだが」
「
「ちくしょう分かったよ。やるよ、やればいいんだろう!? ってナニコレ。全面七なんだが」
珍獣の追撃。エレボスの胃に大きなダメージ。観客――視聴者は大喜びだ。一部は賽の目がもたらす結果に戦々恐々としていたが。
「えぇ、丁度朝が大雪だったでしょう? なのでそれを利用しようかと」
「ふぅん。それで七の目、は……」
珍獣の狙いを考えるのは後回しにして、とりあえずサイコロを振ってしまおうとするエレボスだが、その結果について思い至ったので動きを停止させてしまう。それを継ぐのは、当然、隣に佇む
「モンスターフェスティバル。ふふ、楽しい夜にしましょうねぃ」
愉悦に染まり切った笑顔は見る者の胃にそこはかとなくダメージを与えていたが、実のところ当の本人としては大雪が出たら追加でお祭りを開催すると決めていたので、楽しい催しは文字通りの意味だったりする。
尚、本人が誤解に気付いた所で日頃の行いだと飲み込んで訂正しないので勘違いは続く事となる。
「待て待て、モンスター関連が二連続はさすがに色々と不味くないか?」
終了したばかりのモンスターマラソンがもたらした被害は、建物的にも人それなりに大きい。追撃でモンスターと冠したイベントが続けば、今度こそオラリオが壊滅――とまでは行かずとも、半壊する事態は十分に考えられた。
「
「代わりに冒険者からのヘイトが熱くなるだろうな……例え振るのが全面七のサイコロだろうと!」
そう、エレボスが心配したのはオラリオの被害よりも自らが狙われる可能性。
彼の神に対する一般人の評価は、未だに熱心なFC会長のままである。何故なら彼は暴露された後も堂々とアルマのライブに参加しては誰よりも熱心に
だがしかし、そのせいで一般人からの態度も非常に気安いものとなっており、今回の様な明らかに
「悪とは往々にして恨まれるものです。むしろ本懐なのでは?」
「お、お……」
「お?」
眼前で首を傾げる珍獣が純粋に疑問を抱いているだけだと理解する事は出来たが、それでもエレボスの考える悪の定義として割と琴線に触れる様な指摘を受けてしまったので、サイコロを振る覚悟を決めざるを得なかった。
「お手柔らかに……」
血を吐く様な声のエレボスには、同情しか集まらなかった。
彼の振ったサイコロは暫く角で立ったまま回り続けたが、人々の目にはまるで少しでも結果を先延ばしにしたいと願うエレボスの執念が宿ったかの様に映ったと後の世には伝わっている。尤も、結局は七の目が変わるわけではなかったが。
そして夕方、人々の不安を吹き飛ばすアルマ達のライブには、法被姿のままの参加が許されたエレボスが居た。直前のやり取りで「あったけぇ……」と涙ぐむ姿は、とても邪神には見えなかったそうな。
そしてライブのMCで名指しで労われた事でファンの嫉妬を買い、
「それではモンスターフェスティバル開幕でーす。皆さん存分に楽しんじゃって下さーい」
ライブで吹き飛ばした不安が再び降り注いで来たランダムイベント。戦々恐々とする一同は、しかし目の前の光景に言葉を失っていた。
とある区画は朝の大雪を用いて作られた冬の祭典。隣の区画は白やピンクの花を咲かせながらも散り始めている木々が見せる春の装い。更にその隣――冬の対角上に位置する区画は巨大な櫓が組まれ、建物の二階や三階部分を繋ぐ提灯に彩られた夏祭。残った区画はライトアップされる紅葉を湛えた木々や、中身を括り抜かれ不気味な印象を与える笑顔を模した巨大カボチャが並び、上空を蝙蝠が飛び交う一種異様な空間。
それらに共通するのは、屋台が立ち並び様々な飲食物を販売したりミニゲームを提供したりしていて、仮装した人間や明らかに珍獣の連れているモンスター等が運営している事。即ち、本当の
「いやはや、参ったね」
「どうするんです? ヘルメス様。ここから巻き返すのはかーなーりぃー難しいと思いますけど」
「そうだな。このまま珍獣君の目論見通りにいけば『
ヘルメスは大袈裟に肩を落として見せる。その内心を推し測りながら、どう動けば最善だろうかと考えを巡らせる団長のリディスが背中を叩いて慰める。
「でも、まぁ、今はするべき事がある。わかるな?」
「えぇ、もちろん」
「「この祭を楽しむ!」」
表向きは気を取り直した主神に気を良くした風の態度を見せたリディスは、ヘルメスの望む答えを口にする。尤も、互いの本心でもあったそれは自然と重なるのであった。この二名、地味に似た者同士である。振り回されるアスフィの苦労は続く。
因みにそのアスフィだが、新しい
「今回のフェスは基本的に
珍獣の言葉は、しかし多くの者を混乱させた。警護には確かにモンスターパニックで出現したある種の象徴である
しかし、店員の見た目は多少厳ついものの、どう見ても人間だ。言葉もしっかり通じる。故にオラリオの人々は首を捻るばかり。中には直接尋ねる猛者もいたが、曖昧笑って首肯される程度で詳しくは聞き出せなかったため余計に混乱する事となった。
神も彼らが嘘を吐いていないと判断できてしまうので、モンスターらしいが殺意の欠片も見せない彼らを前に混乱はしたが、これも下界の未知であるとはしゃぐ者も多かった。営業妨害で警護モンスターに乗っけられて運ばれている内にそちらへ夢中になったが。
しかし悲しいかな、ECOではプレイヤーに敵対するものはみんなモンスターに分類される。普段は仲良しなパートナーだって、イベント等で敵対している場合はモンスター扱いなのだ。
店員をしているのはバンディットやデバステイターとよばれる人間系モンスターであり、商人系のジョブがドロップ率に関わる知識や分析と呼ばれるスキルを覚えるために、言い訳できない程にモンスターである。
地味にこの言い分からすれば、
そんな祭りの空気に困惑を隠せない者も少なからずいた。正義感の強さから悪の存在が当たり前に街を歩くのを見て憤慨する者や、モンスター絶対殺す少女と化している者、そもそも感性が違うので祭を楽しめない者がそれに該当する。共通項は良く言えば芯の通った、悪く言えば頑固な点か。人生経験が足らないとも言い換えられるが、同じ人生経験が不足しているはずの孤児や一般家庭の子供達は積極的に楽しんでいたりする。
また、中には何が祭だ、何がニュートラルだ、と暴れる者も居たのだが……大抵は最寄りの警護モンスターからボコボコにされて何も成せずに姿を消した。
この中でディース姉妹が警護モンスターの手で素早く鎮圧され死に戻りさせられても諦めずに執着する相手へ襲撃をかけては警護モンスターの餌食になり敗北者の部屋まで送られたのは、半ば笑い話ではあったが大きな成果としてギルド連合の人々を盛り上げた。
襲撃を唯一成功させたのは貴重な鉱石にしか見えない岩系モンスターを前にして我慢できなかった椿・コルブランドだったが、ドロップアイテムを持ち帰る途中で別の警護モンスターに倒されて速やかに復活地点――目的地である本拠――へと送られる事となり、しかしそれを見た神々からシステムを利用して
基本的に
堂々と人前を歩き、向けられる畏怖と憎悪とを不敵な笑みで流しながら辿り着いた先は冬の区画。この祭の、この区画でのみ行われているライブパフォーマンスの大会が目的だった。
そして、そこにはレッスンの成果を恩師――指導役のアルマ達に見せるべく参加しにやって来ていた【
そこで交わされたやり取りは敢えて詳しく語るまい。ただ、一つだけ言えば……冬区画はどこよりも熱かった。そして優勝は
他にも色々と各地でドラマを生み出しながら、やがてモンスター・フェスティバルは大盛況に終わった……否、終わらなかった。むしろ終了の宣言がされた後は各地から酒や食材を持ち出して来て料理を始めたり、店員や警護のモンスター達を労ったりと解散する空気にならなかった。
珍獣はそんな空気を壊したらモンスター達に申し訳ないと思ったので、明日の朝のランダムイベント分のサイコロを振って
そんな中、アルマ達は明日のライブに備え直ぐに帰って休んだし、ファン達もまたライブの開催が恙無く行われる様に早朝ゴミ拾いに備えて帰って寝た。