オラリオ総異端児化計画   作:夜月工房

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前回のあらすじ: 竜の谷――それは世界三大秘境に数えられるとか数えられないとか言われてるような言われてないような、とりあえず黒竜が封印されている場所だ。近年ではそこから抜け出した竜系統のモンスターが人類に大きな被害をもたらしているため、深刻な問題と化している。
諸外国を巡っている最中のノーカは、人間の世界を中心に考えて動いていたためにその場所については確認すらしていなかった。そして人口の多い国や都市に居を構える神に顔見せと設定の周知を行い、時に襲撃を受けては返り討ちにして、やがてはオラリオ中心の生活に戻ったのである。そして都市外に出ていながら世界三大秘境を無視していた事実を知ったが故に、この世界に大きく干渉しないと決めていた『バー・ナザリック』の面々は頭を抱えたのであった。そしてそんな面々から話を聞いたノーカもまた同様に頭を抱える羽目になった。もっと早く言えと自分の調査不足を棚上げしたい気持ちがちょっぴり漏れ出してしまった程度には頭を抱えた。
その理由は、この世界における竜の谷が事実上のモンハン世界化しているからである。収斂進化と見るには自然環境の違いが大きく、そこには何らかの要因がある事は明白だった。そうなると空飛ぶ自然現象と呼んでも差し支えない古龍種達の危険が懸念されるため、いっそ黒竜の安否が心配される程であったが、少なくとも記録上では古龍らしき存在は確認されていない。一夜にして滅んだ集落や村があるものの、局地的な嵐に見舞われたり、菌類の森と化したり、氷に閉ざされた世界に豹変していたりは確認されていないのでセーフ(?)だ。なお古龍級生物(エスピナス)は確認されている模様。一般的な竜の中には地上に進出している個体もいるが、遠隔視して観察した分ではゲーム序盤の中型モンスターでもLv.2はあり、大型は最低でもLv.3相当から。ダンまち世界基準でいえば下層モンスターがひしめく魔境である。ゴライアスがLv.4程度な事を考えれば、大きさの割には……かもしれないが、谷に潜む数や種類を考えれば何の慰めにもならないのであった。


第六十三話:殴り合い宇宙――果物の木とか一確する程度ではある拳――

 割と寝耳に水な感じで始まった、オラリオvs珍獣の突発イベント(レイド)。真っ先に混乱から立ち直ったのは会話の内容を理解出来たフィンだったが、行動に移したのが最も早かったのは理解を放棄して敵認定だけしたオッタルだった。

 彼は集団から飛び出して珍獣へと駆け出して行くと、何の遠慮も無く大剣を叩き付ける。

 

「……やはり通じんか」

 

「流石は都市最強、判断が早い」

 

「嘘だろ……オッタルだぞ?」

 

 様子見でこそあったが、紛れも無くLv.7の半ばに至った【ステイタス】から繰り出される一撃。それを珍獣は片手で受け止めていた。オラリオで同じ事が出来る者は恐らく居ない偉業の類である。

 

(めっちゃいったああああい!)

 

 一方のノーカは内心で悲鳴を上げており、目隠しの内側では涙汲んですらいた。

 ダメージは微々たる物であり、HP自体はほぼ減っていない上に、欠損無効の常時発動(パッシブ)効果で怪我も一切負っては無い。

 しかしながら痛覚は働いているし、その感度は一般人と大差無い程度だったりする……代わりに上限が設けられており、体表、体内、極一部例外の各部位毎にそれぞれ顔面をハリセンで強打、タンスの角に足の小指をぶつける、虫歯が進行し過ぎて神経が死ぬ直前程度の痛みで収まる様になっていた。つまり今回の一撃は顔面ハリセン並である。

 例え毎日の様に不思議な夢を見て苦痛を含めた様々な体験をしたとしても、夢から覚めてしまえば其処に居るのは極々平凡な一般人でしかない。ちょっとした痛みでもぴーぴー泣き叫び暴力反対と訴える貧弱な小市民にとっては、顔面ハリセンも十分過ぎる痛みなのだ。

 

「死ね」

 

 続く一撃はアレン。素早さを活かして回り込み死角から放った槍は、確かに珍獣の頭部を貫いた手応えを持ち主に返していた。

 

「なん……だと……」

 

 しかし無傷。槍は頭部に突き立てられてはいるが、突き刺さってはいない。先日のモンスターマラソンでも起きた感覚の違いに思い至るも、思考が横道に逸れた事でアレンは反撃を避ける機会を失った。

 

「てい」

 

「な、があっ!?」

 

「アレン……くっ!」

 

 軽い掛け声と共に放たれたのは、珍獣の背中に備わった翼によるアッパーカット。ゲームには無い挙動だが、その辺りは割と自由に動けるらしかった。地味に羽毛の手触りではあるのだが、ECO(ゲーム)物理攻撃力(ステータス)が反映された一撃は体格に優れているわけでない猫人(キャットピープル)を軽々と空へ打ち上げた。そのまま体を回転させての後ろ回し蹴りで、武器を掴んだままだったオッタルも吹き飛ばす。

 一連の流れは第一級冒険者(Lv.5以上)の戦闘速度で行われたため、冒険者の大半を占める下級冒険者(Lv.1)第三級冒険者(Lv.2)には結果しか映らなかった。当然、非戦闘員扱いでオラリオに取り残された一般人や神にも重なって大きくなった音が確認できたくらいで映像は一瞬ブレた様にも映らなかった。AGIに振っていない珍獣の動きにしては不自然だが、この辺りは世界設定の擦り合わせが進んでいるのではなかろうか、と珍獣は予想していた。つまり答えは不明である。

 

「残念なお知らせですが、どうや、っと。危ない危「【ヴァリアン・ヒルド】!」グワーッ!」

 

 呑気に絶望を告げんとしていた所、斬撃範囲を拡大させたヘグニの一閃が襲い、間一髪で避けた所に間髪入れず横から放たれた極太の雷に呑まれる珍獣。アレンとオッタルを吹き飛ばし盾を残さなかったが故の事態であり、その機を予見し逃さなかったヘグニとヘディンの才が光る出来事だったと言えよう。

 

「……チッ」

 

 しかし魔法を放った本人(ヘディン)は魔法が通りすぎた跡と、もたついていまだに動けていない他の魔導士への苛立ちを込めた舌打ちを溢すのみ。

 

「……やったのか?」

 

 そんな誰かの不用意な発言(やってないフラグ)に応えたのか、未だに動きを決め兼ねていた集団の一角が派手に吹き飛んだ。

 誰も反応できなかった事件現場の中心には、装いを新たにした黒尽くめ(珍獣)の姿。先程までは無手だったが、現在は実用性に対して首を傾げたくなる禍々しい形状の鎌を右手に、左手には何故か頑丈そうなトランクケースらしきものを持っていた。

 

「こっちは判断が遅いんで間引きますね」

 

 先行した【フレイヤ・ファミリア】の奮闘に隠れフィンの号令を受けた冒険者達ではあったが、元より他派閥との協調が得意なわけでも、慣れている訳でもないために、その動きは非常に緩慢であった。

 それは数が多いだけな第三級以下の冒険者が足を引っ張っている事実に他ならず、規律への真摯さや、あるいは他者を気遣う善性を持つが故に動きが鈍っていた実力者達まで動くに動けないでいる残念な状況である。

 珍獣はそんな冒険者達を嘲笑うよりも嘆き、実質的な手助けの形で実力が一定以下の者を退場させる事にしたのだ。オラリオに対して格付け(マウント)()るが、だからといって必要以上に貶めて現場からの中継映像を見ている周辺国家が調子に乗るのも困るために。

 そんな急襲と認識せざるを得ない珍獣の行動に対して、とある種族の勇者や正義の眷族で一番頭の回る者、或いは毒舌な極東美人等は、最初から呼ばすに済ませろと心の中で散々に罵倒していたりする。特に勇者は外聞を気にしなければならない立場上、この場で最も不自由している一人であった。

 

「うおおぉ、こっち来るんじゃねぇぇぇぇ!?」

 

「ちょ、ふざけんな離せ馬鹿や――」

 

「たっ、助……」

 

 片手で振り回せる大きさなために威圧感はそこそこ止まりではあったが、鎌を振り回して――実際には起こる風圧で――冒険者の集団を吹き飛ばしている姿は、見ている人々に死神を思わせた。

 ここに真の死神(タナトス)が居れば遺憾の意を示していたと思われるが、生憎と彼はダンジョン18階層で冒険者時代のラジルカが用意したふかふかなベッドの上でグースカ眠っている。そしてその事を天界で本分を全うしている他の死神達が知った場合は、死神のイメージを損なうとして珍獣共々名誉毀損で集団訴訟を起こす事だろう。

 

「おい、どーすんだ団長さんよぉ。こっち来るぞ!?」

 

「どうしようもないわね!」

 

「アリーゼ!?」

 

 次々と冒険者が吹き飛んでは空中で光に包まれて消える中、その暴威は集団の一部として並んでいた【アストレア・ファリミア】にも届こうかとしていた。

 悲しいかな、彼女等は運命がボタンの掛け違えを起こして全員が既に第二級冒険者へと至っているものの、オッタル(Lv.7)珍獣(計測不能)のやり取りは目で追えなかった。むしろその後のアレンも厳しい。

 故に、ライラの問い掛けには清々しい程にお手上げだとアリーゼは答えた。

 

「でも諦めるなんて選択はないわ! せめて立て直す時間稼ぎくらいはしてみせましょう!」

 

「そこは押し返すくれぇ言えよ」

 

「あの愉快犯の事です。事を起こせば様子見に回り隙を晒すかもしれません」

 

 どこまでも前のめりな発言に、仲間達はそれでこそだと笑みを浮かべた。彼我の戦力差が絶望的な事は、オッタルとのやり取りだけで判明している。それでも一矢報いてやろうと、各々の最善を判断して行動を起こし始めた。

 

「後衛は詠唱を……既にしているか。ならば私も命を張るか」

 

 仲間達がそれぞれ足掻こうとしているのを見て、輝夜もまた居合いの構えを取る。

 

「【禍つ彼岸の花】」

 

「おや、皆さんお揃いで」

 

 そんな中、人混みを蹴散らしながら黒い暴威がやって来た。

 

「――【ゴコウ】」

 

 有象無象へ振り撒く被害とは裏腹に、顔見知りを見付けると一声掛けずにはいられないらしい。そればかりか、御丁寧に一旦その動きを止めてくれまでした。返答は、五条の斬閃。

 

「えぇ……」

 

「っ、続けぇ!」

 

 まさか言葉が一つも返って来ないとは思っていなかった珍獣は、困惑の余りか輝夜本人の刀だけを指で詰み止めるも、周囲に発生した魔力の斬撃を無抵抗に受け入れる事となった。血の一滴も流れない珍獣の特性上、どれだけの傷を与えたのかは不明。

 そして輝夜の問答無用振りに思わず呆気に取られた【アストレア・ファリミア】の眷族達は、しかし輝夜(原因)を除けば誰よりも早く我に返ったライラの言葉に続いて後衛が魔法を放ち、そんな後衛を守るために前衛が守りを固める。

 

「いやはや、まぁ戦場でモンスター相手なら合格なんですかね」

 

 珍獣が迫り来る業火に注意を向けたタイミングで僅かに指から力が抜けたのを確認して、輝夜が離脱する。

 しっかりと蹴って行った抜け目の無い刀使いを見届けながら、珍獣は一定の理解とそれなりに高い評価を下しつつも、その終始敵対的な態度には肩を落とす。そしてそのまま爆炎に包まれた。

 今度こそは誰も希望的観測(やってないフラグ)口にせ(立て)ず、即座に動ける様にしながら事態を見守る。

 

「そう言えば先程は途中で遮られたわけですが」

 

 果たして、確信を抱きつつも外れて欲しい予想の通りに――衣類の焦げ付きや煤汚れの一つも無く――黒い自称怪物(モンスター)は立ち込める爆煙より歩み出て来た。

 

「魔法は七割カットですので一つよろしく」

 

 そんな、絶望を積み上げるとんでもない爆弾(話題)を引っ提げて。

 

「先に言えよ……そういうのは!」

 

「言って変わるものでもないでしょうに」

 

「変わるわよ! 作戦が変わるに決まってるじゃない!」

 

「ごもっとも」

 

 だが絶望している暇は無い。逆を言えば3割は通るわけで、それでも武器による攻撃よりも火力は高い場合の方が多いのだ。

 文句を吐きながら斬りかかるライラの武器を掴み、持ち主と一緒にジャイアントスイングの要領で振り回して、ながら作業でアリーゼの主張を認めつつ【アストレア・ファリミア】の後衛組へ目掛けて投擲する。

 

「うぉぉぉぉ!?」

 

「ライラ!?」

 

「余所見をするな戯けぇ!」

 

 高速で真横を突っ切って行ったライラと、その先に居る後衛達を目で追い振り返るリュー。輝夜は珍獣から目を離さずに、しかし声だけでもはっきりと目に浮かぶ末妹の未熟を叱り飛ばす。しかしその隙を見逃す相手ではなく、輝夜の声が終わる頃には既に距離を詰め終わっていた。

 その一瞬で百余りの罵倒を内心に膨らませながらも、既に自ら持つ絶殺の手札が通じなかった自分よりも可能性はあると覚悟を決めて、輝夜はリューを突き飛ばそうと身を乗り出した。

 そして幸運にも、迎撃を予想したらしい珍獣が一瞬迷ったおかげでその行動は間に合った。

 

「やらせんわぁ!」

 

 更に其処へ野太く頼もしい声が響き渡り、眼前に迫っていたはずの珍獣が姿を消し飛んでいた。

 

「は?」

 

「ガレスのおじ様!」

 

 リューを突き飛ばした輝夜の視線の先では、凄まじい勢いで上空へかっ飛ぶ黒尽くめの姿が妙にゆっくりと映っていた。そのポーズが何故か両腕を水平に伸ばし肘を上に曲げて、手の形は中指と薬指を握り他は伸ばし、がに股気味だが足の裏を寄せるものであったせいで、余計に混乱する事となった。映像は優しいスロー再生であったため、決定的瞬間を目撃できた中で元ネタを知る神々は揃って吹き出していた。

 そして窮地を救った老齢のドワーフの名を、アリーゼが感激を隠さない様子で呼ぶ。

 

「すまんな。立て直しに手間取った」

 

「問題ないわ! リューも輝夜も無事だもの!」

 

 この間に、フィンは気持ちを切り換えて勝つための方法として精鋭のみで立ち向かう宣言をして、足手まとい(Lv.2以下)を一ヶ所に纏めて下がらせた。そこから残った――実力者だけに情報も出揃っていた――面子で戦法について軽く話し合い、珍獣の性格と目的を考えれば見せ場を作った上で踏み潰すとの推測から、強敵相手の常道(セオリー)を外さず各々の強みをぶつける方針以外は臨機応変に動くしかないとの結論に至ったのだった。

 つまり前衛立役(ウォール)が敵の注意や攻撃を引き受けると同時に、前衛攻役(アタッカー)が傷を与えて武器や守りを奪い時間稼ぎを兼ねて、詠唱を済ませた後衛魔導師が焼き払う。貴重な上昇補正(バフ)呪詛(カース)異常魔法(アンチステイタス)の使い手にはそれぞれの効果に合わせてタイミングを指示しておいた。

 

「しかし思ったよりも良く飛んだのぅ。お主らも今の内に合流して体勢を立て直しておけ」

 

 ガレスが間に合ったのは、フィンが勿体振らず結論から始めたお陰であった。『いつも通り』の一言で自分の役割を理解した彼は、一人で向かい貴重な第一級冒険者である自分が撃破される危険性を認識しながらも、敵対的な派閥が少なく周囲を奮い起たせる事のできる【アストレア・ファリミア】の総合的な力を欠くのはそれ以上の損失だと考えて、救助へと向かった。

 

「ガレスのおじ様は?」

 

「決まっておろう――喧嘩するの(時間稼ぎ)よ」

 

 場合によってはこうして殿を務めて血湧き肉踊る熱き戦いに挑めるかもしれない、という打算もある事にはあったのだが。

 

 

「いやぁ、中々に良い景色を見せて頂きました」

 

「予想はしておったが、ピンピンしとるのぅ」

 

 上空から翼をはためかせ、ゆっくりと地上に降りて来るその姿はやはり傷一つ無い。発言内容も小旅行かアトラクションかを楽しんで来たかの様だ。これにはガレスも呆れを覚えて嘆息するばかり。

 

「一応、ダンジョンからの扱い的には漆黒のモンスターと同等らしいですからね。要は四体目として追加された三大冒険者依頼(クエスト)みたいなものだと思って下さい」

 

 そして投下される、今までで最大級の爆弾。

 

「……聞き間違いかの? お前さん、あの黒竜並だと言ったのか」

 

「事実、黒いでしょう? ちょっと昔やんちゃした神が居たとか居ないとか色んな条件が重なって可能になったので気合入れて作ったら事故が起きて私になったみたいですけど」

 

「く、くくっ……」

 

 否定はしないが肯定もしていない。それを理解しているガレスではあったが、そう嘯くだけの隔絶した実力を持っている事は明明白白。思わず口角が上がって行くのを自覚しながらも、ガレスは抑えきれなかった。

 

「ぐわーっはっはっは!!」

 

「ガ、ガレスのおじ様?」

 

 場違いにも思える哄笑に、一部の者は心配の声を漏らす。

 

「強い強いと思ってはいたが、想像の上を行きおったわ! そこまで言うのであれば確かめさせて貰わぬわけにはいかん、さあ……力比べと参ろうではないか!!」

 

 手にした大盾を、地面かも定かでない空間に叩き付ける。しかしはっきりと足を着けている透明な地面が、そして大気までもが揺れた。

 未だLv.5の身であろうとも、都市最上級の力と耐久を疑う者は居ない【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック。Lv.7に至ったオッタルとの比較が成立する時点で異常と言うより他無い剛の者である。

 

「うーむ、実に真っ直ぐで気持ちの良い。これは応えねばなりますまい」

 

 対する珍獣も手にした武器をそっと床に置き、拳を構える。

 

「行くぞぉ!」

 

「さあ来いガレスウウ! 私は実は一回殴られただけで泣くぞオオ!」

 

「やりにくいわあああ!」

 

「あべし!!」

 

 締まらないやり取りだが、その後はしばらく両者の格闘戦が続いた。技と駆け引きを投げ捨てた、語り合いにも似た大振りな拳(テレフォンパンチ)の応酬。しかし片や自称ほぼ漆黒のモンスター、片や一人のドワーフ。その間に横たわる生物としての格の違いとも言うべき差は、残酷なまでに大きかった。

 

「ふーっ、ふーっ、さすがに届かんか」

 

「ここで打ち倒されるのも障害冥利に尽きるのでしょうが、まだまだ後が控えていますので」

 

 場の特性上、本来ならば満身創痍となってもおかしくない威力の応酬でありながら互いに身体も装備も傷一つない。それでも発熱や発汗は起きるため、殴るにも受けるにも常に全力を込め続けたガレスはすっかり肩で息をしており、全身汗だくだった。むしろ死亡判定は存在する筈が、百を優に越える回数の拳を正面から受けていたにも関わらず未だに二本の足で立ち続けている事が奇跡であり、文句の付け様が無い偉業と呼べる。それでも一人で珍獣を打ち倒すには力及ばす、勝敗は誰の目にも明らかであった。

 

「……ふん、まだじゃ! どうせならこの様な機会でもなければできん命を込めた一撃という物を受けておかんか!」

 

 しかしそれでもガレスは諦めない。それどころかここに来て一番の威力を出さんと張り切ってすらいる。

 

「えー、申し出は魅力的ではあるのですが、ガレスさんにはこの後まだまだ集団戦で活躍して頂きませんと」

 

 それを非常に申し訳が無さそうに、腰を低くして退いて欲しいと要求する珍獣。これには思わずガレスもずっこけそうになり、危うく気が緩んで退場する所だった。

 

「ぐぬぬ、それくらい何とかせんか!」

 

「おおぅ、ドワーフでお爺ちゃんなだけあって頑固ですねぃ。また別の機会は用意しますので、ここは一つ抑えて頂きたいのですが……」

 

「隙 あ り じゃ!!」

 

「アバーッ!」

 

 何とか食い下がろうとするガレスの態度に困惑して、思い切り隙を晒した珍獣の懐にガレスが潜り込み、足を踏んで押さえながらバランスを崩した所に背中から体当たりを決めた。珍獣は派手に吹き飛んだ。

 

「貸し一つじゃぞ」

 

 それで満足したらしく、ガレスは飛んで行く珍獣のその後を確認する事も無く瑞からの盾を回収して意気揚々と後ろに控えていた集団へ合流した。空の彼方へ飛んで行き輝く星の一つとなった珍獣が笑顔を浮かべながら親指を立てている幻影を見た気がしたが、恐らくは気のせいだろう。

 

「お帰り、ガレス。満足できたかな?」

 

「不完全燃焼に決まっておろうが。結局、手札は引き出せず仕舞いじゃ」

 

 そして見学していた生意気な小人族(パルゥム)の小僧から量が半分程に減ったポップコーンの容器を奪い取り、中身を頬張った。慌てて回復魔法を使用しに来る治療師(ヒーラー)の少女までもが頬を膨らませており、ポップコーンの欠片らしきおやつを発見して、何とも言えない気持ちを覚えながら。

 

「だが、見た感じ手加減した拳には思えなかった。上手く呪詛(カース)等を入れられれば、後は数の優位で押し切れる可能性は十分ある」

 

「ふむ……」

 

 フィンの予想は概ね当たってはいたが、同時に僅かに外れていた。見せた範囲における珍獣の火力についての考察は当たってはいるのだが、各種支援スキルを乗せていない素の状態でMAG寄りの農家が放つ通常攻撃扱いの拳ともなれば、その威力は高が知れているのだ。メインに使っている攻撃スキルの都合でSTRにも振ってはいるし、憑依装備とたまいれなる技法による補正はあるので底辺と言う訳でも無かったが。

 それでも、ガレスの所感としては二十発も殴られれば倒れるだろうと思いながら力を振り絞っていた。しかし不思議な事に後から後から力が湧いてきて、そのまま予想以上の時間を粘って殴り合いを続けることが出来たのだ。地味に今も疲労は結構な勢いで回復しているが、それが治療師(ヒーラー)の尽力によるものなのか判断が難しかった。一度止めろと言うのも、憚られたので。

 

 ガレスの感じ取った部分に関する主な理由は、この領域にECO内の街やテントの中と同じくらいの自動回復効果があるからだった。

 今まではオッタルもアレンも軽く一撃入れられて距離を取られただけだし、ヘグニは珍獣との距離があった分だけ即座に【フレイヤ・ファミリア】の回復集団である満たす煤者達(アンドフリームニル)達から処置を受けていた。ヘディンに至っては元々の精神力(マインド)がずば抜けているため疲労を感じていなかった。

 更には一山幾らで吹き飛ばされた面々は一度戦闘用装備になった――武器までしっかり持った――珍獣によるファランクス(草刈り用範囲スキル)の一撃で死亡判定を受けており、回復の恩恵に預かる機会はなかった。そうした要因が重なったため、報告が上がらなかったのだ。

 

 この時、ガレスがポップコーンのお代わりを受け取りに向かい懸念を告げる機会を逃した事でフィンの作戦は瓦解してしまう……という様な重要案件でも無かった。

 何せ珍獣のメイン火力はプラントエッジLV1(威力1080~1200%の2ヒット)であり、倍率だけでも二十数発分の威力が保証されているのでガレスでも一確される。しかも参照ステータスが右ATK(最大攻撃力)右M.ATK(最大魔法攻撃力)(合計)であり、珍獣は魔法寄りなステータスをしているため、素手の二十倍どころか四十倍でも収まらない威力が飛んで来る。おまけにこれが大体二秒から三秒に一回飛んで来て、MP消費は22――珍獣(MAG型)の場合は最大値の1%にも届かない。止めに自分(竜眼解放等)憑依装備(アタックアシスト他)の支援スキルを乗せると更に威力は上がる。武器の属性が乗らずフレイムハート(物理ダメ約1.5倍)ゼン(魔法約二倍)も乗らない欠点があった所で何の慰めにもならない格差がそこにはあった。

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