そんなある日、珍しく開拓地の外からモンスターが襲撃して来る事件が起こった。幸か不幸か、この世界の――特に地上で繁殖した――モンスターはアクロニア大陸に生息していたモンスターと比較しても弱い傾向にある。ましてやディメンションダンジョンのモンスターを相手にして来たパートナー達からすれば鎧袖一触。故に今回も……と余裕振って赴いたルチフェロ・ロアがまさかの吹き飛ばされて敷地内に落下して来る事態に。村は騒然となり、本腰を入れて襲撃して来たモンスターを掃討するべく武器を取った。現場へと赴いたメンバーが見たのは、所々の毛がフサフサで皮膚が爬虫類の様な鱗で覆われている、妙に豪華なユニコーンらしきモンスターであった。天候にすら影響を与えて雷を操るそのモンスターは、しかし相手が例えるならば人間サイズのラージャンやイビルジョーの、更に連携が取れる群れだった事が運の尽きだったのだろう。多勢に無勢だったので可哀想なくらいボコボコにされてしまい、やがて膝を負って敗北を認めた。こうして開拓地に新しい仲間が加わったのである。
後に報告を受けたノーカは「古龍種は居ないって言ってたじゃないですかーやだー!」と叫びながら膝を突き、落雷に打たれた。
フィンによる槍の投擲は、
「フィン!」
「やあ、ガレス……武器の予備は持ってるかい?」
「あるわけなかろう。何をしとるんじゃお前さんは」
「出鼻を挫いてしまえば後は皆に任せられるからね。それじゃ、ガレスも頼んだよ。僕は僕に出来る事をする」
最高のタイミングで珍獣に一撃を加える事が出来たからか、フィンはスッキリした様子で何故か後方に下がって行った。ガレスは未だに滞空しているアイズの無事を確保しなければならず、位置を調整しながら呆れと羨望の目でフィンを見送った。
「クソがああああああああっ!」
フィンの投槍が敵を貫いて
オッタルの一撃を片手で受け止めて見せたばかりか、ヘディンの雷砲にも涼しい顔で立っていた相手の態勢を崩す――其れを出来る者が、果たして何人オラリオに居るだろうか? 況してや自分に――そこまで考えて、アレンは自らの不徳を深く恥じた。
彼は喧嘩早く口も悪い上に視野が狭くて普段は妹と女神しか見えていないが、決して愚鈍なわけではない。この一戦が、神々の価値を示す意味を含んでいる事に気付いていた。
だが、だからこそフィンが――自分の忠誠を誓う女神を差し置いて、あのいけ好かない男か女かも判別できない体型をした胡散臭い糸目をした豆粒の様な神が!――初めて痛打を与えた等、許されて良い筈が無かったのだ。
「っフーッ! 先に行け鈍間抜共! これ以上フレイヤ様の名を汚すわけにはいかねぇ!」
怒りを吐き出し、冷静さを取り戻し切れないながらも吠えたアレンは、そのまま魔法の詠唱を開始する。
「こちらの台詞だ」
「だが援護なしだぞ」
「連携を忘れるな」
「僕達には無用の心配だけどね!」
自分の弱さと隠している想いの発露でもある魔法を解禁したアレンの覚悟に、それを知る他の者も此の上無く奮起していた。特に圧倒的な格上を捩じ伏せる一撃を持たないガリバー兄弟は、自分達の役割を撹乱と妨害だと定めた。
実の所、ヘディンの離脱は非常に痛い。彼の雷撃魔法による妨害は、間違いなく珍獣の行動を制御して、前衛の生存へと繋げていたのだ。
それが無い現在、つまりは果敢に挑み間断無く攻撃を繰り出している彼等彼女等を守る物が無い事を意味していた。
「そーれっと」
「「「グワーッ!」」」
復帰した珍獣は、一発は一発だとばかりに何かを投げる動きを見せた。直後に起きた爆発が、目前に迫っている戦闘集団よりもやや後ろを走っていた一団を吹き飛ばす。
「えっ!? 何が起きたの!?」
「わかりません、集団の中心に何かを投げた様ですが」
「どうでもいいから足を止めんな! こっち見てんぞ!」
爆発の範囲からは外れていたが、そう遠くない距離にいた【アストレア・ファミリア】の前衛達は、珍獣の放った
ゲーム内の説明上は粉塵爆発を起こして範囲内の対象にダメージを与えつつ命中率を低下させる攻撃スキルなのだが、触媒を必要とせずSPを消費して正体不明な何かを投げつける動作と共に指定場所を爆発させているECO内で見ても極めて理不尽な能力である。粉塵爆発と言いつつ開けた場所で起こしているので何かしら驚異のメカニズムがあるのだろう。
早い話、誰もその現象を理解できず【アストレア・ファミリア】の面々と同様に困惑するしか出来なかった。
「……???」
「何やら使った本人まで首を捻っておりますねぇ」
「よく分からないけど攻め時ね! 行くわよ!」
このダストエクスプロージョンには範囲内の対象の数だけ威力が分散される仕様があるのだが、それでも珍獣の想定を越えてダメージが大きかった。本来であれば虚仮脅しにしかならず冒険者達の攻勢を強める働きを期待していたのだが、思ったよりも吹き飛んだり態勢を崩していたのだ。
実はこの珍獣、ゲーム内で最後にこのスキルを使ったのは三次職のカンスト前が最後であり、その後のアップデートで
尚、この思考による硬直の間に戦闘集団が武器の届く距離まで到達して、妨害行動として指先や関節を攻撃し始めた。
「いたたたた、もんのすっごくうっとおしいですよぅ!?」
「知るか馬鹿」
「ざまぁ見ろ馬鹿」
「このまま死ね馬鹿」
「悪いけどもう少し時間を稼がせてもらうよ、この大馬鹿」
「ぐぬぬ……後でフレイヤ様の料理を
そうこうしている内にアレンが魔法を発動し終え、疾走を始めていた。
本来であれば自傷も厭わぬ程の加速に次ぐ加速。しかしこの空間に定められた欠損防止と自動回復の効果が絶妙に噛み合って、アレンは何ら負担を覚える事無く、普段以上に力強い動きを保ったままで駆け抜ける。
そうして珍獣の下へ辿り着いた頃には音を置き去りにして久しく、銀の槍は発言途中の首を過たず貫き、次の瞬間には串刺しにしたまま大きく後方へ運んでいた。
やがて、アレンは周囲の風景が変わらなくなっている事に気付いた。珍獣の創り出した不思議な空間の端に到達していたのである。しかしながら物理的な壁があるわけでないため、加速が終わる事は無かった。
それは反動ダメージも増加していく事を意味しているため、直接の傷は負わずとも、ダメージは自動回復の量を超え始めていた。このままでは近く自傷ダメージだけで退場するだろう。それに気付けた者は、間近で見ている――串刺しにされたまま運ばれる形の――珍獣のみ。
故に、それは必然であった。
「……ッ!?」
突如として現れたのは、少年を思わせる見た目をした、木で出来た人形……ただし、明らかに自立している。
アレンはそれを
そして地面に相当する位置から何本もの蔦が飛び出してアレンの身体に絡み付き動きを阻害していく。驚くべき事に、第一級冒険者の【ステイタス】であっても引き千切れない頑丈さを備えていた。しかも身体にずっしりとした重みを感じ始めて、アレンの足は徐々に回転を落としてしまう。
人形の正体は、
「いやはや、状況が噛み合うと中々に面白くなるようで」
「て、めぇ……!」
加速が緩んでしまえば、珍獣の腕も自由になる。槍は簡単に引き抜かれ、しかもダメージそのものは大した事が無い様だった。せめてもの意地で睨み付けるが、相手はそもそも目隠しをしているので殺気や怒気しか伝わらない。
「問題は黒竜がでかくて重いので運ぶのは無理な事ですかね。本番は貫通力を上げて魔石狙いで行きましょう。衝撃対策の装備が必要になりますが、ラジルカさんに任せれば大丈夫かと」
「何、だと」
続く言葉にアレンは耳を疑った。目の前の自称モンスターは、
「しかしこれは嬉しい誤算。ココちゃん相手に追い駆けっこしてもらった甲斐がありましたよ、えぇ」
「てめえは……黒竜の仲間じゃねぇのかよ!?」
故郷を滅ぼし住む場所を奪った相手。
「どっちかって言うと出身地が同じだけの故郷捨てて外に飛び出した挙げ句に他所様で迷惑掛けてばっかりの政治家しかも老害ですね。おかげで出身地を言うのが恥ずかしくて仕方ないからとっととこの世からご退場願いたくて仕方ないです」
「うっそだろてめえ」
例えが酷すぎた。それはもう戦闘の最中だと忘れてキャラ崩壊を起こしたツッコミ気味な呟きが漏れる程だった。
恐らくだが、最も身近で近似な例は
「さて、一旦戻りますか。あちらも準備の一つや二つ終えて暇してるでしょうし」
隙を突いて行った
アルマのライブは戦闘の結果を問わず開始時刻になれば行われる予定なため、戦闘の注目度は激落ちする可能性が高い。そうなっても後日の録画配信で見せ場を流す事はできるが、冒険者や神によるネタバレは避けられまい。
むしろ自分がライブを舞台袖から眺めて後方腕組み保護者面出来ない事が何よりも辛く、それならばいっそ冒険者を全滅させてから黒竜はもっと強いので精進しろと奮起させる方向でも良いと考え始めている。この珍獣、内心では割と
時は少し遡り、アレンが珍獣を槍に突き刺したまま彼方へと走り始めた頃。
「ロイマン」
「フィン!? 何故前線を離れておるのだ!?」
ロイマンはこの場で聞こえる筈の無い声に心底驚き、声の主を視認して二度驚き、頭に血が上る勢いのままに声を荒げて問い掛けた。
「残念だが、僕達は余りにも弱い……このままでは確実に負ける。だから賭けに出る事にしたのさ」
「賭けだと……!?」
「そう、可能性は決して高くないけどね。しかも黒竜には通じない裏技、いや、反則かな」
「ええい、まだるっこしい! 何が必要だ、さっさと言え!」
ECO由来であるためにはっきりとした詠唱を必要としない
対するフィンは待っていましたと言わんばかりにニヤリと悪戯小僧の笑みを浮かべる。
「――――だよ。持ってるんだろう?」
「………………は?」
そうしてロイマンは、目の前の男が狂ってしまったのだと察してしまった。
フィンに要求されたものを、確かにロイマンは持っている。正確には珍獣によって
そうこうしている内に珍獣が舞い戻って来た。その間にロイマンがフィンの要求に従う事を決めてから胃薬を頬張り、そのままフィンがリヴェリアを動かして、そこにエルフがゾロゾロと後を追った事で前線が賑やかになっていた。
「……何やら皆さんお揃いで?」
はて、と首を傾げながらアレンをオッタルに向けて放り投げる珍獣に対して、先頭に立ったフィンが静やかな、しかし良く通る声で答える。
「認めよう。今の僕達では総力を結集しても
その言葉に、冒険者達はどよめいた。まさかの敗北宣言。勝手に降伏でもするつもりなのかと憤る者も居たが、周囲の冷静な者達に取り押さえられていた。
「僕達には協調性が余りにも足りてないんだ。黒竜という共通の脅威に立ち向かうための
「ふむ、それで?」
「ヒントは十分にあった。他ならぬ君が率先していた。だからこそ
そこで一度目を閉じ、俯いて首を横に振って言葉を打ち切った【
「俺の歌を聞けええええええ!」
声高に叫んだ。そして後方で魔法による物であろう爆発が起き、その文字通りの爆音を打ち消す音量でギターが掻き鳴らされ、前奏が始まる。
「……はい?」
珍獣は混乱した。