前回のあらすじ:キリン、イヴェルカーナと古龍続きだった開拓地外からの襲撃。今度はどんな古龍が来るのだろうと地味にモンスターと会話可能なために二者から情報を得ていた人外組が期待しながら待っていると、ある日監視に引っ掛かる存在がいた。そしてやって来たのはレイギエナであった。しかもほぼ確実に金冠が付く程に小さく、オトモンどころかタマゴから孵ったばかりのサイズに近い。何ともなれば移動手段は徒歩ですらあったので、これには発見したメフィストフェレス・ロアも困惑からファウストに咥えさせて村部分まで運んで来る形での登場である。これには一同拍子抜けするも、本人ならぬ本竜はやる気満々で激しく威嚇も飛ばして来た事から迎撃する事になったのだが……弱かった。悲しい位に。古龍と比較だとか、最早そんな話では無く、絶対値が低いのだ。試しに未成長ベビードラゴと喧嘩させたら互角だった。そして余りの弱さに討伐するのが心苦しくなった所でベルとリリルカが餌付けを試みた結果、あっさり懐いた。こうして無事に開拓地へ新たなパートナーが増えたのであった。尚、一月近くは親が取り返しに来る等の懸念から警戒体制も敷いていたのだが、全く気配すらなかった。序でに言えば、数年後になっても外見変わらず小さなままで、ベルの肩やリリルカの頭を定位置に冒険へ繰り出していた。強さはしっかりと珍獣を氷像に変えられる程度には成長していたのだが。
「終わったの……?」
「わからん……」
珍獣跡に視点を合わせたまま警戒を続ける面々は、しかし予想される反応が起きない事から徐々に勝利したのではないかと思い始めて、そこを突いて来るのが奴だと気を引き締め直す事を繰り返していた。死んでからも迷惑を齎す奴である。
「……周囲の景色が!?」
オラリオ中の目があったせいか戦闘中は今一つ目立った動きの無かった【ヘルメス・ファミリア】の副団長であるアスフィ・アンドロメダが放った言葉に、冒険者は周囲を見回した。リヴェリアの歌も止み、エルフ達の演奏も示し合わせたとしか思えない全くの同時にピタリと止む。怖い。
不思議な空間が揺らぎながら薄れて行き、オラリオの東側、円形闘技場の景色が透けて見えいた。そしてやがては不思議な空間は跡形も無く消え去り、昼をやや過ぎた頃、冒険者達はオラリオへと帰還を果たしたのであった。
歓声の一つも上がって良い場面だが、フィンの敗北宣言を耳にした面々としては、実感した実力差も手伝って現実感に乏しい部分も有った。よって、誰もが互いに探る様な空気となっており、言葉を発する者は現れなかった。
「いやぁ、まさかの結果でしたねぃ」
そこへのんびりとした間隔で打たれる乾いた拍手の音と共に、冒険者の胃をキュッと締め付けるこれまた呑気な声。思い切り振り向く者やゆっくりと視線を向ける者、思い思いの動きで声の方を見遣れば、何故かフィンとリヴェリアの間に挟まっている珍獣の姿が在った。当の【ロキ・ファミリア】団長及び副団長は何故か花束を持っており、珍獣の直ぐ側だと言うのに慌てた様子も敵意も見せた風が無い。
「まさか第一話に繋がる予定を引っ繰り返されるとは思っても見ませんでした。えぇ、認めましょう。私の負けです」
予告詐欺って素敵ですよね、等と続ける珍獣の敗北宣言。此処で信じて騒ぎ出す者が出ないのだから、すっかり毒されてしまっている。ランダムイベントが彼等彼女等に与えた精神的な傷は深い。疲労はもっと酷い。訴訟の時は近いのではなかろうか。
「それで? 勝ったんだから褒賞の一つや二つは貰えると思って良いんだろう?」
此処に来て信じられない程の胆力を見せたのがフィンだった。尤も、彼は親指の疼きを全く感じなかった事で僅かばかりの安心を覚えて居たし、同時に投槍と歌でモヤモヤを発散させた爽快感と心地良い疲労からちょっぴり気持ちが緩んでも居た。
対する珍獣も冷静に答える。
「とりあえずチラッと話した異世界産のちょっと便利な鞄類や武器防具、素材の提供ですかね。元は交換のみの予定でしたが、勝利ボーナスって事で一部譲渡します。それに関連して、今回の封鎖したオラリオ内で起こした各自の行動を独自基準で採点したポイントが付与されてまして。本来の入手ルートはそちらと交換の形となっております。交換所は『なんでもクエストカウンターオラリオ支部』ですが、場所の広さや店員の数、普段からご利用頂いている都市民の皆様を邪魔しない関係から整理券を配布しますので、それに従って順番にご利用下さい。ダンジョンは逃げませんし最長一週間くらいなら休憩に丁度いいはずですし、何より【ランクアップ】祭で慣らしをしないと逆に死にますからね。それと後でちょっと【経験値】を稼ぎ易くするためにモンスターの出現階層や次産間隔とか、後はそうてすね、異常事態の発生率とかオカンに掛け合っておきます」
「……うん?」
テンションは普通だったが、内容は普通では無かった。フィンはむしろ聞き間違いを期待しながら、表面上は冷静に問い掛ける。
「ノーカ、オカンと言うのは、その……ダンジョンかな?」
「え? あぁ、自称ダンジョンの意思が知り合いというか、相手の言葉を信じるなら私とは親子扱いですからね。こっちはこっちで向こうへ報告する事が沢山ありますし、想定以上の成果を出された以上は今後についても話し合いませんと。とりま黒竜は邪魔なんで消しますとは言ったんですが、そこは異物な私でなく現地の人間にして貰わないと黒竜が私に、野生の暴力が理知を備えた暴虐に変わるだけだから控える様に。化け物を倒すのはいつだって人間だ。と諭されてしまいまして。いやー困った困った」
「おっふ」
良くわからない悲鳴の様な短い声を上げてから、フィンは崩れ落ちた。
ダンジョンに明確な意思が存在する、ここまでは良い。悪意の形ではあったが、冒険者ならば誰もが感じた経験を持つが故に。しかし交渉が可能な相手だ等と判明してしまったのは、余りにも、こう、筆舌に尽くし難い。
彼はダンジョンで散って逝った仲間達の無念、先人達が抱く平和への願いに思いを馳せると同時に――相手の側から見た自分達の所業を振り返って卒倒したのである。人類とモンスターとの長年に渡る過酷な生存競争の果てに齎された一種の拮抗状態だが、冒険者の行う迷宮進攻はされる側から見れば押し込み強盗に近い。其の上で何か此方の有利に繋がる交渉を試みる場合、盗人猛々しい等と言う話で済むだろうか。正直ダンジョンの感性頼りである。
そんな眼の前で起きた現象を珍獣は流した。その脳内で筋肉モリモリマッチョマンの変態が「起こさないでくれ。死ぬ程疲れている」と、そう告げて来たために。
一方、対等に話していたフィンが倒れた事で珍獣から情報を引き出す勇気を持つ者が居なくなってしまった。その場に居合わせる冒険者は互いに肘で小突いたりして発言を促し合う物の、尻込みするばかり。
「ねぇノーカ! とりあえず私達は勝ったって事でいいのかしら!?」
そんな空気を吹き飛ばしたのは、オラリオでも良く知られる赤髪の女性だった。アリーゼである。
先の戦闘では【アストレア・ファミリア】全員がどう見ても真剣な様子で殺りに行っていたが、その団長は今こうして珍獣を相手に明るく親しげな台詞を掛けている。周囲の――特に戦力扱いされず集団待機させられた――冒険者からは信じられない物を見るかの様な視線を向けられていたが、これにはアリーゼ以外の団員も一緒にするなとご立腹。
「オフコース……って言っても通じないんでしたか。勿論ですとも。HP四桁しか無い所にあわや七桁直前の六桁ダメージ叩き込まれましたからね。即死ですよ、即死。なんなら黒竜も消し飛ぶのでは? しかしパーティドロップの一つも無い辺り、私が世界からモンスター扱いされてるのかちょっと微妙ですねぃ」
腕を広げて肯定しつつ、腕を組んで頷きながらその内容を語ると、そのまま顎の下に手を当てながら首を捻り独り言の様に疑問を呟く。身振りが忙しいのは、本人でも気付かずテンションを上げている証拠でもあった。今も言語化されない思考がぐるぐると渦巻いているのだが、端から見ると忙しない事此の上無い。
「それに関して質問なのだが」
「聞きましょう」
と、此処でリヴェリアが小さく挙手しながら発言した。然りげ無く、そして愛らしい仕草に全エルフと多数の人々が撃沈される中、アイドル衣装に身を包むと少女らしさが増すハイエルフの姿に屈した珍獣も反射に近いレスポンスを返す。
「我々の中には探知魔法により魔石の位置を探る事のできる者もいるのだが、お前の体内には魔石の反応が無いらしい。これはお前の言う異世界と関連があるのか?」
「そうですね、恐らくはそうかと。現在の体はどうにも故郷の人間としての物をそのまま持って来た感じですし、同郷のモンスターも魔石なんて明確な弱点を持ちませんからね」
おかげで金策が辛かった……と溢す珍獣の背中は哀愁が漂っており、零細派閥だった頃の記憶を持つ者はついつい共感を覚えた。
ノーカ自身、商人を作って闇取引を受けて走る毎日を過ごした時期もある。今となっては懐かしい思い出だが、金インスの群れに装備の耐久を減らされるのが嫌だからと全裸突撃していた時期もあった。流石に犯罪臭が凄い最悪の絵面だったので、途中からはマリオネット憑依を十分に活用させて貰ったし、デュアルジョブでトランスフォームもしていたが。手持ちを増やすだけならくじの一位を取引すれば100M単位で金が動いた時期もあるものの、ゲーム内資金の総額を増加させる事自体は中々に厳しいゲームだった。インフレ対策で仕方無い事では有るのだが。
尚、在りし日の主神に雑草スープを一週間飲ませる羽目になった某正義の眷族は自分達の黒歴史を思い出して周囲が心配する程に取り乱し悶えていた事を此処に記して置く。
「それはお前だけに起きる現象か? もしも今後ダンジョンにそのようなモンスターが定期的に生まれるとなれば、我々としても探索手段の変更を強いられる事になる」
其れは其れとして、魔石を持たないモンスターと言う異常事態は看過できる内容では無い。地味に主神から恩恵を刻まれた当初は王族としての価値観が強かったために他の者達とはまた違った黒歴史を抉られているリヴェリアは、しかし大樹の心で以てそれを制御し冷静さを保ったまま追及した。
「私だけですね。そもそも私がダンジョンの想定した結果から外れた初期不良の異常事態ですし。心配されている魔石を持たないモンスターが日常的に生まれる事はありません。ですが一種類だけ、魔石を持たない例外が存在しますね。寿命が短く現在までに確認された例の無いモンスターなので詳細は秘密ですが」
「……ふむ、それならば、まぁ。聞きたい事が無くなったわけでは無いが、皆疲れているだろうからな。他に質問が出ないのならばこの場は解散が良いのでは無いか?」
最悪の事態は免れたと思うリヴェリアであったが、代わりに別の疑問が後から後から湧いて来る。とは言え、戦闘後の疲労も有って頭が上手く働いていない実感もあるため、一旦整理する時間が必要だと考えた。アルマのライブまでに少しでも休んで体調を整えたいと言う冗談の様で本気目な理由も有ったが故に。
「それは良い意見かと。質問もこの場だけでなく思い付いたら適宜可能な様、ギルド本部に質問箱を置いて投稿して貰う形にしましょうか。回答は掲示板に載せる感じで。今日はもうすぐアルマのライブがありますし、観客になるも良し飲み食いするも良しぐっすり眠るも良し。念の為に明日の昼くらいまでは死なないフィールド維持しておきますから不完全燃焼な方は模擬戦でもしてて下さい。補足しておくとダンジョン内には効果が及んでないので暗殺にはご注意を」
丁度良い助け船とばかりに珍獣も案に乗り、その場は解散の運びとなった……極一部の納得いかない面々を除いて。
「モンスター、殺しゅ」
「正義としてはモンスターが地上を歩くなど見過ごせない」
「明日にしやがって下さいこの訳あり姉妹風ド天然ポンコツ無愛想マイペース風属性コンビ」
そう、融通耐性100%疑似姉妹の異名を今考えて付けたアイズとリューである。ベル・クラネルの性癖が垣間見える重なり具合だ。補足だが、アイズは台詞噛んだのであって幼児退行を起こした訳では無い。
尚、この世界に於いては思い出補正によりベル少年の初恋はぷるぷるが人知れずゲットしている。地味に【憧憬一途】のフラグは折れているが、そもそも現時点で手遅れな程ECOに侵食されているため、一般的な冒険者とは進む道が違うので大きな問題にはならない。多分、きっと、恐らくは、だったら良いなぁ。
「何をしているアイズ。珍獣に挑む機会は何度もあるが、アルマのライブは今回しかないのだぞ」
「えっ、待っ、あ……」
「り、リヴェリア様っ!?」
そんな二名だが、母代わり兼王族の介入によりアイズがあっさりと捕獲され、そのままライブ会場へと連行された。母は、そして趣味を前にしたオタクは強いのである。アイズはアイズで殺すと宣言した敵に向かって手を伸ばしながらの退場であった。世の中とは斯くも無情な物なのだと、珍獣は白いハンカチを振って見送るのみ。エルフであるリューは一人で行動していたリヴェリアの護衛をせねばならぬと、後ろ髪を引かれながらも決心したらしく去って行った。
危機を脱した珍獣は一息吐くも、良く良く考えれば関係者と観客とで入口の位置は違えども目的地は同じだと言う事に気付いたので、そっと空へと飛び立つのであった。
余談だが、ライブ会場では珍獣を主を仰ぐアルマ達への心配が寄せられるも、そもそも故郷では自分達こそがモンスターから人間に姿を変えられる様になった存在であると暴露して一騒動あったが、エレボスの一喝と普段のアルマを知る民衆の訴えによりあっさりと受け入れられる空気になったとか。
言うまでも無いが、この男神は未だに闇派閥の首魁である。むしろ闇派閥は壊滅も解散もしておらず、健在なままだ。オラリオの未来は暗い。
尤も、当の闇派閥はアイドルの影響が巡りに巡って反体制を叫ぶロッカーの集まりに成りつつあり、半分以上は無害化されていたのだが。オラリオの未来は明るい。