そんなわけで即日どころか即時発表により無事ギルド職員として採用された少女は、その後のやり取りで意識を失い安らかな寝顔を披露したウラノスに対してそっとしておこうと決断したガネーシャに連れられて、オラリオの街へと繰り出していた。
「思ったよりも人が疎らですねぃ」
少女の視界に映る光景は、人気がないとは決して言えないが、自動車のない世界にしては随分と余裕のあるものだった。ミニマップ上でも閑散としている。
「時間が時間、場所が場所だからな。メインストリートは主にダンジョンやギルドに用事のある冒険者や労働者などが利用するものだし、通勤ラッシュは朝早くと夕方過ぎだ。午後組も少なからずいるが、昼飯から時間を置かずに発つ場合が多い。人混みを避けてストレスフリーな外出がしたいのなら丁度今くらいが狙い目の時間帯というわけだ」
「なるほど」
そんなガネーシャの説明に納得しながら、気持ちに余裕が出て来た少女はイベントナビを確認して完了した事になっている項目から達成報酬を受け取ったり、メインストーリーがギルド職員ルートとでも言うべき分岐に進んでいる事を知って別ルートを気にしてみたりしていた。
途中でジャガ丸の屋台に寄ったが少女の目的である合法ロリ巨乳神がおらず気落ちしたり、利用種族が偏っているため推奨できない料理店や酒場を教わって記憶したり、絡んできた神を撃退したりを経て、ついに【ガネーシャ・ファミリア】のホームへと辿り着いたのだった。が
「ここが俺自慢のホーム、その名も『アイアムアガネーシャ』だ!」
そこに建っていたのは胡座をかいている巨大なガネーシャ像であった。その出入り口は……股座だ。
第七話:オラリオを散策しよう!――だがメインはやらかしだ――
「ほうほう、これは個性的な。しかしながら微に入り細に穿つ……職人達の腕が光る大作ですな」
しかしながら、少女の反応は淡白なものだった。とある大仏の出入り口が菊座であるという嘘情報を持っており、ガネーシャが仏教における歓喜天のルーツであるという情報も持っていたので、そういうものとして処理されたのだ。
「ほう、わかるか」
大抵は呆れるか怒るか、稀に笑うかくらいしか返らないところにこの反応。ガネーシャは若干の物足りなさを覚えつつも自分のこだわりを理解してもらえた雰囲気に心を弾ませる。
「建築に詳しいわけではありませんがね。どうにもあっちの世界での設定が悪さをしているというか、眷族だけでなく建築に携わった職人やガネーシャ様を慕う人々の想いがいい影響を与えている感じを受けます」
「ほほう……うむ、それは実に嬉しいものだな」
少女の言葉にガネーシャはしみじみと喜びの言葉を吐き出す。
対する少女は嘘が見抜かない対象である自分の言葉を素直に受け取って貰えている事を嬉しく思いながらも、普段から騙されて損してやいないかと心配にも思っていた。
「ガネーシャ!」
そこへ、背の高い麗人がやって来る。声にはどことなく怒りが含まれているようで、端正な顔立ちに凛々しい表情を浮かべている様はとても民衆からの人気が高そうだった。
「おぉ、シャクティか。何かあったか?」
「何かあったかではない! 急用と言って現場を離れた事を忘れたとでも?」
ガネーシャの軽い様子に麗人――シャクティは声を張り上げる。内容から察するに、オカンの伝言と少女のギルド来訪が原因でガネーシャは何かしらの業務を放棄する形になってしまったのだろう。
「あー、申し訳ありません。その原因は私にありまして……」
「待て待て、お前だけにあるわけではない」
「……おま、貴女は?」
せめてフォローを、と思い介入した少女の言葉にガネーシャがフォローを重ね、シャクティは主神の職場放棄にそれなりの重要な理由があった事を予想した。同時に、少女の不審さを隠すつもりが見えない外見からストレートな不審を抱く。
「田舎から出て来た者です。田舎者故の無知と無作法で門を介さずオラリオに不法侵入してしまったので、それが発覚したギルドまでガネーシャ神自らが出向いて下さいました」
「ふむ」
流れるように嘘を吐く少女を訝しむシャクティだが、ガネーシャが否定しない事から少女の言葉を飲み込むことにした。
それはそれとして言わねばなるまいとシャクティはガネーシャに向き直り
「ちゃんとした理由があるなら説明してくれ。たかが数分の手間で説経を回避できるなら安いものだろう? それと、せめて一人で赴かず護衛を付けてくれ」
ぐぅの音も出ない程のド正論をぶつけた。
「いや、すまんすまん。少しばかり慌ててしまってな」
「どんな理由があれば説明もなしに一人で向かうのだ、この時世……」
それを受けても軽い様子のガネーシャに、シャクティは呆れ半分で溜め息を吐く。だがその反応、考え方に間違いはない。オラリオは世界の中心とされる程の繁栄をしてはいるものの、決して治安がいいとは言えないのだ。
特にガネーシャはオラリオの治安維持に多大な影響を持つ【ガネーシャ・ファミリア】の主神である。神に対して直接的な暗殺はないにしても、人質ならぬ神質に取られでもしたらそのままオラリオ転覆の危機にまで発展しかねない。
「あ~、それはだな……」
その辺りの理解をしていないわけではないので、ガネーシャとしても非常に気まずい様子だった。
流石の【ガネーシャ・ファミリア】団長であってもこのタイミングで『
そんな恩神の言い難そうな態度に、眉を上げ始めた麗人を見て、少女が更なるフォローを試みる。
「どうにも空から来るというのは珍しくないらしいですからねぃ」
「は?」
「ほら、あれ」
「は?」
支援は支援でも近接航空支援(爆撃)だった――後にガネーシャはそう溢したという。
困惑するシャクティを誘導するため少女が上空を指差し、シャクティがその先を追うと、そこには小さく島が浮いていた。
シャクティは【ガネーシャ・ファミリア】の団長だ。そのLVは5であり、数少ない第一級冒険者の彼女は視力も常人とは比較にならないくらい高い。そんな彼女は、空に浮かぶ島をはっきりと視認した。
「あれが故郷の一部です。国籍とかは概念がないですし、国交なんかもありません。地上のあれこれや神の存在すらお伽噺でしか知りませんでした。たまに動物は襲ってきますけどね」
「そ、そうか……そう、か……」
「俺も鼻が伸びそうなくらい驚いたぞ」
飛空庭のインパクトはそれなりに大きかったらしく、シャクティは呆けたように呟き眉間を揉んだ。
ガネーシャもギルドの面接後に触りだけ聞いて終わった存在を確認して驚きを告げる。同時に、神や冒険者の興味を否応なしに引く代物の登場に頭を抱えたい気持ちで一杯だった。せめてもの救いは、オラリオ含め空を渡る手段は限られており、一番手っ取り早い手段が【ガネーシャ・ファミリア】でティムしたワイバーンに騎乗する事か。【ヘルメス・ファミリア】の団長が製作した魔法道具などもあるが、今はヘルメスがオラリオ外に出ているため勝手な真似はしないとガネーシャは信じたかった。
「丁度いいのでちょっと確認してきますね」
放心気味のシャクティと悩めるガネーシャを他所に、少女は当たり前の様に翼を広げ空へと飛び立った。
「……はっ!? え!?」
「これは神会案件だな……」
シャクティが反応を見せた時には、既に建物の壁や屋上を利用して全力で跳ねても届かない高度まで少女は飛び上がっていた。
ガネーシャはガネーシャで思った以上にフリーダムというか迂闊な少女の言動に思考放棄したい気持ちを何とか抑え込み、常識の擦り合わせが不十分であった事を反省していた。島が浮いているのも、少女が空を飛べるのも、自分達にとっては珍しくとも、少女にとっては当たり前過ぎて伝えるまでもない事なのだろう。
冷静に考える事さえ出来ていたのなら辿り着けるはずの内容だが、ウラノスが思わず意識を失い手放す程に色々ありすぎたのだ。いかにタフなガネーシャであっても疲れていた。
結局、少女が戻って来たのは日が落ちてからで、発見された記録のない謎のモンスターを連れて来たこともあり、今度こそガネーシャは意識を手放した。そしてヒートアップした結果、話し合いをすっ飛ばした団員が少女に襲い掛かっては少女を守るべく立ち塞がった謎のモンスターから返り討ちにされる事態が発生してしまい【ガネーシャ・ファミリア】は阿鼻叫喚の様相を見せた。
「……という事があってだな」
「おぉ、おぉ……なんという」
日を跨ぎ場所はギルドの最奥、ガネーシャの報告にウラノスは嘆きの声と共に天を仰いだ。
「そしてこちらが話に挙がりました我等が故郷のモンスター。その名も『マンドラニンジン』です」
「…………」
少女の傍らには、たまに収穫される手足が生えたようなシルエットを持つニンジンが二本の足でしっかりと立っていた。
葉に近い部分に円らな瞳と微笑んでいるように見える口――即ち顔を有しており、葉は髪を思わせるが一部は触腕のような役割を持っているらしく人間が指をちょんちょんして照れる様そっくりな動きをしている。拳を打ち合わせる闘志溢れる動きにも見えるのだが気のせいだろうとウラノスは頭を振って考えを追い出した。
「この子達は主に野菜果物の収穫や釣り、狩猟のお手伝いをしてくれる働き者でして、大人しく人に良く懐き……」
「待て」
「戦闘の際には私以上の耐久に加え毒攻撃や回復なんかも出来る優秀な……」
「待て待て」
「後その辺に植えると簡単に増えます。こちらの土でもいけると本人達からのお墨付きを得ていまして……」
「「待て待て待て待て」」
「ニンジンだけでなくダイコンもワサビもハバネロも増えれる事が確認できたためオラリオの外でも問題なく……」
「「待てと言っているだろうがぁ!」」
「ぐらびでっ!?」
静止の言葉を受け付ける事なくまるで子供を自慢する親馬鹿のごとく紹介を続ける少女の、オラリオの常識を破壊しまくる発言内容に思わず神威が漏れる程に感情を昂らせてしまった二神。しかしその甲斐あって少女の言葉は止まり、情報を整える時間が設けられた。
「はぁ、はぁ」
「まずいぞウラノス。これだけでも冒険者の常識が変わる」
「そうだな。ティム自体は【ガネーシャ・ファミリア】が独占しているから混乱は最低限かも知れぬが、危険性の少ない強力なモンスターが存在するとなれば他の【ファミリア】から抗議が殺到しかねん。それにオラリオ内の勢力バランスが人間ではなくモンスターによって決まるのは流石にまずい」
オラリオ内で曲がりなりにもティムが認められているのは、ティムできるモンスターの強さが暴走しても鎮圧可能なレベルであることも大きい。そこに第一級冒険者を返り討ちにできて少なくとも表向きは相手の強さに関係なく従うモンスターが現れたとなれば、一時の忌避感情はあれどいずれ人々はその存在に慣れて広く受け入れられる様になるだろう。ましてや少女の言が正しいのならば労働力としても戦力としても優秀で、見た目も醜悪さや威圧感とは無縁なのだ。ガネーシャもウラノスも人手不足は感じていたので今すぐにでも採用に踏み切ってしまいたい誘惑との戦いは苛烈なものとなっていた。
「今ならこちらのサボテンモチーフな植物系統モンスター『シャボタン』が付いて一層お得!」
「黙らっしゃい!」
「ぺたんっ!?」
「段々と扱い方がわかってきたな……」
存在が明るみになった際の混乱を想像して頭を抱える二神を他所に、復活した少女の追撃。即鎮圧。
なお、潰れた蛙の様に平伏す少女の傍らには新たにサボテンの鉢植えが鎮座していた。こちらも円らな瞳と、ωの形をした所謂猫口とで構成される顔を有している。頭部(?)に咲いた花が髪留めの様にも見えて愛らしさに拍車を掛けており、手に相当する株を鉢の縁に乗せて上目遣いにこちらの様子を伺う様は段ボールに入れられた捨て犬の如く見る者の庇護欲を刺激して来る。
「一先ず落ち着こう。そして常識の擦り合わせを細かくするよりも、非常識を受け入れざるを得ないカバーストーリーを考えた方が精神衛生上いいかも知れぬ」
「なるほど。確かにここまで突き抜けているのならば下手に一般人を装うよりもありのまま逸脱した変人でいてもらう方がマシか」
「本人の申告通り田舎者……秘境の出身と考えれば常識問題は誤魔化せるかもしれん。が」
「神に嘘を見抜かせないのはどうする、か。いつか『
「あのー、それについて確認したい事が数点あるのですが」
少女の正体について頭を悩ませる二神。
神は超越者である。多くは自らの力を疑わず、不変であるが故に知識経験を重ねる事はあっても性格や本質といった部分の『人間的な』成長を遂げる可能性も持たない。
基本的に自分の思い通りにならなければ気が済まず、傲慢で強欲で執念深い。とはいえ、優先順位によっては打算的な考え方で感情を抑える事が出来る。
故に、少女の存在と少女がもたらすものとがその神にとってどれだけの価値を持つかを見極める必要があり、事は慎重に運ばねばならなかった。
「地上に降りた神は神界? 天界? と情報のやり取りができますか?」
二神の話し合いに差し込まれた少女の質問。神にとっては常識であり、故に答えは即座に返る。
「いや、事実上不可能だ。地上と天界とで干渉するとなれば『神の力』を行使するより他なく、地上で『神の力』を振るうことは禁じられている。使えば即座に天界へ送還される仕組みになっており、送還されてしまえば二度と地上へ降りて来ることは許されていない」
「なら、話は簡単ですね」
すっくと立ち上がり、少女は事も無げに言の葉を紡ぐ。
「騙しましょう。今から私は天界の、遅々として進まぬ救界を推し進めるためならば発破を掛ける意味で怠惰を貪る堕神を天界へ送還する権利すら与えられた、神々に遣わされた代行者です」