少女「私は神だ」
ウラ「オー(現実逃避)」
少女「知りたいこと何でも教えよう」
ガネ「──わたしのこと(ホーム)、愛してる?」
少女「(群衆はきっと)愛してるぜ ベイビー!」
腕を広げ教えを説くが如く荘厳な空気を纏いながらとんでもない提案をする少女の姿に、二神は言葉を返すよりも先に胃を抑えた。が、直ぐ様マンドラニンジンのプラントヒーリングとシャボタンのヒーリングが飛んで治癒された。二神は涙した。再びモンスターから回復魔法が飛ぶも、心の傷は治らなかった。モンスターは落ち込んだ。
「地上から天界に確認できないのなら、勝手に天界が重い腰を上げた事にしても大丈夫でしょう。粛清する権利を持たせれば神とて下手な手出しは出来なくなりますし、するかどうかの判断に必要な情報を収集する手間は本人に負わせる仕様にすれば駆け引きが出来るよう嘘を吐き通せる機能を付けるのが自然な流れです。実力行使する際には眷族の抵抗が懸念される上に破れ被れや相討ち狙いで『神の力』を行使される可能性もあるためそれなりの性能を与えたと言えば実力差も納得せざるを得ないはずです」
「ふむ……一考の価値はあるな」
「我等の時間感覚からすれば一服する程度でそう長い期間でもないが、天界での勤めを放り出して地上にいる点は否定できんからなぁ……覚悟はしているが親の怒りが怖い」
「とはいえ、天界から地上に生きる人間へ助力出来ることは余りにも少なく、また当時は言うまでもないが、今に至っても尚モンスターの脅威は神の助けなくば容易く人類を絶滅させる……ここ最近はダンジョンに変化が起きているようだがな」
少女の言い分を聞いた二神は、その内容に大きな破綻を見出だせなかった。
神の多くは娯楽に餓えている。それは地上に降りて来た者だけでなく、仕事を放り出す事を良しとせず天界に残っている神にも少なからず該当者がいる。地上から天界へ送還された神も、また。
故に、嫉妬や怨恨、怒りや心配などの感情に端を発して天界のネットワークを通じて広まり少女が語るような存在を生み出して繰り出そうとする計画が遂行される可能性は0ではないのだ。むしろ言われてみれば今までに起きていない事が奇跡のようにも思える……恐らくは自分が降臨する機会を潰したくない残留組の反対にでも遭っているのだろうが。
とはいえ、下界の者による神殺しは禁忌である。この認識は人々にも浸透しているため、少女が神ならぬ身で神殺しの禁忌を犯していると人々からの心証が非常に悪いものとなる。
モンスターに通じる理屈でないのは百も承知だが、『
「理解しているとは思うが、神殺しをしてしまえば付け入る隙にもなるぞ? どう考えても『
言い分を認め採用する方向で考える二神だが、当然ながら釘は刺しておく。対する少女もしっかりと頷く。
「暴力ではなく法による統治が行われている上に権力よりも権威寄りの支配を実現しているオラリオはある種の宗教都市です。『
第八話:悪巧み――ただし自己犠牲型偽悪系脳筋による――
こてん、と首を傾げて尋ねる少女の仕草は愛らしいものだったが、発言内容の過激さに二神は軽く引いた。
少女がオラリオの街並みを散策したのは合計で数時間、それも閑散とした時間帯のメインストリートだけなのである。にも関わらず、オラリオの価値観に当たりを付けて自分の立ち位置を考案し、そのための手段に神を屠る禁忌を手段に持って来る。そして地上における神の在り方から、それをしても赦される都合のいい贄の存在を疑っていない。
「心当たりと言われてもな……」
「仮にも超越者。人を弄び不幸を撒き散らすと言っても、それは本来ある性質を増大させて背中を押すようなものだ。仮定に意味があるかはさておき、神の手が入らずとも別の切欠で似たような事になるであろう」
「どうせ破滅するなら派手に華々しく、というのがその者にとっての救いになる可能性は認めますが、それに巻き込まれる方は堪ったものではないかと。私からすれば救界という規模を考えれば命は数字でしかないはずで、ならば破滅主義者一人に本懐を遂げさせて救うよりはそれを排除して巻き込まれ道半ばで悔いを残し救われないまま終わるはずだった善良な凡人数名に伸び伸び暮らして頂く方がずっといい……税金的にも」
神の人に与える影響について述べ少女を諭しては見るものの、少女の反応は芳しくない。そしてその考え方はギルドを設立しオラリオの街を見守ってきたウラノス、群衆の主として人々の暮らしを守ってきたガネーシャ両名の思想からそう離れたものではなかった。超越存在としての機能を制限し全知零能となった身では取り零さずに全てを救うなど不可能で、なればこそ少しでも多くを生かす道を選ぶ。
というかこの少女、既に都市を運営する側の思考をしていた。救界を建前に持って来る以上は実利を与えなければならないと考えているのだろう。
「……やむを得ない、か」
深い溜め息を吐きながら、ウラノスは少女の言い分を受け入れる覚悟をした。
意思を持ちある種の遊びを覚えた気配のあるダンジョンが送り込んできた架け橋ではあるが、同時にとんでもない爆弾でもある少女。爆発させてオラリオを滅ぼさせない意味も含めて安全を確保できるというのならば、神の送還というある種の禁忌さえ対価として払おう、と。
視線を向ければ、同様にこちらへ視線を向けていたガネーシャと交差した。苦々しい表情を浮かべてはいるが、彼も腹を決めたらしく、頷いてから少女へ向き直り続ける。
「お前の考えはわかった。確かに俺達としては苦々しく思う振る舞いをしている神を挙げられる」
「目に余る存在の代表格は
ウラノスの発言に、少女は僅かに体を跳ねさせた。邪神という部分から目に余る理由を察したのだろうと考えながら、内容を補足する。
「奴等の行いはまさしくお前の言う民衆を巻き込むものだ。多くは【ファミリア】間の抗争に巻き込まれる形だが、時として対立する【ファミリア】を貶める目的や単なる快楽目的のために民が狙われることもある」
「奴等は殺人以外にも略奪や違法な物品の取引といった非合法な活動に手を染めてはいるが、判明している規模と襲撃の頻度や規模が合っていない」
「裏から手を回している協力者が、表向きは合法に留まっている【ファミリア】や商会の中にいると考えても?」
「まず間違いないだろうな。団体の中に潜む個人的な協力者もいるだろう。とはいえ掴ませる尻尾を見せる様な愚は犯さぬようだ」
会話を続けながら、少女は混乱していた。ウラノスの告げた
(暗黒期じゃねぇかぁぁぁぁぁ! 原・作・前ぇ!!)
道理でギルドの受付に正統派お姉さん系ハーフエルフがおらず、ロリ巨乳神が屋台でバイトをしていないわけである。メインストリートの人通りだって治安の悪さが一役買っていた可能性は高かった。有力【ファミリア】と関係が深く少女にとって要注意なはずの『豊穣の女主人』が挙げられなかったのはそもそも存在しないからであったか、と今更ながらに自分の間抜けさに頭を抱えたくなる少女であった。
そんな混乱している部分とは別の部分では、
恐らく原作はハッピーエンドを迎えるのだろう。だが、それは最終話に辿り着いた者達の特権でしかない。それを迎えるまでに多くの者が無念の内に命を散らし、それ以上の多くが悲劇の舞台に立たされ嘆き苦しむ事だろう。
少女の持つ狭い原作知識では、主人公ベル・クラネルは最序盤から常に無力を突き付けられていた。それでも、と立ち上がり続け目の前に立ち塞がる壁を乗り越えて行く様は英雄譚として相応しいものであるが、同時に取り返しの付かない致命的な失敗を経験していなかった。例え奇跡やご都合展開で辻褄合わせをするとしても、一度はドン底まで落とすのが英雄譚というものである。恐らくだが、少女の知らない未来でベル・クラネルはその腕に抱きながらも掌から命が零れ落ちていくのを止められない様な悲劇を経験をするだろう。そしてそれを切欠に大きく人間的な成長を遂げ、或いはその時こそ人々から英雄と認められるのだ。
が、どれだけの幸せであっても、別の道があるのにわざわざ数多の屍の上に敷かれた血塗られた道を歩んで掴む必要は果たしてあるのだろうか。否、無い。反語。
少女はハッピーエンド至上主義者だ。かわいそうはかわいい主義者でもあるが、かわいそうなのは抜けない主義者でもある。
悲劇などは喜劇の中で起きる劇中劇程度であれば良い。夢オチ上等。何なら今生きるこの世界こそが誰かの見ていた夢だ。何しろダンジョンの意思だ。意志ではなく意思だ。目的意識ではなく、その時の気分だ。人間に近い見た目のモンスターを作って融和など、原作の根幹を揺るがす迷走っ振りである。しかも怨恨を抱く先なはずの神に預ける有り様。始まる前から崩壊の様相を見せる中で原作に配慮は必要ですか? おかしいと思いませんか?
そんな思考を経て吹っ切れた少女が原作開始前に存在しているのであれば、やることは決まっていた。掲げる標語は『みんなで幸せになろうよ』である。選定をしている最中ではあるが、捧げる生け贄もあるのでぴったりだ。
「……
「……オラリオの主力とも言える【ファミリア】が抗争を控えている理由として、
(あるんかぁい!?)
瞬間、何かが切れ、また何かが擦れ合う音を二神は聞いた。その出所である少女は微笑を浮かべている。心中では原作主人公ベル・クラネルの踏み台になった悪役【アポロン・ファミリア】や【イシュタル・ファミリア】、最強の代名詞であった【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が弱った隙を突いて追放し新たな最強に立っておきながらどうやら
「『わからせ』だぁ……」
その声は低く、しかし音とは別の形――どこまでも静かで透明な殺気――となって遠くへと響いた。今生初公開である。
後の調べで判明したが、広い範囲で野生動物が一斉にオラリオから距離を取ろうと動き、飛び立った鳥の大群によって一時期空は黒く染まり、衝突して墜落した鳥が地面を赤く染めたのだという。人々は恐れ慄き、神への祈りを深めたそうだ。
また、直接名前を挙げていないにも関わらず、ウラノスが述べ少女が予想したオラリオの主力【ファミリア】に該当する面々が神、人を問わず寒気を感じたという。とある予知夢を見る少女は半狂乱になったが、普段通りだったので誰からも相手にされなかった。
「おいウラノス、不穏過ぎるんだが大丈夫かこれ?」
「……死者や再起不能者が出なければ問題はない」
ガネーシャの心配を他所に、ウラノスは覚悟を決めたらしく威厳ある声で多少の犠牲を許容する旨を返した。
「ご安心下さい。まずは神を集めて御披露目と見せしめを。対象はダイダロス通りをぶらつけば親切に名乗りを上げてくれるでしょうから心配はしていませんが、この際に出る犠牲者は必要経費なので御勘弁を。次にギルドの改革を進めながら【ファミリア】の説得をして回ります。平行して
スラスラと流れてくる大まかな予定を前に、ガネーシャはとある心配事を確認せずにはいられなかった。
「それにそこのニンジンやサボテンといったお前の仲間は関与するのか?」
「基本的には関わらせませんね。この子等にはダンジョンやオラリオ外で人目に付かない調査や工作をお願いするつもりです」
得られた回答はガネーシャを安心させるものだったが、付け加えられた文言が新たな心配事を作り出した。
「具体的な内容は聞いてもいいだろうか」
「農業やったり畜産や養蜂したりですね。人間の仲間もいますから、貿易を視野に入れても面白いかも知れません」
「人間の仲間だと……!?」
少女の説明に二神は揃ってヤバい空気を感じていたが、人間の仲間というワードにウラノスは目を見開き思わず前のめりになって聞き返していた。
「えぇ、まぁ。見た目が亜人で通じそうな少年少女も含めれば半分は人間に分類していいと思いますよ」
「成人、ギルドで働けるような者は……」
「向き不向きを考えればそれなりですが……うーん、意欲まで含めると若干名かなぁ、と」
「ぐぬぬ」
ウラノスの問い掛けに面子を思い浮かべて指折り数える少女。清濁併せ呑む事が出来るキャラは実力というか存在の格が高い場合が多く、気位も相応に高い。少女を含めたプレイヤーを気に入っているからプレイヤー個人に力を貸すスタンスになりがちなので、周囲から頼まれても弾いてしまう可能性があるのだ。
ギルドは中立を掲げており、ウラノスが主神として君臨してはいるが眷族――即ち暴力装置を持たないことで直接的な統治は避けている。
そのせいもあってか、ギルド職員という職業は決して人気が高いものではない。受付業務などは抗う力を持たないまま破落戸紛いの者も少なくない冒険者を相手にするため、見た目と器量とを兼ね備えた優良物件に頼らざるを得ず、常に人材不足である。
冒険者の中にはエルフという傲慢さと潔癖さとを兼ね備えた種族もいるため職員の側にも専用でエルフを雇用せざるを得ないのだが、これまた繁盛期に一人だけ手の空いている職員がいるというのが他の職員や待ち列を作る冒険者の不満に繋がり問題となっている。
ギルド側の頭数を増やせば緩和できるのだが、何しろ情報を取り扱う仕事でもあるため、信用問題から雇用は慎重にならざるを得ないのだ。
ウラノスは一部の職員が横領や癒着のような汚職に手を染めているのを知っているが、迂闊に排除するのも情報漏洩に繋がってしまうし、メリットとデメリットとを天秤に掛けた結果として見逃している。
ここに見極めた性質が全体で見れば中立の範囲内に収まる少女が加わる事は、少女の実務能力が不明な点を考慮しても助かる点だ。追加で少女の仲間とやらが雇用できれば更に助かる。その人数が多ければ多いほど助かるが、一名であっても十分に大きな力となる。
「ハートメイトやコラボ先はいけそうな感じだけど人見知りや天然の集まり……タイタニア系統の翼持ちは一族扱いでごり押せなくもない? いっそファッションとして翼を流行させて……」
「あー、その辺は後で詰めてくれ。とりあえず一週間後くらいにバベルで神会を開くよう手配しておけばいいか?」
「う、うむ。すまん取り乱した」
「ギルドの忙しさは俺も知っているからな。気持ちはわかるぞ」
「アルマは別口で動かしたいし御魂や神魔は保護者枠……あれ、ネコマタハートって常人に見えたっけ?」
「ほれ、お前も戻って来い」
「ネコマタを使えば情報収集も楽になりそうだけど神に視認されるかがネックに……あぉん? あぁ、失敬」
「何やら不穏な内容が聞こえた気もするが一度置くぞ。確定したら改めて連絡が行く様にするが、お前の御披露目は一週間後の予定だ。神の送還に関しては当日の反応次第な所もあるが、嘘なのかわからない所に神を手に掛ける事が出来ると断言するだけでも抑止効果は十分見込めると俺は思う」
会話が横道に逸れたので閑話休題とばかりに軌道修正するガネーシャは、それでも変わらず思考を明後日の方向に飛ばしている少女に近寄ると頭に手を置きグリグリとやや強めに撫でて気付けをする。
御披露目の予定を告げながら、『
「んー、それで引っ込む神なら最初から早まった真似はしない気が。というか牽制の狙いは一度動き出せば止められない系の大掛かりな計画を立てて耐え忍んでいるタイプの悪役ですからね」
少女の意思は変わりそうになかった。そして語られるのは本当か嘘かも分からない狙い。
「今回は縁がなかったとあっさり破棄して潜るなら最善、水泡と帰す可能性に焦って付け入る隙のある不完全な状態で先走ってくれれば次善。一番怖いのは無視しても問題ないレベルで手遅れなパターンですが、建前を使って合法的に神殺しを実際に行えれば、計画に組み込まれた眷族が役立たずに変わって綻びとなります。或いは引っ繰り返せる様になるかも知れないでしょう?」
オラリオ在住歴一日少々でよく考えたと言うべきなのか、少女の狙いを聞いたガネーシャは一点だけ確認する事にした。
「……その場合、役割を持った神やその眷族が珍しいだの金になりそうだのとノコノコとお前の前に姿を現すだろうか?」
「…………ふっ」
ガネーシャの疑問を受けた少女はしばらく溜めを作ってから鼻で笑い
「誉めてやろう……よくぞ見破、ごっぼっ……った……!」
負け惜しみを溢すと口から血を吐きながら仰向けに倒れる。どうやら抜けていたらしい事を察したガネーシャは涙ぐみながら天を仰ぎ、ウラノスは眉間に寄った皺を揉みながら深く息を吐いた。
「ウラノス、頼まれていた書類の件だが……」
と、そこへどことなく暢気な声で現れた黒ローブの人物。昨日は醜態を晒し一日の大半を悲しみに暮れ溺れる涙も出せない事実に一層悲しみを深めた者、フェルズである。
「あの者の名前がわからないから項目が埋まらん。とりあえず偽名でいいならワッカかキマリかの二択に絞ったんだが……む、本人が居るな」
「へんじがないたかがしかばねひとつがんだむでおしだしてやる」
「し、死んでる……」
フェルズは赤い水溜りを背に倒れ伏す少女という予想外の光景に思考を止め、二神は深い、深~い溜め息を吐いた。
少女はからかうために死んだ振りを続け、慌てたフェルズが一度も成功しない蘇生魔法を唱えようとしてウラノスに止められ、それにフェルズが問い質している間ずっと呼吸を止めていた少女が実際に窒息死したので憑依装備から復活アイテムを使われ復活した少女を見てフェルズが腰を抜かし……なんやかんやで怒るフェルズを宥める際に何を言われてもノーカウントを主張し続けていたら、気づけば名前欄にノーカ・ウントと記された書類が作成され通ってしまったので、少女は以後ノーカと名乗る事になった。
結局、神殺しの要否は有耶無耶のまま流れた。