【1月14日】
今日は、スズカとの同棲が始まってから二度目の土曜日。
毎週毎週、休みの度にお出かけしても疲れてしまうので、たまには家でダラダラと過ごすことにした。
朝食を食べた後、俺はテーブルに肘をつきながらノートパソコンを、スズカはソファーにもたれかかりながらスマートフォンを、各々無言でいじる時間がつづく。
「……やべ」
「どうしたんですか、トレーナーさん」
「あーすまん、たいしたことじゃない。ちょっとウマッターで、いいねするツイートをミスってな」
「そうでしたか」
稀にやらかしてしまうんだよな、こういうケアレスミス。
相手方の失礼にもなるから、次からはしっかりと確認をするよう戒める。
「……ちょっと待って下さい。トレーナーさん、SNSやってるんですか?」
「え、やってるけど」
そうしてタイムラインのスクロールを再開すると、突然スズカに質問をされた。
素直に答えると、スズカは首をぎゅるりと回し、「ウソでしょ」と言わんばかりの目つきでこちらを見てくる。
よくわからないが、俺がSNSを使っていることがそこまで意外だったのだろうか。
「ウマッターは?」
「やってる」
「ウマスタグラムは
「やってる。こっちは見る専だけど」
「……ウマシブは」
「やってない……って、これ尋問?」
立てつづけに問答が交わされる。彼女がレース前に集中しているときの気迫に似ていて、ちょっと怖い。
「よくわからんが、今どきSNSやってる一般人なんてめずらしくもなんともないだろ?」
「いえ、そうなんですけど、なんというか……トレーナーさんがやっているのを知らなかったことが、ショックといいますか。ほら、私たち、けっこう長い付き合いだったのに」
「……そういうものなのか?」
むしろ長い付き合いだからこそ、SNSにばらまく程度のちょっとした情報なんて必要ないのでは、と考えてしまうのは自分だけなのだろうか。
「でも、別に実名での活動なんかはしてないぞ。主に閲覧用というか、情報収集用だし。ちょっと印象深いことがあったら、日常のつぶやきとかもすることはあるけど。フォロワーもほとんどいないし、価値があるアカウントではないよ」
「閲覧用、ですか」
スズカが顎に手を当て、何かを考え込むような仕草をする。
もちろん、学園のトレーナーとして──そしてサイレンススズカの担当としてSNSを利用していたのなら、アカウントの存在や投稿内容を報告する義務があるだろう。
けれども、先ほど言ったとおり、ウマッターもウマスタグラムも、レース関係者による開催情報だったり、他有力ウマ娘が稀に投稿する練習内容を見せてもらったりと、もっぱら情報収集のツールとしてしか利用していないのだ。
それに日常のつぶやきといっても、俺の素性やスズカとの関係がバレるような投稿はしていない。フォロワーに関しても、たまに来たものをそのままフォロバしてるだけなので、積極的な活動をしているわけでもなく。
すなわち俺個人のSNS事情など、スズカが気にする必要などまったくない──。
「むむむ……」
──はずなのに、スズカは思考に集中するように壁の一点を見つめているかと思えば、ときおり眉間にしわを寄せ、困っているのか怒っているのかよくわからないような表情を浮かべている。
率直に言って、わけがわからない。
「……トレーナーさん、いくつか、質問してもいいですか?」
「ど、どうぞ?」
妙に真面目な顔で尋ねてくるスズカ。
やましいことがあるわけでもないので、素直に受諾する。
「ありがとうございます。ではまず、その……トレーナーさんは、どなたのアカウントをフォローしているんですか?」
「えーと、たしか」
フォローしているのは学園のウマ娘が主で、週刊誌やレース場の公式ウマッター、およびその関係者たちをちらほらとフォローしている程度だ。
決して私生活をのぞき見たいわけではなく、あくまでも情報収集が目的である。本当に。
あとはお気に入りのアニメの公式アカウントくらいだが……まあ、これは言わなくていいか。
「レース走ってるウマ娘とか、競技場の公式とかかな」
先に上げたものを、少し省略して答える。
「ウマ娘……ええと、具体的には」
「スズカはもちろん、G1走っててウマッターかウマスタやってるウマ娘はほとんどフォローしてるはずだぞ。最近だと、メイショウドトウとか、ダイワスカーレットとか……ああそうだ、エイシンフラッシュもフォローしたっけか」
「……胸の大きい子ばかりじゃないですか」
「ち、ちがっ! たまたまだよ、たまたま」
スズカはジト目で、どこか汚らわしいものを見ているかのようにこちらを見つめてくる。
言われてみればそうかもしれないが……本当に偶然、そして適当に名前を上げただけだ った。しかしそのことを必死こいて弁明しようとしても、かえって怪しまれるだけだろう。
そして今更ではあるが、俺がプライベートで誰をフォローしていても、それは俺の自由だ。たとえそれが胸が大きい子だったとしても。これは開き直りではない、いやまじで。
「……とりあえず、次にいきましょう。何を呟いてるのか、具体的に教えてくれませんか?」
「何を……?」
具体的に、と言われても、そもそも書いた内容をすらすらと思い出せるほどに具体的な投稿をした記憶がない。
むしろここまで来たら、スズカに直接アカウントを見てもらったほうが早い気もするが、彼女がそれを求めてこないのは、さすがにアカウントを特定するのは申し訳ないと思っているからなのか。
俺はウマッターのアプリを開いて、プロフィールから自分のツイートを遡る。
「読むぞ……えーと、これは昨日か。『鍋食って温まった。やっぱ冬は鍋しか勝たん!w』」
「はい」
「四日前。『ぎっくり腰きつすぎて草。コルセット巻いててもクソ痛い』」
「はい」
「七日前。『ちょっとお高いレストランでご飯食べた。ウエイトレスさんがめっちゃ美人でびっくりした』……あ、やべ」
「はい……は、はい!? と、トレーナーさん……あのとき私と居ながら、そんなことを考えてたんですか!?」
ちょっと待て、何をつぶやいているんだ先週の俺。
匿名かつ特定の人の名前を上げたわけじゃないとはいえ、もっとマシなツイートをしてほしかった。
ふとスズカのほうを見ると、驚きの……というより、もはや若干軽蔑するような目線でこちらを見つめていた。
「これは、その、誤字だな。美人ってのはカタカナの”ビジン”の方で、ユキノビジンにそっくりだったなって書きたかったのかと」
「金髪のセミロングで、どこがユキノビジンさんなんですか……!」
「めっちゃ覚えてるじゃん」
起死回生の言い訳は、かくもはかなく一蹴される。打つ手がなくなった俺は、スズカって記憶力もいいんだなぁ、と他人事のように感心していた。
「い、いいだろこれくらい。スズカだって、目の前に有名俳優とか、世界的大スターがあらわれたら、そりゃ注目するだろ? それと同じで──」
「私はどんなときでも、トレーナーさんのことしか見ていませんから……!」
「へ?」
……この子、どさくさに紛れてものすごいことを言っているのでは?
「え、えっと、うん……あ、ありがとう」
彼女のド直球なひとことに動揺を隠せず、心臓がドクリと跳ね上がる。
これ以上会話をつづけるのはまずい。本能的にそう悟った。
「ま、まあたしかに、スズカといるときにそんなことを考えていたのは、俺が悪かったかもな」
あまり納得はいっていないものの、これ以上の失言を増やさないように、一歩身を引いてこの話を終わらせようとする。
するとスズカは、我に返ったようにしおらしい態度を見せて、
「……いえ、すみません。冷静になってみれば、トレーナーさんのプライベートなつぶやきに私が口を出す権利なんて、あるはずないんですから」
と言って謝罪をした。
「それは……うん、そうだな」
何かしら擁護しようとも思ったけど、そこだけは間違いなかったので、うなずくことしかできなかった。
「でも、トレーナーさん。トレーナーさんがSNSでつぶやくときって、何かしらの印象深いことがあったときなんですよね?」
「まあ、基本的には」
「でしたら、その……」
スズカが何か言い淀んでいるが、さっぱり分からず首をかしげる。
「スズカ?」
「わ、私との同棲のことも、もうちょっと呟いてもいいんじゃないですか?」
「え゛」
いやいやいやいやいや!
同棲のことを、SNS上につぶやく? そんなことできるわけないだろう! ファンはおろか、生徒たちにバレただけでも一巻の終わりだ!
「な、なんで?」
努めて冷静に聞き返す。
「逆にお聞きしますが……トレーナさんは私と一緒に過ごすなかで、ドキドキしたり、ワクワクすることはなかったんですか……?」
「そ、そりゃあるけど」
悲しそうな顔を見せるスズカに、つい本音を答えてしまう。
この答え方、もしかしなくても悪手な気がするのは気のせいだろうか。
「──よかった」
スズカはそっと胸をなでおろし、安心した顔を見せてから、話を続ける。
「でしたら、私と……とまでは書けなくても、ドキドキした瞬間とかを書いてくだされば、その、なんというか……そういう事実があるってわかってるだけで、嬉しいといいますか……うぅ」
「な、なるほど」
話しているうちに恥ずかしくなってきたのか、スズカの顔は徐々に赤らみ、それに反比例するかのように声は小さくなっていく。
どのみち彼女のほうから俺のアカウントを特定することはできないのに、羞恥に悶えてまで頼む意味があったのか。それはわからないが、ここで首を縦に振らないのは、彼女に対して不誠実だとも思った。
「わかったよ。ツイートすることで、ちょっとした日記代わりにもなるしな。読み返したときに楽しめるだろうし、やってみるか」
「っ、はい! ありがとうございます……!」
「はは、どういたしまして」
こうして一連の騒動は幕をとじ、各々がふたたび自分の時間を過ごし始める。
さっそくスマートフォンを開いた俺は、ホーム画面の端にあったウマッターのアイコンをつかんで、下のドックへと移動させた。
その後、スマホをスリープモードにしてから、またノートパソコンを触り始めた。
◇◆◇
こんばんは、サイレンススズカです。
みなさんが覚えていらっしゃるかはわかりませんが、私は同棲を始めてから、トレーナーさんとふたり、同じベッドで眠っています……といっても、トレーナーさんの強い意向で、寝るときは背中合わせなのですが。
「……眠れない」
今の時刻は二十三時。トレーナーさんはもう眠りについてしまいましたが、私はどうにも寝付けず、彼にブルーライトが当たらないよう気をつけながらスマートフォンを触っていました。
やることを一通り終えてホーム画面にもどると、不意にウマッターのアイコンが目に飛び込んできました。
トレーナーさんにつぶやきをお願いしておいて恐縮なのですが、かくいう私もSNSはあまり利用しておらず、日頃私を応援してくださっているファンの方々へのお礼として、せめて私自身のことをすこしでも伝えられれば……と半ば儀礼的に作っておいたアカウントしか持っていません。
内容は、次に出走するレースのことや、スペちゃんやタイキたちと遊びに行ったときのことを気まぐれに投稿するくらい。たまにトレーナーさんとお出かけした日も写真を取って上げたりするのですが……そのときはなぜか、反応がいつもより多い気がするんです。どうしてでしょう?
それはさておき、眠くなるまでの暇つぶしとして、ひさしぶりに自分のプロフィールページへと飛んでみます。
「あら?」
まっさきに目についたのは、想像以上に増えていたフォロワーさんの数。
通知を切っていたので知らなかったのですが、ろくに更新も宣伝もできていないのに、気づけばとんでもない数の人たちが私をフォローしてくれていたみたいです。
「ありがたいけど、こんなのでいいのかしら……?」
どれだけ多くの人に応援していただいたとしても、私がウマッターを通じてできることは今までと変わりません。せめて投稿とかを、もっと増やしたほうがいいのかしら。今度そのあたりも、トレーナーさんに相談してみましょうか。
フォロワーの欄を初めてタップし、どういった人が私をフォローしてくれているのかを確認してみます。
本名であろう男性、女性、匿名の人……中には、私の写真をアイコンにしてくれている人もいます。好いてくれるのは嬉しいけれど、どこか恥ずかしいです。
そのまま親指でスクロールを続けていると、”単推し”という一言をプロフィールに組み込んでいる人が多いことに気がつきました。
「単推し……?」
ブラウザのアプリを開き、単語を検索して意味を調べます。
要約すると「私だけを応援してくれている」ということらしいです。
言いかえれば、私が一番ということ……ありがたいですが、他のウマ娘たちに申し訳ないような気もしますね。
“単推し”とプロフィールに書いてる人が他にもいるのかと気になって、スクロールを再開すると、ある一人のユーザーのアイコンが、鮮烈に目の中へと飛び込んできました。
「これって……うちのリビングに置いてある花瓶と、お花?」
つい大きめの声を出してしまい、トレーナーさんを起きてしまったかと心配になりましたが、聞こえなかったみたいで変わらずに寝息を立てています。
気を取り直して、そのアイコンの主をタップします。もしかしてこの人が、トレーナーさんなのでしょうか……?
改めてアイコンを見ると、それはやはりリビングにある花瓶に生けられた、数本のバラ。
そしてヘッダーは……私とレストランに行ったときに食べていた、おしゃれなパスタ料理。
「まちがいなく、トレーナーさんのアカウントだわ」
そう確信してからツイートを順に見ていくと、午前中にトレーナーさんが読み上げたツイートと一致していました。
なんだか、トレーナーさんに申し訳ない気持ちになってきました。
プライベートにずけずけと踏み込んだあげく、アカウントまで詳細に特定してしまうだなんて。
「……このアカウントは、もう見ないようにしましょう」
そう決意して、でもやっぱりこのまま忘れ去ってしまうのも惜しい気がして、最後にもう一度だけプロフィールを見てから携帯を閉じようとすると、
「……あ」
スクロールの勢い余って、ツイートの更新をしてしまいました。
するとそこには──あるはずのない、新規のツイートが一件。
<今日、大切な人にアカウントがバレた。その人は、俺のつぶやきが気になってしかたないらしい。そいつのためってわけじゃないけど、せっかくだから、これからは思ったこと、日常のことをもっとたくさんつぶやいてみようかな>
「っ、これって……!」
掛け布団を跳ねとばしかねないほどの勢いで、トレーナーさんのほうに振り向きます。
さっきまで聞こえていたはずの規則的な寝息は、いつのまにか不規則な呼吸に変わっていました。
「……もう、変なとこで小粋なんですから」
そう小さく笑ってから、枕に頭を置いて横向きになり、スマホの画面へと視線をもどします。
そしてサイドバーを開き、新しく非公開のリストを作って、
リストの名前は、”大切な人”。
どういう意味かは……言わなくても、わかりますよね?
私はスマートフォンの電源を切って、本日二度目の”おやすみなさい”を小さくつぶやいてから、夢の世界へと旅立ちました。