サイレンススズカと同棲する30日間   作:十六夜みやこ

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19日目

【1月19日】

 

<CAFE S.S、○○駅前店 新オープン>

 

「へぇ……あの辺り、新しくカフェができたんだ」

 

 食後のコーヒーを啜りながら、ポストに入っていた一枚のチラシを眺める。

 思い返せば、学生時代はよくカフェ巡りをしていた。最近はまったく行けていなかったことも合わさって、自然と興味が湧いてくる。

 

「あ、そのカフェ、駅前のやつですか?」

 

 同じくコーヒーを飲んで一息ついていたスズカが、俺の独り言に割って入る。

 昨日は風邪にうなされていた彼女だったが、熱は今朝から平熱に下がり、今はすっかり元気になった。

 

「スズカ、この店知ってるのか?」

「はい。先月から、生徒たちの間で噂になってて」

「そ、そんな早くからか。学生の情報網は凄いな」

 

 オープンの話自体は、以前からインターネットや口コミを通じて広まっていたのだろうか。

 日に日に流行についていけなくなっているのを感じて、ちょっと悲しくなった。

 

「トレーナーさんも、興味あるんですか?」

「まあな。もともと、カフェに行くのは好きだったし」

「でしたら……今日、私とそのお店に行きませんか?」

「え、スズカと?」

 

 予想もしていなかった一言に面食らってしまい、咄嗟に失礼なことを言ってしまった。

 

「えっと、私とは嫌ですか……?」

「ち、ちがうちがう。スズカがそういうところ好きなの知らなかったから、つい」

「そうですね。確かにひとりではあまり行きませんが、友だちに誘われればついて行く、といったくらいには好きですよ」

「知らなかった……」

 

 意外な趣味、と言い切れるほどではないが、それでもすこし意外だった。

 そういうことなら、断る理由も無いだろう。

 

「なら、スズカの都合さえよければ、仕事終わりに一緒に行かないか?」

 

 夜に行けば人も少なく、喫茶店独特の落ち着いた雰囲気を存分に楽しめるだろう。

 ついでに夕飯もそこで済ませればいいと考え、彼女に提案をする。

 

「はい、わかりました。今日も、校門前で待ち合わせしますか?」

「……あれは誤解を生むから止めておこうか」

 

「自分がトレーナー寮に戻るから、スズカは家で待っていてほしい」と再三伝えたのち、コーヒーを飲み終えて空になったマグカップを洗い始めた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ただいま……と言っても、すぐ家出るんだけど」

「おかえりなさい。こちらも準備できてますよ」

「おー、じゃあ行くかぁ」

 

 見ると、スズカは白色のタートルネックの上からベージュのトレンチコートを着込んでいた。

 これなら防寒も問題ないとひとまず安心し、引き返すように玄関のドアを開けて外に出る。

 

「さむい、ですね」

 

 外気に触れたスズカが、小さくつぶやく。

 

「はは、そりゃそうだ……とはいえ、わかっていても耐え難いな、この寒さは」

「ええ、ほんとうに」

 

 俺たちは身体を震わせながらマンションの階段を降り、駅へと続く道を歩いてゆく。

 道中は、スズカをかばうように車道側に立っていた。最近はどこに行くにも、無意識にこの位置取りが定着している。

 この近辺は街頭が一定の間隔で立っているだけで、ビルのネオンライトも、人々の携帯から漏れる明かりもなく、仄暗さがどことない寂しさを醸し出している。

 

「……夜って、こんなに暗かったんですね。ちょっと怖いです」

「わかるよ。暗くなる時間も徐々に早まっていくからな。それに引っ張られるように、暗闇の深さも増していくのかもしれない」

「なるほど……でしたら、その」

 

 何か言いたげなスズカのほうを見ると、両ポケットに突っ込んだ手をしきりにグルグルと回していた。意味はよくわからないが、初めて見る仕草だった。

 

「わ、私と手をつないで歩きませんか?」

「えっ」

 

 ……まじか。確かに以前やったことはあるけども、あのときとは状況が違うわけで。

 

「あのなスズカ。ここは駅前と違って、学園のすぐ近くだから誰かに目撃される可能性も高い。それに、はぐれるような人混みなんてないだろ?」

「でも、今は私たち以外に誰もいませんし。それに見つかっても……ね?」

「ね? じゃないんだよ」

 

 天然、寂しがり、甘えん坊……彼女の性格は把握していたつもりだったが、前よりもひどくなっているような。もしかしなくても、甘やかしすぎてしまったのか。

 

「ダメなんですか? でも昨日は、私のこと抱きしめてくれたじゃないですか」

「あれは事情が事情というか……そもそも、力づくで布団に引きずり込んだのはスズカのほうだし」

「わ、私そんなことしたんですか……!?」

「くそっ、都合の悪いことは覚えてないのか……っ」

 

 終わる気配の見えない論争の末、観念したようにひとつの提案をする。

 

「ああもう、わかった! スズカ、左手をポケットから出してくれ」

「……?」

 

 スズカはきょとんとした顔をしながらも、言われるがまま素直にポケットから左手を取り出す。

 その左手を、俺の右手で包み──そのままコートの右ポケットに突っ込んだ。

 

「ふぇ……っ!?」

 

 スズカが悲鳴にも似た声を発する。

 かじかんでいた彼女の左手が、みるみる熱くなっていく。

 

「自分から提案しておいて照れるなよ……暗い夜道だし、これなら一瞬見られただけじゃバレにくいだろ」

 

 多分、だけど。

 

「……ふぁい」

 

 俺の腕にふにゃりと寄りかかりながら、よろよろと歩くスズカ。

 ここまでくっつかれたら、もはや普通に手を繋ぐよりも危ない気がするのだが……ひとまず、これ以上の説得は諦めることにした。

 他に俺ができることといえば、知人や彼女のファンが通らないよう祈りながら、足早に目的地へと向かうことだけだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ここかぁ。いい雰囲気じゃないか」

「そうですね、とてもお洒落です」

 

 一悶着あったのち、無事(?)目的地のカフェに到着した。

 外観はこげ茶色と黒を基調としたシックな雰囲気で、シンプルかつ力強いデザインが、どことなく西洋建築の趣を醸し出している。

 円形の窓ガラスから内装をのぞくと、中は以外にもシンプルだった。グレーの床の上に、黒色のテーブルと小さい椅子が、等間隔で並べられている。

 そこに店のあちこちに散りばめられた、球型の間接照明が柔らかい光を当てることによって、明るさと暗さを両立した不思議な美しさを演出している。

 

「人も少ないし、すぐ座れそうだな……入っていいか?」

「ええ、行きましょう」

 

 ドアを開けて、店内へと入る。来客を告げるベルが短く鳴り響いた。

 

「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」

 

 店員さんにうながされるまま、二人用の席に腰掛ける。

 ゆったりとしたテンポで流れるJazzを聴きながら上着を脱いで、かばんを専用のスペースにしまう。そのまま席に着いて、テーブル脇のメニュー表を手に取った。

 

「お、見てくれスズカ。このドライカレーとか美味しそうじゃね?」

「ほんとうですね……あ、こっちのキャロットケーキも美味しそうです。注文していいですか?」

「……食後ならな」

 

 スズカにも見えるように冊子を開き、メニューをざっと眺める。

 最後のページまで読み終えたのち、何を注文するかを決めた。

 

「俺はエスプレッソとドライカレーにするけど、スズカはどうする?」

「では私はブレンドコーヒーと……この、とろとろオムライスというのを」

「おっけー。あ、すみません、注文いいですか」

 

 タイミングよく通りかかった店員さんを呼び、注文を受けてもらう。

 一礼をして店員さんが去っていくのを見届けてから、俺とスズカは雑談を再開した。

 

「静かでいい店だな。でも、こんな大人な雰囲気なところ、ほんとに学生たちの間で流行ってるのか?」

「はい……夜はこんな感じで落ち着いていますが、昼は雰囲気が全然ちがっていて、若いお客さんもいっぱいの陽気で楽しい雰囲気になる……らしいです。又聞きですが」

「二面性ってわけか、そりゃすごい」

 

 思わぬギミックに感心するも、ここでひとつの疑問が浮かぶ。

 

「……あれ、それならスズカも、昼に行ったほうがよかったんじゃないのか?」

 

 生徒たちの間ではやっているのが昼時のカフェの話なら、同じく昼に訪れたほうが、入りやすさや話題性においても勝るのではないかと思い、スズカに尋ねる。

 

「私は別に、話を合わせるために行きたかったわけではありませんから。それに──」

「それに……?」

「誰も見たことのない景色を見るほうが、おもしろいじゃないですか」

 

 トレーナーさんと見るならなおさらです。と、付け加えながら。

 

「……かっこいいねぇ」

「あら、そこは”かわいい“じゃないんですか?」

「文脈だよ」

 

 子どもだと思ってたら急に大人っぽい一面を見せるのだから、学生というのはよくわからない。

 とはいえ、それは決して悪いことではなく、むしろその反復を繰り返すことで、真に大人へと近づいていくのではないか。

 それなら俺は、もうしばらく振り回されることにしよう。

 

「お待たせいたしました。コーヒーとフードになります」

「ありがとうございます」

 

 考えごとをしていた俺に代わって、スズカがお礼を言ってくれた。

 店員さんが運んできたプレートから、彼女を経由してコーヒーと料理を受け取る。

 もう一度礼をして、店員さんが去って行った後、俺たちは手を合わせて、恒例の合言葉を、いつもより小さめの声で唱える。

 

「いただきます」

 

 同時に、コーヒーを一口啜る。

 煌めく繁華街を眺めながら飲む、一杯のコーヒー。めずらしくもなんともない光景だ。

 そんな何気ないワンシーンも、大切な人と共有すれば、かけがえのない一時へと昇華する。眼前の少女に目をやりながら、そんなことをぼんやりと考えていた。

 今度は昼間に、また新しい景色を見に行こう。

 コーヒーをテーブルに置きながら、頭の中にメモをして──。

 

「……にがいでふ、とれーなーひゃん」

「お前、カフェはよく行くって言ってたよな!?」

「いつもはカフェオレなんです……」

「み、見栄張りやがって」

 

 ……新しい景色を見るには、それ相応の代償がいるらしい。ついでに書き込んでおくことにした。

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