サイレンススズカと同棲する30日間   作:十六夜みやこ

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20日目

【1月20日】

 

「いってきまーす」

「はい、いってらっしゃい」

 

いつものようにトレーナーさんのお見送りをしてからリビングにもどると、テーブルの上に置いていたスマートフォンが断続的に振動していることに気がつきました。

 

「誰かしら……って、スペちゃん?」

 

 電話の主は、同室のかわいい後輩。そしてライバルでもあるスペちゃんでした。

 めずらしいコールにおどろきながらも、応答のアイコンをタップして電話を取ります。

 

「もしもし」

「あ、おはようございます、スズカさん! お元気ですか?」

「ええ、元気よ。スペちゃんと話すのは、前に学園であった以来ね」

 

 彼女のほうも、元気そうでなによりです。寮生活をしていたときは毎日聞いていた声も、たまにしか聞けなくなると、やはり寂しくなるものですね。

 

「それで、なにかご用かしら?」

「そうですね、用ってほどでもないんですけど……今日、いっしょにお昼ご飯でも食べに行きませんか?」

「ご飯に?」

「はい! ひさしぶりにスズカさんとゆっくりお話したいなって! それと……その、相談したいこともありまして」

「相談って……」

「私のトレーナーさんのことで、ちょっと」

 

 スペちゃんの相談事を聞くのは、これが初めてではありません。

 ですが、たいていはレースや走りのことであって、トレーナーさんに関しての相談をされたことはありませんでした。

 不安な気持ちに胸をくすぐられながらも、了承の意を伝えます。

 

「わかったわ、お昼に会いましょうか。何時ごろがいいかしら?」

「ありがとうございます……っ! でしたら十二時ちょうどに、学園前で待ち合わせましょう!」

「ええ。それじゃあ、また後でね」

 

 そう言って通話を終了し、座布団の上に座りなおしてから、飲み残していたお茶を一口すすります。

 

「スペちゃん、トレーナーさんと喧嘩でもしちゃったのかしら……?」

 

 スペちゃんは私にとって大切な友人であり、この同棲生活を提案してくれた恩人でもあります。

 彼女が自身のトレーナーさんのことで悩んでいるのなら、同じくトレーナーさんのことで悩んでいた私が、恩返しもこめて彼女の力になりたい。そう思ったのです。

 

「先にどこのお店に行くか、下調べしておきましょう」

 

 地図アプリを開いて、近場でよさげな飲食店がないかをチェックします。

 この前、トレーナーさんと行ったカフェに誘おうかとも思いましたが──スペちゃんには申し訳ないけれど──彼との思い出ばかりを連想してしまいそうなので、やめておくことにしました。

 そういえば、何事も事前の下調べが大事だと教えてくれたのは、トレーナーさんだった気がします。知らず知らずのうちに、結構影響を受けているものなんですね。

 もしかしてトレーナーさんも、何かしら私の影響を受けていたりするのでしょうか?

 そうだとしたら……ちょっぴり嬉しいです。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 けっきょく私たちは、駅前のファミレスで食事をとることに決めました。

 ここに来る前に、予め調べておいたカフェやレストランを見て回ったのですが、どうもスペちゃんは敷居が高く感じてしまったようで、最終的にたどり着いた場所がこのお店というわけです。

 私もトレーナーさんに連れて行ってもらうまでは、そういったお店に足を運ぶことはできなかったので、気持ちはよくわかります。なんだか申し訳ないことをしてしまいました。

 

「ふぅ……ようやく落ち着きました。スズカさん、いつもあんなお洒落なお店に行ってるんですね。さすがだなぁ」

「い、いつもってわけじゃ……トレーナーさんと暮らし始めてから、機会が増えたってだけで」

「やっぱり、スズカさんはトレーナーさんと上手くいってるんですね」

「スペちゃんは、上手くいってないの?」

「それが……あ、すみません。先にご飯頼んだほうがいいですよね」

「それもそうね。注文しちゃいましょうか」

 

 私たちはそれぞれのメニュー表を眺め、タブレットで思い思いの料理を注文しました。

 そしてスペちゃんが二人分のドリンクバーを持ってきてくれたところで、話は始まりました。

 

「実は……トレーナーさんとの関係が、ぜんぜん進展しないんです」

「……えぇ!?」

 

 てっきり喧嘩か何かかと思っていたので、私はとても驚きました。

 だって、スペちゃんとそのトレーナーさんの仲の良さは折り紙付きで、当然のように同棲を許す間柄でもありますから。

 正直に言って、秘密裏にお付き合いくらいはしているのかと思っていましたが……どうやらそこには、私の知らない苦悩があったみたいです。

 

「スズカさんもご存知のとおりですが、私、トレーナーさんのことが好きなんです。自覚してからは、好きな人とお付き合いするにはどうすればいいかを調べたり、時には友だちにアドバイスをもらったりと、田舎娘なりにがんばってきたつもりでした」

「うん」

「お母ちゃんに紹介もしたし、同棲の話だって、片想いがバレることすらも承知で、勇気を振り絞って提案したんです。でもトレーナーさんは、私のことをお子様扱いというか……異性としては見てくれていない気がして」

「それは……」

 

 彼女の苦悩に胸を痛めていると、一箇所だけ、どうしても聞き逃がせない発言があったことに気が付きました。

 

「あの、スペちゃん? トレーナーさんのこと、お母さんに紹介したの?」

「? はい、しましたよ」

「ウソでしょ……」

 

 スペちゃん、恋愛に疎い私が言うのもあれだけど、それは順序が逆だと思うわ。完全に外堀を埋めに行っているじゃない。

 

「ス、スズカさん……?」

「ご、ごめんなさい。えぇと、告白はしてないのよね?」

「はい……このタイミングで告白しても、絶対に断られちゃいますし。それで関係がギクシャクしちゃうのも怖くって」

「……わかるわ」

 

 スペちゃんの気持ちは、とてもよくわかります。

 子ども扱いされてることも、断られたときの変化が怖いのも。

 

「だから、おなじくトレーナーさんと同棲しているスズカさんなら、何かいいアイデアを持ってないかと思いまして」

「そ、そう言われても。私も似たような感じよ?」

「でも、スズカさんのトレーナーさんは、だいぶスズカさんのことを意識してますよね?」

「……そうだったらいいのだけれど。でも、あの人は真面目な人だから、どんなに私のことを好きになってくれたとしても『学生と教師での恋愛は駄目だ』って、断られてしまいそうで」

「な、なるほど。それはまた辛い話ですね……でも、卒業したら大丈夫ってことじゃないんですか?」

 

 スペちゃんは机に身を乗り出して、食い入るように尋ねてきます。

 あれ、いつの間にか私の相談会になっているような……水を指しても悪いので、今は言いませんが。

 

「ねぇ、スペちゃん。もし私が学園を卒業したら、サイレンススズカというウマ娘は、スペちゃんにとってどんな存在になるかしら?」

「どんな、って。スズカさんはこの先もずーっと、私の憧れのキラキラしたウマ娘ですよ!」

「ありがとう。トレーナーさんにとっての私も、それと同じなの」

「……あ」

 

 トレーナーさんにとっての私は、どこまでいっても手のかかる子どもでしかない。

 今の関係は、トレーナーと担当ウマ娘。卒業しても、大人と子ども。どのみちトレーナーさんは、「私のため」と言って首を縦には振らないでしょう。

 

「はぁ……」

 

 現状のどうしようもなさに、一斉にため息をついてしまいました。

 するとタイミングよく、ウェイトレスさんが私たちのオーダーした料理を持ってきてくれました。私もスペちゃんも同じで、にんじんハンバーグのセットです。

 

「力になれなくてごめんなさいね……はい、にんじんあげるわ」

「い、いいんですか!? ありがとうございますっ!」

 

 ハンバーグに刺さっていたにんじんを、ナイフとフォークで挟んでスペちゃんのお皿に渡すと、彼女の顔がぱぁっと明るくなりました。その嬉しそうな顔に、私まで頬が緩んでしまいます。

 こんなにも可愛い笑顔を見せる女の子に言い寄られたあげく、弄ぶなんて……スペちゃんのトレーナーさんも、罪な人ですね。

 

「……やっぱり、スズカさんのところが上手くいかないのはおかしいと思うなぁ」

「え?」

 

 スペちゃんはふと困り顔をして、そうつぶやきました。

 驚いた私は、つい表情が固まってしまいます。

 

「だって、こんなにも美人で、やさしく微笑んでくれる人をフるなんて……私が男の子だったら、絶対できないと思うんですけど」

「え、えぇ!? い、いきなりどうしたの?」

「えっとですね……私が食べているのを見つめているスズカさんの顔が、北海道のお母ちゃんみたいに優しくて。なんだか、すっごく安らかな気持ちになるんです」

「おか……わ、私が?」

 

 私が、スペちゃんのお母さんみたい?

 それはその、大人っぽいという意味で捉えてもいいのかしら。

 

「……ああ! もちろん褒め言葉ですからね!? それだけ大人びていて、家事もレースも完璧で……だからこそスズカさんのトレーナーさんは、スズカさんにドキドキしているんだろうなぁ。というか、してなきゃおかしいなぁ、って思ったんです」

「も、もう、スペちゃんったら」

 

 スペちゃんに褒めちぎられ、思わず照れてしまうのと同時に、「本当にトレーナーさんがそう思ってくれていたらどうしよう」といった考えが頭をよぎり、顔にはひどく熱がこもってしまいました。

 

「だから、スズカさんならきっと大丈夫だと思って……そうだ、参考までに聞きたいんですけど、スズカさんはトレーナーさんと仲良くなるために、何か特別なこととかしてるんですか?」

「特別なこと……?」

 

 何かあったかしら、と一日目からの記憶をたどります。

 

「とりあえず、トレーナーさんとはずっと一緒に寝ているわね」

「一緒に寝ている!?」

 

 スペちゃんの顔が豹変しました。びっくりした……。

 

「そ、そんなに驚くことかしら?」

「いくら私でも驚きますよ!? どうしてそこまでして付き合ってないんですか!?」

「なんでと言われても……あとは、サンドイッチをあーんってし合ったりとか」

「ふたりであーんを!?」

「たまにハグしたり……か、間接キスしちゃったことも」

「ハグ!? 間接キス!?」

「お、落ち着いてスペちゃん。ここ、ファミレスよ?」

「す、すみません」

 

 スペちゃんの声が大きくなっていくのに比例するように、他のお客さんからの視線が痛くなってきたので、慌ててスペちゃんを止めます。もしかして、これが公開処刑というものなのでしょうか。

 

「えぇと、変なところでもあったかしら?」

「ある意味変ですよ! さっきも言いましたけど、なんでそこまでいろいろやってるのに、おふたりは付き合っていないんですか?」

「実家に招待したスペちゃんにだけは言われたくないわ……」

 

 たしかに私も、「これはカップルがすることでは?」と思ったことも多々ありました。だけどここまで驚かれるということは、想像以上に大胆なことをしていたみたいですね、私。

 

「……うぅ、恥ずかしい」

「いえ、私だって、本当はこれくらいしないとダメなのかもしれませんね……ありがとうございます、スズカさん。とっても参考になりました!」

「こ、こちらこそ? とにかく、残りの十日間。お互いに悔いなく過ごしましょう」

「はいっ!」

 

 私とスペちゃんは固く握手を交わし、その後はうってかわって他愛もない話を延々としてから、ふたたび学園の前で解散しました。

 

「──どうか彼女の恋路が、うまくいきますように」

 

 彼女の背中に想いを乗せるように祈ってから、私は寮へと歩き出しました

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ただいま、スズカ」

「おかえりなさい、トレーナーさん」

 

 お仕事から帰ってきたトレーナーさんをお出迎えして、コートを預かり、形を整えてからハンガーにかけます。

 

「今日はひさしぶりに、スペちゃんと会ってきたんですよ」

「へぇ、スペシャルウィークとか。よかったなぁ、彼女も元気だったか?」

「ええ、とっても」

 

 雑談がてら話題をふると、トレーナーさんは楽しそうに頷いてくれました。

 トレーナーさんにも、たまにはお友達と遊んだりしてリフレッシュしていただきたいものです。もっとも、学生である私たちとは違って、お仕事の都合で気軽には会えないのかもしれませんが。

 

「あ、そうだ。トレーナーさん」

「ん?」

 

 ファミレスで「とっても参考になりました」と言っていたスペちゃんの姿がふとフラッシュバックしてきて、そのとき私も、いつか真似してみようと思っていたことをトレーナーさんに試してみます。

 

「わ、私の実家に来ませんか?」

 

 い、言ってしまいました。さて、反応は──。

 

「えっと、家庭訪問はする必要ないぞ?」

「……むぅ。そうじゃないです、ばか」

「へ?」

 

 どうやら、私のトレーナーさんにはまだ早かったみたいです。

 それでもいいんです。人には人の、私たちには私たちのペースがありますから。

 

「トレーナーさん」

「な、なんだ!? というか、さっきの発言はいったい──」

 

 私はまだまだ、あなたに追いつける気はしませんが──いつか必ず隣に並び、同じ歩幅で歩いてみせます。

 だから、それまではどうか、他の誰にも追いつかれないようにしてくださいね。

 

「私、がんばりますから」

 

 道のりに不安こそあれど、怖くはありません。

 だって──誰も見たことのない景色を追求するのは、慣れたものですから。

 

「……だから何の話だよ!?」

 

 あれ、なんでトレーナーさんは興奮しているのでしょうか……。

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