サイレンススズカと同棲する30日間   作:十六夜みやこ

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22日目

【1月22日】

 

「トレーナーさん、映画を見に行きましょう」

「……いつにも増して急だなぁ」

 

 明け方に入眠をしてから、なんとか正午前に目を覚ました俺たちは、ブランチよろしく軽めの和食を作って食べていた。

 その最中、スズカが思い出したかのようにこの話を持ち出してきた。

 先ほどまでは”卵焼きに白だしは入れるべきか”についての議論をしていたのに、百八十度違う話が飛んできたので驚いた。

 

「卵焼きの話で思い出したんです。最近生徒たちの間で人気の、ウマ娘とトレーナーの青春映画が上映されていることを」

「なんでそれを卵焼きで?」

「タイトルが”キミとボクとで育むキセキ”というものだったので」

「ああ、黄身とキミをかけたのか……え、ダジャレ?」

 

 君ってそんなキャラだったっけ、という冗談はさておいて、改めて彼女に問いかける。

 

「スズカ、青春映画なんて好きだったっけ?」

「いえ、特には……嫌いでもないですけど」

「なら何でそれにしたんだ?」

「やっぱり映画館デートは鉄板だって、ファルコン先輩が……」

「デートて」

 

 映画館デートと言われても、そもそも俺とスズカは断じて付き合ってなどいない。

 ふたりでどこかに出かける場合は、あくまで”お出かけ”であり、デートではない。もはや無意識に好意がにじみでているように思えるのは気のせいだろうか。

 そしてファルコン先輩──つまりスマートファルコンから教えてもらったと話しているが、これはおそらく逃げ切りシスターズ繋がりだろう。アイドルが何の話をしているんだ、まったく。

 

「まあ、映画に行くこと自体はかまわないぞ。俺も映画館は好きだしな。ただ、あくまで”お出かけ”だからな?」

「……トレーナーさんのケチっ」

 

 ……何か文句を言われた気がするが、聞かなかったフリをする。

 

「で、その映画って何時から?」

 

 映画の上映時刻を尋ねる。時間に余裕があるのなら、一休みしてから適当な時間にのんびりと向かえばいい。

 と言っても、人気の映画は一日に何回も上映されるものなので、十中八九その案で問題ないとは思うのだけれど──。

 

「えっと、今日は……あ、一時間後のやつが最後ですね」

「うおおおおおおい!? 呑気に飯食ってる場合かよ!」

 

 のんびりお茶を啜るスズカを急かしながら昼食を終え、近場の映画館に向かって大慌てで車を走らせた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「着きましたね、映画館。最後に来たのはいつだったかしら」

「……頼むから、スケジュールはもう少し、余裕を持って組んでくれ」

「あ、すみません……」

 

 凛とした佇まいで過去を振り返るスズカに対し、俺は法定速度ギリギリで車をぶっ飛ばしたり、映画館に着くなり券売機に猛ダッシュしたりと、冬だというのにすっかり汗だくである。

 結果、なんとかチケットの販売時間には間に合い、二人並んだ席を取ることができた。シアターの中心からは少しずれるが、こればかりはしかたがない。

 

「そうだ、あらすじとかって知ってる?」

「はい」

 

 時間に余裕ができたので、スズカに質問をする。

 事前に概略だけでも知っておいたほうが、より一層楽しめると思ったからだ。

 

「この映画は、とある新人トレーナーとそのウマ娘が、それぞれの夢のためにトゥインクルシリーズに挑む青春ストーリーです」

 

 彼女がすらすらと答える。

 

「なるほど……それなら、俺たちにも親近感があるな」

「ですね。それと並行して、登場人物たちの恋模様も描かれるみたいです。たしかに親近感がありますね」

「それはあったらダメだろ」

 

 白昼堂々と何を口走ってるんだこの子は。もはや隠す気すらも失せて、なりふりかまわず攻めてくることにしたのだろうか。

 

「あっ……な、なんでもないですっ! 言いまちがい、言いまちがいです!」

 

 そう言ってスズカは両手を突き出して顔を隠しながら、手のひらと尻尾をぶんぶんと振って否定した。

 正直、無理がある言いわけだとは思うが……ここで認めたり、指摘したりするほうが危険なので、あえて何も言わないでおく。

 

「と、とにかくさ。少し時間もあるしさ、ポップコーンとか買おうぜ?」

「そう、ですね。どれにしましょうか」

 

 売り場の天井に吊り下げられているメニューボードを見て、めぼしいものはないかと探す。

 俺は定番のキャラメルポップコーンを購入することした。スズカはまだ迷っているようだった。

 

「悩んでるのか? 遠慮しないで、いくつかまとめて買ってもいいんだぞ」

「そうですか……? では、あれをお願いします」

「どれどれ」

 

 スズカが指差すほうに目をやると、そこには堂々と、かつポップな太文字で記載されている特別メニューがあった。

 

<カップル限定! ラブラブふわふわコットンキャンディ ~恋の青春ラズベリー味~>

 

「あれ以外で」

「ええ!?」

「むしろどうしていけると思った?」

 

 スズカ、頼むから本気で落ち込まないでくれ。

 そして先ほどから、通行人が俺たちのことをチラチラと怪訝な顔つきで見ていることにも気づいてほしい。俺は今後の参考に脱獄モノを見に来たわけじゃないんだ。

 

「ああもう、スズカが言ったやつは無理だけど、普通のイチゴ味なら買ってあげるから落ちこむなって……ほら、並ぶぞ」

 

 若干不服そうなスズカを無理やり列に並ばせて、人数分のフードとドリンクを購入した俺たちは、すでに予告映像の始まっていたスクリーンの中へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「座席……座席……あった、ここだな」

 

 せまく細長い通路を歩き、隣接している自分たちの指定席を見つける。

 

「よいしょ、っと」

 

 席周りの環境を整えてから、シートに腰を下ろす。

 座り心地は案外悪くなかった。これなら上映中にストレスがたまることもないだろう。

 

「スズカ、席に問題は無いか?」

「はい。ふかふかで気持ちいいです」

 

 彼女の席にも問題はないことが確認できたので、それぞれの席のドリンクホルダーに買ってきたジュースを置いて、スズカのぶんのコットンキャンディーを手渡す。

 腕時計をちらりと見ると、上映開始時刻ぴったりだったので、今一度シートに深く座りした。

 そのまま予告をぼうっと眺めていると、不意にスクリーンのサイズが変わり、照明が落ちた。映画の本編が始まるようだ。

 

「キミとボクとで育むキセキ、ねぇ。ちょっと楽しみだな」

 

 スクリーンがふたたび明かりを灯したところで、お話が始まった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『もう無理なんです! この脚じゃ、重賞はおろかオープンにさえ……』

『諦めるな! それは走るための脚だ! 怪我は治った。それを身体に教えこんでやれば、必ず脚は動き出す!』

 

 怪我は完治したけど、トラウマで走れなくなってしまったのか……ううむ、思った以上に引き込まれる話だ。

 ストーリーはもちろん、演技やテンポ、カメラワークにBGM。どれをとってもクオリティが高く、思わず見入ってしまう。

 何より、トレーナーとウマ娘との間で実際に起こりうるハプニングを題材にし、かつ現実性を徹底的に追求した描写群の数々には舌を巻かざるを得ない。この映画を手掛けた脚本家は、よほどウマ娘に対しての造詣が深いのだろう。

 

『君がもういちど走れるようになるためなら、僕は何だってする覚悟だ! 君が諦めない限り、僕も絶対に諦めない!』

 

 いい事言うなぁ、このトレーナー。

 

『なんでも、ですか』

『ああ! 望みがあるなら言ってくれ、全力でサポートするさ!』

『──なら、私と付き合ってください』

『!?』

「!?」

 

 え、何この展開。

 恋愛要素、ここで来るの?

 

『私、怖いんです……トレーナーさんはそう言ってくださるけど、いつか結果の出せない私を見捨てて、他の娘の担当になってしまうんじゃないかって』

『そ、そんなこと……!』

『わかっています! トレーナーさんはそんなことしないって、私のことを信じてくれているって』

『なのに、それなのにどうしても……あなたを失うのが、怖くてしかたないんです。だって私はもう、骨の髄まであなたに依存しきっていて、あなたがいないと、まともに生きていくことすら叶わないんですから……!』

 

 急に話が重くなった。今までとは別の意味でだけど。

 

『……わかった』

『……! 本当ですかっ!?』

『今の状況も、もとをたどれば僕が作り出したようなものだ。なら僕には、君に寄り添いつづける義務があるはずだ。君がまた走ることができるなら──それが禁断の恋だとしても、僕はロミオにだってなってみせるさ』

『トレーナーさん……! 私……私、がんばりますからっ!』

 

 ……他人事とは思えないのはなぜだろう。

 その瞬間、ヒロイン役のウマ娘がトレーナーの両頬を掴み、口づけをした。

 おそらく、舌を絡ませるタイプのやつを。

 

「おいおいおい、聞いてないぞ!? そうだ、スズカは──」

 

 急展開に焦りながらもスズカのほうを向くと、スクリーンから漏れ出すわずかな光量だけでもわかるほどに、顔を紅く染めあげていた。

 通常の映画やドラマのキスシーンなら、彼女だってここまで恥ずかしがることはないだろう。

 しかしこの場合、どうもシチュエーションが現状と微妙に似通っていて──。

 

「は、はひゃ……あぅ……ぅぅ……」

 

 映画の中の人物に自己投影をしてしまった結果、予想外のダメージを食らってしまったらしい。

 この後、文字通り”キセキ”の復活を成し遂げたウマ娘が、栄光までの軌跡を記者に向けて語り始めるシーンを幕引きに、物語は無事終了した。

 中盤のインパクトが大きすぎたせいで、よく覚えてはいないのだけれど。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……おつかれさまです」

「お、お疲れ」

 

 俺たちは食べ終わった容器をシアター内のゴミ箱に捨てた後、休憩がてら適当なベンチに座った。

 現状の自分たちと似たようなシチュエーション、ド迫力の画面とサウンドによる没入感。それらが組み合わさって、ホームシアターで見た程度のイチャイチャとは訳の違う破壊力にやられた俺たちは、ふたりして押し黙ってしまう。

 とはいえ、このまま黙りこくっていても埒が明かないので、無理矢理にでも声をかけて家に帰ろうと決意したそのとき、ふとスズカが口をひらいた。

 

「……あの、トレーナーさん」

「え?」

「今の映画みたいなことって……実際にあるんですか?」

「ええと、どのシーンのこと?」

「どの、というよりは……現役のウマ娘とトレーナーがお付き合いする話について、です」

「ああ、そういうことか」

 

 嘘をつく意味もないので、正直に回答する。

 

「俺も又聞きだが……たまにあるらしい」

 

 スズカの耳がピクリと跳ねる。

 

「そういった関係にならないよう、事前に学園から叩き込まれはするし、そうでなくとも狭き門をくぐり抜けてきた中央のトレーナーなら『言われなくても』ってくらいには意識の高いやつが多いんだけど……そんな単純な話じゃないんだろうな。わかっていても、やるときはやってしまうわけだ」

 

 俺も状況が状況だから、あまり責められないけど。と、心のなかで付け加える。

 

「……そうなんですか、なら」

「だけど」

 

 何か言いたげなスズカを制すように短く切って。

 

「俺が知るかぎりでは、交際がバレた人たちは例外なくペナルティを食らっている。人たち、なんて言い方をしたが、実際は監督者であるトレーナーだけ処罰される場合がほとんどだ。つまるところ、全責任を追って、クビになるんだ」

「……え」

 

 彼女の瞳孔が、大きく開く。

 その驚き様から、彼女が何を言おうとしていたのかはよくわかった。

 わかったうえで、それでも話を続ける。

 

「まあ、当然っちゃ当然だよな。指導者の立場を利用して、思春期の少女を誑かしたようなものなんだから」

「そんなこと……っ!」

「あるんだよ。当事者たちの事情がどうだろうと、世間にはそう見えてしまうんだ。俺たちだって、心あたりはあるだろ?」

「……それは」

 

 スズカが練習中の怪我による休養を発表した時、俺は週刊誌やSNSを通して、少なからず批判の声を浴びることになった。

 そこに存在するのは、トレーナーの監督不行き届きという事実のみ。内在する細かなテクストは、往々にして無視されてしまう。

 

「トレーナーからすれば、それは担当の夢を途中で放り投げることになるわけで。そしてウマ娘からしたら、自分がトレーナーをクビにさせたようなものだからな。お互いに、罪悪感でいっぱいになるはずだ」

 

 ──許してくれ、スズカ。

 俺は、一生徒であるお前を誑かした最低な指導者だ。

 お前に気持ちが傾いて、その罪悪感を味わわせそうになったのも俺だ。本当に、申し訳なく思っている

 だけど、まだ引き返せる。

 これからお前は怪我を治して、選手としての人生を再開させるだろう。

 俺は責任を持って最後まで付き合う。そして無事に走り切ったら、お前はレースから身を引いて、学園を卒業する。

 その後、俺は次の担当の子をスカウトして、それぞれが別々の道に歩いていく……それでいいじゃないか。担当契約を結ぶものたちにとって、誰もが認めるハッピーエンドだ。

 

 そう、ハッピーエンドなはずなのに──どうしてこの選択を、俺は素直に喜べないんだ?

 

「さ、家に帰るぞ……安心しろって、お前の”トレーナーさん”となら、そんなことにはならないからさ」

「……はい」

 

 背後から一瞬、強い歯ぎしりの音がした。

 気づかないふりをして、ジーンズのポケットから車のキーを取り出し、人指し指でクルクルと回しながら、駐車場へと歩き続ける。

 スズカはもう、大人の一歩手前だ。

 きっとこの件もひとまず忘れて──残りの同棲生活も、今まで通りに振るまってくれるだろう。

 

「……お願いだから、そうしてくれないか」

 

 鍵は、人指し指から何度もすっぽ抜けていった。

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