サイレンススズカと同棲する30日間   作:十六夜みやこ

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23日目

【1月23日】

 

「……困ったなぁ」

 

 ベッドの上で四肢を脱力させながら天井を見つめ、独り言を吐く。

 スズカが友だちと遊びに出かけている夕暮れ時、仕事から帰宅した俺は、憂鬱な気持ちのままに寝室でダラダラとしていた。

 というのも、昨日の一件以降、俺とスズカの間にはどことなく気まずい雰囲気が流れている。

 お互いそれを必死に取り繕おうとしているのだが、どう頑張ってもぎこちなく、不自然な態度になってしまうのだ。

 

「こういうとき、どうすればいいのやら……」

 

 枕元に置いてあったスマホのロックを解除し、解決の糸口になりそうなワードを、ブラウザの検索ボックスに手当り次第入れてみる。

 

「復縁……違う。倦怠期……これも違う。関係がギクシャク……これか?」

 

 なんとなく参考になりそうなネット記事を見つけたので、リンクをタップする。

 流し読みでスクロールを続けていると、ある一文が目に止まった。

 

「プレゼントでドキドキ、嬉しさで、凝り固まった関係もすっかり元通り……?」

 

 企業特有の大げさな装飾はともかく、プレゼントを渡すというアイデア事態は理にかなっている。

 振り返ってみれば、蹄鉄やシューズのといったトレーニング用品以外に、スズカに物を買ってあげたことは一度もなかった。

 サプライズというほどでもないが、日頃の感謝を伝える意も込めて、贈り物をするというのも悪くはないのかもしれない。

 

「とは言うものの……スズカって、何を貰ったら喜ぶんだ?」

 

 先ほどの記事には、ブランドネックレスや財布、指輪、マフラーにペアのマグカップなどが例として上げられていたが……正直、どれも大して興味なさそうだ。あ、でもペアのマグカップは家にあったな。百円のやつだけど。

 

「とりあえず、街に出てみてから考えるか」

 

 今日渡すつもりなら、今日のうちに買いに行く必要がある。

 燻っていてもしかたがないので、素早く起きあがって上着を羽織り、財布と携帯だけをズボンのポケットにしまってから、扉を開けて繁華街のほうへと向かった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 駅前に着くと、すこし前まではきらびやかに輝いていたイルミネーションはすっかり撤去されていた。以前とさして変わらぬ光景のはずなのに、人混みがよりいっそう際立っているようにも見える。

 さて、とりあえず街には来たものの、自分はこの辺りの店をよく覚えてはいないわけで。

 どうしようか、と考えながらぶらついていると──突如、馴染みのある顔が目の前に現れた。

 

「あれ、桐生院さん……?」

「えっ……あ、トレーナーさん!」

 

 桐生院トレーナー。ハッピーミークのトレーナーであり、俺の同期でもある。

 意外な人物との遭遇に驚きつつ、互いに軽く会釈をする。

 

「奇遇ですね。本日はどうされたんです?」

 

 世間話も兼ねて、彼女に質問をする。

 

「ただのお散歩なので、何か用があるわけではないんです。休みの日だからって、ずっと家に籠もりきりなのもどうかと思いまして」

「ああ、なるほど。気持ちはわかります」

「それより、トレーナーさんこそどうしてここに? お買い物とかですか?」

「……えっと」

 

 答えようとして気がついたのだが、彼女に今の状況を伝えてもよいのだろうか。

 そもそもウマ娘とトレーナー間の恋愛そのものを快く思わないトレーナーも多いのに、「同棲している担当ウマ娘との関係修復のためにプレゼントを買いに来ました」などと正直に伝えてしまったら、人によっては何が起こるのか予想もつかない。

 そのため、少しだけぼかして大筋だけを話すことに決める。

 

「なんというか……最近、担当のスズカとちょっと揉めちゃって。仲直りと、ついでに日頃の感謝の気持ちもこめて、彼女が喜びそうなものでも買ってあげたいなって」

「なるほど、仲直りのプレゼントですか……うん、とってもいい考えだと思います!」

「ど、どうも」

 

 どうやら納得してもらえたようだ。まあ、嘘はついていないし問題ないだろう。

 というか彼女のほうも暇をしているのなら、プレゼント選びについて助けを乞うたほうがよいのではないかと考え、恐る恐る尋ねてみることにする。

 

「それで……なんとなくでここまで来たはいいものの、何を買えば、とか、どこにお店があるか、みたいなことがぜんぜんわからなくて。差し支えなければ、一緒に選んでいただけませんか? もちろん、お礼はさせていただきますので」

「そんな、お礼なんて結構ですから。私でよければ、よろこんでお付き合いしますよ!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 快い返事をもらえて一安心する。

 プレゼント選びの際に、女性が味方というだけでこんなにも心強いなんて。お礼はいらないとは言われたが、あとでご飯くらいは奢らせていただこう。

 

「それでは……まず、購入する商品の種類を決めましょうか。そのほうが効率的にお店を回れますからね」

「その通りなんですが、そこが一番難しくって」

 

 続けて桐生院さんに、あくまで自己判断ではあるが、スズカは定番のプレゼントの類をあまり好みそうにないことを伝える。

 

「なるほど……でもトレーナーさん、意外とそんなことはないかもしれませんよ?」

「え?」

「たしかに私から見ても、彼女はブランド物やアクセサリーの類を積極的に好むようなタイプではないと思います」

「はい」

「でもやっぱり、首元にワンポイントとして映えるネックレスだったり、休日にちょっとしたおしゃれとして普段使いできるイヤーカフなんかは、プレゼントされたら喜ぶ女の子も多いんですよ」

「な、なるほど……!」

 

 桐生院トレーナーの言葉に、目から鱗が落ちる。

 偏見でスズカの好みを決めつけてしまっていたが、それは早とちりにすぎなかったことを思い知らされた。なぜなら、嫌いと無関心はまったくの別物なのだから。偶然目にする機会がなかっただけで、そのなかには運命の出会いだってあるのかもしれない。

 

「そうか、もっと気軽に考えてもよかったのか」

「その調子です、トレーナーさん! そういった点も踏まえて、あらためて何か、サイレンススズカさんが喜びそうなものに心あたりはありませんか?」

「うーん、そうですね」

 

 先ほどの反省点を踏まえ、今一度スズカの好みそうなものを考える。

 大半は頭に浮かんだ瞬間にボツになるようなくだらないものばかりだったが、そのなかでたったひとつだけ、頭に引っかかったものを口に出す。

 

「香り……とか」

「香り、ですか?」

 

 桐生院トレーナーが聞き返す。

 

「ええ。以前買い物の際に、アロマを炊いてるお店に入りまして……そのときのスズカは、なんだかいつもよりもリラックスしていたように見えました」

「そういうことでしたか。でも、今後使い続けるならともかく、そのためだけにアロマポットとかを買うのも手間ですし……」

 

 彼女はむむむと唸ってから、何かを閃いたように人さし指を立てて、

 

「そうだ、リードディフューザーなんかはどうでしょう?」

 

 と、言った。

 

「りーど、でぃふゅーざー?」

 

 聞き慣れない単語に、思わず首を傾げてしまう。

 

「ごめんなさい、聞き馴染みないですよね。リードディフューザーというのは……こういうものです、見たことありませんか?」

 

 そう言って、桐生院トレーナーがスマホの画面を見せてくる。

 

「おー、これのことだったんですね」

 

 三十センチ弱の口先がすぼんだ円柱の中に、数本の細長い棒が、容器からわざとはみ出させるように差し込まれている。

 そういえばこんな商品も売っていたなぁと、どこか他人事みたく相槌を打った。

 

「はい。瓶に刺さっているスティックがオイルを吸い上げて、部屋の中に香りを拡散してくれるんです。火も電気もいらないし、本数によって調整も簡単なので、今流行ってるんですよ!」

「……知らなかったです」

 

 どうやら一般に普及しているくらいには人気らしい。自分には関係ないと思っていた流行も、知っておくに越したことはないのだと認識を改める。

 

「なら、それを買ってみます! 売ってるお店とかってわかりますか?」

「はい! この通りをまっすぐぐ行った先に──」

 

 桐生院トレーナーの横に並んで、案内を受けながら歩き出す。

 

「……っ!」

 

 遠くから見ていた逃亡者の存在には、気がつかないまま。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「たっだいま~」

 

 右手にお洒落な紙袋をぶら下げながら、陽気に帰宅する。時刻は午後の十時をまわっていた。

 あの後、桐生院トレーナーにおすすめの店まで案内してもらい、前にスズカが好きだと言っていた香りを再現できるように、店中のディフューザーを見て──および嗅いで回った。

 無事に目当てのものは購入できたので、そのままの流れで居酒屋に入って、打ち上げよろしくお酒とご飯を嗜んだ。付き合ってもらったお礼がわりに、勘定は当然自分持ちで。

 理性は残っているものの、すっかり酔っ払っての帰宅だ。

 スズカには早いうちから、『今日は外で食べてくる』とメッセージを残しておいたので、きっと夕飯は自分で済ませてくれただろう。

 もう寝ているかとも思ったが、ドアからほんのりと漏れだす明かりから、リビングの電気が点いていることに気がついた。

 早寝のスズカにしてはめずらしいな、と思いながらドアを開けてみる。

 

「スズカ? 起きてるのか~?」

「はい。おかえりなさい、トレーナーさん」

「た、ただいま……?」

 

 いつもと変わらぬ出迎えの言葉。

 ただし声は低く、うつむきながらテーブルの前で正座をしている。この時間になっても、寝間着にすら着替えぬまま。

 明らかに異様な雰囲気に、みるみる酔いが冷めてくる。

 

「おいスズカ……何かあったのか?」

「何かあったのは、トレーナーさんのほうでは?」

「お、俺?」

 

 必死に思い出そうとするも、残念ながらさっぱりわからない。

 最近俺に起きた変化なんて、何もないはずだが。

 

「ええと、記憶にないんだけど。な、なんかやっちゃったか?」

「……そうですか。()()はあくまで、いつも通りのことだと。私なんかに知らせる必要もないと」

「だから、一体何を」

「──とぼけないでくださいっ!」

 

 突然の慟哭に、身体がビクリと震える。

 あの大人しいスズカが、ここまでの大声を張り上げるのは初めてのことだった。

 

「今日、桐生院さんと、楽しそうにデートしてたじゃないですか……!」

「デ、デート!?」

 

 あの人といっしょに居たところを、スズカに見られていたのだろうか。

 いや、それよりも、デートというのはまったくの誤解だ。俺と桐生院トレーナーは、交際関係にはないのだから。

 

「……すみません、お友だちと別れた帰りに、並んで歩くおふたりを見かけてしまって。つい、のぞきのような行為をしてしまいました。そこは申し訳ないです」

 

 一息ついたのち、スズカが続ける。

 

「でも……おふたりがそんな関係だったなんて、私知りませんでした。だったらなんで、私との同棲なんかを了承してくれたんですか? 私のことを、勘違いさせてみたかったんですか?」

 

 いつの間にか、彼女の声は涙声へと変わり果て、瞳からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていた。

 

「そんなわけないだろ! そもそも、俺と桐生院トレーナーは恋人じゃない!」

「休日に私服で待ち合わせをして、女の子しか行かないようなお店に入っておいて、よくそんなことが言えますね!」

「そ、それは」

 

 涙も拭うことなく、スズカは叫ぶ。

 そのような見方をすれば、恋人同士のデートに見えても不思議ではないかもしれない。

 しかしあの一連の行為は、すべてスズカに喜んでもらうために行ったものだ。決して、彼女を悲しませるためのものではない。それをなんとしてでも伝えなければいけなかった。

 

「……勘違いさせたのは謝る。そう思われてもしかたないような、紛らわしい行動だったかもしれない。だけど、あれはスズカを想ってのことだったんだ。この紙袋の中身も、スズカの為に買ったプレゼントなんだよ」

「そんなの、嘘……! だって、なんのために!」

「嘘じゃない。とりあえず、中を開けてみてくれないか」

 

 うながされるまま、スズカは紙袋の中から、ギフト用にラッピングされたもうひとつの袋を取り出して、震える手付きでそのリボンをほどく。

 

「……これは、リードディフューザー?」

 

 取り出された箱の表面を見て、中に何が入っているのかを把握したようだった。

 

「その箱も開けてみてくれ」

「は、はい」

 

 スズカがもう一度箱を開ける。

 箱の中には説明書と、数本のリード。そして──。

 

「”Dear Suzuka”……こ、これって』

 

 ──エメラルド色の幽玄なオイルで満たされた、名入れ加工済みのガラス瓶がひとつ。

 

「これで、信じてもらえたかな。いくらデリカシーがなくたって、恋人とデートしながら他の女性の名前をプレゼントに刻んだりはしないさ」

 

 スズカをなだめるように、柔らかい声で告げる。

 

「そ、それはわかります。でも、なんで……」

「そもそも、俺と桐生院トレーナーが一緒に出かけていたのは、スズカにこれをプレゼントするためだったんだ」

「え?」

「もっとも待ち合わせたわけではなくて、散歩中の彼女をたまたま見つけたから、ちょっと相談に乗ってもらっただけなんだけどな」

 

 それを聞くと、スズカは、「そうだったのか」と言わんばかりに呆けた顔をした。

 

「……でも、どうして私にプレゼントを?」

「それは、ほら。昨日の映画の後、余計なこと言って落ち込ませちゃったみたいだからさ。そのお詫びというか……でもそれだけじゃなくて、日頃の感謝も込めてるというか」

 

 妙な恥ずかしさから言いよどむ俺を見て、スズカはくすりと笑いながら、

 

「……ふふっ、不器用な人ですね」

 

 と、笑った。その様子を見て安心したかと思えば、彼女は一瞬の間を置いて。

 

「トレーナーさん、私の勘違いが生んだ暴走で、トレーナーさんに対して理不尽に怒鳴ったり、非難してしまい、本当にすみませんでした」

 

 正座を崩さぬまま、深々と頭を下げて謝罪をした。

 そういえば、同棲を始めたてのころも似たようなやり取りがあったと回顧しつつ、そのときと同様に止めさせようとする。

 

「いいって。そう受け取ってしまうのも無理ないよな」

 

 やり取りが完全に休日デートのそれだったとは、自分でも思う。だから、スズカを責められるわけがなかった。

 

「それよりほら、せっかく起きてるんだし、これ使ってみないか?」

「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

 

 スズカがガラス瓶の蓋を外し、リードを二本、三本と刺していく。

 コーヒーを淹れながらそれを見ていると、気づいたころには、甘い香りがぼんやりと部屋の中に満たされていた。

 

「あ……これ、好きな香り」

「お、そりゃよかった」

 

 あくまでも、偶然好きな香りと一致したように振るまってみる。

 わざわざ「君の好きな香りを覚えていたから」 なんてキザにアピールできればよかったのだけれど、俺には恥ずかしくて無理だ。

 

「……ウソつき」

「な、なにが?」

「なんでもないです♪」

 

 ……どうやら、小賢しく隠す必要もなかったようで。

 やはり彼女には敵わないと、頭を一掻きする。

 甘い香りが作り出すムードは、しばらくの間、俺たちを心地よく包み込みつづけた。

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