サイレンススズカと同棲する30日間   作:十六夜みやこ

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26日目

【1月26日】

 

「……暇だ」

 

 曇り空が鬱々と広がる午前。

 仕事が休みでやることもない俺は、ソファにだらっと座りながら天井を見つめていた。

 

「散歩するような天気でもないし、かといって家でやりたいこともなし。もしかして俺、つまらない人間なのか……?」

 

 振り返ってみても、去年までの長期休みに何をしていたのかまったく覚えていない。

 今でこそスズカのおかげで何かと充実した毎日を過ごせているが、当然ながら今まではひとりきりだったわけで。

 とすればこの時間よろしく、ひたすらに退廃的な日々を過ごしつづけてきたのだろうか。なんと悲しい独身ライフか。

 

「お?」

 

 ガチャリと玄関ドアが開く音とともに、スーパーに出かけていたスズカが帰宅する。

 遠目から見てもわかるほどにギッシリと物が詰まったエコバッグを左手首にぶら下げながら、そのまま右手でドアを丁寧に閉めた。

 

「おかえり、スズカ!」

「はい……! ただいま帰りました、トレーナーさん」

 

 玄関までは距離が離れているので、少し大きめの声を出して迎えの挨拶をすると、スズカもそれに呼応して大きな声で返事をしてくれた。

 施錠をした彼女が、ゆっくりとリビングに近づいてくる。

 

「見てください。今日は特売セールだったみたいで、人参がとっても安くまとめ売りされてたんです」

 

 ほら、とでも言うようにスズカはエコバッグの持ち手を広げ、中身をこちらに見せてくる。

 

「へぇ、それは運が……ん?」

 

 まず視界に飛び込んでくるのは、先ほど言っていたものであろう人参のセット。

 その奥には人参、さらに横には人参、その奥も、また奥も、人参、人参……。

 どうしてだろう。バッグの中には、辺り一面のオレンジ色しか見えない。

 

「……人参だけ? さっき『少なくなった緑野菜を補充してきます』って言ってなかったっけ?」

「え……あ、あぁ……!」

 

 スズカは口元を手で隠しながら驚いている。もっとも、指の隙間からそのまんまるな口が見えてしまっているのだけれど。

 

「人参、嬉しかったんだな」

「うぅ……す、すみません」

「いや、いいんだけどさ。次は一緒に買いにいこうか」

「はい……あっ、そうだ」

 

 苦笑しながらなだめていると、彼女は何かを思い出したような表情をして、エコバッグの底から、丁寧に折りたたまれた一枚のチラシを取り出した。

 

「品物をバッグに詰めるときに見つけたんですけど、駅付近に新しくいろんなお店ができるみたいで……役に立つかはわかりませんけど、もらってきちゃいました」

 

 そう言って、スズカが俺にチラシを手渡す。

 

「ああ、ありがとう。どれどれ……居酒屋にパン屋、薬局……」

 

 ざっと眺めてみると、この辺りにはなかったチェーン店がいくつか参入することがわかった。

 

「あ、このゲーセンはもうオープンしてるんだな」

「ゲームセンターですか?」

「ほら、ここ」

 

 指を差した店舗は、日付を見るとちょうど昨日にオープンしたばかりだった。

 この辺りのゲームセンターといえば駅近の一店舗しかなかったので、店内は常に人で埋め尽くされていて歩くのも一苦労だったのだが、これなら上手いこと客の数も分断されるだろう。

 

「今度行ってみようかなぁ」

「トレーナーさん、ゲームセンターがお好きなんですが?」

「まあ、そうだな。学生時代はよく友人連れて入り浸ったもんだ。なつかしいなぁ、トレーナーになってからは一度も行ってないかも」

「そうなんですね、一度も……」

 

 スズカはそこで言葉を区切ると、右手に顎を乗せながら考え込む仕草を見せた。

 

「……でしたら」

 

 考えがまとまったのか、スッと顔を上げて口を開く。

 

「トレーナーさんの初めてを──私に、くれませんか?」

 

……え?

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「着きましたね、ゲームセンター」

「あ、うん……」

 

 先の爆弾発言から数十分。

 諸々の身支度を済ませた俺たちは、チラシに記載されていたゲームセンターにやってきた。

 

「トレーナーさん……?」

「だ、大丈夫。いまだにびっくりしてるだけだから」

「そうですよね。私も、想像以上に大きい音にちょっと驚いてますし、ひさしぶりに来たトレーナーさんも同じですよね」

「……そういうことでいいや」

 

 余熱が冷めず放心していた俺に、スズカが心配そうに声をかけてくれた。

 しかし、あれが問題発言に聞こえるのは彼女のせいというよりも、どちらかといえば聞き手の邪な感情によって想起されるものだ。

 とはいえ、俺以外の男にもこんなこと言ってしまえば最悪……ううむ、どうすればいいのやら。

 

「……今度話し合わなきゃな。とりあえず入ろう、スズカ」

「はい」

 

 入り口に並んでいる小さなぬいぐるみ用のキャッチャーを通り抜けると、空気は一変し、一面のクレーン台が敷き詰められた異世界へと飛び込むことができた。

 子供連れの保護者たちが、辺りを物珍しそうに見渡しているのがわかる。子どもたちの視線は、お菓子がたくさん取れそうな台に釘付けだった。

 

「まずは適当に歩いてみようか」

「わかりました」

 

 流し見で店内を物色する。

 まずは動物を主としたかわいいキャラクターのぬいぐるみが視界に入り、奥に行けば行くほど、アニメやゲームで人気のキャラクターのフィギュアなどが増えていった。

 

「わぁ……これ可愛い……あ、お人形さんがいっぱい……」

 

 スズカはそれらを楽しげに眺めながら、キョロキョロと首を回していた。

 

「ゲームセンターは初めてなのか?」

「そう、ですね。今まではあまり興味が持てなかったのと、友達と出かけても、こういうところに行くことはなくて」

「ふーん……ならせっかくだし、ゲーセンの楽しみ方を伝授しようか」

「ふふっ、ぜひお願いします」

 

 微笑むスズカを先導するように、一歩前に出る。

 お気に召してもらえるかはわからないが、せめてゲームセンターという遊びの宝石箱で、彼女なりの楽しみが見つかることを願うばかりであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「じゃあ、まずは定番のクレーンゲームからやってみようか。さすがに知ってるよな?」

「はい、それは私でも……寮生のなかには、ゲームセンターで取ったぱかプチを部屋に飾っている子も多いですし」

「ぱかプチか。ちょうどスズカの後ろにある台だな。なんか取ってみるか?」

「そうですね、やってみます……!」

 

 そう言って筐体の方向を向くと、スズカはウキウキな表情で財布から取り出した銀色の硬貨を投入し──。

 

「……へ?」

 

 カランと音を立てて、返却口から硬貨が戻ってきた。

 

「え、あれ!? な、なんで……!?」

 

 機械に何度もコインを投入するスズカ。

 もしやと思い、口を挟む。

 

「スズカ。多分それ、五十円玉だ」

 

 一度手を止め、硬貨をよく見るように促す。

 するとその硬貨には、中心にぽっかりと正円が空いていることに気がついた。

 

「は、恥ずかしい……!」

「気にするな。どんなに慣れた人でもやっちまうから……」

 

 スズカは顔を赤くしながら、いそいそと別の硬貨を取り出す。

 今度こそ無事に百円を入れられたようで、筐体は明る気な効果音とともに、横移動を示すボタンをピカピカと光らせ始めた。

 

「誰のやつを狙ってるんだ?」

「うーん……せっかくですし、スペちゃんのを狙ってみましょうか」

「おぉ、いいな」

 

 スペシャルウィークのぱかプチはどこかと探すと、景品置き場の中心でちょうど頭を上にして座っており、アームを首にでも滑り込ませることができれば取得は容易そうに見える。

 

「いきます……!」

「お、おう」

 

 レース前さながらの覚悟を決めたのち、スズカは右矢印のボタンを長押しする。

 目視の測量はうまくいったようで、ボタンを放したときには、アームはスペシャルウィークの目の前で止まっていた。

 

「よしよし、いいんじゃないか?」

「……最後、いきます」

 

 呼吸を整えたスズカが、上矢印のボタンを押す。

 微弱に揺れながらアームが前進し、スペシャルウィークにその影を落とす。

 

「今……っ!」

「本気すぎてちょっと怖いな」

 

 スズカが素早くボタンから手を放す。

 アームはそのまま真下へゆっくりと沈んでいき、閉じるや否や、スペシャルウィークの両脇を捉える。

 

「お願い……!」

 

 ぱかプチの身体が持ち上がる。アームが上がりきったところで一瞬停止するが、大丈夫。まだ掴んだままだ。そのまま来た道を逆行し、ゆっくりと戻ってくる──。

 

 ポトッ。

 

「ああ……!」

 

 ……ことはなく。スペシャルウィークは重力に乗って、ぱかプチたちの山へと埋もれていった。

 

「あらら、残念……まあ一発で取れることなんてそうそうないから──」

「……さい」

「ん、なんて?」

「トレーナーさん、敵をとってください」

「えっ」

 

 まさか俺に話が振られるとは思わず、身体が固まる。

 そもそも俺が専門としていたのはリズムゲームのほうで、クレーンゲームは一般人とさほど変わらない実力なのだが……彼女の期待に満ちたまなざしを向けられると、「そういうわけだから諦めろ」とは言えなくなってしまう。

 

「わ、わかったよ。さっきと同じ、スペシャルウィークのやつでいいんだな?」

「もちろんです、私が手前まで運んだので、いけるはずです……!」

 

 ならスズカがもう一度やればいいのでは、と口から出かかった言葉を飲み込む。

 とはいえ、さっきのプレイのおかげで取りやすくなっているのもまた事実。もう百円も費やせば取れるだろうと考えながら、筐体にお金を入れる。

 

「ちょっと待っててな」

 

 ボタンを押して、アームを横へ上へと軽やかに動かしていく。

 落下したアームは、仰向けになっていたスペシャルウィークの、頭と靴を挟むように──って、このスペシャルウィーク、やけに髪の毛が長くて緑っぽいような。

 

「トレーナーさん、それ、私です……!」

「……あ」

 

 やらかした。スズカのことを考えていたら、無意識にスズカを狙っていた。そんなことある?。

 アームが持ち上がる。スズカのぱかプチはどういうわけか安定感がすごく、落ちる気配をまったく見せないまま、アームにピッタリと張り付いて──。

 

「……取れちゃった」

 

 無事に景品取り出し口へと運ばれてきた。

 

「わ、わたしのやつを取ってどうするんですか……っ!」

「ご、ごめん。まあ、スズカが自分のぬいぐるみ持ってても複雑だろうし、俺がちゃんと大切にするから……」

 

 弁明にもなっていないような弁明を告げる。

 するとスズカは、上下にぶんぶんと振っていた両手をピタリと止め、同時に大きく目を見開いた。

 

「……今、なんて言いました?」

「えっと、俺がちゃんと大切にするって」

「何を、ですか?」

「だから、スズカ(のぱかプチ)は俺が大切にするから、勘弁してほしいって話なんだけど」

 

 何度か聞き返されながらも、その都度答える。

 クレーンゲームコーナーとはいえ、やはり多少の騒音には囲まれているため、声が聞こえづらかったのかもしれない。

 

「~~~っ!」

 

 などと考えていると、スズカは急に破顔したかと思えば、ハッと何かに気づいたように俺から背をそむけてしまった。

 

「し、しかたないですよね。と、トレーナーさんも、頑張ってくれたわけですし……つ、次に行きましょうか」

「う、うん……?」

 

 彼女は声を上ずらせながら、早口でまくし立て──ついぞどこかに走り出してしまった。

 

「ちょ、スズカ!? フロアマップも見ないでどこに行くんだ!? というか店内で走るな……スズカーっ!」

「『俺がスズカを大切にする』だなんて……う、嬉しいけど、やっぱり恥ずかしい……!」

 

 去り際の彼女の頬は、心なしかひどく茹だっているように見えた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「えー、次は俺の第二の故郷、音ゲーコーナーに向かおうと思います」

「……はい」

 

 結局スズカはクレーンゲームのコーナーを一周したらしく、俺の背中をゴールにぱかプチ筐体の前へと戻ってきた。

 両手で顔を覆いながら下を向くスズカの横で、誰にもぶつかっていないことだけを確かめてから、とりあえず説明を始める。

 

「んで、この先なんだけど……おそらく慣れてないスズカにとっては、とんでもなくうるさいと思う。きついと感じたら俺に言わなくてもいいから、すぐに引き返すこと。いいな?」

「わ、わかりました」

 

 すこし脅かしすぎたかな。けれども、慣れていないうちは人間ですらうるさく感じるのだから、ウマ娘かつ未経験の彼女のことは心配してしかるべきだろう。

 

「じゃあ、行くぞ」

 

 数歩ほど歩いて、リズムゲームが大量に設置されている場所へと足を踏み入れる。

 刹那、爆音が耳に反響し、筐体から流れ出る重低音がビリビリと心臓を叩く。

 

「やっぱり、変わらないなぁ」

 

 照明も暗く、曲と曲がごちゃまぜになって音量を増幅し合うこの空間。

 見慣れぬ機種がちらほら見受けられるが、昔なじみの筐体も多く残っていて、学生時代の記憶を呼び起こすのには十分すぎるほどだった。

 

「そうだ、スズカは……!」

 

 ふと我に返って隣を見ると、スズカは耳を前に折りたたみながら、ビクビクと周囲の様子をうかがっていた。

 

「大丈夫か?」

「は、はい。すぐに慣れるかと」

「ならいいんだけど……本当に、無理だけはするなよ」

 

 やはり彼女には厳しかったかな、と頭を掻く。

 しかし、音ゲーとは本来怖いものではないので、できることなら楽しんでもらいたいのだけれど──。

 

「そうだ、あれやってみないか?」

 

 人差し指を伸ばすと、スズカの視線も同時に動く。

 その先には、老若男女問わず楽しめることで有名な──とある太鼓ゲームが置かれていた。

 

「あら? あの機械、どこかで……」

「場所によっては、外から見えるところに置いてあるからな。テレビでもたまに取り上げられてるし、知ってる人自体は多いはずだ」

「なるほど……うん、あれなら私でもできそうです」

「ならやってみるか! まずは、ここにコインを入れてだな」

 

 財布から百円玉を二枚取り出し、筐体へと投入する。

 最低限の操作説明をした後、曲の選択をスズカに任せると、しばらくしてゲームが始まった。

 

「……はい……はいっ……あ、あら……!? ああっ、まって……!」

 

 スズカは流れてくる音符に悪戦苦闘しながら、必死にハウスバチを振り回す。

 緊張で力んでしまっているのか、太鼓は重い打撃音を鳴らしながらグラグラと揺れている。

 

「こ、壊れないよな?」

「やぁっ……はい……はい……」

 

 しかも叩くたびにはいはい言ってるし。なんだこいつ可愛いな。

 結局、三曲を叩き終えるころには、スズカは肩で息をするほどに疲弊しきっていた。

 

「……このゲーム、奥が深いですね」

「それ、難易度”ふつう”なんだけど……?」

 

 彼女は額の汗を袖で拭いつつ、清々しげにそう口にした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「次は……ダンスゲームでもやるか?」

「いいですね。やってみたいです」

 

 適当に散策を続けていると、これまた馴染み深いダンスゲームが目に入ったので、スズカに声をかけてみた。

 ダンスは彼女にとって、授業やライブを通じて多少の下地ができているため、ゲームそのものは初心者だとしてもいいところまでいけるのではないかと思い尋ねてみた。幸い本人も乗り気のようで、すでに準備運動を始めている。

 

「では、行ってきますね」

「おっけー。応援してるぞ」

 

 スズカは筐体にお金を入れて、案内に従って曲を選択し、マットの上に立つ。

 そして曲が流れ始めると──彼女の顔つきが変わった。

 

「はっ……はぁっ……ふふっ……!」

 

 ときたま笑みを織り交ぜつつ、美しい足捌きでノーツをさばき、スコアを積み重ねていくスズカ。

 ただ踏むだけではなく、腕の振り、腰の使い方からどことなくパフォーマンス性を感じさせる様は、まさに”ダンス”そのものであった。

 肢体をしならせながら魅せるその姿は、綺麗で、優雅で、力強くて──。

 

「──なんて、楽しそうなんだ」

 

 彼女の晴れやかな顔が、それを強く物語っていた。

 他の客は、各々のアーケードに夢中になっていて、彼女のスペシャルライブに気づかない。

「もったいない」思わず口から言葉が漏れた。

 

「……ふぅ」

 

 気づけば、曲はすでに終わっていた。

 髪を後ろに靡かせながら、軽く息を整える。その凛とした姿は、ウイニングライブを終えたときの彼女と瓜二つで……とにかく、美しかった。

 

「お疲れさま、すごく綺麗だったぞ」

 

 拍手をしながらスズカに近づく。

 

「ありがとうございます。私も、思った以上に真剣になってしまいましたし、とっても楽しかったです」

「はは、見ててわかったよ。どうだ? こういうゲームも、なかなかいいもんだろ?」

「はい……!」

 

 晴れやかな笑顔を浮かべながら、彼女は元気よく答える。

 遊ぶために遊ぶ。楽しむためだけに何かをする。無邪気にはしゃぐだけだった十代と比べて、人は大人になるにつれ、そういった過去を自然と忘却し、何事にも意義を求め始める。

 それは本来、簡単に捨て去ってしまっていいものではないのかもしれないが、決別しなければ前に進めないときがあるということもまた事実である。

 だけど、だからこそ──。

 

「トレーナーさん。遊ぶのって、楽しいですね……!」

 

 ──時折その気持ちを思い出させてくれる存在を、大切にしなければいけないのだろう。

 

「よい、しょ」

 

 マットから離れたスズカは、荷物置きに入れておいたバッグから水筒を取り出して、気持ちよさそうに飲み始めた。

 そのまま息をしっかりと整えると、俺のほうを向いて尋ねてくる。

 

「そういえば、トレーナーさんは昔、なんのゲームをやっていたんですか?」

「ああ、俺は──」

 

 答えるように”それ”を指差しつつ、あの頃よりも深く腰をかがめて、懐かしむような手付きで硬貨を入れた。

 ひたすらに楽しむことだけを考えていた、あの時の自分へと思いを馳せながら。

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