【1月5日】
こんにちは、サイレンスズカです。現在訳あって、トレーナーさんと同棲しています。
一ヶ月間、ずっとトレーナーさんと一緒にいられたらよかったのですが、彼は私と違って冬休みが短く、先日よりお仕事が始まってしまいました。
なので今回は、トレーナーさんが行ってしまった後、私がどのように過ごしているのかを紹介できればと思います。
◇◆◇
「いってきまーす」
「いってらっしゃい。お気をつけて」
バタン、と扉が閉まった途端に襲ってくる寂しさに耐えながら、リビングへと戻ります。
といっても、日課のランニングは早朝に済ませてしまったので、これといってやるべきこともありません。
「……この広い部屋にひとりぼっちだと、やっぱり寂しいわね」
早く帰ってこないかな、なんて独り言を繰り返す毎日がこれからもつづきそうで、つい気持ちが沈んでしまいます
だからって、落ちこんでばかりはいられません。
トレーナーさんは自分のためだけでなく、私のためにもお仕事をしてくれているんだもの。それなのに、私ばっかり弱気になってるわけにはいかないのです。
「でも、なにをして過ごそうかしら」
何気なしにリビングを見渡していると、もうすっかり見慣れたテーブルの上に、電球の光がキラリと反射する小さな液晶を見つけました。
「これって、トレーナーさんのスマホ?」
念のために手に取って見ると、背面カバーがトレーナーさんの愛用しているものだったので、間違いありません。
トレーナーさんは、ああ見えて結構うっかりやさんです。
基本的にはまじめな人なのですが、どこか抜けてるというか。トレーナー室の鍵を閉め忘れたり、今日みたく家に大事なものを忘れていったりと、要所要所でポカをする人です。
まあ、そういうところが可愛くもあるのですが。
「トレーナーさんの、スマホ……」
両手で持ったスマートフォンをじっと眺めていると、ふと、私の脳裏によくない考えがよぎります。
『トレーナーさんのスマホの中身が見たい』と。
もちろん、それは絶対にやってはいけないこと。考えるだけでも失礼に値するということはわかっています。
しかし今日に限らず、ふと一人でいるときに彼のスマホが視界に入ると、どうしても気になってしまうんです。
トレーナーさんは、私以外の女性とやり取りをしているのか。
トレーナーさんの写真アプリの中には、私以外の女性がいるのか。
……どれも私が知る義務なんてあるわけがないし、知ってしまえばプライバシーの侵害もいいところです。
そのため、今私がすべきことは、何も見えないようにこのスマホを鞄にしまってから、速やかにトレーナーさんのもとへと届けること。
トレーナー寮からトレセン学園の校門までは、ゆっくり歩いたとて五分もかからない距離にあります。
私が届けに行ったところで、距離の関係上、トレーナーさんも大した負い目は感じないでしょうし、なによりこのままだと、トレーナーさんがお仕事をするときに困ってしまうかもしれません。
だから、変な考えはキレイさっぱり忘れて、急いで学園に向かわないといけないのです。
「では、失礼して……」
ところが、いざ端末を手に取ると、暗かったはずの液晶に一瞬で明かりが灯り、現在時刻を告げる四つの数字が目に飛び込んできました。
「えぇ……!?」
その衝撃で思い出しました。トレーナーさんのスマホは私と同じ機種なのですが、初期設定のままだと、手に持って画面を傾けるだけで、勝手にスリープモードが解除されるんでしたっけ。
でも、私を本当に驚かしたのは、そっちではなくて───。
「……私との、ツーショット写真?」
呆気にとられながらも、どういうことかと思考を巡らせていると、心当たりがひとつだけありました。
あれはいつだったか、トレーニング終わりの夕暮れ時。
フクキタルに「今日は親しい人と一緒に写真を撮るのが吉な日ですよ! 撮って撮って撮りまくりましょう!」なんて言われて写真を撮った後に、
「その親しい人って、トレーナーさんでもいいのかしら?」
「トレーナーさん……ああ、なるほどっ。 もちろん大丈夫ですよ! というか、むしろスズカさんにとっては最優先で撮るべき人かもしれません!」
なんて会話をしたから、トレーナーさんにも撮影をお願いしたんでしたっけ。
私はそんなに占いに興味があるわけでもないのに、なぜかこの占いだけは、どうしてもやらなければいけないと直感していたのを覚えています。
トレーナーさんはやっぱり優しくて、「まあ、占いならしょうがないか」なんて言いながら、すんなりと了承してくれましたっけ。
嬉しかったのと同時に、理由がないとツーショットを撮ってくれないのかと、少しモヤっとしたりもしました。
「……大事に、してくれているんですね」
自然と顔がほころび、目の前のスマホを胸に抱くようにそっと握ります。
ふしぎな気持ち。胸が、心が、ポカポカしてくる。
壁紙なんて、こんなことがなければ誰に見せるわけでも、見られるわけでもない。自分の眼にのみ、日常的に入ってくるもの。
そんな場所に、私との思い出を置いてくれている。これが、嬉しくないわけがないじゃないですか。
「トレーナーさんのもとに、届けに行かなくちゃ」
万が一転んでも壊れないように、彼のスマホをスクールバッグにしまい、コートを羽織って、心身ともに準備万端で玄関の扉を開けます。
スマホの中身が気になるなんて気持ちはどこへやら。清々しさすら感じながら、部屋の外へと軽やかな一歩を踏み出しました。
トレーナーさんはうっかりやさんですから、またスマホを忘れて行っちゃうかもしれません。
それでも私は、何度も、何度でも、あなたのもとに運び続けます。
「今度は手作りのお弁当でも、いっしょに持っていこうかしら?」
冬の寒風に負けることもなく、私の顔と心は、木漏れ日に当てられたように火照っていました。